第158話 1ー1
「土蜘蛛動乱」が収束したと言われた翌日。俺たちはすぐに京都に戻る手筈になっていた。福岡に留まっている理由もないからだ。
学校側としてもやることが多く、朝の十時の新幹線に乗ることになった。あれから三日経ったわけだけど、ミクの調子は戻っていない。まだ歩くのもダメで、瑠姫と天海に肩を借りてバスと新幹線に乗り込んでいた。
席もワンボックス分使わせてもらい、ずっと寝かせていた。ゴンをお腹に乗せて神気を吸い取ってもらい、何かあったら動けるように俺と天海、雄介はそばにいた。
「まだ良くならねえのか……」
「ある意味タマの持病だからな。昔から時々こうなってたし、今回は色々あったから。信用できる人の話だとあと一週間くらいで良くなる、予定」
「一週間も?」
「むしろ早い方だと思う。京都に戻ったらすぐにかかりつけの病院に連れて行くよ」
「福岡じゃダメだったの?」
天海にそう聞かれるが、首を横に振る。カルテもなし。狐憑きだと伝えてすらいないのに、一般の病院に連れて行ってもまともな診断も受けられない。
原因不明だと言われるだけだ。病気じゃないんだから。
身体が内側から書き換えられている状況に等しい。細胞が全て神のものに置換されていく副作用で、熱やだるさが出ている。現代医療にそのような症状は記録されていないから、向こうも困惑するだけだ。
「専用の薬ももらえない場所に連れて行っても意味がない。だったらゴンをそばに置いておいた方が良いよ」
「先生は神様だもんね」
『おい。オレは漬物石じゃないんだぞ?』
「知ってる。けど、ゴンがそばにいるのが最適だし」
この中で神気の許容量が一番あるのはゴンだ。原因を取り除くことはできなくても、緩和させることはできる。
今もただミクの上に乗っているように見えるけど、実際は処置中だ。可愛らしくて、とてもそうは見えないだけで。
「祐介。あっちの様子は?」
「あー……。暴れてる様子はなかった。ただ賀茂ちゃんのそばにいるだけだったぜ。婚約者が死んだともなれば、土御門も悲しむだろ」
「……本当にあの二人、婚約者だったんだ。珠希ちゃんが絶対にそうだって言ってたけど」
隣の車両には、棺に入った賀茂や亡くなった生徒と、そばにいる土御門。そして土御門を監視している先生たちだけで一両貸し切っている。亡くなった人と一緒にいたがる生者は稀だし、賀茂はクラスではそこまで評判の良い生徒ではなかった。学外だとどうも違ったようだが。
なんにせよクラスメイトが亡くなって、ミクも体調不良で弱っている。ウチのクラスの空気は暗い。
せっかくの宿泊学習も二日目に騒動が起きて四日ほどホテルに監禁状態。帰りの移動でも楽しむことはできず、死人も出た。
年度始めにAさんによる襲撃事件があったものの、それで生徒が死ぬことはなかった。その時も大天狗様が来られた時も死者は出ていたが、自分たちは安全だというどこかで甘えがあったのだろう。
だが、それはただ運が良かったり、目標にされていなかっただけ。家族がそういった数々の事件でたまたま殺されていなかっただけ。京都で大きな事件は起きて、それで死者が出ても。将来的に死ぬのは自分だと、考えが及ばなかっただけ。
それを今、自覚した形だ。
「天海、そんなに意外だったか?あの二人は自称陰陽大家のトップ二つの嫡子だぞ?」
「大多数はその認識だと思うよ。今じゃ難波家と裏・天海家の方がトップ二つになっていそうだけど。……なんていうのかな。家柄を考えればそれでもおかしくないんだけど。土御門と賀茂って混ざり合うんじゃなくて、お互い独立したまま手を組んでるイメージがあったから。それが意外に思った理由だと思う」
