第162話 2ー2

 相手方が来るまでに三人は打ち合わせをしていた。基本的なことは資料に纏められているが、細かいことも確認したかったのだろう。二人と一匹はこれは何、あれはどうだと質問が出た。玄武からも主に法師の意見を聞くための質問が出て、姫はその内容に一分の隙もなく答えていった。

 そうして相手方が到着する十分前。マユが一つの質問をした。


「あの。今日の京都はだいぶおかしなことになっていますが、放置していていいのでしょうか……?」

「大丈夫ですよ。明くんが対応してますから」

「え?明が?」


 ここに来る途中で異変には気付いていた二人だが、この会合があること。そして感じた時はそこまで大きな異変ではなかったこと。しかし随分と異様になってきたために確認をしたら斜め上の返答があった。

 プロの陰陽師を派遣しているわけではなく、二人の知っている人物が送り込まれているというのだ。


「えっと、明一人ですか?」

「術式の起点に気付いているのが明くんだけなので、おそらく一人ですね。追加の人材は送りませんよ。明くんが難波の当主として解決しなければならない案件ですので」

「そう、なんですか?これ、かなり大規模な呪術ですよね?」

「起点を潰してしまえば瓦解するくらい脆い術式ですよ」


 大きな術式ではあるが、脅威になり得るかと問われたらそうでもないと答えるくらいの術式ではあった。範囲が広く、今では何かしら起きそうだと思って尋ねてみたが、その程度なら任せてもいいかと納得する。

 これからのことを考えたら、外は任せておこうと思考を切り替えた。


「来たみたいですね。良い人が来てくれると助かりますけど」


 三人は立ち上がって待つと、職員の一人が扉を開けてお客様をご案内する。先頭に三人のスーツを着た男性。その後ろにはカメラや機材を持った記者や記録係の者。

 先頭の三人が内閣府の者。他は内閣府お抱えの記者や呪術省側の記録係など。密会ではあるが、体裁は整えなくてはならない。それと記録はどうしても必要だ。

 三人も頭を下げた後、姫が代表として挨拶する。


「遠路はるばるありがとうございます。陰陽師代表、天海瑞穂です」

「五神が一人、玄武です」

「国家資格持ち陰陽師代表、香炉星斗です」


 わざわざ自己紹介するまでもないほどの存在だが、こういうものには形式美がある。マユが言わなかった本名も知られているだろうが、こういう公務であればこの名乗りで良い。

 五神とはそれだけ情報統制された存在なのだ。顔写真は簡単にばら撒かれているが。


「内閣府の安田賢治だ。こちらの自己紹介は私だけにさせていただく。彼らはあくまで付き添いでね」


 先頭の一人だけがそう言う。別にそれでも良いため、各々席に着き準備を済ませる。

 配られる資料。それに目を通す後から来た者たち。その内容に顔をしかめる者もいれば、神妙に頷く者も。十人十色だ。だがそれだけ、姫から出される資料は検討しなければならないことだった。

 同じように内閣府からも提案書が姫たちに渡される。それらに全て目を通してから今回の非公式会合は始まりを告げる。


「香炉さん。進行を」

「はい。それではまず元呪術省からの提案ですね。先日臨時国会で呪術省の撤廃、政治との切り離しが賛成多数で可決されました。それを受けてこれから我々は陰陽寮を名乗る予定です」

「逆戻りか……。いや、戦前はそれで通っていたのだ。通りが良い方がいい」


 星斗が進行を務め、実質一対一の話し合いが始まる。記録係はボイスレコーダーのスイッチを入れながらノートパソコンでメモを取っていた。


「陰陽寮のトップは現状天海瑞穂に。彼女の要望で次代のトップは難波家次期当主、難波明を指名する予定です。これは先日の宣言から変更がありません。瑞穂の身体は式神のため、いつ崩壊するかわからない脆いものです。そのためもし、彼女に何かあり難波明が成人していない場合。私香炉星斗が仮のトップに就任致します」

「それもお上は認めている。瑞穂殿が式神であることも、次代と繋ぎについても了承済みだ」

「ここに一つ追加です。資料にも載せていますが、もし難波明本人がトップに座る意志を見せた場合。年齢に関係なく彼をトップとします」

「未成年にそんな大事な役職を任せていいのか⁉︎」


 安田ではない内閣府の人間が眉間に皺を寄せたままそう叫ぶが、それは想定通りだったのだろう。姫がやんわりとその真意を話す。


「彼は父親である難波康平を超える星見です。彼は未来を視通す。トップに立つに相応しい資質だと思われますが?」

「そんな一技能が優れていようが……」

「彼はそれに特化した陰陽師ではありません。実力で言えばここにいる五神の玄武にも勝る強者つわもの。知識量も名家による英才教育の結果既に十分なものは備えています。そして何より。今国民が求めているのは正統後継者。真の安倍晴明の血筋。強い指導者です。それに見合う人物は現状、彼しかいません」

