第156話 エピローグ

 そして朝を迎える。

 騎士の名を冠した異能者たちが何も守れずに山頂へ辿り着き。

 龍の勝鬨だけが、響き渡る。


────


 結論を言おう。明はよく持ちこたえた方だ。神に近しい存在に、日没から明朝まで戦い抜いた。珠希の神気を併用し、ゴンの力が増大していたとはいえ、これができる存在が世界にどれだけいるか。

 方舟の騎士団最高戦力のキャロルが真実に気付いてしまったために、彼女は碌に力を使えなくなった。それも付け加えて、この龍に敵う存在が減ってしまった。

 朝日が昇った頃、ヴェルニカに気絶させられていた戦闘員たちが救助部隊に助けられて目を覚まし、山頂に辿り着く。そして彼らが龍・ケンタウロス・ヴェルニカを囲っていた。


「また羽虫が増えた……。そこの者も限界だな。飽きたぞ、友よ」

『力の方はどうだ?』

「天狐と神に成り上がった狼のおかげでほとんど戻ったと言ってもいいだろう。お前は途中から見学していたが、どうだ?」

『まあ、こんなものだろう。これ以上はゆっくりと馴らせばいい』

「では行くか。そこな星々の渡り鳥。貴様も来るのだろう?」

『良いのですか?』

「ああ、貴様なら増えても文句は言わんさ」


 ヴェルニカは正式に許可が降りたことに喜び、ケンタウロスの後ろを歩もうとする。それを阻もうと、一人の魔術師が魔術を発動させた。

 彼らが世界の災厄であり、仲間を殺されたという事実は変わらないからだ。


「待て!軍曹の仇!」

『ああ、もう。ちょこざ──』


 応戦しようとしたヴェルニカの伸びた爪。放たれた炎の弾丸。それらがぶつかる前に、彼らの間に影が降り立つ。

 その者は無手の左手で炎を受け止めて消し去り、右手は腰に差した日本刀を抜いて伸びる爪を受け止めていた。陰陽師でも異能者でもない人間が、異能を素手で受け止めたことに驚愕が広がる。


 もっとも、その人物のことを知っていればそこまで驚きはないが。

 銀色の髪を短く切り揃え、日本刀と小太刀を腰に差した昔ながらの着物を着た人物。その鋭い目は歴戦の戦士を思わせる輝きだった。


「ここまでにしてもらいましょうか。これ以上沙汰を増やされても困る。海向こうの方々。無駄死にされても構いませんが、日本で死ぬのはやめていただきたい。勇敢に戦った若者を助けるのではなく戦火を広げるなど、愚の骨頂だ」

「な、何者だ⁉︎」

「日本でも有名ではないので知っているかわかりませんが。安倍家筆頭式神、吟。難波家次期当主の救援に参上した」

『おー、あなたが。これは失礼したのじゃ』


 誰だかわかったヴェルニカは爪を引っ込める。吟はそのことに満足したのか、明の下へ行き、彼の前でひざまづいた。


「明様、遅くなり申し訳ありません。あなた方の救助に来ました。天海瑞穂の名で宿をとってあります。珠希様を休ませるべきかと」

「私に様とつけないでください。あなたは安倍晴明に仕える方でしょう?私は難波の者です」

「ええ。唯一あの方の血を継ぐ者でありますから。本当は金蘭を呼ぶべきでしたが、姉は難波の地で別件に当たっておりまして」

「……わかりました。ゴン、タマを運んでくれ。瑠姫も上に。俺と銀郎は下を行く。吟様、案内お願いします」

「おれにこそ、敬称は不要ですが。……行きましょう」


 明たちは吟を先頭に走り去る。それを見ている内に、龍たちも空高く上がっていた。ケンタウロスをヴェルニカが抱えて空に浮かんでいる。

 その光景はとても信じられるものではなかった。


『どうされるので?』

「日ノ本を一周するか。その後お楽しみと洒落込もうじゃないか」

『随分と変わったからな。面白いかもしれんぞ?』


 そうして三体は山を降りて、たった三日で日本を一周した。所々で宴を開いて、妖たちとどんちゃんしたくせに三日で巡ってみせたのだ。しかもその宴を平然と街中でやったりしたので陰陽師が出動するが、誰も止められなかった。

 唯一の救いは死者も建物などの物理的被害も出なかったことか。


 この三体と妖たちが好き勝手パレードをしたことで「土蜘蛛動乱」と呼ばれどこに出没するかわからないので交通網も都市機能も三日間ストップ。姫が主犯格は土蜘蛛、そして三日後日本一周を終えた三体が海外へ出発したことを確認してこの騒動の終わりを宣言した。

 死者、六名。


────


 キャロルたちは京都に撤退してきて、本部にて報告書を書いていた。

 未帰還者一名。その者が特殊すぎた。


「まさか軍曹がバンピールだったなんテ……。気付いてたノ?」

「それこそまさか。種族を偽る魔具なんてこちらとしても予想外だ。ということで今は抜き打ちの検査を行っている。……しかし映像も音声も不鮮明だな。軍曹とV3が交戦するまでは鮮明だったのに」

