第145話 3ー1

 京都にあるとあるビルの一室。そこは外国の企業が日本進出のために一フロア借り切っていた。企業の名前は架空のものだが、そこに外国人が集まっているのは事実。やっていることは日本全国の監視であり、その本部であった。

 キャロルが所属する組織、その日本支部である。

 そんな彼女らの拠点に、一本の電話が入る。それを受け取った者が支部長へ回線を回し、それを受けた支部長が、キャロルを呼び出していた。

 キャロルが呼び出されるということは、緊急事態だ。日本で一番の異能者はキャロルのままなのだから。支部長であるモランは、出頭したキャロルへ個別の部屋を用意し、事態の説明を始める。


「キャロル。今すぐ九州へ行ってほしい。公共交通機関は止まるそうだから、車は用意する」

「九州?それは良いけド……、一体何事?」

「ケンタウロスが発見された。大きな地方都市で暴れたようだ」

「……ハァ⁉︎クリーチャーなんてものじゃなイ、本物のバケモノじゃなイ!生き残りがJAPANにいたノ⁉︎」

「いたという報告だ。それを何とかできるのは、君しかいないだろう」


 彼女たちがクリーチャーと呼ぶのは海外の妖のことだ。それだって精々生きていても一千年くらいのもの。メジャーなクリーチャーだと吸血鬼やゴースト、巨大化した狼などだが、ケンタウロスは別の意味で問題だ。

 有名ではある。だが、規格外なのだ。

 なにせケンタウロスの源流は神との混じり物だ。神の直系の子孫と言える。そんな存在は今までキャロルたちの組織でも確認したことがなかったため、伝承だけ語り継がれてきた伝説の存在だ。それが生きていて、しかも日本にいるなんて思いもよらない。生きていることが奇跡だというのに、こんな島国に隠れていて、今更出てくるなんてどんな予測を立てておけば可能なのかという話だ。


「……映像ハ?」

「後で移動車の端末に送ろう。直ちに出発準備を整えてほしい」

「メンバー編成は完了してるのネ?」

「ああ。出来うる限りのメンバーは揃えた。……最悪の場合、右手の使用を許可する。本部からも、許可を得ている」

「……!まあ、それだけの相手でしょうネ」


 キャロルとしても納得する。あまり右手は使いたくなかったが、神話を生きた存在が相手なのだ。世界の理が崩れるか、人類が終わるか。その判断で人類を選んだだけのこと。

 もし右手の力を使うとしても、他の組織員の目を気にしなくていいというのは良い。もし世界に影響が出ても、組織の方でバックアップを万全にしてくれるということだ。


 キャロルは戦闘準備を整えて、用意されていたバスに乗り込む。正確にはバスのような、車両型移動拠点なのだが。乗り込んできたのはバックアップも含めて二十人ほど。それが三台。日本支部京都本部にいる動ける人員ほぼ全員だろう。京都にもしもが会った時のために少しは残しているが、それでも数としては少ない。

 神話の一角に挑もうというには、実力者が集まっているとはいえ貧相な数字だ。人員についてどんな能力を持っているか確認して、誰が戦闘で役立ちそうか確認していく。相手は神話に出てくる存在なのだから、誰のどんな能力が有効か、頭の中でシミュレーションを立てていた。


 神話の時代の生き物なんてありえないのだ。竜はなぜか確認できるが、その竜は退治できる程度の脅威だった。ケンタウロスという、確実に何千年も生きているであろう存在を相手にどうすべきか悩んでいた。

 キャロルの組織は二千年以上の歴史がある。そんな二千年の中でケンタウロスの実体を発見したのは初なのだ。それはつまり、あのケンタウロスは人工的に生み出された存在か、神話の頃からの生き残りだ。そして、人工的なケンタウロスならここまで大騒ぎになっていない。


 だから、こうして対策を考えられる平の立場で良かったと、それだけは安堵する。これで拠点の設営から日程の調整、全ての指示出しなどやっていたら気が狂ってしまう。

 キャロルが指示を出すわけではないので、暫定的なリーダーが号令を出す。キャロルは組織の中でも表向きは一般人員だ。要職に就いているわけでもなく、戦闘部隊のエースという扱いでもない。情報部隊の、戦闘もできる人材程度だ。組織でもトップの戦闘能力を持っていることを知っている人間は限られている。日本支部で言ってしまえば支部長のモランだけだ。


