第155話 5ー2



 龍とアキラが戦いを始めた頃、ワタシも目の前のケンタウロスに集中すル。アキラもタマキも、きっと彼らは大丈夫。八月の時もなんとかしてしまったんだもノ。同じような脅威だから、きっと大丈夫だと言い聞かせル。

 左手にこの剣を持つのは久しぶリ。剣を持つのも、左手に武器を持つのも久しぶリ。利き手が左なんて誰も知らないんじゃないカシラ?いつもは右利きとして振舞っているもノ。


 でもこれくらいしないと、ケンタウロスと渡り合えなイ。世界の理に干渉してしまっても、ここで倒さないと後々に禍根を残ス。だってこんな存在を野放しにしておいたら、普通の人間は壊滅すると思ウ。福岡だってよく破壊されなかったなと思うもノ。それだけの脅威が人里に現れたのに、道路と建物が少し破壊されたくらいの被害しかなかったというのは奇跡に近イ。

 たとえあの龍を復活させるために現れたとしても、次はなイ。むしろあの二体が一緒になったら、世界が滅んじゃウ。そこにV3もおそらく一緒になって世界を回られたら、世界の理を崩されル。

 そうなる前に、ワタシがちょっと干渉しても良いでショ。


『起源、楽園の種。そこから与えられた一種の禁忌。それを身に宿して、宿されて。その禁忌に従うように諭されて、抗って。その力を使うと近付くのではなかったか?こんなお遊びに付き合って華を咲かせるならそれも結構だが。責任は持たぬぞ?』

「お生憎様。というか遊びだとしてもあなたたちに付き合うならこれくらいの力は必須。ワタシはあの女の思い通りには──」

『ならないと思っているのか?貴様は確かに性別が異なる。だが、あの女が求めているのは器だ。男であれば尚良しというだけで、貴様も置換される可能性はあるだろう。それこそが、その右手の呪縛だ』


 手袋の下に隠している右手の金色の秘密。それすらも知っているなんテ。組織が情報統制をする前の時代に知ったのだから、知識は公になって……ないわネ。ワタシの前任者たちもこれが呪いだとわかっていたはズ。それをこのケンタウロスにバラす理由がなイ。

 となるト?


「前任者に聞いたのネ?」

『ああ。おそらくお前たちの組織ができる前だな。その男は悩んでいた。人類の歩みを止めてしまうかもしれない呪縛を、その身に宿していると。私のような者にしか零せなかったのだろう。確かその頃は神代も終わったばかりで魔術など使える者は少数でな。魔術を使え、その身は人間のスペックを遥かに超えている。神代の英雄と遜色ない存在がポツンと、ただの人間の群れに紛れている。それは苦痛だっただろう』

「その苦痛を解消してあげたってこト?お優しいことデ」

『優しくはないな。私は話を聞いた後、彼を殺しただけだ。それが彼の望みだった。だから殺した。阿婆擦れ女の操り人形なんて嫌だったのだろう』

「ナ……⁉︎」


 殺しタ?それが望みだったとはいえ、この呪いに侵された身を殺したって言ったノ?ワタシたちの身体はその阿婆擦れの願いを叶えるために特別強固にできていル。多少の無茶どころか、自殺を許されないほどワタシたちは事故死をしなイ。寿命で死んでようやくあの女の呪縛を超えられるというのニ。

 そんなワタシたちの内の一人を殺しタ?


「化け物メ……!」

『殺されたことが不思議だったか?もしや貴様、自分たちは死なないなどと盲信しているわけでもあるまい。あの女主人はあくまで、人間だぞ?神の時代の、神による遊戯だとしても万能ではない。人間の尺度では確かに万能だと誤認してしまっても仕方がないが、人間だという事実は不変だ』

「最近ようやく強者への耐性がついてきたところだったのニ……!確かにこれじゃあ、楽園への鍵は閉ざされたままネ!」

『もし我々のような化け物が少なく、人間で争っている内は、可能性があるかもしれないが。いや、人間とは足の引っ張り合いをするものだったか?どちらにせよ、奴の願いを叶える必要性はないわけだが』