「私も幼少期から一度も勝てません。実力という意味ではかの道摩法師と互角かと」

「先日の土蜘蛛騒ぎといい、日本には強い陰陽師が必要です。あなた方政府も国民も、守るには強い存在が必要不可欠だと思われます」


 星斗の援護射撃も入り、先ほどの意見は封殺された。

 年齢なんてものに拘って死ぬなど御免なのだろう。突つける部分があったために口を出したが、自分の命と比べたら命が大事な小物に過ぎなかった。


「もし未成年で就任したとしても。私が補佐として入ります。問題はないかと」

「チッ。……そんな未来の話は後だ。次代の朱雀が決まっていないのはどういう了見だ?」


 自分から話題にあげておいていきなりの方針転換。

 これには呆れたが、誰も表情には出さずにその話題に触れる。


「五神の一角、それも四神のリーダーともなると慎重に選ばざるをえません。先代のように適性があっても性格破綻者で犯罪を犯している者ではいけませんから」

「日本最強の一角だぞ!先日あのような脅威が暴れたのだから、早急に選定しないか!」

「先代が亡くなってからまだ半月と経っていません。もちろん候補はいますが、朱雀を任せるには実力不足の者ばかり。緊急時ゆえに急ぎたくないのです」

「それで日本が滅ぼされたらどうする⁉︎」

「それは大丈夫かと。難波明の力は先ほども言いましたが五神を超えています。朱雀の不在程度、補ってくれるかと」


 朱雀がいなくて困ることと言えば京都の結界が不安定になることだが、今は仮の朱雀として式神とは星斗が契約している。本体にも許可を取って結界の維持は問題なく行ってもらっている。

 そも、内閣府の人間は五神が京都の結界を担当していたと知らなかった。呪術省のトップですら知らなかったのだから知りようがない。

 その事実がまだ溶けきらず、戦力としての朱雀しか見ていない時点で、お話にならないのだ。


「戦力という面での話し合いはもうしばらく後にしましょう。まずは陰陽寮の在り方についてです。日本の組織なのですから超法規的組織にはしませんし、それは呪術省の二の舞です。政府や公的組織と協力関係を保つにしても、太いパイプで繋がることはしません。あくまで陰陽師を取り纏める組織であるべきです」

「防衛省や自衛隊とも関わらないと?」

「いいえ、国防であれば関わります。海外にも妖のような存在はいます。そして陰陽師のような異能者も。その関係で関わることはあっても、兵器開発に協力したり、要人の個人的護衛や接待を受けないという意味です」


 自衛隊と共同開発していた兵器とは、元五神たちの遺体を利用していた悪魔の兵器デスウィッチのことだ。それを国民に説明せずバカみたいな予算を組まれて開発し、人道に背くような開発を経て実戦投入された。

 あれを再び産まないために、兵器の共同開発などするべきではないのだ。


 海外の異能者やクリーチャーにあんなものを前面に展開しても、紙屑のように蹴散らされるだけ。

 現代兵器など用いる前に、異能で何かしら対策されるだけだ。視界外からのスナイパーライフルによる狙撃などなら通用するが、知覚内から大仰な兵器を用いても対処されるのが関の山。国連によって禁止されている化学兵器や核爆弾でも使わない限り、現代兵器は対処されるだろう。


 また話が逸れたが。

 要は浅く広く関わることはあっても後ろめたいことは今後一切しないということだ。

 汚職まみれになって、世間から避難されるような組織にすることは、晴明と法師の顔に泥を塗るようなものだ。それを許す者は新生陰陽寮にいない。


 政府の要人とのゴルフや食事会、講演会の出席などといった接待や、高額を積まれての護衛という名の遊びなどはする余裕がない。それだけ対処するべき案件が多いのだが、それを放り投げて接待や遊びを呪術省上層部は覚えめでたくなるために頻繁に行っていた。

 時間と金銭の無駄だと、提示した資料にはしっかりと太字で記入されていた。


「もし護衛に陰陽師が必要であれば、ご自分たちでボディーガードとして雇ってください。陰陽寮を通しての紹介などは一切行いません」

「また政府に関係する省庁ではなくなったため、政治利用を断固として拒否いたします。もし戦争になっても、陰陽師を軍として扱うことは許可しません。陰陽師は国土防衛こそすれど、侵略のための兵器ではありません。開戦などされた場合、陰陽師の出兵は拒否いたします」


