第148話 3ー4

 目が醒める。覚醒する。知らない天井だが、たぶんどこかの病院だ。窓の外を見ると夕暮れ。まずは状況確認だ。服は学生服のまま。変に入院衣を着せられていなくて良かった。ここら辺はゴン辺りがなんとかしたんだと思う。

 それも込みで確認のために、近くで寝っ転がっていたゴンを起こす。


「ゴン、状況は?」


『おう。今回は早かったな。倒れてから四時間ってところか。外傷や後遺症とかは気にしなくていいほど処置は完璧に済んでる。点滴があるが、それは保険だ。引っこ抜いて問題ない』


『いやー、本当はダメニャンだけど。まあ坊ちゃん元気そうだしいっか』


 瑠姫も実体化して苦笑しているが、目が覚めて身体に異常がないんだから点滴をしてたって意味ないだろ。点滴を引っこ抜いてから立ち上がって身体を動かしてみるが、痛みやだるさはない。身体の奥へ意識を向けてみても、霊気や神気も問題なさそうだ。減ったりしているわけじゃない。

 荷物も、班行動の時に持っていたカバンごと近くに置いてあった。中身はハンドガンだけ見当たらなかったが、それ以外は呪符など問題なく揃っていた。


「ゴン、銃は?」


『ほらよ。見つかったら困ると思ってオレが持ってた。銃刀法とかめんどくせーよな』


 ゴンが霊気で隠していたハンドガン型の呪具を前足から受け取る。これ見て呪具だってわかる人がどれだけいるだろうか。呪具に詳しい人か、プロでも上の段位の人じゃないと分からないと思う。カバンの中に戻して、忘れ物がないかだけ確認して部屋を出ようとする。


「どこに行けばいい?」


『天の逆鉾だ。それを珠希に抜かせようとしてやがる』


「天の逆鉾?今置いてあるのはレプリカだって……。いや、違うか。概念的に何かを縫い止めているそれこそが天の逆鉾ってことか」


『そうだ。急げよ。もうあっちに着いていてもおかしくはない頃合いだ』


 携帯電話でルートを見てみる。車で飛ばしていけば二時間で着く距離。ミクが連れ去られたのが昼過ぎで、今は夕方だ。誰にも邪魔をされていなければ、既に天の逆鉾へ着いていてもおかしくはない時間。むしろ俺が間に合うかを心配すべきだ。

 ドアを開けて早く向かおうとしていると、病室の近くのベンチに天海が座っていた。近くに居たんだし、俺に付き添いで居たっておかしくはないか。ミクも連れ去られちゃったからなあ。そんな優しい天海は俺が病室から出てきた様子を見て、点滴などがない状態を見て慌てて近寄ってくる。


「難波君⁉︎え、大丈夫なの⁉︎」


「ああ、心配かけたな。ゴンのお墨付きだから大丈夫」


「ゴン先生はすぐ目を覚ますって言ってたけど……。……行くんだね?」


「タマが連れ去られたままで、泣き寝入りする男に見えたか?」


「見えない。……二人とも、ちゃんと帰ってくる?住吉君も追いかけちゃうし……」


「祐介が?……わかった。ちゃんと三人、無事に帰ってくるよ。祐介も同じ方向に行ってればいいけど……。見付けて三人で帰ってくる」


 何やってるんだか、祐介のやつ。あいつ今霊気の波が狂いまくってるんだから、無茶なことしなければいいのに。それに実力差を考えろって。俺やミクですらおそらく負ける相手だ。そんな敵に調子の悪い祐介が行ったところで何になる。

 思わずため息が出たが、祐介のことは優先事項としては低い。天の逆鉾なんて代物と彼女を優先するのは仕方がないだろう。特に天の逆鉾なんて何が詰まってるかわかったもんじゃない。


「で?あのバカは何で追いかけたわけ?」


「賀茂さんも追いかけたみたいで。それを見て慌てて追いかけた、みたい。あの二人ってそこまで親交あった?それとも危険だから?」


「危険が一番だと思うけど。規格外の妖に立ち向かうのは、少数で行ったって意味ないだろ。せめて前線を維持できる存在がいてこそだっていうのに。で、ゴン。相手はどこの誰さんだ?」


「妖って言っていいのかな……?」


『日本での名前は土蜘蛛。本当の種族はケンタウロス、らしい』


「ハァ?」


 俺は腕しか見てないから確証はないけど。えー?どっちもビッグネームではあるけど、全く違う種族のような。土蜘蛛は挿絵でしか見たことない伝説的な存在だけど、それはケンタウロスだって同じ。

 だからってその二つがどうやったって結びつかないわけだけど。共通点があるどころか、出身の国すら違うんだけど。土蜘蛛って日本固有の種族じゃなかったのか?


