第164話 3ー2

 祐介と初めて会ったのは中学一年の春。五月の中頃だ。

 その頃には既に陰陽術のテストは受けなくていいとされて、授業もテストも免除されていた。だからテストの時間にゆっくり登校していると、祐介のクラスが気になった。ただのテストなのに霊気を感じたからだ。

 それで覗いてみると、祐介が降霊を行なっていた。俺以外には誰にもバレずに。名目上呪術の授業で、実技試験でもないのに降霊をする理由がわからず、簡易式神を祐介の教室に放って観察をした。


 降霊なんてプロの陰陽師でも大半ができない高等技術だ。俺だってちゃんとした手順を踏まなきゃできなかった。降霊でも特に難しい人間を呼び出して、憑依させていた。霊媒体質でもなければ珍しい所業に、祐介のことを調べようとした。

 一般科目のテストを受けつつ、ゴンを父さんへの使いにして調べさせた結果、ただの一般人という書類上の結果が出たと知って確信した。


 どこかしらの名家のスパイだと。

 難波の土地には玉藻の前が眠っていると流布してある。だからそれを調べる人間は昔から一定数いた。そういう鼠を排除してきたのが難波家だ。この土地も、彼女もゆっくり眠らせる必要があった。だから余所者に土地を乱されるわけにも、彼女の遺志を踏み躙られることも許さない。


 俺たちは、難波の守護者だったから。

 だから、学校の全てが終わってから祐介を待ち伏せにした。校門で待ち伏せにして、何も言わずに引っ張っていった。


「おいおい、いきなりなんだ⁉︎あんた誰だよ!」


 白々しいったらない。

 降霊を呪術のテストでする理由がない。そんなものを体質ではなく意図的にやっている奴が、たかだか中学の呪術のテストで何を霊から教わるというのか。

 つまりあれは、俺にだけ気付かせるためのアピール。俺に接触するには俺にだけわかるような陰陽術を使って、同じだけの実力がありますよというアピールが必要だったわけだ。名家の嫡男に関わるには陰陽術の実力が必須。友人関係も家の関わりか実力で選ぶ。


 そんでもって、こんな田舎に大層な陰陽師の家は難波の分家くらいしかいないもんで。それが意味するのは、俺に友人がいないということ。

 だから友人に飢えている俺にとって、祐介という存在はこれ以上ないポジションに入り込めるわけだ。かなり合理的だったと思う。これは土御門光陰や賀茂静香も同じような状況だったからこそだろう。例え怪しくても、友人を求める心があると踏んだのだろう。