 デスウィッチなど作っていた時点でそのような意図が政府にあったことはわかっている。

 だが、それは憲法を犯す愚の骨頂。それを為した場合、陰陽寮としては日本を見限るだろう。


「陰陽師の在り方としては以前と同じく公務員という括りでいいのかね?魑魅魍魎から命がけで守ってくれるのだから税金で雇うという部分は変えなくていいだろうが」

「はい。そうしていただけると助かります。今から資金源を探すというのも大変ですので。後ろ暗いことをやらないことと、政府との関係性を見直すこと以外は在り方などの変更はありません。真っ当な組織に産まれ変わるのだと思ってください」


 それからも資料に沿って話し合いは続く。

 基本的には内容から逸れることなく、想定内の問答が進んでいった。

 安田がまともなのか、政府の尻拭いをさせられているのかわからなかったが、話し合いは順当に進む。

 少しばかりうっとおしい横槍が入ったが、それを処理できない姫と星斗ではない。どれだけの大人たちと議論を交わし、人間とは比較にならない妖や神と交渉してきたか。それらと比べると陰陽術も使えずただ喚き散らす人間の相手などそよ風が吹くようなものだった。


 そんな会議も二時間ほど続けると、資料の確認も質問もほぼ出切った。それもそのはずで、基本方針は呪術省の頃からさして変わらないのだ。政府のような権力との大きな繋がりをなくして、後は後継者を認めろというくらい。後ろめたい実験をやらなくする。そのくらいだ。

 今まで通り魑魅魍魎から国民は守るし、呪術犯罪者を捕まえるために警察とも協力する。国立大学だろうがどこだろうが陰陽師学校なら連携もする。


 日本の危機ともなれば国とも協力する。変化点は少ししかない。それで長々と会議をする理由もない。

 今まさに、京都で事件が起きているなら尚更だ。


「以上で閉会します。よろしいでしょうか?」

「陰陽寮としては問題ありません」

「政府側としても問題はない」

「では閉会させていただきます。次回は総理大臣が直接こちらに赴くということで良いでしょうか?」

「ああ。その辺りはスケジュール調整をしてもう一度連絡を差し上げる。有意義な会合だった」


 安田はそう言い、星斗の言葉で会議は終わる。結局話していたのは主に姫と安田だった。星斗やマユに質問が来ることもあれど少数。また、安田に付いてきた他の者も横槍を入れてきたが、さして重要なことではなかった。

 そういう意味ではこの会議は資料通り──台本通りの演劇だったと言えるだろう。

 記者たちや安田の取り巻きたちはさっさと部屋から出ていったが、その安田自身は姫の前に来ていた。


「どうかされました?」

「いや。きちんと君のことを見ておきたいと思ってね。……亡くなったのは十七年前だったか」

「小さい、と思いましたか?どうにも平均身長より伸びない家系のようで」

「いや。……幼いと思った。まだ九歳の幼子を麒麟に任命したと聞いて。学校にもまともに通わせず、全国をたらい回しにし、それでいて誰よりも強かった少女。そして、僅か十二歳で殺してしまった安倍晴明に匹敵する鬼才。……呪術省がしたことは許されない。だが、謝らせてくれ。すまなかった」


 安田は九十度、綺麗に腰を曲げて頭を下げた。

 そのことに首を傾げる姫。十七年前といえば目の前の人物はまだ三十代。そんな人が今では内閣府でトップの位置にいても、当時は一職員でしかなかったはず。

 そんな安田が謝る理由がわからなかった。


「頭を上げてください。安田さんは当時わたしの暗殺には関わっていなかったでしょう?内閣府ですから。あれは呪術省の独断のはずですけど」

「だが、君を暗殺する話はこちらにも来ていた。道摩法師と関わりがあるからと。当時は道摩法師だとわからなかったが、麒麟が呪術犯罪者になることは見過ごせないと。その暴走を、知っていながらどうにもできなかった」

「仕方がないのでは?総理大臣でも止められたかどうかわからない事案ですし」


 呪術省は政府と深いパイプで繋がっていながら、彼らのやることなすことを誰も止められなかった。それだけの権力と陰陽術という絶大な力を独占していた。呪術省の暴走を、権力を与えた側の政府は所謂共犯者で止めることなどできなかっただろう。

