第163話 3ー1

 何でそんな顔をしてるんだよ。全てを諦めて、それしか選べなかったみたいな顔して。

 その絶望の選択しかできなかったって本当に思ってるのか。今やろうとしている呪術の媒体に自分の血を使って。霊脈を使って分不相応な大規模呪術をやろうとして。

 本当に、バカなんじゃないか。


「祐介。これは止めなくちゃいけない術式だ。今からでも遅くない。起動をやめろ」

「そうはいかねーよ。もうこれしかないんだ。……でもさあ、何でこの場所がわかったわけ?京都に異変が起きてるってことは大多数の陰陽師がわかるとしても。起点になり得るこの場所を把握して来るなんて想定外なんだけど?」

「この術式の完成形を知ってるから、術式の把握は簡単だった。若干のアレンジがされてても、大部分は同じだからな。どこに起点があるかくらいはわかる。起動していない起点も」

「お前、やっぱり京都の霊脈を掌握してるだろ?」


 苦笑混じりの祐介の問いかけに、俺は頷く。

 龍脈はまだ姫さんと先代麒麟が持ってるから把握していないけど。霊脈なら宇迦様に力を貸してもらって式神降霊三式を使った関係でほぼ掌握している。

 だから祐介がそんな霊脈に小細工を仕掛ければ、すぐにわかってしまう。


「全く。ここは土御門と賀茂の庭だったんだけどなあ。明ってまともにこっちに来たのって高校に上がってからだろ?そんな短期間で掌握できるもん?」

「きっかけをもらった。……そんなことするつもりはなかったんだよ。地元で引き篭もって、悠々自適な当主ライフを送りたかっただけなんだから」

「それは本当だったのかよ?」

「本当だよ。タマと一緒に、のんびりゆっくり過ごしたかったのは本音だ。呪術省を背負うつもりは、全くなかった」


 呪術省がダメダメだってことは父さんへの対応で分かりきっていた。

 星見への冷遇。助言を受け取らない傲慢さ。呪術省に幽閉されている優秀な星見。五神の在り方の無知さ。

 一月にあった事件の隠蔽。被害に対する手当てもなし。減らない妖被害と、止まらない土地神殺し。異能者への厚遇は愚か迫害をし始める始末。


 そんな腐った組織を、誰が好んで継ごうと思うのか。土御門か賀茂が継ぐことがほぼほぼ決まっている世襲制で難波の俺が革命でも起こさない限りやることはなかったはずだった。

 あまりにも陳情が上がったらやったかもしれないが、高校に上がった最初のうちはそんな考えすら持ってなかった。とんでもないレールをかけられていて、もうそこから逃げられないと知ったら諦めもついたけど。


「あの革命があって。今までのトップ二つが信用ならないって世間が認識して。先日の本家襲撃だ。時代が求めてるリーダーがお前だっていうことは、俺も光陰も認めてる。けどな、それじゃあ引き下がれねーんだよ。本家としての意地もある。そして長年それに賭けていたってこともある。今更やめられるか」

「そんなプライドなんかのために、その術式を使うのか?」

持ってる・・・・お前にはわかんねーよ!血筋も本物で、実力もあって!何も失ったことのないお前が、俺の気持ちなんて‼︎わかってたまるか!」

「……土御門家の気持ちじゃないんだな?土御門・・・祐介」

「やめろ。俺は住吉祐介だ。土御門じゃない」


 そこにはこだわりがあるのか、怒りの形相を向けてくる。

 祐介の事情はわかっている。だからこそ、確認したかった。土御門に懐柔されているのか、本人の意思なのか。操られているわけでもなく、無理強いでもなく。本人の意思だとわかって安心した。

 なら、祐介の意思を尊重して止められる。


「……俺だって、失ったものはあるんだけどなあ」

「お前が?珠希ちゃんも無事で、両親もちゃんとしてて。友人も死んでないだろ。そんなお前が何を失ったって?」

「色々。俺だってお前のことを過去視と中学からの数年間しか知らないけど、お前なんて中学からの俺しか知らないだろ?結構苦労してるんだよ、俺だって」

「……産まれからして違うだろ。お前は、恵まれてる」

「かもな。で?そんな恵まれてる俺からの言葉で、その危ないものを止める気はないわけ?」

「ない。最期だからこそ、土御門が功績を立てなくちゃいけない。世間一般の認識を悪だけで終わらせるわけにはいかないんだ」


 今の世の中の風潮として。土御門と賀茂に感謝している人間がどれだけいるかと言われたら、一緒に悪いことをしていた人たちしか感謝していない。それくらいしか後ろ盾がないわけだが、そんな中で呪術省が裏でやってきたことや、賀茂本家がやっていた人体実験など、非常にまずい事柄が世の明るみに出てしまった。