 だからキャロルは部隊を率いたりしない。ただの戦闘員としてついていった。そうすれば戦闘だけに集中できるからだ。今人員を確かめているのも、戦う者としてある程度融通が効くからだ。キャロルが注目株だということを組織の者は知っているので、指揮権がないとはいえ口出しはできる。リ・ウォンシュンの功績などからそれくらいはできた。


 そして移動中に、大型スクリーンで九州の状況を確認していた。大画面に映る九州の様子。それはなんて事のない昼下がり。そんな場所に唐突に現れたビル四階分に匹敵する巨体。見ただけでわかる異質さ。キャロルたちも竜もどきは海外でも見てきた。日本で五神やがしゃどくろのような怪異を見てきた。そんな傑物たちにも劣らぬ怪物。

 見ただけで背筋が震えるのがわかった。それだけ、映像だけでも威圧感を感じていた。


「これが撮影されたのは本日正午。場所は福岡県博多市だ。本来は九州のクリーチャー捜索をしていたところ、偶然発見したそうだ。ここへ旅行に来ていた学生が巻き込まれたようだが、今の所ケンタウロスによる死者は出ていないようだ。問題はこれに連れ去られたと思しき少女がいる。拡大しよう」


 暫定的なリーダーである男は端末を操作して停止した画像を拡大する。黒い腕に掴まれたと思われる金髪の少女。拡大していく中で、キャロルが席を立って叫んでいた。


「ナンデ⁉︎なんでタマキがそこにいるのヨ!」

「タマキ?この少女か?……待て。そういえばこの少女、八月の?」

「たぶん考えてる人で間違いないワ。リ・ウォンシュンの時に手伝ってもらった現地協力者の女の子ヨ。京都の学校に通っているはずだけド。まさか旅行に来ていた学生ってタマキたちなノ?」

「ああ、日本でも相当上位に来る実力者の学生。あれ、男の子もいましたよね?」

「……まさか、この少年ではあるまいな?」


 視点をずらした映像の中で、瑠姫の膝の上で気絶している少年。それを見て、キャロルは大きくため息をついた。

 まさしくであったことと、明がやられるような相手という事実に頭が痛くなったからだ。


「その子ヨ。ワタシと変わらない実力者。……あの子たち、どんな悪運してるのヨ……」

「キャロルと変わらないのか。……そしてもう一つ、現地の調査員が手に入れた情報がある」


 まるっきり変えられた映像に現れたのは、黒スーツに身を包んだ長身の女性。その女性は羽もないのに空を飛んでいた。

 それ以上に、彼女の顔を知っている者たちばかりだったのでまさか同時に出て来るとは思わなかったと息を呑む音がバスの中で響く。だが、何も今出てこなくてもいいだろうと胃が痛くなってくる。

 彼女のことも探していた。どこにいるだろうと世界中で探していた。そんな悪しき存在。ここ三百年ほど探して行方を追っていたクリーチャーの一体だ。


「ヴェルニカ・ヴァーチェ・ヴァルフォンド。コード名V3が発見された。しかも例のケンタウロスが向かう方角へ移動している。最悪の場合、この二体と同時に戦うことになるだろう」

「最悪ではなく、そうだと想定しなければならない。最悪など全てを想定して、もう起こりえないというほど対策をして。その上で更にそれ以上の災厄が起きた時に使う言葉だ」

「軍曹……」


 リーダーの言葉に重ねるように発言をしたのは軍曹というあだ名で呼ばれる、筋肉質の黒人男性。五十代を過ぎた今でも最前線で戦う頼れる大人であり、その見た目が軍人の叩き上げにしか見えないため軍曹と呼ばれる。

 数々の戦場を駆け抜けて来た事実も変わらず。キャロルのように最前線で戦う人間なので司令官コマンダーなどには不向きな男性であった。


「まだ情報のある姫君で良かったではないか。たとえ脅威であっても、対策はできる。かの混血児バンピール対策は用意してあるのだろう?」

「ああ、その通りだ。人質がいることは問題だが、まだ御しやすい相手だと言える。これから作戦について説明を始めるぞ!」


 そうして始まる作戦会議は他の三台のバスとも映像を繋げて、持って来た装備なども込みで話し合いが進む。そんな中キャロルによる明たちの説明も行われた。どんな能力を持っていたのか。そんな人物がやられてしまったという事実を。