 だから、彼が謝っても、当時力があっても。止められない事件だった。


「……もう二度と、君のような存在を作らない。そう誓っていたが。結局先代麒麟には同じ道を歩ませてしまった」

「ああ、先代。彼ももう気にしていないから大丈夫ですよ。今では元気にラーメンを作ってますから。奥さんとも幸せに暮らしていますので」


 その言葉に残っていた星斗とマユは眉を動かした。

 ラーメンを好きな陰陽師が多いのか、ただ知り合いにそんなラーメン好きが集中しているのか。とにかく、何と無く心当たりがある二人だった。


「そうか……。彼は普通の生活に戻れたのか」

「普通、かどうかはわかりません。どうしたって陰陽術には関わらなければいけません。それだけの力を持ってしまっています。それに彼にも星見としての力がありますから。わたし達もできるだけ彼に要請を出したりしません。自分の道を見付けられた彼に、また引き戻すようなことはしたくありませんから」

「そうだな。……難波明は、大丈夫なのか?あの少年にすぐ、今の席を明け渡すつもりだろう?」

「ご心配なく。彼は日本で最も完成された精神を持っています。これまでの呪術省もわたし達が壊しました。政府にもあなたのような方がいらっしゃれば問題ないでしょう?」


 言葉の最後にお茶目なウィンク一つ。

 それだけ姫は目の前の男性を信用していた。会議で話し合ったこと、こうして直接話したこともあったが、もう一つ信用できる決定的な証拠があった。


「……そこまで信用いただけるのは嬉しいことだ」

「それはそうです。安田さん、わたしのファンクラブ会員になっているんでしょう?それに当時、それとなく表社会にもわたしが亡くなったことを流したのもあなたですし」

「「「⁉︎」」」


 そのカミングアウトに、その場にいた三人は顔を引きつらせる。安田はなぜバレたという顔をしていたし、星斗とマユは良い歳したおっさんが当時十二歳のアイドルのファンクラブに入っていることが衝撃だった。

 しかも非公式ファンクラブ会員だ。ほぼほぼ暗黙の了解になっていたとはいえ、それに政府高官が入っているとなると問題なのかもしれない。


「な、なぜ……?」

「実はあのファンサイト。わたしも知ってる妖が作ったものでして。とても機械に強くて、当時あなたがやった諸々の工作をハッキングして掴んでいたようで。そんな人が今回の会合に立候補してきたとなれば、その妖も伝えてくれますよ」

「……妖だからな。私のプライバシーなど気にしないだろう」

「すみません。お詫びといってはなんですが、何か要りますか?写真や動画はダメですけど、サインくらいなら描きますよ?」

「是非‼︎」


 力強い即答に、若い二人はもう放心していた。おいおっさんと思っても口には出さない。表情では隠せていなかったが。

 姫は終始笑顔。すぐにサインペンと筆ペンを用意していた。用意が良すぎないだろうか。


 それから安田はスマホと手帳、そして何故か持っていた色紙にサインを貰い、その上握手をしてホクホク顔で帰っていった。やはり用意が良すぎないだろうか。憧れのアイドルに会えて、しかも相手が自分の努力を知っていて、特別にサインまで貰える。

 ファン冥利に尽きるだろう。


「良いんですか?瑞穂さん」

「良いんですよ。これであの人はわたしの遺言・・のためにあと十年は頑張ってくれるでしょう。その頃には明くんも立派になっているでしょうね。政府の嫌がらせなんて簡単に流せるくらい」

「その布石だったんですか?」

「無駄なことってしたくないんですよ。それにあの人が当時頑張ってくれたことも事実。だからあの世代から少し下の方々って結構呪術省に疑いを持っていましたし、今回の宣言では表立って味方になってくれました。四十代から五十代の声は大人として大きいですから」


 そこまで考えてのことだったのかと星斗は舌を巻く。ここまでできる人が、もうすぐいなくなってしまう不安を感じた。

 姫の代わりを務めるのが星斗だからこそ。


「センパイ。何でもかんでもすぐできるようにはなりませんよ。それに不安だったらわたしが支えます。これでも五神として活動してきたので、センパイがわからないこともわかるかもしれません」

「マユ……。ああ、その時は頼らせてもらうから」

「ハイ!」

「じゃあ二人とも。こっちのこと任せたわ。別に帰っても良いんだけど」

「瑞穂さんは……まさか騒動を終わらせに?」

「ううん?もう終わるよ?だから結末を見に行くだけ。あの人が言うには、まあ大きな転換の一つになるって」


 その言葉を聞いて三人はその終わりの場所へ向かった。外に出れば一層呪詛が強まっていることに気付いたが、これがもう収まるという。

 そして向かう先を聞いて、今日何度目になるかわからない驚きの表情を浮かべた。

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