第159話 1ー2

 ゴンと大人しく待っていようと、待合室の自販機で飲み物でも買おうとしたところ、ミクが入っていった部屋とは別の部屋から二人組の男女が出てくる。

 ここに人間の患者がいるなんて珍しい。悪霊憑きか、妖の血が流れているのか。そんなところだろう。

 そうしてこちらに歩いてきたのは。


「かまいたちと、妹さん?」

「うん?俺がかまいたちって知ってるのか。こんなところにいるんだから、裏側の人間か?」

「え?でもお兄ちゃん。あれ、京都校の制服だよ?」

「見覚えあるとは思ってたけど、あの緑の制服って京都校のやつなんだ。……学生でも、俺のことを知っていてもおかしくないのか?」


 首を傾げる二人。かまいたちさんは二十歳になるかどうかってくらいの年齢で、妹さんは確か俺たちと同い年だ。かまいたちさんの両腕には痛々しいほど包帯が巻かれている。

 これじゃあ日常生活に支障をきたしそうだ。妹さんがピッタリと寄り添ってるけど。


「難波明です。初めまして」

「あー……。なら知っててもおかしくないか」

「どうしよ、お兄ちゃん!凄い有名人だよ⁉︎」


 かまいたちさんは納得を。妹さんは興奮を。

 TVで報道されてるから、名前は知っててもおかしくはないか。通じて良かった。芸能人ってわけじゃないから、顔写真までは報道されてない。めちゃくちゃ注目されてるけど。

 星斗はすでにプロとして活動しているため、連日顔写真付きで報道されている。あいつを知らない日本人はいないんじゃないだろうか。


「神橋飛鳥だ。かまいたちはもう引退だ。この腕じゃもうできない」

「神橋真智です。わたしのことも知ってたんですか?」

「過去視で二人を調べまして。かまいたち事件の概要を知るためだったんですけど。あなたたちの過去を知っています。すみません」

「別に構わないよ。……俺には陰陽術の才能がないからわかんないけど、本当に過去とかわかっちゃうのかー」


 星見の才能がないとダメだけど。この二人からは神気こそ感じるけど、霊気は感じない。二人とも陰陽術は使えないんだろうな。

 妹さんは御魂持ちだからか、神気とは異なる白い波が身体全体を覆っている。これを視ることができたら、確かに狙われるだろう。

 そして、飛鳥さんの言葉はちょっと引っかかった。


「俺が星見だって簡単に信じるんですね。誰かから聞きました?」

「いや?君が星見だって初めて知った。理由は、ほら。俺と真智って似てないだろう?それで一目見て兄妹って断言するのはそういうことかなと」

「仲が良いので、気付く人は気付くのでは?」

「そうかい?幼少期から兄妹に見られたことはなかったけどなあ。まるで恋人のようだと揶揄われたよ?」


 はははと笑う飛鳥さん。そんなもんかと思ったが、隣の真智さんの顔がだんだんと赤くなっていく。

 あ、これはおそらく違うぞと気付けた。飛鳥さんは冗談で言っているようだけど、真智さんは違うんじゃなかろうか。


「お、おお、お兄ちゃん⁉︎いきなりそんなこと言っても、難波さんが困惑するだけでしょう⁉︎ち、違いますからね!わたしとお兄ちゃんはれっきとした──!」

「あ、血が繋がってないことも知ってます」

「星見ってズルいぃ!施設のみんなの異能よりもよっぽど利便性あるよ!」


 真智さんが憤慨するけど、その様子を不思議そうに見ている飛鳥さん。

 俺、他人のことなら案外わかるんじゃないか?自分のことに鈍感なだけで。

 ……ミク。俺より鈍感な人見付けたよ。

 まあ、真智さんのためにも話題を逸らそうか。


「飛鳥さん。その腕どうされたんですか?」

「ああ。御影魁人みかげかいとにやられてね。絶賛リハビリ中なんだ。半年もリハビリをすれば治るらしい」

「半年も、ですか……」

「いやいや。これでも運が良かったんだよ。朱雀にやられてこの程度で済んだんだから。一般人としては中々の快挙だろう?仇も取れて、妹も無事に暮らせる。その代償が半年の不自由なら十分お釣りがくるよ」