 最初は姫さんたちがでっち上げたものなのではないかという意見も少数あったが、それが通らない物的証拠が出てくる出てくる。極小の悪事なら誤魔化せたかもしれないが、殺人事件の隠蔽や死者を出してまでの呪術実験など。とても生理的に受け付けられないものまで流出してしまっている。

 その煽りを受けているのは難波も同じなわけで。俺としてもあの二つの家と呪術省が潰れることに関しては文句はない。けれど、全てを罰しようとも思っていない。


 特に祐介なんて、被害者に当たる可能性が高いのに。その被害者たる祐介が土御門のために頑張る理由。

 いくつか考えられるけど、一番は。

 俺のことが嫌いだからだろうな。


「祐介。これは自分のためか。お前が、自分の意思でやってることなんだな?」

「ああ。俺は自分の意思で、土御門の復権を考えてる」

「復権なんて望めなくてもか?」

「ああ。土台無理だってわかってるさ。それだけあの二つの家の闇は深い。一千年前から間違えまくってることもわかってる。……それでも、このままにしておけねーんだよ」


 決心は固いようだ。いや、こんな言葉で決心を緩めるくらいなら、街中の術式を起動させていない。

 もう、後戻りするつもりがないんだ。祐介は。


「俺だって、目の前の術式を放っておけないぞ?」

「何だ?利権を手に入れたら、もう京都の守護者気取りか?」

「違う。日本の調停者になるつもりだ。それには、その術式を使われたら困るんだよ」


 その言葉に祐介も、後ろに控えている銀郎も息を呑んでいた。

 そんなに意外な言葉だったか?呪術省を潰した時点で、そうなる覚悟はできてたんだけどな。


「……言うことが大きいな。足りなかったのはその自信か」

「土御門光陰や歴代の呪術省省長のことか?自身も覚悟も力も視野も、何もかも足りなかっただろ。本質を間違えてるんだから、どうやったって調停者にはなれない。お前も言った通り、守護者気取りが精々だよ」

「調停者……。俺たちとお前で、見ているものが違うってことか?」

「ああ。だってお前たちは、この世界の天秤なんて視えていないだろ?」

「天秤……?」


 そう。これがわからない時点で俺たちが視ているものが違う。

 元呪術省は人間と魑魅魍魎、それと妖くらいしか見ていなかった。それしか、見えていなかった。だけど神の世界や霊脈のような土地のことが全く視えていなくて。

 そして日本に尽くすわけでもなく我欲を求めて。自然や星から見放された。どんどん視野が狭まって、辿り着いた場所は破滅の道。


「わからないなら良いんだよ。眼が違うんだ。晴明はそこまでお前たちに求めなかった。ただ京都を任せただけで、その京都をどうしても文句はなかった。法師も五神もいて、日本の龍脈と霊脈は気付いた人たちが調整をしてきた。結果として一千年前の状態になら、簡単に戻すことができた」

「それで人の道を違えても、始祖様はどうでも良かったってか?」

「ああ。だって晴明の母を殺しているんだ。どうでも良かったんだよ。晴明が視ていたのは、次の調停者がやりやすくするための土台作り。それが裏・天海家だったり、難波だったりしたんだから」

「……お前たちとは、存在理由が違うってことか」

「そう。だから落胆する必要もないさ。知られないように、こっちだって秘密にしてきたんだから」


 そのための三家の不可侵締結だ。信用なんて一欠片もしてなかったんだから、邪魔されないように致命的な失敗だけされないように監視して、あとは放置していただけ。

 ここまで全部、晴明と法師の筋書き通りなんだから大したもんだ。

 京都は中心だけど、そこを治めている者が土御門でも賀茂でも、問題はなかったんだろう。晴明が産み出した陰陽術を正しく理解せず政治の道具にして。利権を得続けるための肥やしにした時点で見限っていた。


