第154話 5ー1
目の前には赤い龍。後ろには神気で体調が優れないミク。その介抱に瑠姫とゴンはかかりっきり。一緒に来たキャロルさんはちょっと離れた場所でケンタウロスと殴り合い。
こっちの戦力は俺自身と銀郎だけ。それで目の前の龍は今まで会ってきた存在の中で一・二を争う武闘派。数千年の眠りから覚めて本領発揮とはいかなくても、相当な実力の持ち主。俺も一応病み上がりなんだけどな。
でも目の前の龍はやる気満々だ。だからやるしかない。
「銀郎。刀身変化二式」
『はい。刀身変化二式・竜王の牙』
銀郎が抜いた刀が、牙が波打つような形状の太刀へ変わる。まるで強固な鱗を削ぎ落とすかのような形状。そして衣装も和服から西洋の全身鎧のように変化する。頭と手以外は赤い鎧に包まれた。
今までは刀身変化もかなり霊気が持っていかれたが、最近は霊気も神気も増えて、長丁場の使用も問題なくなっている。この龍相手にどこまでできるかわからないが。ここは地元じゃないから銀郎の神気を解放するのはまずいかもしれない。だから二番目に強い形態だ。
「龍に対する変化も備えているのか。お前たちは面白いな」
「古今東西、最強の存在は龍だとされていますので」
「そうか?龍など人間の英雄譚のために狩られる指標でしかないと思うが。それに我より強い存在はいるぞ?」
マジか。この龍だって今が全力じゃないのに、この龍より強い存在がいるとか、敵対されたらどうすれば良いんだよ。昔話の龍を退治した英雄って本当に人類最高峰だったんだろうな。Aさんですらこの龍に勝てるか怪しいのに。
近接戦が不得意で基本後方からの搦め手が得意な呪術師と、オールラウンダーな龍という差があるとはいえ。
「では、始めようか」
「銀郎!」
『はい!』
銀郎が駆ける。龍は口で大きく息を吸い込み、神気をそこに充填させていた。
龍の基本戦術、炎によるブレスだ。俺もすぐに呪符を出してそれに神気を込める。
「ON!」
「クァ!」
呪符にありったけの神気を込めて水を射出する。技術も経験もへったくれもない、ただの出力まかせのデタラメの術式。格式張った高度な術式ではなく、ただの力技。それでしかドラゴンの主たる攻撃を防げるとは思わなかった。
ぶつかり合う螺旋を描いた大量の水と弾丸のような炎の塊。一瞬拮抗したかのように見えたが、一瞬後には水を押し返すかのように炎の塊が進んでくる。それは水を全て蒸発させ、飛び上がっていた銀郎へ向かう。五行の有利不利なんて御構い無しの大火力。ただの力任せ。
それこそが全てに勝るという彼らのプライドの表れ。
だから、突破できる。
些かでも威力が減衰した炎の塊は、鎧を着た銀郎には他の攻撃よりも防ぎ易い。そのまま炎を駆け抜けて、太刀とも呼べない太刀を振り下ろした。
『ウォオオオオ!』
「!」
龍の顔面に、幾重もの牙が擦られるように食い込む。それを引き抜くと神気で構成された鱗であっても効果があったようで何枚も鱗が剥がれ、内側にあった肉に届き血が垂れる。
龍の血も赤いのだと、感慨深くそんなことを思っていた。
だからといってそこで手を止めない。一気呵成に畳み掛けるのみ。
「
地面から埋まっている金属を探し当て、それを形状変化させて龍の身体にしめ縄のように絡めつかせる。火山で、しかも龍脈で鍛えられた超硬度の金属を使用した鎖だ。いくら龍とはいえ引き止められるはず。使った五枚の呪符は地面に置いた瞬間灰になったけど、それだけの神気を詰め込んだんだから仕方がない。
呪符はあくまで霊気のコントロールにおける補助に用いる物。神気を使用するために製造されている物ではない。呪術省が神気をあまり把握していないんだから、神気に合わせた物の製造なんてできるわけがない。神具だって、尋常じゃないほど霊気が篭った天然の呪具としか思ってないんだから。