「ないわネ。だからってあなたたちを放置もできないノ」

『なら来るがいい。禁忌の左手を持つ者よ』


 ワタシは走り出ス。それと同時に右手で魔術を使っタ。

 今までのようにシェイクスピアの真似事なんてする手間はなイ。ワタシが思うだけで、何を使いたいか考えるだけデ。魔術というルールは変わル。

 魔術は人間の技術の結晶。様々なルールがあり、それにマナを掛け合わせることで発動する世界の神秘。神秘といえども、明確な決まりに則って発動する、いわゆる公式があル。人間には人間のための魔術のルールがあるけど、ワタシはその絶対的なルールを無視できル。


 詠唱や定義付ケ。頭で浮かべる構築式、周りの環境。それら全てを無視して、即時発動できるワタシだけの特権。

 それによって右手に描かれた金色の五芒星は光出すが、それだけで破格の魔術をノーコストで発動できル。

 ワタシは即座に竜巻を起こして、ケンタウロスにぶつけタ。


『魔術とは、自然に干渉するものではなく。世界のレールに沿うものである。誰が言ったものだったか』

「少なくともワタシは聞いたことないわネ!」


 竜巻に捕らわれたケンタウロスは身動きが取れないまま、ワタシの剣の一撃を受けル。足を落とすつもりだったのに、傷は浅イ。今まで出会った存在の中で最も硬い肉体構成。神代に生きた化け物はその身体すらも特別性ってことネ。

 つまりワタシと同じってこト。


『ふん!』


 腕力だけで竜巻を霧散させたケンタウロス。魔術の起こりはなイ。ケンタウロスが魔術を使えるなんて文献を見たことないけど、どうなんだろウ。

 これで魔術やそれに類する異能を使えるなら、こっちにもやりようはあるんだけド。


 竜巻から逃れたケンタウロスはワタシに向かって前足を振り落としてきタ。確かめたいことがあったから、上げられた両足には当たらないように場所を定めて、片足を剣の腹で受け止めル。

 バキャアッ!という聞きなれない音と共に、地面がその勢いに負けて亀裂が入ル。だけどワタシの剣に欠損は見当たらないし、身体にもダメージはなイ。

 つまりこの剣があれば、接近戦でも渡り合えル。それがわかれば戦いの見通しも立てられル。


「これでどウ!」


 今度は氷塊と細い光線を撃ち出ス。氷塊は右手で粉砕され、細い光線は左手で受け止められタ。左手は少しだけ手が焦げたみたいで煙が出ていたけど、そこまで決定打になる一撃じゃなかったみたイ。これ、他の人だったら発動すら難しい大魔術で、二つ同時発動なんて頭おかしいほどの偉業なんだけド。

 格が違いすぎるわネ。


『魔術師としての才能は神代と大差ないな。複数戦でなく一対一ならこの程度か。いや?奴らは魔術を使うばかりで接近戦などできなかったか。なら剣で結び合えるだけ戦士としては貴様の方が上だな。そうそう、今ので思い出した。先ほどの魔術は世界のレールに沿うものであるというのは神代の魔術師が言っていたのだった。奴らは神への信仰や教えを守って魔術という叡智を授かった者たちだ。神に従うのは当然だったのだろう』

「一つ賢くなったワ。アリガト」

『貴様がそれだけの魔術を使えるのは女主人による刻印のせいか。その五芒星は魔術を使うためのものではなく、世界のレールを誤魔化すもの。そして生じた穴から園への扉を開く螺旋とするための道具か。人間が背負うには重いものだな』

「……何?心配してくれるノ?」

『ああ。あの阿婆擦れが世界を掌握するのも時間の問題だと思っただけだ。悪いことは言わない。それを使うのをやめろ。私は友が本調子を取り戻せばそれに合わせて力を取り戻せる。サンドバックはヴェルニカに頼んでもいい』