「待て待て。金蘭様を襲ったのは土蜘蛛だって話だろ?」


『その時の土蜘蛛はさっきの奴だな。土蜘蛛は日本固有の種族ではなく、海外からの来訪者だったわけだ』


「で、そう呼ばれた存在が雲隠れしてたから目撃情報がなかったと。……ゴン、どれだけ強いんだ?」


『式神総出でお前と珠希が万全なら勝てなくはないだろ。他に敵がいたらわからん』


「ということらしい。帰ってこられそうだから、天海は安全な場所で避難していてくれ。福岡なら大丈夫だと思うけど」


 こっちまでは被害が出ないとは思うけど。県が離れてるから、ここに留まってれば大きな被害に遭うことはないはず。これ以上同時多発的に何かが起きる可能性は低い。今までそういうことをやってきたのはAさんだ。そのAさんが今回は関わっていない。だから妖関連で何か起こることはないはずだ。

 だからミクの場所へ向かおうと歩き出すと、天海に袖を掴まれた。何だろうと振り返ると、天海の瞳に涙が溜まっていることがわかる。


「今回は、いつもと違うんでしょ?本当の本当に、死んじゃうかもしれないんでしょ?」


「だからって行かない理由はないぞ?タマが捕まってる。天の逆鉾に何があるのかもわからない。俺が行く理由はタマのためだけど、もし協力者がいたら手伝ってもらうから、天海が心配するようなことはないと思うけど」


「心配するよ!今までのことは法師が、難波君たちを試すために色々事件を起こしてたんでしょ⁉︎今回はあの人が出張ってきてない!今までのように命の保証はされてないんでしょ⁉︎」


 そういう物の見方もできる。全部が全部Aさんが仕組んだことじゃないけど、天海の言う通り俺たちを鍛えるという側面はあっただろう。あの人たちは星見だ。それも父さんを凌駕するほどの。そんな人たちがこの前の呪術省を落とす時のことを視ていないわけがない。ということは、俺たちは壮大な計画で培養されてきたってことだ。

 もちろんそれはあの人たちの計画からしても必要なことだったから。父さんはあと十数年は良くても、それ以降は歳の問題がある。それよりは俺や星斗の方が後々まで任せられる適正年齢だったということ。それとミクという血筋初めての狐憑きとゴンの存在が大きいだろう。


 呪術省を崩壊させるなら後釜が必要。だけど実行犯たるAさんたちはその後の呪術省を率いるつもりはなし。そうなると現代で唯一の晴明の生き残りに期待を寄せるのもおかしな話ではない。

 今回はその加護がないって話だけど。


「それ言ったら、天海のお父さんが関わってる事件は法師たちも無関係だし、俺たちが夏休みに帰省してた時に起こった事件も法師は関わってないなあ」


「一月の一件、関わってないの?……八月の事件って、外国人が引き起こしたやつ?」


「そう。その二つは法師関わってないけど、俺たちは結局命がけだった。俺たちは法師に守ってもらわないといけないほど、弱くはないよ」


「でも、学生なんだよ⁉︎あんな、プロでも倒せるかわからない相手なのに……!」


 間近で見たためか。相手の土蜘蛛の実力を一番把握しているかもしれない天海。俺だってわかっていた不意打ちでやられたわけだし。

 それでも。天海の言い分は今回一つも通らない。


「身分なんてどうでもいい。好きな人が攫われて、立ち止まっていられるほど情けない男になりたくないだけだ」


「それが無謀だって言うの!もしも珠希ちゃんが天の逆鉾を抜いちゃって、あの土蜘蛛と同じくらい強い相手が出てきたらどうするの⁉︎朝ロビーにいたヴェルって女の人も敵みたいだし、相手は土蜘蛛だけじゃないんだよ!」