地面からどんどん金色の物体が飛び出て龍の身体にくっついていく。その間に着地した銀郎は空から引き摺り下ろされる龍に向かってもう一度斬りつけた。今度は首を落としにいったが、やはり鱗が取れて少量の血を流させる程度。決定打にはならない。
『坊ちゃん、これどれくらいですか⁉︎』
「三分保ったら良い方だ!」
『了解……!』
その三分でできるだけ相手を削ぎ落とそうと、龍に一太刀でも多く刻もうと腕を振るいまくる。神にも等しい龍を傷付けるには神気を多量に含んだ攻撃じゃないと不可能だ。それは拘束することも同じ。
つまりあの龍に対する術式は全て神気で賄わなければならない。銀郎の強化も俺の使う術式も、全部神気だ。そうじゃないと戦いにならない。
俺の中にある神気は精々霊気と比べて三割ってところだ。この三割を使い切る前に決着をつけないといけない。それか相手が飽きるか。俺はミクのように神気がバカみたいにあるわけでもなく、相手の龍みたいに無尽蔵の神気を生成できるわけでもない。
この持久戦は明らかに、俺たちの不利だ。ミクの体調がある程度整ったら逃げ出すことも一つの手だ。相手が怒らなければ、だけど。
きっかり三分。銀郎が身体中に切り傷をつけていたが、とうとう龍は金属でできたしがらみを破壊した。神気で無理矢理構成していた金属たちだ。辺りにジャラジャラと撒き散らされる。
身体にかかる負担は大きいが、続けて術式を使わなければ龍はすぐに動き出す。腰のポーチから更に呪符を出して術式を使おうとしたが、その前に龍の咆哮が響いた。
「ワハハハハ!良いぞ、素晴らしい!神しか眼中になかったが、人間がここまでやれるようになっていたとは!確かに寝覚めには相応しい。友は素晴らしい者を連れてきた。……そういえば名を知らないな?」
咆哮、というより笑い声だった。それがあまりにも豪快で、呪符を出したところで手が固まってしまった。
……これ、あの龍は無意識なんだろうけど。神気を広範囲に飛ばして行動を抑制させる周辺支配能力の一種だ。ミクが入学初日に賀茂へやっていた言霊の猫騙し。それの無意識神気版と呼ぶべきもの。こういうことを平気でやってくるから最強の生き物なんだよ。
それと名前。答えないで戦ったんだからそうもなる。
「難波明。陰陽師の端くれです」
『坊ちゃんに使役されている式神、銀郎』
「我の名前はない」
「……はい?」
「だから、名前がないのだ。親もおらず、気付いたらこうしていたわけでな。名などなくても構わないだろう。天上天下、この世にただ一体の命。我と同じような龍がいるとも思えん。神に強すぎるからと封印された龍がいるか?いないだろう?」
いないなあ。少なくとも日本には。龍は最近見たけど、封印されてはいなかったし。子どももしっかり作ってるような龍だった。
そんな特殊な龍は、確かに目の前にしかいない。
「だから名乗り合いというのはできないわけだが。そして一つ聞かせろ。陰陽師、とやらは神に近づくための存在か?」
「いいえ。この地上の天秤を保つ者。過不足なく調停する者。神に近付こうなどとてもとても。神が定めたものには、逆らえません」
「だが、そこな娘はもう神そのものだぞ?身体の構成で言えば、純粋な神に近しい。人間などとは呼べまい」
ミクを指してそう言う龍。まだ苦しそうだ。ゴンと瑠姫が神気を吸い出してるけど、それでも増えすぎた神気を受け入れられずに、顔を歪めている。あの状態になったら神気を抜くか、ミク本人が身体に慣れないとどうにもできない。