「ま、後ろめたいことがいっぱいあったんだろ。呪術省でやってたことは両方がやってて、自分の家の秘術は絶対に漏らそうとしない。……胸糞悪いけど」
「あー。ニュースサイトにいっぱい出てたな。人体実験と、異形の研究。それと泰山府君祭実現のために実験を生身の人間にやっていたとかなんとか」
それが姫さんと金蘭様がここ最近取り掛かっていたこと。土御門・賀茂両家の人道に反した実験の数々を摘発して、両家が反発したために一大抗争が起こったという。
京都の街並み自体は無事だが、多くの死傷者が出たという。「土蜘蛛動乱」と共に世間を騒がせているニュースだ。死者はこちらの方が多い。
これが落ち着いたら他の陰陽大家にもガサ入れを行うとのこと。権力と結びついていない限り、そこまで悪いことはできないと思うけど。妖や土地神を匿ってる家とかは、その存在を悪用している可能性もあるけど、あくまで可能性だ。その辺りは調べないとわからない。
ミクのことが落ち着いたらそういうのも手伝いたいな。賀茂静香のような存在がいるなら、できるだけ手を差し伸べたい。陰陽術という異能を使えても人間であることに代わりはないし、陰陽術や妖、土地神を利用するような連中は許せない。
先の長い話か、それとも。
「んで?明はこの後どうするわけ?」
「タマを病院に連れて行くって話じゃないんだろ?」
「もちろん。この世の中をどう変えていくのかって話だ」
「高校生のする会話じゃないけど、難波君だとそういう話をしないといけなくなるんだよね……。土御門と賀茂は戻れないところまで堕ちちゃったわけだし」
「裏・天海家は表に出てくるつもりなし。天海本家も東京を治めるつもりはあっても、京都は丸投げ。そうなると天海瑞穂に指名された明が立ち上がらないといけないわけだけど」
「必要ならすぐにでも立つさ」
すんなりと言葉にできた。高校生だからとか、まだ家を継いでないからとかじゃない。
もし本当に日本を建て直すことに、俺という錦の御旗が必要ならすぐにでも立つ。他に適任者がいないとかそういう話じゃないだろう。
この魑魅魍魎が溢れるこの世の中を掬い上げるには、天皇のような象徴や、総理大臣のような発言力が強い人間が必要になるわけじゃない。
必要なのが絶対的な力なら。妖を調停する能力が必要だというのなら。Aさんや姫さんが過去の人物だからと辞退するのなら。俺が立つしかないだろう。
その発言が意外だったのか、二人とも目を丸くしていた。
「……なんだよ?」
「いやー。覚悟決まってるなあと思って」
「えっと。難波君としてはそれでいいの?」
「地元で当主を継いで隠居。そんなの血筋と有名税で全部ご破算だ。表舞台に出る家系じゃなかったのになあ。星斗がやるくらいなら俺がやった方が世間は信用する。実力としても、護身の意味じゃ適任だ。式神も一級だし、神とも面識がある。妖にも悪霊憑きにも理解がある。……今の世の中に必要な要素、全部あるじゃん」
『だから姫はお前を選んだんだろ』
「法師がそうなるように仕組んだくせに」
ゴンの言いように反論する。全部法師の掌の上だ。あの土蜘蛛の一件はあの人が関わっていないかもしれないけど、他のことはほとんどあの人が主導で俺たちを育てていた。
未来視は苦手だって、外すこともあるって言ってたけど。すでに計画を立てて、俺が日本を率いるようにお膳立てすることは可能だ。そうなるように百年くらいかけて、妖たちと交渉してタイミングを見計らって色々とことを起こすだけ。やれなくはない。
それだけの価値が俺にはあったんだろう。想定通りなんだろうな。
「明って今どれくらい強いわけ?八段の星斗さんを下に見てるのは知ってるけど」
「五神で勝てないのは玄武くらいだろうな。他の五神と九段には勝てると思う」