 その一方、難波も裏・天海家も正式な陰陽術と呪術を受け継いだ家だ。

 だから例え間違った統治者がいたとしても。力で潰せると考えたのだろう。桜井会や裏・天海家、そして天海本家も動員すれば簡単に勢力図はひっくり返る。

 そんなことをしなくても、法師の腹心たる姫さんと、昔馴染みの妖たちを呼んだら簡単にひっくり返ったわけだが。


「祐介。お前が土御門の関係者だなんて、詳しく調査しないと出てこないと思う。それに、そんな些事に関わってる時間が新しい陰陽寮にはない。……今なら引き返せる。その術式を止めろ。そのことを伝えたくて、俺はここに来たんだ」

「できねえよ。これは俺が、やらなくちゃいけないことだ。俺にしかできない。今更アイツを、裏切れない」

「……それほどの人物か?土御門光陰は」

「光陰については、俺もわかんねーよ。愛憎入り乱れて、どの想いが本物なんだかすらわからねー。……でもな。死なずに済んだ女の子に、顔を合わせられないままなのは、俺自身が許せない。救えなかった女の子を、見殺しにした俺は、せめてもの結果を残したいんだ。このちっぽけな身体に誓って」


 口で言ってもダメ。そうなると、もうこれしかないか。

 俺は腰のホルスターからハンドガンを抜き、もう片方の手には呪符を取り出した。それを見て祐介も呪符を取り出す。

 平行線の口論をいつまでもするわけにはいかず。なら、わかりやすい方法は相手を文句のないように屈服させるしかない。

 俺も祐介も、陰陽師相手の術比べなんて得意じゃないんだけどな。これしか方法がないのも事実。


「銀郎、手を出すなよ」

『了解です。坊ちゃん』

「良いのかよ?お得意の式神使わなくて。ゴン先生もいなくて、俺を止められるってか?」

「ゴンはタマの看病してる。──式神がいなかったら、俺の能力が落ちると思ってるのか?」

「失言だったな。上がることはあっても、下がるなんてありえねーや」


 そう、式神は式神だ。いなかったら負けるほど、難波家次期当主は甘くない。たったそれだけで弱くなる人間が、日本の調停者として指名されるわけがない。

 銀郎が後ろに下がる。それと同時にお互い呪符を前に繰り出した。


「ON!」

「解!」


 俺の呪符から出たのは水の濁流。それが周りの木や地面を抉りながら祐介に迫るが、祐介が産み出した土の壁によって防がれてしまう。五行の関係性をよく理解しているし、あの術式を起動しながらこちらも問題なく迎撃できるんだから、今の祐介の実力はそこら辺のプロよりよっぽど上だろう。


 段位で言えば七段は確実にある。マルチタスクができている証拠だ。

 ここまで急に実力が上がった要因は、何となくわかってる。それとも、俺が祐介のことをちゃんと理解できていなかっただけなのか。

 どちらにせよ、敵対してしまった。なら、やることは一つだけ。

 無理矢理にでも、止めるだけだ。


雷神砲らいしんほう!」

磁場障壁じばしょうへき!」


 前に出した一枚の呪符から飛び出した一直線に進む雷の大砲も、砂鉄を集めた防壁で防がれた。相性って本当に大事だ。金剋木。木に属する雷は砂鉄の属する金に打ち勝てないとされる。

 五行の基礎的なルールだが、それはやっぱり基本的に、という頭言葉が付く。

 俺がこの前の龍に対して行った雷撃を、同じように祐介に使ったとしても。たかが砂鉄を集めただけの磁場結界で防げるわけがない。あくまで相性が良いってだけで、込めた霊気や神気、術式の種類によっては突破される。


「単音詠唱に、正式詠唱。なのにこの威力……。小手調べか?明」

「そう言われても仕方がないな。時間稼ぎしたって増援が来るわけでもない。こんな場所で戦ってたって、誰かに見付かることもないだろ」


 林の奥で陰陽術を使っているからと言っても、国道や建物が近くにあるわけでもない。

 人の気配がないような場所で戦ってるんだから、誰かが乱入して来るなんてありえない。プロの陰陽師は巡回していても人の往来があって危険がありそうな場所を回っている。人に被害が出ないような場所に来るのはサボリ魔くらいだ。