俺ができることは、ない。
「それでも、人間です。俺にとって大事な人です」
「……そうか。神も人間も、苦労する」
龍が嘆息を一つ。そして神気が集まっていくと、さっき銀郎がつけた傷が塞がっていった。
自然治癒能力とかそんなチャチなものじゃない。周囲の神気を取り込んで再生した。こっちが必死につけた傷を一瞬で治すとかアリかよ。
「もう少し付き合ってもらおうか。日が昇るまではまだ時間があるだろう?」
「……そうですね」
本当に朝日を拝むまで戦い続けるなんてできるだろうか。こっちは修学旅行のせいで生活リズムが狂ってる。京都にいる頃ならそういうこともできたけど、そこまでできるか。昼過ぎから夕方まで強制的に眠っていたとはいえ。
それでもやらなくちゃいけないんだから、この龍が納得するまでは。
龍が前足で銀郎を殴り飛ばす。膂力も筋力も銀郎を上回る怪物。今の銀郎だって通常状態よりはかなり強くなってるはずなのに、それでも一撃で吹っ飛ばされる。着地くらいはできるだろうと銀郎へ気をやらない。今は一つでも龍の動きを止める術式が必要だ。
五枚の呪符を目の前に浮かせて、霊線で結ぶ。浮かび上がらせるは五芒星。
狐火は火だからあまり効かないと思う。狐火以外の大火力の術式はこれくらいしか思い浮かばないのが実情。初めての術式だけどぶっつけ本番だ。
「
雲も出ていない空だけど、その空から雷撃を叩き落とす。誰が考えついたんだかわからないけど、雷は元々神の権能とされてきた。それをできうる限り再現した代物は陰陽術の中でも破格の威力を叩き出す。
龍の頭上から全身を貫くほどの大きな雷を落とし、翼が焼けたのか落ちてくる。それを見逃す銀郎ではない。吹っ飛ばされたのも束の間、もう距離を詰めて斬り刻んだ。
「グオオッ⁉︎」
これには流石の龍も呻き声を出す。銀郎が攻撃を続けるのを邪魔しないように、俺は呪符全てを取り出してばら撒いた。数枚を風で操ってミクの元へ。後は全て俺の前と龍の近くに。
「陰陽流転!
呪術でミクの神気を吸い取る。普段使いできない術式だ。これは四つの術式を連続して使わないと発動しない呪術。ミクから大量の神気が俺に流れてくる。
この術式を考えたAさんはだいぶロマンティストだな!
「
奪った神気を俺に全部蓄積させる。これを放出することもできるが、まずは俺に纏わせる必要がある。さっきまで使った神気を補充しないといけない。
俺の身体に残しつつ、俺では受け止めきれない神気は全て呪符を通して全ての呪符へ垂れ流す。どれだけ増えたんだ、ミクの神気は。俺の十倍、いやそれ以上か……?こんなに増えたら、立っていられなくなるのも道理だ。
「
俺に集まった神気が空へ向かう。その神気が霧散して、雲を作り上げる。
星は隠れてしまうけど。月の光は陰ってしまうけど。これは作った人の心そのものだから。
黒い雲はすぐに土砂降りの雨を降らせた。雷も鳴り始めて、辺りを更に暗くする。
彼の心は、好きな人に届かなかった。どうしても、息子としてしか見られなかった、そんな最愛の人を。ただ見守ることを選択し、後悔した一人の想い。
「
忘れられない想い。愛し合う二人を、見守ることしかできなかった彼の恋文を、代わりに奏でるのは間違っているけど。
気付いて欲しくて。
「
「ガアアアアアアアアア⁉︎」
龍の周りにあった呪符に神気を送って、呪術による結界を張った。毒に幻術、呪いに痛みの増幅。
他人から、もしくは霊脈や龍脈から霊気や神気を奪って、それを自分に取り込み神の権能を一つ用いて、誰かに全ての呪術をぶつける呪術の最高術式。術者も奪う対象も最高峰の陰陽師、または多大な霊気・神気を含んだ存在を対象にしなければ途中で瓦解する術式だ。