「え?大峰さんにも勝てるの?」
「あの人は麒麟がどんな存在かわかってないから。むしろ瑞穂さんにはどっこいだと思うけど、ゴンはどう思う?」
『ああ?……お前と匹敵するのは法師だけだろ。勝てないのは現状金蘭のみだ。珠希はこんな状態だしな』
「だとさ」
随分ぞんざいな答え方のくせに高評価だ。姫さんとマユさんなら実力は拮抗してると思ったけど、俺はそれを上回っているらしい。
ミクの神気が増えすぎて実感がないけど。
「ゴン先生、本気?」
『本気だ。こいつの霊気は法師と遜色ない。実力もまあ、この一年でだいぶ揉まれたからな」
「ゴンと銀郎、それに瑠姫っていう規格外の式神がいるのも大きいだろ」
『それを十全に使える時点で、五神に勝ってると言ってる。奴らは式神を一体しか使役できないんだからな』
京都までの短い時間は、そんな雑談と共に流れていく。
これが最後の、ゆっくりとした時間かもしれない。そんな漠然とした予感が、あった。
京都駅に着いてからは、俺たちはちょっと違う対応を受けた。一般生徒と一般客は先に降ろされて、俺たちや土御門たちは後から降りることになった。
まともに歩けないミクや、多くの棺を運ぶには時間がかかるからだ。
車両から全員出たのを確認して、瑠姫と天海がミクの両肩を掴んで運び出す。俺と祐介が二人のキャリーケースも纏めて運ぶ。
駅のホームに着くと、スーツ姿の人間が多数いた。どうやら先に柩が運び出されているようで、その確認に来ているようだった。
その集団の先頭にはいつも通りの華やかな紅い着物姿の姫さんが。今の京都の守護者は実質彼女だから、それもそうか。
運び出される棺の横で、土御門が怒鳴っていた。
「どういうことですか!静香の遺体だけ呪術省が預かるって⁉︎」
「そのままの意味やけど?あなたも、今京都がどういう状況だかわかっているでしょう?」
「……反乱分子だから、遺体も家に返せないと?」
「それは正確やないね。彼女が賀茂家のご令嬢ということの前に、賀茂静香として用があります」
「もう彼女は死んだんだ!だというのに、尊厳まで踏み躙るつもりか⁉︎」
土御門が姫さんの小さい身体に掴みかかる。駅のホームで、大声でする会話じゃないだろう。乗ろうとしているお客さんが何事かと眺めている。
そんな中でも出発準備をしている駅員さんや、棺の運び出しをしている呪術省の職員は凄い。仕事熱心だという、日本人の気質というやつだろうか。
呪術省の実質的トップに掴みかかって良いんだろうか。土御門晴道は呪術大臣を自主辞職したことになっていて、政府は後任を決めていない。それで実質動かしている姫さんがトップで間違い無いだろう。呪術省に残った職員やプロの陰陽師たちは彼女を認めている。
天海瑞穂、先々代麒麟のファンだった人も多いのだろう。麒麟時代に誰彼構わず助けてきたらしい。
「ええ、尊厳を土足で蹴り飛ばします。賀茂本家で保護した賀茂
「栄華が……」
「この先はここで話すつもりはありませんが。彼女の身体が必要です。一人の命を救うために、一人の尊厳を踏み躙ります。……あなたが彼女を大切に思う理由もわかります。人間として当たり前です。ですが、どうかそれを今だけは捨ててください」
姫さんがいつもの口調ではなく、呪術省が陥落した時のようなまともな口調で諭す。
賀茂の次男、賀茂栄華。賀茂家次期当主とされている三つ下の男の子だ。京都に来てから賀茂家の後継者を知ったくらいだけど、姫さんの言葉から彼も賀茂と同じ処置をされたのだろう。
星見を得るため、最強の呪術師を産み出すため。何も確証がない、人体実験を受けたのだろう。