「じゃあ天海。なんて言ったら止めるのをやめてくれる?俺は、行かない理由がないよ。どんなことを言われたって、制止を振り切って向かう。これだけは譲れない」


「……『私が』、行かないでって言っても無駄なんだね?」


「誰だって無駄だよ」


 それがAさんであっても、父さんたちやゴンであっても。ミクが攫われて行かないなんて理由はどこにもないんだから。

 そう思っていると、背中に暖かみが。天海が背中から腕を伸ばして、背中から引き止めていた。


「あー。物理的にやられても、解いてすぐ向かうぞ?」


「……ごめん。あと十秒だけ待って」


 その言葉の通り、天海は十秒くらいしたら離してくれた。離れる動作はやたらゆっくりだったが、何だったんだか。この程度で俺を止められるとは思っていないだろうし。陰陽師としても実力は離れてるからなあ。


「ちゃんと、みんなで帰ってきてね」


「ああ、行ってくる。天海もちゃんと、安全な場所で待ってろよ」


「うん」


 さあ、行こう。取り返しのつかなくなる前に。最愛の人を攫いに行こう。


────


 私って最低の女だ。

 難波君が倒れた時、何ができた?ただ呆然と立ち尽くしていただけ。治癒の術式を使うこともできず、止血もできなかった。ただそこに現れた脅威に怯えて、立ち尽くしていただけ。珠希ちゃんのように啖呵を切ることも、ゴン先生や瑠姫さんのように治癒術式を使うことも、住吉君のように追いかけることもできなかった。私はそこにいただけ。


 そしてその後も、駆けつけた八神先生が病院を手配して色々と手を回していて、ただ事情聴取を受けて、病院で座っていただけ。私は何もやっていない。警察や陰陽師の人たちに答えた内容だってあの場にいれば誰でも答えられる内容で。それがもたらしたものなんて皆無。

 だって呪術省がすぐに事態を察知して、緊急事態宣言を出して。九州で厳重警戒がすぐに始まった。私が事情を説明しなくても、千里眼を持っている人たちはすぐに全てを把握する。星見だったら過去を視て状況を理解する。その場にいたからと、私がしたことは何にもならなかった。


 本当の天才たちには、私がその場にいた意味なんて見出せなかったと思う。

 風水ができて、三段とはいえ準プロと呼ばれる資格を手にしていて驕っていた──なんてことは一切ない。だって私よりも年下で麒麟になった人が学校を襲ってきていたという事実。十六歳でプロの資格を得た人がどれだけいることか。そんな本当の天才たちと比べて、私は風水ができるだけの凡才だ。ゴン先生に覚醒を促してもらって、その上でその程度なんだから。


 それに近くにいたからこそわかる。本当の天才というのは、難波君と珠希ちゃんのことだ。あの二人の背中がまるで見えない。霊気の量も、知識量も、実戦における心構えも、その実力も。何もかもが隔絶している。中学の時点で天狗にはなっていなかった。だって、いつだって難波君が私の前に立っていたから。聳え立つその頂は、とてつもなく強大だったから。

 中学の時からそうで、高校に入ってすぐゴン先生に才能開花していただいて。だからこそ、余計に勘付いてしまった。ゴン先生や銀郎さん、瑠姫さんを使役しているからそうだろうという推察はできても確証ではなかった。けどそれが確信に変わる。プロの陰陽師のお父さんを遥かに超える、高校で世界の広さを知ったからこそ、世界に通じる人だとわかってしまった。


 私は精々、プロの陰陽師にはなれるけど大成はしない程度の実力しかない。血筋とかそんな話ではなく、それが私の人間としての限界。人間を辞めれば、外法に手を伸ばせば、その壁も壊せるかもしれない。けど、それは私のお父さんを貶めた人と同じだ。私は、人間のままで良い陰陽師になりたい。

 お父さんが立場を失ったということもあって、私は自分の価値を示さなければならない。あの事件の犯人はまだ捕まっていない。だから犯人に狙われても呪術省に保護してもらえるよう、または地元の取りまとめである難波君のお父さんに私という存在を、有用性を示していかなければ私の家はなくなってしまう。


 そうして難波の家の二人と良く接するようになって。悪い言い方をすれば取り入ろうとして。中学からの想いも叶わないくせに引きずって。

 そして今日。親友であり、好きな人の好きな人を、見殺しにしようとした。

 私の心の、天秤が崩れた。珠希ちゃんが死んでしまっても、難波君には死んでほしくない。女として最低のドス黒い感情に支配されて、そちらに傾いてしまった。それがさっきの、醜い引き留め。