 バスに揺られながらも、世界の守護者たちの話し合いは続いていく。


 話し合いが終わった後も、装備の点検や情報収集などバスの中は慌ただしく動いていた。そんな中で戦闘班とでも言うべき、戦うことが主な人たちが集まって飲み物を飲みながら、映像を見ていた。

 見ていた映像は先程まではV3のものだったが、今は八月に撮影していた明たちの戦闘映像。これだけの実力者が負けたという事実を再確認してもらうためだ。とはいえ何かしらの干渉があったのか、映像は所々途切れている。戦いの余波が凄くて途中までしか映せていないが、それでもリ・ウォンシュンと遜色なく戦っているのだ。

 神の領域に至ったという話も聞いているために、彼らの実力も推し量れた。


「……改めて見たが。彼らは本当に学生か?この前の騒動の、五神と遜色ないが?」

「そーなのヨ。彼らとその式神はJAPANでも最高峰だワ。気絶しちゃって覚醒した後のウォンシュンと互角に戦ってたわけだシ」

「少年の方は不意打ちでやられたようだが。少女の方もあっさりと連れていかれたことからケンタウロスの実力は相当だろう。……追いかける側というのは厄介だな。罠を張れないとなると、純粋な力比べになってしまう」

「力比べって、このメンバーで?本部のような戦闘班はいないんですよ?」

「それでもやるしかないのだ。我々はなんのために組織に入った?人々をこういった事態から守るためだろう?無辜の民を守る盾となるためだろう?弱気なことを言っている暇があれば対策の一つでも考えるべきだ。最悪のケースを考えたら、無駄にする時間はないぞ」

「軍曹って、軍人ってより気概としては騎士ですよねえ」


 戦闘班の少女がそんなことを言う。見た目は怖そうな軍人の割に、考え方は昔の騎士のような人物だ。軍人だって元を辿れば人々の生活のために命をかける職業だが、なんというか志が高潔なのだ。

 この組織ではそういう人も確かに多い。多いのだが、軍曹は立場が低いにしてはとても高潔だった。自分の立場など関係なく目の前の人間も、目に入らない人間も救おうとするのは組織がかなり大きいとはいえ、希少種だ。


「じゃあ、ケースの確認といきましょうカ。ケンタウロスとV3が仲間だと最低限想定しテ。あとはタマキが殺されちゃって、アキラが増援に来られないっていうのが考えられるわネ」

「それと新しい情報だ。学生が二人、V3を追っているらしい」

「……さっきの子たちと同じ学校の子だから、実力はそこそこあるんでしょうけど。だからって、V3に敵うかって言われたら……」

「無理だろうな」


 嫌な情報ばかり増える。仮にも彼らは世界を股にかけてきたその道のプロだ。いくら日本が怪異まみれだったとはいえ、学生に劣る実力をしているとは思っていない。明たちの実力が飛び抜けていることはわかっている。

 いくら彼らが属している学校の生徒でも、明並みではないことはわかるだろう。同じクラスの実力者が何人もいるとは思っていない。それなら名前ぐらい覚えているはずなのだ。もう二ヶ月近く真剣にこの国について調査しているので、京都に住んでいる実力者なら把握していた。

 実際賀茂は一度ヴェルにあしらわれている。実力は大きく乖離していた。


「V3が純粋に我々から三百年逃げ続けていることには、奴の強さもそうだが、フラッと市井に溶け込み、人間を喰らって痕跡を残さないからだ。今回のもケンタウロスを笠にしているだけで、このまま消える可能性もある」