「あなたは土御門の人間です。だから本来あなたは口を出せないことですが、あなたに納得してほしいので言葉にします。一人の孤独な少年を助けるために、あなたの優しさを奪わせてください」
だから彼女は慕われるのだろう。本来必要のないことを、誠実に話す。不利になることも、包み隠さずに伝える。
見た目も合わさって、彼女を支えようと思う人が続出するのだろう。見た目で言えば十二歳、経緯的にも呪術省の被害者だ。いくらAさんに式神にしてもらって長く、見た目と精神年齢が異なるとしても、庇護欲が狩られるのだろう。
「……彼女は、五体満足で返されますか?」
「はい。彼女に埋め込まれた物は抜く予定ですが、きちんと今の可愛い姿のまま、お返しします。それも賀茂本家ではなく、婚約者のあなたに。葬儀などは親を頼ってください」
「………………わかりました。彼女を、お願いします」
土御門が頭を下げて許可を出したことで、スーツの男たちが棺を運び始める。土御門も八神先生に連れられて、ホームから退散していった。
一仕事終えた姫さんは、そのまま俺たちの方へ歩いてくる。
「あ、そっか。見たことあると思ったら、いつぞやラーメン屋さんの帰りに見た人だ」
「ああ、天海からしたらそれが初めてか」
マユさんに会った後に、姫さんが一人で歩いてる時に出会ったんだった。俺は入学式の時に会っていたからそれよりは少し前だけど。
「明くん、大変だったね。珠希ちゃんは……まだダメみたい」
「はい。ご心配おかけしました」
「あの人が心配しててなあ。下にタクシー用意してるから、蜂谷先生のところすぐ行きぃ」
「すみません。ありがとうございます。……俺たちにはその口調なんですね」
「素で話してもええんやけどね。君たちと話してると別のスイッチが入っちゃいそうやから、堪忍な?」
そう悪戯っぽく笑われてしまった。その内容に深く言及することなく、もう一度頭を下げて改札から出ていく。棺の脇を通って、他のクラスがやっているような解散の話も素通りして、俺たちは駅前のロータリーへ向かう。
八神先生には先に伝えてあったので、俺たちが先に抜けても問題はない。
姫さんの霊気を感じる蝶の簡易式神がいたタクシーまで来て、二人にお礼を言う。
「天海、祐介。ここまでありがとう。あとは俺の方でやるから良いよ」
「大丈夫?病院までついていこうか?」
「そこまでは良い。結構山奥にある診療所だし。銀郎、瑠姫。俺たちの荷物を寮に戻しておいてくれ。こっちに来る時に俺たちの着替えを数日分。頼むぞ」
『了解です』
『超特急で行ってくるニャ』
蜂谷先生にはやれることはないからすぐ帰れって言われそうだけど。診せてみないことにはわからないからな。
天海と祐介とは別れて、俺たちはタクシーに乗り込んで診療所へ。場所はすでに伝えてあったので、運転手さんがすぐに向かってくれた。
相手もかなりの良いところの人間だったのかこちらを何も詮索せず、無言のまま運転してくれた。狐が乗っていることも気にせず、着いた先でお金を払おうとしたら姫さんが前払いをしてくれたらしい。
本当にあの人には頭が上がらないな。
診療所では蜂谷先生がすぐにミクを抱えて、診察を始めてくれた。俺はその間、診療所でずっと待っていた。
一応父さんたちにメールで京都に戻ってきたことを伝えると、すぐに返信が来た。ミクのご両親にはすでにミクの状態を伝えているとのこと。明日には一度ミクの顔を見に来るらしい。「土蜘蛛動乱」に陰陽大家の反乱もあって即日には来られなかったのだろう。
父さんたちも来るらしい。星斗もこちらに向かってるとか。星斗には特に伝えなくて良いか。あっちもあっちで大変だろうし。
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