 呆れタ。要するに完全な状態に戻ることは可能だから見逃せと言っていル。全員が本来の力を取り戻したら楽園の女主人が世界を変える前に、世界が滅びるでしょうニ。

 ワタシの役目は世界をこんな化け物たちから守るこト。そして女主人の望む展開にさせないこト。

 両方を為すためには、今は目の前の存在を仕留めないといけなイ。そのためにはこの忌まわしき力も使わなければいけないノ。


「お生憎様。優先順位はあなたたちを倒すことなノ。ここで引けないワ」

『それはヴェルニカも含まれているのか?』

「モチロン。あの吸血鬼は国をいくつも滅ぼし、餌のために人間が殺されてるノ。野放しにできるわけないワ」

『やめておけばいいものを。貴様ら組織の人間でも、いくら束になったとしても、あの女には勝てん。あれを吸血鬼だと思っている時点でな』

「ハァ?」

『世界は不思議に満ちているということだ。強さも愛も存在も。予想以上に不可解に捩れているということだ』


 世界は単純じゃなイ。ワタシたちの組織もあくまで西暦に変わるのと同時に産み出された組織。このケンタウロスのように神代から生きてきた存在からしたら知識不足も良いところでしょうネ。神代なんて書物で知るしかなくて、その内容も曖昧。どうしたって正確性には欠けてル。彼らは自身の知識として迷いなく正確なものを所持していル。

 この差は大きいでしょうネ。


 V3が吸血鬼じゃないっていう事実は困ったけど、それでも皆ならやってくれると信じてル。ワタシには及ばなくても、かなりの実力者が集まってるもノ。

 リ・ウォンシュンの一件。JAPANの特異性。アキラたちの実力。どれをとってもおかしなことだらけだったから、本部から幹部じゃない実力者を引っこ抜いてきタ。軍曹とかその一人。結構戦闘のスペシャリストが集まったから大丈夫だと信じてル。

 だからワタシは、目の前を見ていれば良イ。


「その不可解に、ワタシも含まれているのカシラ?」

『貴様は不可解ではなく、必然の犠牲だ。古くからある戯言あそびの一つだろう』

「ワタシも、どうにかしたいと思ってるのヨ!」


 身体強化の術式を全身にかけて突っ込ム。ワタシはワタシ。世界に決められているとか、女主人の遊びとかどうでも良イ。この呪いを解くために組織に入ったりしたけど、そんなことよりも人間が好きデ。この世界で少しでも長く生きていたいなって思っテ。

 その願いの前に、こいつらは邪魔ダ。


「ハァ!」

『む?速度が上がった?」


 ケンタウロスの左腕に斬りかかるけど、なんてことのないように受け止められル。けど、今までと違って、刃が肉に食い込ム。今の状態ならこの神代のバケモノにも通じるとわかればそれで良イ!魔術を使わなくても攻撃が通るなら、それで充分。

 手段があれば、突破口も見えてくるはズ。倒せないなんてことはなイ!

 空いているケンタウロスの右手が迫ル。ワタシを捕らえるつもりでしょうけど、そうはいかなイ。

 腰に差してあった、刀を納めていた鞘。それを迫る手に掲げル。


「逆巻け、徒花あだばな!」

『バカか?』


 鞘から蒼い障壁が生まれて、ケンタウロスの拳を弾いタ。やっぱりこんなバケモノ相手でもこの剣と鞘、それにワタシの魔術なら通じル。この力は神にも通じてしまう、神殺しの魔剣。

 ケンタウロスに左腕を振るわれてワタシは地面に落ちたけど、何がバカなのカシラ?攻撃が通って、防いデ。こっちとしては想定通りなのになんで罵倒されないといけないのカシラ?


「あなたの攻撃、防いでみせたのに、バカって言われるのは心外なのだけド?」

『それは元々物理障壁ではなく、魔術障壁だろうが。二度殴れば壊れる物を採用する理由が見当たらない。戦士としては二流の判断だ』

「本来と違う用途をしたらダメっテ?使えるものはなんでも使う主義なノ」

『それで女主人に見付かったらどうする?お前の先駆者たちがどうなったのか知らないのか?お前はその呪いも、剣も理解していないな』

「理解していなイ?これが女主人による悪意だってことは──」

『そして最期には、原初の人間に置換されると知っているのか?』

「……なんですっテ?」


 この剣も五芒星の刻印も、呪いだとは知っていタ。これを使い続ければ、星とは隔絶された楽園への道が開かれ、世界が終わル。組織でも有名になっていることだから、ワタシはその条件と限界を見極めて行動を取っていタ。

 けど、ケンタウロスが言うにハ。

 ただ楽園の鍵が開くのではなく、ワタシが人身御供にされるってこト?