 その事実に気付いた時ほど、自分が普通じゃないことに気付いた。

 優先事項に、友人なんて枠がないのだと。

 ミクは好きな人。ゴンは先生。銀郎や瑠姫は家来。星斗は分家でライバル。

 ほら、友なんていなかった。

 だから屋上に連れていった祐介に、こちらも偽りの笑顔を向けた。


「お前、降霊なんてできるわけ?初めて見たよ。同い年でそこまでできる奴」

「え、バレてた?カンニングみたいなもんだから、先生にもバレないようにしてたんだけど」

「俺じゃなきゃ見抜けないやつだったよ。俺、難波明っていうんだけど、名前は?」

「住吉祐介。難波……?どっかで聞いたことある名前だな」

「ここら辺を治めてる領主の家だ」

「ええ⁉︎じゃあお前、金持ちかよ!」


 これを淀みなくやってしまう祐介の演技力が凄いなと最初は思ってたけど。

 陰陽術で精神制御をしていた。まるで初めて聞いたかのような、自己暗示。緻密な術式のコントロールと隠蔽術。確かにこれは、誤魔化せる自信があるのも頷ける出来だった。


「金はどうだか。食費は多くもらってるけど、資産家ってわけでもないし、呪術省の重鎮ってわけでもない。……いや、山とかはいくつか持ってるから、資産家になるのか?」

「山って。……にしても、なんか限定的な金だな。大食いなのか?」

「ああ、違う違う。ゴン」

『オレが大食いだってか?』

「き、狐ェ⁉︎」


 ゴンが隠行を解いて現れると、腰をつけていた祐介が後ずさった。狐の認識が世間一般でも悪いし、祐介は特に嫌っている土御門の家系。

 数歩下がってしまっても仕方がないだろう。


「俺の式神、ゴン。噛みついたりしないぞ?」

「まあ、式神ならそうだろうけど……。はぁー、喋る動物なんて初めて見た。あ、でも尻尾が三本あるんだから普通の狐じゃないのか……?」

『ああ。オレは天狐だ。そんな概念、一般では廃れてるか?』

「天狐?いや、知らないな……」

『世の風潮は理解しているつもりだ。オレだって契約者の明とその周辺を傷付けなければ、暴れるつもりはないぞ?』

「……ちなみに暴れたらいかほどの被害が?」

「この街は消し飛ぶかなあ」

「ヒィ!」


 俺の推測に祐介は喉を震わせる。頬まで引き攣っちゃってまあ。でも本当に、全力を出せば当時の俺でも、ゴンの力で地方都市くらいは破壊できただろう。やったことないから推測の域を出ないけど。

 今なら余裕だ。手段が増えたから、簡単に破壊できる。

 この脅しが効いたのか、祐介はゴンに喧嘩を売ることはなかったし、ミクに手を出すこともなかった。妥当な判断だと思う。それをやられていたら、地の果てまで追いかけて鏖殺していただろうから。