龍の足止めができている間に銀郎の傷を癒していく。全ての攻撃に神気が含まれているから、ただのぐーでもかなりのダメージだな。
『坊ちゃんもえげつないことをしますぜ……。あの男にバレなきゃ良いですね?』
「バレたらその時だ。銀郎にはあの呪術の嵐は効かないから、徹底的に攻撃していい」
『そりゃあ良い。全然攻撃食らわないで一方的にやられたの、結構腹立ってるんで』
『おお⁉︎龍が苦しんでおる!坊もやるのう!』
銀郎が突っ込んでいくと、ヴェルさんが俺の近くに降りてきた。空を飛んできたよ、この人。人じゃないにしても、どういう種族なんだか。
龍はまだ幻術にかかっているようで、銀郎が斬りかかっても反応がない。別の方向を見ている。できうる限りの呪術を叩きつけてるんだから、どれをどう対処すれば良いのかわからないんだろ。数千年封印されてたんだから、陰陽術なんてわかんないんだろうし。
『龍の方も八割方力を取り戻しておるのに、それをあそこまで追い詰めるとは。わっちの目は間違いじゃなかったの。あれだけの呪術、使えるのは先々代麒麟とあの術式を作った法師くらい?』
「そこまでわかるんですか……」
『日本のことは結構細かく調べたのじゃ。あの狼に天狐を使役しているに飽き足らず、ここまで陰陽術の深淵に至るとは。坊もわっちのように到達者になれるかものう』
「到達者?」
『ま、それはぼちぼちにの。いやー、ホント坊とそっちの娘には感謝しかないのう!龍を目覚めさせて、本当の力を取り戻してくれるアフターサービス付きじゃ!』
「そのアフターサービス、強制なんですが」
目覚めさせるだけの契約だったっぽいのになあ。どうしてこうなった。
不測の事態なんでAさん怒らないでください。怒るならこの三体に。
『ケンタウロスの旦那もあの小娘のおかげで昔の力を取り戻せそうじゃし。まー、あの男連れてきたのはマイナスじゃけど。うーん、差し引きはマイナスじゃ』
「もうキャロルさんの組織は倒してきたんですか?」
『殺したのは一人だけ。あとはそこら中に転がってるだけじゃ。わっちはこれ以上手を出さんから安心しい』
今手を出されたら確実に俺が死ぬ。それはありがたいけど。
賀茂以外にも死者が出たのか。……冥福を祈ります。
『あ、坊。そろそろあっちに集中するのじゃ。あの結界、破られる』
「え?」
まだ十分も経ってないのに、龍に施した結界がビキビキと音を立て始める。嘘だろ。人類最高峰の術式が、十分保たないなんて。
パキン!という音と共に、龍は拘束を抜けて上空へ飛び立った。規格外の存在って、本当に理不尽だ。
「ワハハハハ!素晴らしいな、人間の混ざり物!この我をこうも不覚に陥らせるとは。賞賛しよう。人間の技術も侮れん」
「お褒め頂き光栄です。それで朝まで粘ろうと思ったのですが」
「それには及ばないな。こういう感覚をズラすものは我のような感覚が鋭い者には効きやすいと思うだろうが、逆だ。鋭すぎて違和感に気付き、突破される。だが初めて味わう感覚だった。お前は強者だ。誇るが良い」
そうは言われても、突破した存在がその術式を褒めてもなあ。銀郎も一旦撤退してくる。仕切り直しになった。
神気はミクから奪ったからまだまだ余裕はあるけど。
「して。そこの人もどき。なんだ貴様は」
『あ、ケンタウロスの知人です。あなたを復活させるためにちょっと手伝った者じゃ。ご友人からあなた方の喧嘩の見学を許可されてまして』
「ふうん?お前も我と戦うか?」
『イヤイヤ。今はこの坊が。わっちは遠慮します』
そう言ってそそくさーと去っていくヴェルさん。あの人もあの龍やケンタウロスと戦えると思うけどな。