「やれることは吸血鬼と変わらないですからね。のくせに、太陽を克服した常識崩れ」

「混血児だからこそ、でしょうケド。目撃情報が減っていたのはJAPANに潜伏してたからでしょうネ。吸血鬼のお姫様はどうして大人しくしていてくれないのカシラ?」

「吸血鬼だからだろう」

「そんな正論は聞きたくないのだけド。……他にもクリーチャーがいると想定すべきでしょうネ。それも彼女らクラスが複数」


 軍曹の言葉の通り最悪を考えると、そうなる。あの二体だけが敵だというのは安易な考えだ。だから敵はあれだけではないのだと、そういう前提でいくのが確かな予防策だ。


「まあ、ケンタウロスがあまり暴れずに、あの女の子を攫ったってことは何かしら理由があるはずだからね」

「姿を見せれば捕捉されやすいのに、わざわざ本当の姿を見せたのだ。陽動という可能性さえある。本筋は九州のどこかで、何かしらを企てているとかな。その時にたまたまあの子を攫ったのか、あの子が必要だったのか」

「タマキの実力はJAPANでもトップに近いワ。それを偶然とは思えなイ。可能性として、JAPANを脅すのが目的とカ?」

「脅してなんとする?キャロル」

「本っ当に一番考えたくないんだけド。……法師と繋がっているんじゃないかっテ。JAPANの対応に苛立ったとか、理由なら色々考えられそうじゃなイ?対応の遅さとか、これからの在り方だとカ」

「それは正直、あまりない線だと思っている。あのアキラ少年は法師一派から指名された少年だろう?もし法師一派なら、仲違いか自作自演の罠になる」

「そも、クリーチャーたるケンタウロスが日本の一犯罪者と仲間か?たとえ一千年生きていた傑物とはいえ」

「そうかもネ。可能性の話ダカラ」


 キャロルも一応浮かんだから話しただけで、これは違うかなと思っている。その予想は合っていて、法師たちとケンタウロスは仲間ではない。法師としても明を傷付けられ、珠希を連れ去られたというのは憤慨ものだ。過去に金蘭が住んでいた村を壊滅させたこともあり、感情としては敵だ。

 それでも、法師は今回の一件では動かないが。今彼は「婆や」と今までのことについて話すことで手が塞がっている。


「住民や変な横槍が入る可能性もあると思う。まだケンタウロスとV3がどこに向かっているか、判明していないんですよね?」

「ああ。南下しているというだけだな。だから大都市はないとはいえ、どんな被害が出るかはわからん。日本側で何かしら動いてくれないと手が足りなくなる」

「そこは安心して良い。あの瑞穂という少女、すぐさま行動に出てくれたようでな。九州で外出が許されているのはプロの陰陽師だけになっているようだ。それぐらいしてくれなければ、被害がどれだけ出ることか」

「あの女の子やるじゃなイ。そうやって動いてくれればワタシたちも楽なんだけド」

「じゃあやっぱり法師たちとは別勢力なんじゃ?」

「まあ、可能性の一つとして頭の片隅に入れておこう。あとは?」

「内通者の存在は流石に除外して良いでしょウ。一番あり得る嫌な事態ってのは、ワタシたちの攻撃が全く通じないことじゃなイ?」

「その際撤退するかどうかも、頭に入れておかなくてはな……」


 それからも現地に着くまで、休養を除けばずっと話し合っていた。様々な問題点を挙げて一つずつ潰していく。そして奴らの逃走まで選択肢として含めて、フォーメーションなども考えて作戦会議は順調に進んでいった。

 彼女たちが参戦するまで、あと僅か。その合間に、キャロルは軍曹に質問していた。


「軍曹。直感で良いワ。今回の戦い、どうなると思ウ?」

「随分とアバウトな質問を……。まあ、良い。死人は出るな。それが我々なのか、巻き込まれた誰かなのか、クリーチャー側なのか。それは定かではないが、これだけの戦力が動くんだ。そうなるのが自然な流れだろう。……おそらくだが、状況は色々と泥沼化するだろう」

「それが先見の軍曹たるお言葉?」

「ああ。異能ではないから戦場を経験した勘でしかないが、嫌な予感はずっとしている。ここらが儂の潮時かもな」

「そんな寂しいこと言わないでヨ?あなたのことは頼りにしてるワ。死なれると困ル」

「はっ。娘みたいな年齢のガキにそんな殊勝なこと言われても、何も響かねーな」

「結婚してないでショ?お父様?」

「妻も子どももいねーな。だからこんな風に、命をかけられる」

「軍曹には教わりたいことがあるから、まだ死なないでネ?」

「ガキが死ぬくらいなら、儂みたいな老骨が死ぬのが道理だ。おめえこそ、死ぬんじゃねえぞ」

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