 一般人、かなあ。神々の加護がある人間を一般人って呼んで良いんだろうか。影とはいえ、朱雀も倒した一般人。うん、一般っていう意味を辞書で調べ直した方が良さそうだ。

 目の前の二人が笑っているから、それで良いのかもしれない。真智さんも文化祭で見かけた時よりはずっと良い表情をしている。あの時は暗かった。

 きっと兄のことが心配だったのだろう。

 そんな真智さんが、俺の膝の上に乗っているゴンへ目線を向ける。


「この子って、難波さんの式神ですか?大人しいですね」

「真智。その方は──」

『フン。産まれながらの異才。他者に請われる愛し子。可能性の象徴。久しぶりに見たぞ。こんな奇跡』

「……シャベッタアア⁉︎」


 そうだよなあ。式神だからって喋るとは限らないよなあ。これこそが一般人の正しい反応だろう。

 飛鳥さんは知っていたようだ。姫さんたちが活動を援助してたんだっけか。


「こら、ゴン。驚かせるな」

『話しただけで驚くなんて、一般人じゃねーんだぞ?』

「彼女、ほぼ一般人だから」


 天竜会に保護されてるんだし。三年前に襲われたけど、陰陽師じゃない人だ。

 一般人とは感性が違うだろうけど、ベースは一般人なんだから。


「やっぱり天狐殿でしたか。初めまして。話は協力者の方から伺っています。真智、この方は朱雀と同じような方だ。尻尾が三本あるだろう?」

「ホントだ……。えっと、初めまして。天狐様」

『おう。しかし神稚児に会うなんてな。そりゃあそんな能力も持ってるだろうよ』

「ん?真智さんって神稚児なのか?」

『そこまでは過去を視てなかったか?こいつは神の力を産まれながら持ってたんだ。だからかまいたちは──気付いてなかったのか?』

「真智がそんな存在だなんて知りませんでした。それって凄いんですか?」

『……ん、ああ。何百年に一人、いれば良いって存在だ。御魂持ちよりもよっぽど希少だぞ』


 うん?ゴンが何か隠してる。後で聞くことにしよう。

 神稚児なんて実在してたのか。神様がいるんだからいるんだろうけど。今じゃ民間伝承にちょろっと文献があるくらいの存在じゃないか。


『その首から下げたネックレスがあれば大抵は気付かれねえよ。眼が良い奴と、神だけだ。日常生活は送れるだろう』

「それは良かったです。お爺様の皮膚って凄いんですね」

『神の鱗だからな。凄くなかったら困るぞ』

「あれ?龍なんじゃないのか?」

『あそこのジジイは神だ。この前戦った龍より上だぞ』

「なんで竜の字使ってるんだよ……」

『隠蔽とかって昔言ってたな』


 竜と龍は別の存在だ。龍の方が圧倒的に強い。そんな、龍神が偽りまでして異能を持つ人間の保護をしている。

 慈悲深い方なんだろうな。


 二人は今日の診察も終わったというので、迎えの人も来て帰っていった。今もあの二人は天竜会の施設で保護されており、当分の生活にも支障はないとのこと。

 あそこに今の仮の呪術省は手を出すはずもなく、安心して次の生活の仕方を探しているらしい。飛鳥さんがかまいたちだったことを知っている人は少ないようなので漏らさないでくれると助かるとのこと。それはきちんと約束した。


 飛鳥さんはどう言い繕おうと、殺人犯だ。たとえ殺してきた相手が極悪人でも、現代法に照らし合わせても犯罪者。それに無関係な人に与えた精神的苦痛もある。俺だって銀郎を通して人を殺した犯罪者だ。飛鳥さんを売るようなことはできない立場。

 飛鳥さんを罰しようとは思わないし、彼らは排除しなければならない危険分子だった。あの集団を放置していた旧態依然の呪術省が悪い。


 飛鳥さんと真智さんと別れてしばらく。ようやく蜂谷先生の診断が終わったらしいので、診察室に入った。その頃には銀郎と瑠姫もこちらに着いていた。キャリーケースに当分の着替えを詰め込んで持ってきてくれた。助かる。

 ベッドには規則正しく寝息を立てているミクが。苦しそうじゃなくて良かった。


『明。話は聞いたが、結論からな。ここでできることはない。これは医療の範疇じゃない』

「まあ、予想はしていました。悪霊憑きや妖を見てきた先生からしても、これは治療ができる段階じゃないんですね?」

『ああ。神気の上昇に身体が追いついてない状況だ。こんなものを治療できる奴は医者とは呼ばん。そいつは神だ。神にしかどうにかできんよ。それに神だったら誰でもできるわけでもない。医療に精通した神でなければ無理だ』

「じゃあ、ゴンにも無理か」

『オレだって何でもできるわけじゃねえんだよ』


 ゴンがそっぽを向く。ゴンが豊穣の神だって知っているから、過度な期待はしていない。

 それに宇迦様へ会いに行っても意味がないとわかった。医療の神様なんて知り合いにいない。いや、神様にそんなに面通しをしていないから、知り合いがいるわけもないんだけど。


