八章 家の呪縛・終わりの始まり

第157話 プロローグ

 人間は産まれた時から決まっていることがある。

 才能と家柄だ。

 そのどちらも親によって定められ、一生付き纏うこととなる。親を、子どもは選べない。

 人生は産まれた時に決まっている。運命なんて存在しない。


 この世界は、そう在れかしと定められた道筋をなぞっているだけ。努力をしようが、人間が大局を覆すことはできやしない。

 もっと上位の、神という存在がいる時点でそれを自覚しないのはバカだ。



 だから──早々に諦めた。



 家のしきたりに従い。何もわかっていない家の人間の言うことを聞き。

 陰陽術の修行を惰性で続け、家の悲願とやらを叶えるために様々な術式を覚え。だというのに秘術は機密に関わるからと教えてもらえず。

 やれることは一般の呪術師と対して変わらず。なのに研究に割くのは本家の人間だけ。研究は時間と積み重ねがモノを言うのに、それをプライド如きで無為にする情けなさ。


 だからではないが、周りには従順なフリをして幼少期を過ごし、好きなことをした。本家の悲願だの、目指すべき到達点とやらも興味がなかった。ただ反抗的な態度を取れば用無しとして捨てられる。それだけはわかっていたので、ヘコヘコと頭だけは下げ続ける。

 権力闘争。本家に認められる。表舞台での活躍。本家の補佐。


 どれも等しくどうでもいい。地位も名誉も必要ない。

 ただ、目の前にある陰陽術という素晴らしい難題に取り組みたいだけなのに。

 何故誰も彼も、こんなに解きがいのある未知を放り出して金や名声など求めるのだろう。そんなもの、最低限在ればいいではないか。

 本家に見放されない程度に実力を見せて、態度もそこそこに繕って。偽りの名前を名乗って学業に勤しみ。


 自分よりも可哀想な人間がいたことに驚き。

 その子たちを助けるために、ペルソナを捨てて奔走したり。それでも結果が出ずに泣き崩れたり。段々と人間ではなくなっていく二人に憐憫を覚えて。

 そんな最中、本家……というより、本家で唯一親しくしている人間より命令が下る。


 なんてことない。本家の悲願を達成するための偵察行為だ。

 また偽名を名乗って、身分を何もかも偽装して。学校に行きながら研究を優先して。

 本家の目がないことをいいことに伸び伸びと過ごして。

 本家の知識は偏っていたんだなと、外を知ることで深みと広さを知り。

 なんちゃっての青春をそこそこ謳歌して。

 本当の青春の苦味も経験して。


 本家の屑どものように、犯罪に手を染めた。呪術省が定めるルールに反して、無辜の民を傷付けた。大切な人を助けるために、その他を切り捨てた屑に下がり果てた。

 正攻法ではどうしようもできないからと。外法に対するには外法が必要だからと、外法の下準備の為に悪事に加担した。それしか手段がなかったと、やる前もやってからも後悔した。


 本音を言えば。

 本家で勝手にやってくれと思った。巻き込むなと。血筋だからと、本家に従う謂れがどこにある?

 本家は他の人間を同じ人間だと認識していない。自分たちだけが人間だと、呪術師だと信じている。他の者は皆、ただの実験動物程度にしか思っていない。

 そうして目指す悲願とやらもたかが知れている。たかが知れているのに、真剣に目指す者たち。



 さて、その悲願は。

 呪いとは。

 実在するものなのだろうか?




 もうここに来て、その呪いがどうだったかなんて関係のない場所まで来てしまった。

 呪いというものを信じて動き続け、その呪いの解呪を願い行動に移してしまった。やってしまったことは、逃れられない。

 起こしてしまった悲劇を、無視して生きることはできない。


 本家の人間は、ずっと偽りの頂点にしがみ続けてその辺りの感覚が鈍ってしまったらしい。

 外の世界を知ったからこそ、歪さを知った。

 知ったはずなのに、本家の命に従ってしまった。

 人生最大の失敗だろう。


 この失敗を、失態を、屈辱を。もう味わいたくないと思ったのに。

 また悲劇は、巻き起こる。

 自分の無力さを知り、最後の愚の骨頂を犯す。

 もう、振り返ることはできない。

 この愚かしい道を、ただ進むだけ。


 破滅の道だろう。罵詈雑言を浴びせられる、常闇への誘いだろう。

 全てを受け入れて、進むと決めた。犠牲にしてきた人たちへ、謝ることもできない。

 ある意味で、これは逃げだ。

 ああ、恐ろしい。逃げてしまいたい。そんな思いがこの空虚な胸を刺激する。

 僅かに埋まった一欠片を、捨てることしかできないのなら。捨てるとわかっていて、深く踏み込んでしまったというのなら。




 その苦しみも背追い込んで、修羅の世界へ飛び込もう。

 きっと、この身を悲しむ人は、いないから。

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