「そんなゴンのご機嫌取りが、食費。食べ物は偉大ってこと」

「ああ、なるほど……」

『それで納得すんな。明、腹減った』

「はいはい。祐介、飯食いに行こうか」

「飯?まさか、寿司か?」

「いいや、ラーメン」

「……は?」


 稲荷寿司を想定していた祐介は、口を大きく開いてアホの顔をしていた。

 まだ数回しか行ったことのないラーメン屋へ、連れていってみようと思っただけだ。


「俺の聞き間違い?ラーメン?寿司屋じゃなくて、ラーメン?」

「ああ。ラーメン専門店だ。稲荷寿司が置いてある酔狂なお店じゃないぞ?」

「いやいやいや。……そのお狐様がラーメン好きってこと?」

『バカが。オレの一番好きな食い物は稲荷寿司。そこは不動だ』

「……ご機嫌取りのための食費じゃなかったのか?」

「ウチのしきたりで、式神とも一緒に飯を食べるんだよ。ラーメンは俺の好物」

「式神ファーストじゃないんだな」


 祐介が呆れている。いやいや、ゴンに稲荷寿司もあげてるし。瑠姫や母さんが作ったり、通販で有名店の物を取り寄せたり。ゴンには散々我儘を通させている。

 瑠姫や銀郎はそんな我儘を言わないのに。あの二人は難波家に仕えてるって面持ちだから、お願いされることはあれ、我儘は言われない。

 それでも外の家が見たら驚くくらいには式神優先なことが多いしきたりだけど。


「それに。融通利かせられるお店じゃなかったら、ゴンと食事できないし。式神と一緒に飯を食えるお店は増えてきたけど、狐はダメって店もある。難波じゃ少ないけどな」

「じゃあお狐様連れていける寿司屋もあるんだろ?」

「あるけど、金が足りない。そういう店は高いんだよ」

「ああ……。それはそうか。学生値段じゃねーんだ」

「ラーメンなら安上がりだし。美味しいから気にいると思うぞ」


 あそこ──「羽原」は値段も良心的だから、ぶっちゃけ行きやすい。隠れ家的な場所にあって、去年できたばかりだからそんなに混んでないのも良い。大将には悪いけど。


「今から行くと、夕飯か?」

「だな。行くぞ」

「ここから近いのか?」

「ん?車で三十分くらい?」

「……はあ⁉︎遠すぎだろ!バス代かかるなら行かねーぞ!」

「んなもん使うか。簡易式神使って、空から行くんだよ」

「……呪術の私的使用って緊急時以外は禁止だろ?」

「バレなきゃ良いんだよ」

「それで良いのか、地元の名士の嫡男……」


 ぶつくさ言いながら、俺の出した烏の簡易式神に乗って「羽原」に向かう。祐介だってさっき、私的利用してたんだが。文句を言われる筋合いはない。

 家族以外で行くのは、初めてのことだった。

 誰にも見付からず空の旅をして「羽原」の上空に着いた後、降りる前に祐介に言っておくことがあった。


「祐介。適当な大人の姿に変化しといて」

「はあ?何で?」

「子どもだけでご飯屋にいると目立つから。制服だし、高校生でもないからな」


 高校生ならお金も持ってるから学校帰りにどこか寄ってもおかしくないだろうけど、見た目中学生二人がお店にいたら怪しまれることこの上ない。

 だから周りの目を誤魔化すために姿を変えなくちゃいけない。

 幻術で姿を変えて、ゴンのお墨付きをもらってから地上に降りて、夜の開店を待つ。つっても、大将には一発で看破されるんだけど。


 まだ誰もいなくて一番だ。開店前からかなり並んでたら待つから嫌になる。そういう意味では待たなくて食べられるのは嬉しい。

 あと、携帯で瑠姫に夕飯いらないことを伝えると、連絡が遅いと怒られてしまった。明日の朝食べることを約束して事なきを得る。


「祐介は親に飯のこと言わなくていいわけ?」

「ん?いいよ。叔父さん夫婦の家に厄介になってるけど、関係冷え切ってるし。いつも通り冷凍食品か何かだから、連絡したって無駄。それに携帯持ってねーし」


 という設定なのだろう。祐介のことは父さんが既に調べていた。この後過去視を使って自分でも調査したが、答えをしどろもどろで言わずに事前で用意していた時点で失敗しないように入念に準備をしていたのだとわかる。

 それからは雑談をして開店を待った。結局俺たち以外いなかったので、娘さんがお店を開けるまで気兼ねなく話を続けられた。その間、祐介は土御門のつの字も出さなかった。


「いらっしゃいませー。二名様ですか?」

「はい」

「お好きな席どうぞー」


 娘さんに言われてお店の中に入ると、厨房に大将がいた。その大将は俺たちのことを見て眉を吊り上げて、娘さんがお店の扉を閉めたのを見てため息混じりにこう告げた。


「明。一番奥ならお狐様が食べてても他の客にはわからないだろ」

「ありがとうございます、大将」

「え、え?バレてんのか?」

「えー?お父さん、どっちが明くん?」

「背の高い方」


 一発でバレた。本当に大将の観察眼には恐れ入る。祐介も一発でバレると思ってなかったのか狼狽えて、娘さんは俺たちのことを見比べていた。本当の身長より嵩上げしているので、娘さんの視線は俺たちの上を行き来している。

 娘さんは引っかかってくれるんだけど。本当に大将はどういう眼をしてるんだか。


「おい、明。……あの大将?店長?何者なわけ?」

「ただの一般人。ラーメン屋の店主。霊気感じないだろ?」

「一般人が呪術で作った幻影突破するかぁ?」

「俺は毎度見破られてるぞ」


 奥のカウンターに座り、子ども用の椅子を持ってきてそこにゴンを座らせる。姿は隠したままなので、他のお客が来てもただ椅子が置いてあるようにしか見えない。それに奥には何もないので誰も来ないだろう。奥に来るお客を見たことがない。

