第149話 4ー1

 銀郎様が賀茂さんの首を斬った後、わたしは銀郎様と一緒に彼女を供養してからケンタウロスの手で移動を開始して、高千穂山の頂上へ向かっていました。先程のようなプロによる妨害などはなく、ただどこからか見られているという感覚はあって、予断を許さない状況のまま推移しているのだと思います。この視線はハルくんじゃないというのはわかるのですが、誰なんでしょう。プロの陰陽師でしょうか。


 今はまだ、様子見に留めてくれているみたいです。無駄に手を出して怪我をされても困ります。次はケンタウロスもヴェルさんも手加減をしないで殺しにいくでしょうし。

 先程のことがあったために、移動は比較的ゆっくりでした。ケンタウロスもヴェルさんも、何か思うところがあったのでしょう。わたしも銀郎様も気落ちしています。自分の娘を平気で貶める精神性には、反吐が出ます。


『小娘。貴様は確実にあの男の元へ還そう。あんなものが日本のトップでは、また神々が暴走する』


「はい?」


 山を登っている最中、唐突にケンタウロスがそんなことを言ってきました。ええと、返してもらわないと困ります。わたしとしては天の逆鉾を抜くだけで、その後も拘束されるつもりはありません。


『あー……。まあ、あれがやってきたことを考えると、また神々は暴れるでしょうねぇ。五月に一応大天狗様が保留としましたが、それを撤回されかねない』


『賀茂も土御門も、本家本元の難波を冷遇してきて、神への冒涜じゃ。晴明も玉藻の前も法師も、あの者たちにいらぬ手間をかけさせられたというのも事実じゃしのう。奴らは何度も土地神を排除しておる。割と寛大じゃったが、その楔も解かれかねん』


 銀郎様とヴェルさんがケンタウロスの言葉に同意します。

 呪術省は土地神のことを妖だと思って何度も討伐。更には御魂持ちのような異能については搾取して、扱いに関しては天竜会に投げたまま。今回は自分の娘に土地神の身体や血を投与。神具だって神々が何かのために、祈りとして産み出した物のはず。それのありがたさもわからず、ただ埋め込むという所業。


 いえ、わたしとハルくんもゴン様監督の元で神具を使った遊びをしたことがありましたが。ぞんざいに扱ったわけではありません。でも、わたしたちのように両家もそれが神具だと知らなかったのでしょう。

 身体と血については、知らないの言葉で済ませられませんが。


「えっと。明くんに日本を治めてもらおうとしていますか?」


『ああ。それが法師の決定だろう。ならば適任だ。一千年前は邪魔が入ったが、今回は一千年という下準備と協力者が多い。過去の二の舞にはならないだろう』


『やっぱり統治者がまともじゃないと、国は制御を失うのじゃ。偽りの支配から救うのは、正当後継者しかおるまい』


「一千年前に実権を握ったのは安倍家かもしれませんが、始祖は賀茂ですよ?」


『そんな後先の話ではない。適正の問題だ。始祖だからその者に続けと?たとえ間違っているとしても誰も訂正をしない独裁になんの価値がある?独裁は国も民も苦しめるだけだ』


『そうじゃなあ。外面良くても本当は領民を攫って血を引っこ抜いていた悪い王様もおるからのう』


『それは貴様の父の話だろう』


 ヴェルさんは吸血鬼と人間のハーフ。父親が吸血鬼だったという話は聞きましたが。

 悪い王様だったからこうして放浪を始めたんでしょうか。


「え、もしかしてどこかの国の王様って吸血鬼なんですか?」


『イヤイヤ、そんなことはないぞ?きっちりわっちが殺したからのう』


 カカカと笑い声を上げるヴェルさん。懐かしそうに、でも空元気のような笑い声。自分の父親を殺すだなんて、半分人間のヴェルさんの心に何か影響があったのか、それとも吸血鬼としての本能はそれを許しているのか。