 あんなことをしても、難波君は振り向いてくれない。たとえ珠希ちゃんを失ったからといって、私のことを女としては見てくれない。

 私は珠希ちゃんのことも好きだったのに、こうしてしまった。あの二人の仲を知っているのに。入り込める余地なんてないのに。

 だから、ごめんなさい。珠希ちゃんが帰ってきたら、謝ろう。思いっきり抱きしめよう。そしてこの想いに、蓋を閉めよう。


「二人とも、無事に帰ってきて……」


 その願いを汲み取る神はいるのか。それは誰にもわからない。


────


 天海と別れて病院の一階へ向かっていると、看護婦やら病院に来ていた人に奇異の目で見られた。制服が京都校の物だとバレているのか、見覚えのない緑の制服だからか。呼び止められて病室に戻されることがなかったからいいけど。

 そうして一階に降りると、今は会いたくない人がそこにいた。


「難波。もう大丈夫なのか?」


「八神先生……」


 彼は近付いてきたが、俺は彼に関して警戒していた。病院なので術式を使うわけにはいかなかったが、それでも向こうは何かをしてくるのではないかと疑心暗鬼になっていた。

 この人は俺がやられた現場を覗きに来ていたヴェルさんと親しくしていた人だ。妖であるヴェルさんと。そんな人がどうして陰陽師学校で教員をやっていたのかだが、スパイとして入っていたということが考えられる。この人が妖という感じはしないが、妖と協力する人間だっているかもしれない。Aさんに協力する人間からしたら、相手が妖でも変わらないだろう。


「先生は、俺たちの敵ですか?」


「……ったく。ヴェルのせいでやりにくい。いいや、敵じゃない。呪術省は、いや。陰陽寮は、お前が治めるべきだと思ってる。生徒のことだって教師として真剣に守るさ。突発的なことで守れなかったりもするが」


「ゴン、嘘は?」


『ねえな。とりあえず、あの女との関係を吐けよ』


「本当に、天狐は嘘発見器になってるなあ。神を偽れるとは思ってないが」


 ゴンの真贋判定は百発百中だ。彼の前に偽れる者はいない。そのゴンが嘘はないと言ったんだから信じよう。警戒は続けるけど。

 八神先生は一つため息をついてから、説明を始める。


「彼女に初めて会ったのは、それこそ天の逆鉾を見に行った時だ。興味があったから行ったら、そこに居座っているあいつに会ってな。妖とはわかったが、殺されることなく普通に会話した。とは言っても、交流はそれだけだ。目的とかは聞いたし、どういう種族かもわかっているが俺じゃ倒せないし、被害は最小限に留められていた。だから放置してただけだ」


「あの人はなんという妖なんですか?」


半吸血鬼バンピール。人と吸血鬼の混血児で、吸血鬼の中の、女王だ」


「……また海外の存在ですか。目的はなんなんです?」


「土蜘蛛と、天の逆鉾に眠ったドラゴンの戦いを見届けることだ」


「ドラゴン?九州に言い伝えのある、土蜘蛛と争ったという……。あの言い伝えは本当だったわけだ」


 御伽噺、伝承。どれにしろ昔話として天の逆鉾に封じられた土蜘蛛と争った竜というものは現代にも残っている。土蜘蛛の存在が確認できる数少ない資料だから程々に有名なものだ。

 それが真実で、それをミクに抜かせようとしているということは。


「ドラゴンが目覚める……」


「だろうな。ヴェルも土蜘蛛も今更ミスをしないだろう。つまり那須なら確実に抜けるということだ。あの土蜘蛛が勝てなかった存在が、目覚める。ヴェルが学生を殺さなければ止めてたんだが」


「まさか、タマを殺す気なんですか⁉︎」


「いや。彼女は餌として土御門と賀茂の取り巻きを四人殺したんだ。那須を殺すことはないと思う」


 利用価値がなくなったら殺すということもありそうだ。ならなおさら急がないと。


「行きます。先生、天海を安全な場所に連れていってくれますね?」


「ああ、任せろ。病院のこととかは俺に任せて、お前はさっさと行け。これ以上生徒が死ぬのは見たくない」


「はい」


 頷いて、駆けて病院を出る。出るのと同時に烏を呼び出して、天の逆鉾の方向へ飛び立つ。二時間もあれば着くはずだ。千里眼を用いて道中の祐介も探さないといけない。本当に面倒ごとを増やされた。