「V3の能力かもネ。異能や電子機器に対する妨害工作くらいできそうよ、彼女」


 キャロルと日本支部長のモランは今回の一件についての報告を受けるというていで密室を作って話し合っていた。

 手元にはV3のデータと軍曹──グレイブ・トリントンの資料。そして映像として先日の戦闘記録を見て、彼らは椅子から立ち上がる気力をなくした。


 V3とグレイブの規格外な近接戦闘、そしてバンピールとしての回復能力などの固有能力に、V3が見せた終盤の意味不明な力の数々。

 全てを弾く障壁に、身体の中から出した剣。身体を灰にしてしまう強力な武器、それを戦い終わった後は無造作に捨てて光の粒子へ変わっていき、見付けることもできなかった。


 彼らの組織が誇る二千年の歴史からしても、確認できない事象の数々だった。V3固有の能力と割り切ることは簡単だが、対応策は何も浮かばなかった。これから先も敵対する相手が敵わない強敵でした、では終わらせられないのだ。

 彼らは、人類の守護者なのだから。


「これは本部に送って、向こうにも考えてもらいまショ。結論なんて出やしないワ」

「全ての魔術を知る君でもわからないのか?」

「あくまで魔術だけだし、異能や体系が異なるものはわからないワ。そこまで万能でもないノ」

「だろうな。万能であれば、グレイブの正体もわかっていただろう」

「……軍曹の葬儀はどうするノ?」


 たとえバンピールという倒す側の存在だったとしても、彼は組織の一員だった。ともすれば、弔うことも考えなければならない。

 身体が灰になってしまっても、遺品など碌に残っていなくとも。仲間はきちんと送り出すべきだ。


「上は組織の一員だったこと、貢献度から行う予定だということだ。ただし参列者は日本支部の数人と幹部だけ。奴の家族もバンピールとすると連絡はできないだろう。君はどうする?」

「……パス。今JAPANから目を逸らせないでしょウ?」

「そうだな。身体の方はどうだ?」

「何で今まで気付かなかったんだろうっていう変化が起きてたワ。今は右腕よりも左腕の方が長いノ。それに先日から三cmも背が伸びたし、精密検査をしたら骨密度が増えてタ。……ワタシの身体、どんどん浸食されてル」

「その辺りも調べ直しだな。本部に資料を請求するか。……方舟はいずこに。人類の夜明けはどこにあるのだろう……」


 大切な人を失っても世界は続く。太陽は昇り、沈む。

 カラカラと、静かに音を立てて。


エピローグ2


 宮崎県にある大きくはないが、広く整った由緒ある旅館。最初の日に泊まったホテルは完全に洋風だったが、姫さんが急遽用意してくれた宿はどこからどう見ても和風の旅館で、しかもスイートルームに等しい最上級の部屋を。

 朝早く訪れたというのにすぐに案内してくれた。ミクがぐったりしていても深い事情も聞かず、誰も通さずに近寄らせないでくれという頼みも二つ返事で了承。この辺りはさすがプロだった。


 ミクを布団に寝かしつけてからは、まず吟様にお礼を述べると山で言われたようにすげなく返されてしまった。次に姫さんに今回の諸々について電話でお礼をするとそれもいつものように軽く流されてしまった。それはいつものことなので、俺も毒されそうになったけど、お礼を言わないことは違うのでちゃんとお礼を言った。彼女たちにも思惑はあるんだろうけど、助かっている事実は変わらない。

 そうしてようやく八神先生に連絡をした。


「朝早くにすみません。今大丈夫ですか?」

「ああ。今どこにいる?」

「宮崎県の神仙という旅館にいます。部屋を取ってタマをここで休ませています。体力の消耗が激しくて。明日の朝にはそちらに戻ります」

「そうか。住吉と賀茂は帰ってきた。それとこっちは事態がどう動くか不明だからホテルで待機だ。騒動が収まったと判断されたらすぐに京都に戻るからな」

「わかりました。タマにもそう伝えておきます」

「……賀茂のことはそこまで深く考えなくて良い。土御門が大方話してくれたよ。賀茂本家のやってきたこととか、賀茂の状態もな。最善の選択だったとは思わないが、その場でできることだったと思う」


 俺は実際その場にいなかったからどうなんだろう。ミクが賀茂の魂をちゃんと送ったということは聞いた。最後に彼女にかけられていた術式も、彼女の意思を尊重するものだった。彼女が何も考えられない状態だったら時間稼ぎはするものの、近くにいた誰かの術式を阻害するものではなかった。

 彼女の人生は悲惨だったが、それでも味方になってくれる人はいたということだ。


「明日駅に着いたらタクシーを使うように。あと何かあるか?」

「明日タマ用に個室を一つ用意してもらえますか?その方が俺たちとしても看病しやすいので」

「ん。わかった。那須にはお大事にと伝えておいてくれ」

「はい」


 何も聞いてこなかったのはわかっているからか、配慮ができる人だからか。人、じゃないんだろうけど。携帯の通話を切るけど、どこまで頼って良いものか。いくらゴンのお墨付きがあるとはいえ。