そんなヴェルさんの代わりに、大きい存在が俺の隣に。このモフモフしたい感じはゴンだ。
いつもの四割増しで大きいけど。
「ゴン、どうしちゃったの?」
『珠希の神気を吸ってたら身体の方が抑え効かなくなった。あとは瑠姫に任せておけば良い。峠は越えた』
「そ。じゃあここからが本番ってわけだ」
俺の式神が揃い踏みで、神気も消耗した分以上に受け取った。これならさっき以上に戦える。
いつまで戦えば良いのかわからないけど。もし満足するまでだとしたら早々に満足してもらわないと。峠を越えたとはいえ、危ない状態だったということには変わりない。今は瑠姫が雨避けの屋根と体温調整の結界を張っている。
できたら屋根のある場所で休ませたい。そのためにもう一度、挑もう。
────
神の御座。力のある神が持つ自分だけの社、及びその集合群。宇迦神のように独自の神社を持っていれば神の御座も独立していることが多い。日本神話──古事記や日本書紀などに記述のある神々は自分だけの社を持っている場合が多数だ。
そんな力のある神、
葦那陀迦神自身も揺れが収まるまで作業台として使っていた机の下に潜り込んでいる。
「ヒィ!こんなこと、法師が世界を変えて以来……。いや、今の方が規模は大きい……!」
彼女の神の御座は紫と土色が混ざった、永遠と地平が続く風景を模していた。それが良い具合に混ざっていたのだが、今は夜明けのように光がそこへ降り注いでいた。揺れと同時に彼女の社は侵食されていった。
いや、正確には。
遥か昔の様に、戻っていた。
彼女の役割は黄泉の国と地上のバランス取り。神の世界と地上を管理する者もいれば、死後の世界と地上を管理する存在もいる。
葦那陀迦神は神の御座だけ神の世界に置き。平時は黄泉の世界に居を構え。黄泉の国を管理しながら地上に目を向けていた。
日本の有様が変わって一千年。ようやく地上に蔓延っていた怨念が何とかなって折り返しの五百年が終わって、地上の平定を済ませていた頃。また日本人は戦争をして死者が一気に増えて、泣き言を言い終わって落ち着いた頃にまた法師によって世界を変えられて。
実は怨念が何とかなった頃も戦国時代という内ゲバで悩まされていた、とにかく可哀想な神だが。
今回は自分の所業でこのような事態に陥っていた。
天の逆鉾は、彼女が放った物だ。
「ああ、神気が満ちていく……!これ、また死者が増える前触れじゃないよね?どうにかしなさいよ!晴明!」
八つ当たりを空に向かって叫ぶが、その願いは神でも叶わず。
神の御座に返還される神気は全てを許容するために神の御座の拡張を始め、その変換のために揺れ続けているのだ。天の逆鉾という神にも匹敵する存在を封印していた神の遺物でもかなり破格の物。葦那陀迦神が自身のリソースを割いて作ったまさしく権能そのもの。それが神の御座に戻るとどうなるか。
彼女の力が、主神級に戻るのである。
今まではあまり有名ではない、だが日本神話に残る神として認知されてきたが、それはもう有名な神と同じほどの力を取り戻すのだ。リソースを割ってこじんまりとしていた神の御座に主神級の力が注がれれば、破裂しかねない。
その破裂を防ぐために、急速に拡張を始めたのだ。それに伴って彼女本体の力も戻ってきた。黒髪の映える短い髪に、巫女服のようなものを着ていた彼女は、髪が床に着くほど伸びていき、服も十二単のような何層にも折り重なった服へ変わっていった。
彼女の神性が戻った証拠だ。
彼女が力を取り戻したことと同時に、揺れが収まる。神気の返還は終わったということだ。
「……あの龍、外に出て大丈夫かしら?