 そんな人間が来たとしても、銀郎が気絶させるだけ。つまり、俺たちの術比べは誰にも邪魔されない。

 祐介がどの程度できるのか調べていて。今の状態を完全に測り終えた。今までの祐介の情報を上書きしつつも、万全じゃないと知る。

 その結果に答えを出すように、俺は右手に持ったハンドガンを向ける。

 すると祐介の鋭い視線がハンドガンに向いた。これが気になるらしい。


「それ、どこのメーカーで作らせた呪具だよ?土御門の情報網でも調べられなかったんだが?」

「そりゃそうだ。これを作ったのは妖だぞ?」

「……は?」

「妖の中には、人間に協力したり商売をする連中もいるんだよ。土地神だったらもっと人間にも好意的だったり、むしろ嫌悪してたりするけど。妖はそこまで遠い存在じゃないってところだ。呪術省はそう思っていなかったけど」

「わかってたら、あんな大軍が集まるのを予見できなかったわけがない」


 妖のことを軽視していたことも「神無月の終焉」における呪術省の問題だけど。

 もう一つはやっぱり星見を冷遇していたことが要因に挙げられる。何人かの星見は十月頭の事件を予見していたのに、呪術省のために動こうとする者がいなくて、それに住民や街そのものに対する被害はほぼ出ないとわかっていて何もしなかったということもあるだろう。


 極め付けは「婆や」だろうか。彼女の忠告を一切聞かず幽閉し、最終的に話も聞きに行かなくなった。それじゃあどうにもならないだろうと。

 自ら破滅の道を進み続けた呪術省に、力を貸す者は奇特な存在だ。プロの陰陽師になっても、呪術省に忠誠を誓う者などいたのだろうか。


「祐介。裏の存在っていうのはここまで見てるもんなんだよ。どんな妖がいるのか、それが害を為す者なのか、益をもたらす者なのか判断して保護したり、討伐したりする。人間だけを見て、異形は全て敵として。神に見放される。それがこの一千年の中で呪術省が学ばなかったことだ」

「……そうだな。不勉強だったところだろうよ。五神がいて、平安時代なんていくらでも妖はいた。それが今や神の存在を認めずに、妖のことをプロにも伝えないほどだ。呪術省が狂ってるのは、俺がよく知ってる。そこを運営する土御門と賀茂が狂ってたんだ。あの二つの塔は、混沌を詰め込みすぎた」

「それであれ、元々は晴明の式神二体を模した塔らしいけど。絶対嘘だろ。土御門と賀茂の象徴だろ?」

「今じゃ、そうとしか思えないな」


 二人して苦笑する。

 祐介も呪術省に忠誠を誓った者じゃない。かといって土御門や賀茂の家に忠誠を誓ったわけでもない。

 となると、やっぱり個人か。光陰についてもわからないって言ってたけど。

 賀茂静香に対する罪悪感で動くには、腑に落ちないことがいくつかある。


「祐介。お前が使おうとしているその術式、世界にどういう影響を及ぼすかわかって使うのか?──その術式じゃ、賀茂静香は蘇らない」

「わかってる!降霊もダメ、本物の泰山府君祭を使おうにも、本物を使ったって静香はこっちに戻せない!あれは……神に使う術式だ。神の領域に干渉する術式で、人間の静香には効果がない。……これだって、成功するかわからない博打の術式だってことも」

「そこまでわかってて、やるんだな?」

「ああ。もう、これしか。方法がない」


 それは違う。他にも方法はある。

 ただそれを祐介が認めないだけだ。いろいろなことから目を逸らして、わざと視野を狭めて。

 強迫観念か知らないけど、それしかないと決め込んでいる。

 ……なんで、そんなに辛そうな、苦しそうな顔をしながらこっちを見てるんだよ。俺はお前のこと、救えないのに。


「それを使わせるわけにはいかない。考え直す時間も猶予もないんだろ?」

「わかってるじゃねえか。俺は、もう後戻りできない」

「なら、それを貫け!俺とお前じゃ、もう道は異なる!罪悪感も覚悟も全部背負って、その上でやりたいようにやれ!」


 引き金に指をかけて、ただ引く。

 霊力が塊となって、腑抜けた顔をした祐介に一直線で向かっていった。

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