 その千里眼を使った時に、見知った異能の力を感知する。


「キャロルさん……?外国人も同じ車両にいっぱいいる。まさか、キャロルさんの組織が動いてるのか?」


『あー。まあケンタウロスとバンピールが見付かったのニャラ、それもしょうがないんじゃニャイ?だってあちしたちでも知ってる存在だし』


「……足止めとか任せていいんだろうか」


『あいつらはそれが本業なんじゃないのか?陰陽師みたいなもんだろ。お前は珠希を取り戻すことに集中しておけ』


「ああ。それともうちょい状況を細かく教えてくれ。すでに死人が出てることと、賀茂が追いかけた理由とかわかる範囲で」


『つっても、オレらも又聞きだからな』


 状況確認をしながらも飛ばす。もうすぐ陽が落ちる。これだけ離れているとミクの霊気も銀郎の霊線も感じられないが、決定的な何かは起きていないと思う。もしそんな存在が本当に目覚めたのなら。きっと日本に何かしらの影響を及ぼすはずだから。

 まだ日本自体に大きな何かは起きていない。姫さんとかも手を打ってくれているけど、逆に言えばそれだけの事態が起こるということ。ゴンたちから話を聞きつつ、全速力で移動した。


 千里眼を用いながら祐介を探しつつ最短距離で天の逆鉾へ向かう。キャロルさんたちはやっと九州に入り込めたようだ。バス二台が高速道路を使おうとしているが、今は緊急事態宣言で諸々の移動が許可されていない。そのため許可証を見せたり、確認作業で大変そうだった。

 姫さんが全権の許可を出しているようでキャロルさんもすぐに追いかけてくるだろう。姫さんも今の状況を把握してくれている。海外の敵が相手ならキャロルさんたちの方が慣れているだろう。CIAというのは真っ赤な嘘だったわけだ。


「あの人たち、海外の怪物専門の呪術省みたいなものですか?」


「そうみたいやね。異能者の犯罪者や紛争、今回みたいなクリーチャー相手に戦う組織やって。だから移動許可くださいって言われて許可出したから。ヴェルってバンピール、彼女たちにとっても有名な相手みたい」


 呪術省に電話したら直通で姫さんに繋がった。この距離を式神飛ばして連絡とか、千里眼で霊線を繋げるとか無理だったので、電話で繋がって良かった。新体制に移りつつある仮称陰陽寮はワントップを中心に様々な組織図を作り上げているようだ。名前出した途端「難波明様ですか⁉︎」ってなるのは驚いた。すぐに姫さんに繋げてくれるし。

 今あの場所で働いている人たちにとって、俺と姫さんはどういう風に見られているんだか。


「V3と呼んでいるバンピールは、吸血鬼の女王様みたい。実力もそうだけど、吸血鬼から認められている本物のトップだそうよ。例のケンタウロスも、どれだけ強いのか検討つかないそうや。ただ、あたしらの常識で言えば神に近しい存在だということ。珠希ちゃんを助けたらすぐに逃げなさい」


「逃がしてくれるのなら、そうします」


「明くん。あなたたちは日本に必要な人物。最悪、式神を盾にしてでも逃げなさい」


「……全員家族です。見捨てられません」


「そう?その覚悟があるなら大丈夫ね。また京都で会いましょう。ちょっとこっちでも問題が起きてるから援軍を送るには時間がかかるけど、なるべく早く向かわせるから」


「何があったんです?」


「賀茂家と土御門が隠していた事実が見付かって、情報を出させようとしたら抵抗されてるの。仮にも一大勢力だから手こずってて」


 本当に迷惑な家だな。それがなかったら五神の誰かが援軍にきてくれたかもしれないのに。


「こっちはこっちでなんとかします。キャロルさんたちもいることですし。市民や京都をお願いします」


「ええ。もし怪我しても、蜂谷先生の病室は空けておくから」


 それは心強いんだか、後ろ向きなんだか。苦笑しつつ了承の返事をして電話を切る。ミクはゴール地点である天の逆鉾に一直線に向かっているから行き先については問題ないとして、問題なのは祐介と賀茂だ。土蜘蛛を追いかけたのかヴェルさんを追いかけたのか。ヴェルさんも土蜘蛛に合流していれば変に誘導されて途方もない場所に行き着いているなんてことはないはず。