 ミクの容体は変わらない。これ以上打つ手なし、が正しい。蜂谷先生に診せても処置無しとしか言われなさそうだ。京都に戻ったら絶対病院に連れて行くけど。


 呼吸も安定してきた。汗をかいているわけでもなく、でも高熱は続いている。それに尻尾と耳を自力で隠せていない。チェックインする時は俺が隠行を使って隠したけど、ミクは今日常の何かもできない状況だ。

 力が入らないようで歩くこともままならない。ミクが増えすぎた神気に慣れるには数日必要だろう。いや、これは甘い見通しだ。ミクの神気は神に等しい。今までそんなに酷いとは思わなかったのに、今回は酷いと断言できる。宇迦様に会いに行った時以来の大きな変化だ。前も相当量の霊気を持っていたのに、今はその霊気が霞むほど神気が増えている。


 霊気が神気に置き換わったわけじゃない。神気が増えすぎて、膨大な量の霊気を感じにくくなっている。俺の何倍もあった霊気が霞むなんて、それだけ大きな変化だったということだ。


「明様。おれは少しクゥと外に出ていますので。式神たちも一旦下げます。あなた様は珠希様の隣にいてください。必要な物を式神に用意させますので」

「ありがとうございます」

「金蘭からの伝言ですが。やはり時間を置くしかないそうです。ただ十日もすれば安定するだろうと。それまでは安静に、とのことです」

「わかりました。金蘭様にもお礼をお願いします」

「おれも式神で言伝を受けただけですので、明様の再会が早いかと思います。それでは」


 それだけ言って、吟様含む式神たちは全員出ていった。俺はミクの布団の脇に座って、ミクの手を握った。

 手からも熱と溢れんばかりの神気を感じた。さっきまでの戦闘で俺とゴンが全力戦闘が半日できるほど神気を吸い出して、瑠姫と銀郎に分け与えてこの状況だ。これからも俺たち総出で吸い出すけど、それだって限界がある。


 ミクの身体が慣れるのを待たないといけない。その間に俺がやれることなんてほぼない。

 いくら強くなったって、好きな人が近くで苦しんでいる時に何もできなかったら、意味がない。

 俺は──無力だ。


「ハルくん……」

「ミク、大丈夫か?してほしいこととか、欲しい物があったらすぐ言ってくれ」

「……ハルくんは、わたしのこと、すきですか?」


 ……何を今更なことを言ってるんだ。どれだけ時間をかけて想って、どれだけの言葉と行動を重ねてきたんだか。


「ミクのことが大好きだよ。愛してる」

「ほんとう、ですか?」


 涙目でこっちを見てくるミクは何を思ってそんなことを聞いてくるんだろう。何か心配するようなことがあっただろうか。

 俺じゃなくて、ミク自身の状況だろうか。

 そんな心配を吹き飛ばす方法なんて一つしか思いつかなくて。だから俺はそっと唇を重ねる。

 触れる唇もすごく熱くて心配になる。風邪じゃないにしても、熱すぎる。それだけ今ミクの身体は頑張っているということ。


「何を不安に思ってるのかわからないけど、俺はミクのことずっと好きだよ」

「でも、わたし……。自我がなくなっちゃうかもしれない。わたしがわたしじゃ、なくなっちゃうかも……」

「ミクは狐に負けないよ。……八本目になって不安になった?」

「……はい。今まではもうちょっと大丈夫だと思ってたんですけど……」

「もし九本目が生えて。ミクの自我がなくなったとしたら。俺が必ずミクを掬い上げるから。だから、不安にならなくて良いよ」


 その方法はまだわからなくても。たとえ先人の教えが何も役に立たなくても。

 ミクのことはミクのまま助け出してみせる。たとえ何年、何十年かかってでも。


「それじゃあ、足りません……」

「足りない?」

「わたしに、ハルくんの全てをください。約束だけじゃなくて、わたしの自我がある内に、幸せな想い出キオクを、ください」


 ミクに袖を掴まれてミクの上に覆い被さるように重なってしまった。しかも両腕が背中に回されている。

 まさか。たった一つ、あることが頭に浮かんで全身に熱を帯びる。

 ミクの顔を横からチラッと見てみるけど、その考えが間違っていないようで耳まで真っ赤になっていた。


「えっと。そういうこと?」

「……はい」

「初めては痛いって言うし、凄く体力使うらしいけど……」

「待てません。不安なんです……。わたしが覚えていられる内に、お願いします」

「……なるべく、優しくするから」


 それからできるだけ、持っている知識でどうにか。ミクに負担をかけないようにできるだけのことを、した。

 途中ミクの尻尾や耳に手が伸びた時は自分の在り方がどうしようもないと苦笑も漏れたけど。

 今隣で安らかに眠っているミクを見て。苦しそうじゃない姿を見てひとまずは安心した。


 でも油断はできない。何がきっかけで最後のトリガーとなるのかわからないんだから。

 まだ昼前だというのに嫌に疲れてしまって。それでもミクの熱を感じたくて。

 汗でちょっとベタつきながらも、柔らかく暖かいミクの身体を抱きしめながら瞼が落ちていった。

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