 どちらとも取れる笑い声でした。


「……辛いんですか?」


『さあての?昔のことすぎて忘れてしまったのじゃ。あんなクソ親父のことなんて』


『何か確執でもあったんですかい?』


『母上とちっとあった気がするが……。なにせ三百年前の話じゃ。もう憶えてない』


 母上。となると人間の母親とは仲が良かったのかもしれません。ですがこれは本題ではないので、もうそれ以上は話してくれないみたいです。

 国の統治についての話だったのに、脱線してしまいました。


「日本と言いますか、ほとんどの国は政治家がいます。その人たちが国を動かしますが、本来異能を使う人たちはその国に関わらないはずなんです。世界的に異能は認知されていません。日本が特殊で、こうも公に陰陽術を学ぶ場所があることが特殊なんです」


『天皇という存在もおるしの。じゃがまあ、異能の取り纏めをするにはリーダーが必要じゃ。どうしたって特殊な力を持つものたちを、制御せねばならん。ただの人に陰陽術を防ぐことはできないからのう。どうしたって陰陽術の纏め役は必要じゃ。これだけ市井に流布しておるとの。秘匿性があるなら小さな組織で良かったんじゃが、日本は特異に過ぎた』


『妖の跋扈に魑魅魍魎という魔。そして神の現存。異能を司り、その力を使って国を守る者がいなくては成り立たない場所だ。だから晴明は知識として陰陽術を与えたのだろうが、こうも悪用されるとはな』


『力の性質として、秩序のために作られたものでも裏表ありますからね。包丁だって凶器になるんですし』


 だから、ちゃんとした管理者が必要という話。それは安倍家正当後継者のハルくんが一番ということ。

 賀茂も土御門もダメとなると、そうならざるを得ないんでしょうけど。名家となれば他にも天海家とかいくつかありますが、土御門が血筋を偽っていたために正しい御旗が必要だということでしょう。

 騙された後こそ、真実による正しさを民衆は求める。きっと、そういう観点からハルくんは求められている。こうして、人間からも妖からも神からも、日本の外の存在からも。


「どうして、人は力に溺れるんでしょう?」


『生存本能、欲、自尊心。考えられることはいくつかあるだろう。それは人に限らない。どんな存在だって、心がある限り付き纏う問題だ。解決するには統治する存在が無欲であるか、心をなくすしかない。システムとして自己を定義できれば、だいぶマシな国になるだろう。基準さえしっかりしていれば、という枕詞がつくが。そういう意味では日本の神はシステムチックだな』


『だから驚異と思う存在を封印したり、人間に可能性があれば任せたりしたんじゃろうけど。ああ、見えてきたのじゃ。天の逆鉾レプリカ』


「あれが……」


 山の頂にある銅色の槍にも見えなくはない巨大な装飾品。武に用いられるものでもなく、神具のように神気を帯びているわけではなく。ケンタウロスからすればそこまで大きくはない、神の遺物を模したもの。

 一説では太平洋戦争による爆撃で本物はなくなったという話ですが、爆撃程度で神具たる槍が壊されるのでしょうか。


『それが邪魔なら抜いておくが?』


「あ、ではお願いします。レプリカは要りませんので。これ、本物に似ているんですか?」


『いや。贋作もいいところだ。大きさも意匠も全く似ていない。本物の槍は龍の名前を持つ者が新婚旅行で抜いたら、そのまま天に還った。その男が多才でな、元の槍を模した絵を残していたためにそれを元にこうして贋作を作ったわけだ。鎮魂だか神への畏怖だか、理由は忘れた。何も意味を持たぬ、ただの慰みだ』


 説明しながらあっさりと片手で抜いてしまうケンタウロス。本当にただの物のようです。それを適当に投げ捨てるケンタウロス。まあ、罰当たりではないと思いますので、わたしは見逃します。