『ただの人柱だと思ったか?ただの鍵だと思っていたのか?唄とその鍵と魔術師という産まれながらに神の被造物として恩恵を受けた身体。その三つが完全に同調することで楽園の扉は開き、あの阿婆擦れが望む楽園にこの星は上書きされる。鍵を開けるだけだったら誰でも良いだろう。それこそその刻印をばら撒き、素養があった者に事を起こさせれば良い。だがそれをしなかった。なあ、ヴェルニカ』

『そうそう。あなたは原初の人間になるべく選ばれた器。これと決めて、その器を育てることしか興味がないの。何度も何度も失敗しても、楽園の引きこもりはそうすることでしか幸せを感じられない欠陥を持ってるのよ』


 バンピールのV3がこっちに近付いてくル。いつの間ニ。もう皆を倒して、こっちに戻ってきたっていうノ?

 二対一。ケンタウロスを相手にしてV3も倒すなんてどれだけの力を出せばできるんだカ。二体を両目で視界に納めながら、距離を取ル。


『わたくしは戦わないから安心なさい。それよりも、その力を抑えなさいな。せっかく面白くなってきたのに、引きこもりに世界を掌握されるなんて嫌なの』

「何ヲ……?」

『ケンタウロスが言っていることは全て事実よ。あなたの身体も心も記憶も、全部世界を壊すための爆弾に変えられるってこと。あなた、世界を守りたいから騎士団に入っているんでしょう?あなたはこの調子だと、十年経たずに世界を破壊するわ』


 その言葉が真実のように、右手の五芒星が痛み出ス。これは楽園の女主人の意志を帯びているらしイ。彼女が望むように力を発揮することが何度かあっタ。力を貸してくれることも、命を助けてくれたこともあっタ。

 それが、ワタシの身体を改造していたのだとしたラ?

 思い当たる節はいくつもあル。ワタシのように選ばれた者は身体が動かなくなるまでこの刻印に魘されたらしイ。完全に身体が動かなくなって、ようやく五芒星が消えたという事例もあっタ。


 戦闘で死んだら作り直しが大変だから丈夫な身体にして、存在する魔術が全て使用できるのはそれをアプローチにして、楽園の扉を開くためだと思ってタ。彼女が自由になるためだト。

 その前提条件がズレていたんだとしたら、本当の目的が世界を変えることではなく、この身体だとしたラ。

 世界を改変してしまうことがただの、副作用だとしたラ?


 この仮説が合っていたかのように、五芒星と頭が痛みを覚えル。気付いて欲しくなかった事を知られてしまったから、子どもが言い訳をするかのように誤魔化すように訴えてくル。

 冷や汗が止まらなイ。いくら確認できなかったこととはいえ、ここまで致命的に間違えているなんテ。

 条件を揃えなければ力をいくらでも使って良いと思ってタ。本当は、力を使うことそのものがダメだったなんて、気付けるはずがなイ。


『別に十年足らずで世界が滅びても良いだろう。その時我々はこの星から出ていけばいい』

『それもそうですね。でも、あなたも力を取り戻さないとそれもできないのでは?』

『あとはお前たちと戦って戻せばいい。爆弾に火をつける趣味はない』


 ケンタウロスが拳を下ろス。それを見てワタシも剣を元に戻してしまっタ。

 まだアキラは戦っていル。あのドラゴンと、一進一退の攻防を繰り広げていル。

 だというのにワタシは、もうこの力を使えなかっタ。

 力を使えなければ戦うこともできなイ。結局ワタシは、この力に依存したただのバカだっタ。

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