あの龍の恐ろしさは神々の会議で話し合われ、結局封印という形になった。討伐ではなく封印に落ち着いた理由は、討伐の場合神側に犠牲者が出かねないからだ。ケンタウロスと一緒に粘られたら誰かが犠牲になりかねない。
だから未来に丸投げした。
死者を増やされた怨念と、地上の平定を担う者として他の神々の力も借りて、葦那陀迦神が作成したのが天の逆鉾。次にかの者が目覚める時は実力で押さえこめるようにしようと、神々が武具を作ったり対策は立てた。できる限り長い眠りをさせるために、天の逆鉾は堅牢に作り上げた。
それがまさか、表層だけとはいえ人間に抜かれるとは思わなかったが。今回抜かれたことは仕方がないとはいえ。
抜いた珠希の神気は神々も補足している。主神級に匹敵する神気の量、それで術理を理解されていたら抜かれてしまうのも仕方がないことだ。
「だからって、きっかり一千年で抜けますか?大お祖母様……」
葦那陀迦神がそうボヤいてしまうのも仕方がない。あの天の逆鉾は平安の終わりに、抜けると予言されたものだった。実際日ノ本が鳥羽洛陽で没落し、地上に神の恩恵が降り注がなくなって封印が緩まり。
法師が世界を改変したことで神の資格を持つ者が誕生し、神の力を使った。
「ごめんなさい、土蜘蛛さん。今はそれを抜くことはできません。日ノ本は形はそのままに一度滅びます。そこにあなたのお友達が蘇ったら、神も人間も妖も、日ノ本も消えてしまいます。それに、あなたはお友達のために人間を殺しました。……その罰ではありませんが、あと一千年待っていただきます。一千年待って、不当に何者かを殺さなければ。わたしの名にかけて槍は抜けるでしょう」
それが一千年前、玉藻の前がケンタウロスに残した予言と誓約。これをケンタウロスはきっかり守り、そして今。予言の通りに槍は抜かれた。
玉藻の前は未来視に近い権能を用いて未来を識っていた。彼女が権能で識った未来は、必ず訪れた。
だから間も無く抜けるだろうと、予測は立てられていた。法師が動き出した理由もあるのだろうと。
「あーあ。私の管轄、どこか一つにならないかしら?物理的に三つの管理なんて無理なのよ……。神の御座はあっちの神々に任せるとして、地上を見守る神が増えないかしら……。土地神じゃ限界があるでしょうし」
そう憂いても現状は変わらない。神々にはそれぞれの領分がある。その領分を侵そうと思う神はおらず、そうなると新しく産まれる神に任せるしかない。
信仰を得て土地神になる者。何かの条件を得て違う存在から神へ変性する者。それらが領分を意識し、実際に管理するまで成長を待つとしたら何百年かかることか。あまり現実的じゃない手法では結局、葦那陀迦神が管理するしかない。
それに時代が逆巻いたとはいえ、今は土地神が産まれても土地神としての神性を維持するのに手一杯な状況。それらが神話級の神に格上げするのはどれだけ難しいことか。
さっきまでの葦那陀迦神の状態から、信仰をちまちま集めて天の逆鉾で元に戻された今の状態にまで成長しろという無茶振りをしなくてはならない。
さっきまでの状態から十倍にもなった葦那陀迦神の神気。ここまで神気を増やすには埒外な方法を用いるか、神に直接手ほどきを受けるか、神気を使い続けて地力を伸ばすかのどれか。
もう一度、葦那陀迦神はため息をつく。
「地上の細々とした神に支援をする?平安にまで戻った世界ならそれでその場しのぎはできるかも……。そういうこと、上の方々は話してるのかしら?……地上はあの二体が暴れてるけど、今の所問題なし。黄泉の国も、今は大丈夫。一度上に行きましょうか。力が戻った報告もしないといけないし……」
めんどくさそうに葦那陀迦神はゆっくりとした足取りで自分の神の御座から出ていく。いきなり主神級の神が増えたら上としても困るからだ。力を取り戻したためと、取り戻した理由から驚かれることはないだろうが。
彼女は主神級ではあるが、中間管理職であるために、苦労が途切れなかった。
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