 それにしても天の逆鉾を抜いた龍の名前を持つ人。新婚旅行で行ったとのことですし、坂本龍馬でしょうか。確かに彼は天の逆鉾を抜いたという一説がありました。それが事実だったとして、彼は神気を多量に含んでいたのでしょうか。そうでもないと神の遺物を形式上とはいえ抜けないはずですから。封印は外せなくても、外装を外すというのは只人にはできないはず。

 そうじゃないと、わたしにしか可能性がないという話にはならないはずですから。


『抜き方はわかるか?』


「封印自体は見て取れますので。多分大丈夫です」


 ようやく拘束を外してもらって、自分の足で歩きます。正直ずっとよくわからない浮遊感で感覚が麻痺していましたが、数歩歩けば元通りに。

 わたし以外のどなたもこの封印が解けなかったとすると、相当高位の神が施した封印だとは思うのですが。これを解かないとハルくんがもう一度襲われてしまいますし。わたしはレプリカが刺さっていた穴を覗き込んで、状態を確認します。

 いけますね。封印の解除とかあまり習ったことはないですが、直感的にいけると思います。手を伸ばして、神気を注ぎ込みましょう。


 両手から神気を穴に向けて投げ込みます。この封印術式はとても単純な仕掛け。龍脈に接続して、龍脈と槍で上下の蓋を作っているだけ。つまりは、龍脈に接続するか槍の権能を力による強引さで剥がしてしまえば良いだけ。その強引な手を使うにしても、かなりの神気が必要なので簡単にはいかないのでしょうけど。

 龍脈も先日姫さんが弄ったので、こちらを解除しても良いんですが。あくまで下の蓋なだけで、地上に出るためには槍をどうにかしないといけないでしょう。かといって槍だけをどうにかしようとしても、龍脈が力を与えて元どおりになってしまいます。そうなると並行して物事を進めないとこの封印は解けないわけですね。結構めんどくさい仕掛けです。


 龍脈。まさか龍が眠っているから龍脈という名前ではないですよね?確か八卦とかそういう自然学が関係していたと思うんですが。ただの偶然ですよね。

 銀郎様に横で見守ってもらいながら、まずは龍脈と槍の接続を外します。その後に槍を抜けば、龍は出てこられるでしょう。でもこれ、本当に龍脈と接続できる人じゃないと解除できませんね。昔からこの地で龍脈の様子を計測している大家の凄腕か、ハルくんや姫さん、Aさんや金蘭様のような実力者じゃないとそもそもとっかかりができないと思います。


 日も暮れて、それでもわたしの作業は続きます。神気の消耗は予想の範囲内なのですが、いかんせんやったことのない作業なので時間がかかります。辺りが真っ暗になり、秋の星と三日月しか見えなくなった頃、ようやく一段作業が進みました。

 穴から光の粒子が集まり、槍を形成していきます。その大きさはケンタウロスを遥かに超えるほど巨大な、神気でできた真っ白な槍。


 これが本物の、天の逆鉾。

 ここまでして、ようやくこの槍の本質が見えてきました。これはただの神具でも、神気で構成された概念的な物ではないことを。これは神々がった物ではなく、ただ神気でそういう形にしたのでもなく。これは神の権能そのもの。それが具現化した物で、神気以外にも陰の気も含まれています。


 陰。地獄や黄泉の国、または魔に分類されるもの。代表的なものがそういった薄暗いイメージなだけで、地や女ですら陰ですから。陽の逆を示すものであって、マイナスというだけの性質ではありません。

 それを踏まえてこの槍を評価すると、地に接続するための天の属性を持ちながら、陰の性質も持っています。これは多分女性の神が楔として置いた物。そうじゃなければ天という陽の属性が色濃く現れる物であり、その名前を冠しているのにここまで陰を感じるはずがありません。

 まさしく、陰陽の象徴そのもの。


『久しぶりに見たな。何千年ぶりだ』


「ガワの部分ってどうしたんですか?龍の名前を持つ男の人が抜いたのは聞きましたが」


『そのまま天に還った。その時もこれは現れることはなかったな』


 伝えられている天の逆鉾はおそらく地表用のストッパー。それがなくても機能していたので、もしかしたら尋常ではない神気を持っている人だったら抜ける代物だったのかもしれません。ケンタウロスでは抜けなかったみたいですし、見るからに神具のような崇高なものを抜くという考えがなかったのかもしれませんが。