 最短距離で二人のことを千里眼で探していると、一応ルート上で騒がしい場所を見つけた。救急車と警察車両が来ていて、すでに陽が落ちているのにサイレンやライトで明るくなっており、何十人もそこに留まっていた。そこの中に祐介を見付けたので、ゴンたちに言って降りる。


 プロの陰陽師もいたようで警戒されたが、京都校の制服を着ていたために祐介と同じだからと攻撃されなかった。また学生かという呟きも聞こえたが、それを無視して祐介の元に向かう。

 祐介は膝をついて項垂れていた。その祐介の前には京都校の女子制服を着た誰かが、首から上に白い布をかけられていた。身体の下にも布があって身体を労っていたが、問題はそこじゃない。身体つきからミクじゃないとはわかっていても、鼓動が早くなるのを感じた。頭にかけられていた布を外すと、そこには首を綺麗に斬られた賀茂の顔が。


 目を閉じているはずなのに、ちっとも楽そうじゃない。近くに彼女の霊は留まっていないが、この空気は良くない。傷口が綺麗すぎる。これをやったのは相当刃物の扱いが上手くないとできない。土蜘蛛にはできないとしたら、ヴェルさんか、もう一人。


「祐介。何があった?……銀郎が、やったのか?」


「プロの人の話だと、そうだ。銀色の人型の狼が刀で斬ったって。静香ちゃんが殺されるようなこと、したのかよ……!」


「ちょっと、視てみる」


 今も警察が現場検証している辺り。人型の白線が書かれて、その近くに尋常ではない血しぶきが。これは賀茂の血痕だろう。ゴンも賀茂の遺体を調べながら、俺は過去視を用いる。

 この現場であったこと。賀茂の暴走。銀郎の慈悲。賀茂の過去。悲惨な人体実験の数々。失われていく記憶。見放されていく賀茂という個人。彼女にかけられていたセーフティーのための術式。その術式が発動したのは間に合わなくなってから。彼女が現世に留まらなかった理由まではわからなかったが、これで現世を愛しているなどと言われたら、その精神性を疑う。


 いや、その精神が壊されていたのか。彼女への見方が変わる事実。その闇の深さに軽く失望して、陰陽寮を率いることに嫌気が差しそうだ。

 また人間嫌いの発作が起こるところだった。そんな感情を消して、やらなければいけないことがたくさんあるんだろうけど。


「祐介、恨むなら俺を恨め。暴走した賀茂へ介錯したのは銀郎だ。……彼女は、もう長くなかった」


「長くないって、何で……。高校生だろ。それに、暴走って」


「身体に埋め込まれていた呪具が彼女の思考を奪っていた。彼女は妖を殺すだけの機械になっていた。だから銀郎は、わずかに自我が残っている内に殺してる」


 小声で呟く。今周りは女子高生が殺されて、土蜘蛛が暴れているという緊急事態に曝されている。そんな状態で賀茂家のご令嬢が人道に背く改造を施されていたなんて知らなくてもいいことだ。


「式神がやったことに責任を取るのは主の義務だ。だから、直接手をかけた俺のことを恨め」


「……今度、銀郎さんを一発ぶん殴る。それでいい」


「ああ。……霊気がまだ本調子じゃないのに、無茶しやがって。祐介は賀茂を連れてホテルに戻れ。こんなところにいたら土蜘蛛に襲われかねない」


「いや、それは。周りの人を説得しないと……」


「今してやる」


 賀茂の首を霊糸で繋げて、祐介に霊気だけ送るように伝える。そして賀茂から離れると、周りにいた警察官とプロの陰陽師の所へ向かう。早くミクの所に行かなくちゃいけないのに、面倒な。


「君。少し話を聞かせてもらっていいかな?」


「事実を。彼女を殺した式神は私の式神で間違いありません。銀の人型の狼は、私の式神銀郎です。土蜘蛛に連れ去られた私の幼馴染を助けるために、私が送りました」


「君、名前は?」


「難波明です」


「難波、明⁉︎」


 プロの陰陽師の方々が知っていて良かった。これで姫さんの権力の笠を着れる。

 むしろ警察官が知らないように首を傾げているのは不思議なんだけど。日本を揺るがせた事件で名前が挙がってるし、ワイドショーとかでも散々難波家のことは特集されてたと思うんだけど。俺が京都校の一年だというのはもう世間の常識になってると思ったのに。


「殺人の罪は必ず受けます。ただ、陰陽師の皆さん。明日にでもなったら呪術省に賀茂家について問い合わせてください。それだけはお願いします。だから彼女の遺体を彼に運ばせてください」