 この「羽原」、オープンして数ヶ月は経ってるはずなのに、立地の問題かこの時期はお客さん少ないよなあ。美味しいのに。もうしばらくしたらお昼は繁盛店になるんだけど。


「ほら、祐介。選べよ」

「……初めてだしなあ。中華そばにするわ」

「じゃあ俺は追い鰹中華そばにしよ。すみませーん」

「はーい。……うーん、やっぱり二人とも姿を元に戻さない?声も変だし。明くんたちじゃないみたい」

「制服のまま来てるんですよ。勘弁してください」

「一回着替えてからくりゃいいじゃねえか」

「並んでたらやだなって思っての行動なのに」

「はっ。見ての通り今は閑古鳥が鳴いてらあ。今はな」


 娘さんの要望を断ると大将に皮肉を言われてしまった。とはいえここで終わるつもりはなく、向上心はあるようだ。そうじゃなきゃ試作のラーメンを何度も作らないだろう。

 定番メニューだけで終わらせないつもりだ。


「ごめんごめん。それで注文は?」

「こっちが中華そばで、俺が追い鰹中華そば。ゴンに角煮丼と味玉を。以上で」

「はい。少々お待ちください」


 注文が終わったら待つだけ。とはいえ俺たちしかいないからすぐに来るだろう。

 夜の営業はそこまで売り上げがないんじゃないだろうか。街の中心から外れているし、大きな国道にあるわけでもない。夜は魑魅魍魎の時間だ。一般人は来づらいだろう。


「こんなところ、どうやって知ったわけ?」

「開店の日に父さんに連れてこられた」

「ふうん?明ってそのお狐様と契約してたり、霊気もバカみたいにあるだろ?プロにならないのか?」

「将来的にはなっても、今は受けるつもりないよ。試験会場だって京都か東京だけだし。そういう祐介は?」

「未成年でプロになると親に連絡が行くだろ?んなことしたら今まで以上に嫌われるって」


 ラーメンを待つ間、祐介の嘘の情報を愚痴のように話された。本当の両親は陰陽師じゃないから、呪術が使える自分は異端だの、昔から何故か難しい術式が使えただの。

 過去視で知っているから、よほど練ってきた設定なのだろうと思った。言い澱みもなく、スラスラと述べることから、裏事情を知らなかった者は信じてしまいかねないだろうとも思う。


 実際ミクも天海も気付いた様子はなかった。ミクにも祐介のことは八月に伝えたばかりだ。

 そんな話に一区切りがついた頃、娘さんと大将ができた料理を運んで来てくれた。


「待たせたな」

「はい、ゴンちゃん。食べやすいように大きな丼によそったから」


 俺の前に置かれる、祐介の中華そばよりスープが黄色く薄い色合いをしている。そしてこれでもかと鰹のいい匂いがするし、中央にあるチャーシューの上に赤い鰹節が山となって乗っている。それ以外はメンマや海苔、ネギにナルトなど中華そばと具材は変わらない。

 麺も細麺のストレートだ。その辺りは変更していない。純粋な鶏のスープか、鰹を使っているか。それくらいしかあえて変化をつけていないのだろう。


「いただきます」

「いただきまーす」

『もらうぞ』


 それぞれ初めの挨拶を言って食べ始める。美味しかったなあ、この追い鰹のラーメンも。鶏じゃなくてしっかりと鰹の匂いと味がこれでもかと主張してきて。本格的に魚主体で扱ってるお店と比べたら魚らしさは薄いかもしれないけど、魚と鶏のダブルスープを味わってるみたいで、これはこれで好きだった。

 限定メニューがなければ結構な頻度で食べていたラーメンだ。毎回限定ラーメンがあるわけでもなかったし。


 祐介も初めての割りには美味い美味いと箸が止まらず。ゴンもいつものように味玉を一飲みにしたり、角煮丼を丼抱えながらハグハグハグと音を立てながら食いついていた。稲荷寿司の次に好きと言うだけはあるけど、それを聞いたら母さんと瑠姫が怒るんだよな。

 あれだけ作ってきて、しかも瑠姫に関しては料理屋の経験があるのに、ラーメン屋のサイドメニューの方が好きって言われたら。


「はぁー、満足。美味いし安いし言うことないな。明、教えてくれてサンキュー」

「俺にとってもオススメの店だからな。美味しいもんは他の人にも教えたくなるだろ?」

「確かに」

「本当にそう思ってんなら普通の姿で来やがれ」

「いやいや。それこそ中学生を匿ってるなんて噂流れたらダメでしょう?それを配慮してるんですよ」

「配慮の仕方がだいぶ歪んでんなあ」


 大将に呆れられたが、結局中学の三年間は祐介と来ることになり、その度大将には変な顔をされた。学校サボって堂々と行くわけには行かなかったんだから仕方がないだろう。

 売り上げにも結構貢献したんだし、評判にも繋がった気がするんだけどなあ。


 そんなサボり場として定着してしまったことを悪く思いながらも、祐介の放課後の行動を抑制することにうってつけだったんだから仕方がない。これで夜まで時間を潰せば、そのまま魑魅魍魎狩りまで引っ張れたから悪事を働く余裕がなくなってたと思うし。

 全てが終わったら大将と娘さんには謝りに行こう。

 そんなことを、俺は考えていた。

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