 神の御座も宇迦様の場所しか行ったことがない。宇迦様の御座は独立しているようで他の神が訪れることもなく、誰かを紹介されることもなかった。

 だから他に面識がある神は地上に降りてきたことがある神だけ。要するに大天狗様だけだ。大天狗様と連絡を取る手段がない。アウト。


『今は自浄効果を高める薬と、睡眠剤を使ってある。身体を活性化させつつ、睡眠を取らせるしかないな。それでも神気が増え続けるなら、クゥに神気を抜き取ってもらえ。それくらいしか手段はない』

「わかりました。先生、ありがとうございます」

『金蘭の見通しなら一週間くらいで落ち着くんだろ?医者が他人の言葉を信じるっていうのは癪だが、星見じゃなくてもその辺りは信用できる。癪だがな』


 日本最初の悪霊憑きで、晴明の一番弟子だから知識量も相応。神気も持っているので、一番頼りになる生き字引だ。

 直接見ていなくても、安倍家直系の難波に嘘を言う理由がない。信用できる情報源だ。


『薬は一応十日分出してやる。様子を見て、珠希が苦しそうだったら投与しろ。食事はしっかり食わせればそれだけ身体が早く作り替わる。……ただそれは、神に近付くってことだ。人間には、戻れない』

「……わかっています。狐にしろ、神にしろ。人間のタマが薄れていく可能性があることは」

『悪霊憑きの中にも、憑いた存在と上手く共存している人間もいる。金蘭なんて最たる例だろう。諦めるなよ、明』

「はい。ありがとうございます」


 激励を受け取る。

 渡された薬は一番近くにいることになるであろう瑠姫に渡し、ゴンにも当分ミクの部屋に居てもらうことにする。緊急時にゴンがいた方が絶対良い。

 ミクの部屋が女子寮じゃなければ、俺もずっと看病ができるんだけど。それも今の状況じゃ難しい。俺が誰か女性の姿に身体を偽るわけにもいかないし。


 ミクの目覚めを待ってからタクシーを呼んで、トンボ帰り。とはいえ、秋だからかすっかり陽は落ちてしまったけど。女子寮の前までタクシーを横付けしてもらって、瑠姫と銀郎に運んでもらった。銀郎は雄だけど、緊急時だし許可はもらった。

 式神だから許可はもらえたけど。俺はやっぱりダメ。ここら辺はお堅い。


 さて。ミクの経過観察も必要だけど。

 雲の流れが早い。夜の帳に紛れて、陰気が満ちている。

 不穏な空気が、漂っていた。


「銀郎。荷物を置いたら、ちょっと出かけるぞ」

『坊ちゃん、休まなくて平気ですかい?龍との激戦、それに珠希お嬢さんの看病で最近休めていないでしょう?無理をしたら身体に障りますぜ?』

「無理してる感覚はないから大丈夫だ。神気も霊気も不調はない。体調も多分大丈夫だ。ダメそうだったら抱えて逃げてくれ」

『ハァ。いつものことですね。んで、何があったんですかい?あっしも空気が淀んでいることはわかりますが、陰陽術や呪術となるとてんでなので』


 一度男子寮に向かって、キャリーケースを置いて制服から紺のジーンズに青いTシャツ、灰色のジャケットに着替えてから校外に出る。ゴンと瑠姫には簡易式神で行き先を伝えておく。


「京都全域の霊脈が陰の気に満ちてる。陽の気が少ないんだ。……京都市を使った大規模呪術だ。今の所京都の結界には干渉していないし、龍脈はどっちも無事だけど」

『そんなことまで分かるようになったんですか。坊ちゃんも段々おかしくなってきましたねえ』

「おかしいって失礼だな」

『褒めてますよ。それで、被害規模は?』

「そこまで大きくはならないはずだ。呪術ではあるけど、これは霊脈の力を借りて泰山府君祭をやろうとしてるだけ。……規模が圧倒的に足りないから、本当の泰山府君祭はできないよ。それに陰の気に頼りすぎだ」

『……いつの間に泰山府君祭を解析してたんですか?』


 銀郎が珍しく驚いてる。京都が危ないって言ってるのにケロッとしてたくせに、一つの秘術を読み解いたって言ったら目を丸くさせるなんて。

 銀郎の式神としての優先順位からだろうな。それに安倍家最高秘術を読み解いたって言えば誰だって驚くか。現代には名前しか遺されていない、解析のしようがない代物だったんだから。


「過去視で現物を視て、その状況と術式の有様を見れば概要も分かるさ。今の俺にはできないってことも。せめて龍脈を一つ管理下に置いて、それでようやくできる代物だ。京都全部の霊脈だけじゃ足りないよ」

『そうなんですかい。ちなみに犯人と実行場所の裁定は?』

「済んでる。ミクの体調に響かせないためにも、止めるぞ」

『了解です』

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