「じゃあ、抜きます」


『頼む』


 それからもやること自体は同じ。神気でこの槍と龍脈に接続して、システム自体を落とす。切り離す。龍脈を傷付けないようにやらなくちゃいけないのが難点ですね。せっかく元の龍脈と霊脈に戻ったのに、これでズタズタにしたら台無しですから。

 まだ神気と体力的には十分。そう思っていると、後ろでヴェルさんがいきなり上空へ飛びました。

 あれ、バンピールとしての能力なんですかね。羽とか異能とか使わずに空で浮かんでいられるのは。


『どうした?』


『お出迎えじゃ。あの坊じゃないのう。異端狩りの集団じゃ』


『邪魔だな。ここで妨害を受けるのは好ましくない』


『あーあ、おバカさんたち。ケンタウロスであるあなたに、ただの人間が敵うわけがなかろう』


『見学料だ。貴様が殺せ』


『えー?今お腹いっぱいなんじゃが』


 えっと。陰陽師以外の誰かが来たんでしょうか。それをヴェルさんが撃退すると。とても嫌そうですが、何かしらケンタウロスと約束があるのでしょう。逆らうつもりはなさそうです。

 それか純粋に、力負けしているから逆らえないか。日本の妖ならどれくらいの強さか指標がわかるんですが、海外の怪異だと上手く判別できません。海外の異能者の実力が掴めないのと同じですね。日本の異能者ならなんとなくわかるんですが。


『勝手に始めたりしない?』


『しない。お前が我々の喧嘩を見たいと言うのなら、それは守ろう。だからきっかり、殺してこい』


『餌以上の殺しはしない主義じゃ。同族以外は、無駄に殺さん』


『早く終わらせなかったら、始めてしまうかもしれん』


『さっさと行ってくるのじゃ!』


 ピューという音が聞こえてくるほどの全速力で山を下っていくヴェルさん。あの人なりの矜持なのでしょうが、餌は生きていくために必要だとして。どうして同族は殺すのでしょう。父親を殺したと言っていたのでその関連だとは思うのですが。

 わたしはわたしで、こっちに集中しましょう。気を抜いてどうにかなるものでもありませんし。

 ここに来た集団の方々。後遺症とかなく無事だと良いんですが。道中にいた陰陽師の方々は深刻な傷はなかったので大丈夫だと思いますが。


『あ。珠希お嬢さん。坊ちゃんたち来ましたぜ。天狐殿に乗って山を登り始めました』


「良かった……。無事だったんですね」


『手加減はしたぞ。そんなヤワな男ではあるまい』


「それとこれとは話が別です。それに人間にとって頭は急所ですから」


『そうなのか?顔なんていくら傷付こうが、再生させれば良いだろう?』


「え?……頭取れても、再生するんですか?」


『人間はしないのか?』


 しません。というか、それは生物的にもかなりの無茶じゃ。首を切られて生きてる生き物なんて見たことがないです。虫とかは胴体を割かれても少しは生き永らえているとは聞きますが。

 それも頭を治せるとか、くっつくとかでもなく再生できるということは、きっと切り口からそのまま生えてくるってこと。それは色々と生き物を超越しているような。これが神代でも稀有なケンタウロス。ラグナロクという大戦にも選ばれた勇士の力ということでしょうか。


 ……そんなケンタウロスでも勝てなかった龍を目覚めさせるってかなりマズイのでは?

 今更そんなことを思いましたが、今更辞められません。このまま作業は続けます。

 白い槍が段階的に、外装を剥がしていきます。どんどんと削っていき、あれが霧散すれば作業は終了。

 日本の神代から眠っていた脅威が、目覚める時。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る