「……殺した理由がわかると?」


「はい。殺さざるを得ませんでした」


「何の話をしている⁉︎殺人は殺人だろうが!そんな問答はどうでもいい、現行犯逮捕だ!」


「申し訳ありません、警察の方。私はあの土蜘蛛を追わなければなりません。これにて失礼」


「なっ!消えた⁉︎」


 詠唱破棄で隠行を使い、周囲の目を誤魔化す。ゴンと一緒に離脱して、そこそこ離れた場所でゴンを大きくさせて天の逆鉾へ向かった。


「あーあ。これで俺も犯罪者か。銀郎もやってくれたよ」


『あいつ、後でしばくニャ。何もあいつがやらなくても、周りにはあの土蜘蛛いたんでしょ?』


「いた。でも、陰陽師の家に仕える者として見過ごせないとかで、銀郎が斬った」


『あの娘、かなり改造されてたな。神具も呪具も身体に埋め込まれてやがった。初めて見た時から何か歪だとは思ってたが、あそこまでとはな』


「ああ。狐についてとかそんなだっけ。そういう問答してたなあ」


 思考誘導がされていた彼女。それを土御門は助けられなかったのか。家でやられたとしても、高校からは寮生活だ。休日ともなると実家に帰っていたかもしれないが、あの状態を維持するには誰かが術式を重ねるしかない。土御門が認識阻害を重ねていたらしいが、根本的解決はできなかったようだ。俺だって身体に埋め込まれた呪具を安全に取り出す方法なんてわからない。

 また頼むことが増えたな……。頼りすぎるのも問題だけど、こればっかりは仕方がない。携帯を出してまた姫さんに電話を。いっそ直通の番号を教えてくれないだろうか。


「なんや、明くん。もしかして問題発生?」


「その通りです。賀茂家の制圧って終わりましたか?」


「終わったわ。今は色々と資料を集めているところだけど、酷いわね。呪術省のトップにいたから堂々と隠せたんでしょうけど。もうそんな後ろ盾ないもの」


「……人体実験についてのことは?」


「今確認中。何?賀茂の女の子に何かあった?」


「銀郎が殺しました。それでどうにか便宜を図ってもらえないかなと」


「ハァ……。わかったわ。賀茂家の弟さんにも同じような実験の痕跡があったから今回収したところだし。そっちはなんとかするから、明くんはそっちに集中して」


「はい。ありがとうございます」


 銀郎の気持ちもよくわかるんだけど。その場に俺がいたら同じことをしていたかもしれない。自分の記憶もあやふやで、家族には人として見られていなくて。そして恋心すら誰かに弄られた。極め付けはいつ爆発するかわからない人体の限界点、その爆弾がさっき爆発してしまったこと。それで敵と見なした相手は誰でも排除しようとして、自我なんて消えて暴れまわる。

 それは人間として許せず、神々が知ったら激怒するような在り方だ。身体にも土地神の遺体や血を用いられて、その存在が魑魅魍魎を産み出す。彼女は生きているだけで他の人よりも魑魅魍魎を産み出しやすい性質だった。神の怒りに触れ、人間として曖昧な心を持ち、自分の不安定さから猜疑心が産まれる。その調整に呪術が用いられ、その身体は確実に陰に傾倒していった。


 彼女の成長が留まったことで実験を施している側が焦り嘆き恨む事で魑魅魍魎が産まれて。彼女自身も呪具などに蝕まれる身体や不安な記憶から精神が安定せずに魑魅魍魎を産み出し。

 彼女は薄氷の上を歩かされた被害者で。


「こっちも纏まり次第、またTV局とか使ってあの二つの家を潰すから。なんとか正当防衛という風に持っていけるようにするわ」


「そっちも忙しいのに、仕事を増やしてごめんなさい」


「いいのよ。これがやるべき事だから。明くん、土蜘蛛と竜の話は知ってるわね?」


「天の逆鉾に関わる話だったんですね、あれ」


「わかってるならいいわ。生きて帰ってきなさい」


「はい」


 通話を切って、ゴンへ霊気を回す。ミクの神気を感じた。もう引き抜き作業は始まっているらしい。大地が鼓動しているのか、小さな揺れが続く。

 木々が囀り、地が祝福をし、空は陰る。これが良い状態ではないと感じ取った。神に匹敵する存在が目覚める予兆だった。


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