第143話 2ー2

 向かった先は博多駅からそう離れていない豚骨ラーメン専門店。博多でラーメンと言われたら豚骨だけど、ちゃんと豚骨ラーメン以外のお店もある。まあでも、今から行く場所は豚骨ラーメンを食べに行く。わざわざ博多に来たんだから、本場の豚骨ラーメンを食べたい。屋台街には行けないし、屋台でやっていたお店がきちんと一軒家を借りてお店としてやっている場所もある。

 今回行くのはそういう場所だ。


 博多駅からちょっと歩いて那珂川方面へ。那珂川通りから中洲へ向かっていくこと数分。目的のラーメン屋に着いた。屋台ラーメンが前身だったお店のほとんどは居酒屋に似た店作りとメニューをしている。ぱっと見じゃ居酒屋にしか見えないほど古臭い外観だが、だからこそ唆られるということもある。

 屋台ラーメンの真骨頂は夜だからか。お昼はそこまで混んでいなかった。飲み会帰りとかの締めの一杯とか、梯子の内の一軒だったりするからメインは夜なんだろう。混んでいない方が式神も全員座らせられて良いし。

 お店はカウンター席オンリーで二十席以上ある、屋台の感覚を残したようなお店だ。食券ではなく注文を直接伝えるタイプのお店。式神を奥に、学生の俺たちを入り口側にして一列に座る。


「ほら、何食う?」

『……チッ、味玉ねえのかよ。じゃあチャーハンだ。あと焼き鳥三本』

『あっしもチャーハンでいいですかねえ。あ、大盛りで』

「ゴンは大盛りにしなくて大丈夫か?」

『そこまではしなくていい』

『坊ちゃん!あたしラーメンにするニャ!やわめ!』

「はいよ」


 式神の皆は即決でいいねえ。俺も決めよう。ラーメンは確定として、あとは何を食べよう。こういう豚骨ラーメンは替え玉をすること前提なラーメンだけど、居酒屋テイストなだけあってメニューも豊富だ。餃子を皆で分けるのもアリだな。式神に一皿、こっちに一皿でいいだろ。

 あとは麺の柔らかさか……。バリカタも気になるけど、まずは普通でいいか。硬すぎて食べられませんじゃ困るし。餃子セットがあるから、これを俺と瑠姫で頼めばいいか。


「そっちは決まった?」

「おうよ」


 というわけで店員さんを呼んで注文。ラーメンを五杯。俺とミク、天海は普通。祐介は硬め。瑠姫はやわめ。チャーハン二つに餃子セット二つだ。焼き鳥を頼んだのもゴンだけ。二日目で食事にそこまでお金を使いたくないからだろう。この宿泊学習、七日間もあるんだから。


「これ、ニンニクですか?好きに使っていいんですね」

「こっちは紅生姜と、胡麻と胡椒?へえ、いっぱいあるんだね」

「ラーメンタレ。味変用のやつか。味調整はそっちでお願いしますってすれば、注文を受けるのも楽になるってことね」


 待ってる間、皆机の上を物色している。胡椒を置いてるラーメン屋も今日び珍しいかもしれない。自分のお店の味を胡椒なんかで変えて欲しくないからと、最近ではこういう調味料を置かなくなったお店が多い。餃子用に最低限ってところばかりで、餃子もやってないとなると、本当に調味料のセットなんてテーブルに置いてないこともある。


 それを考えると、ここは調味料が豊富だ。昔からそういう方針なんだろうけど、今の時代に逆行しているラーメン屋かもしれない。新しいラーメンがいくつも出て、見栄えや透き通ったスープ、低温チャーシューなどが流行っているのにここは昔からラーメンを変えていない。

 そういう場所があってもいいとは思うけど。昔ながらのラーメンというのが希少になるのは嫌だなあ。


「そういや祐介。お金大丈夫なのか?」

「あん?ご飯代くらいは問題ねーぞ」

「あんだけ遊び道具とか買っておいて?バイトしてたからって、よくそんなにお金注ぎ込めるな」

「今回の旅行の積立金、ちょっと待ってもらってるからなー。繰り上がっちゃったせいで予定とズレてさ。八神先生に言ったらなんとかなった。んで、せっかくの旅行にお金ありませんから楽しめませんでしたー、は嫌じゃん?」

「今回の飯くらいなら金出そうか?」

「難波君。お金の貸し借りは見過ごせないな。住吉君がお金少なくても」


 天海に睨まれてしまった。委員長気質だな、ホント。中学時代から同じやりとりやってるってことは黙ってよ。天海に怒られるネタを提供する必要もないし。

 そんなバカな話をしている間にラーメンが来ていた。硬さを言って受け取る。焼き鳥も一緒に来たが、チャーハンだけはちょっと遅れるらしい。


「ゴン、串から取ろうか?」

『いらねえよ』


 ゴンは豪快に掴むと、そのままムシャリと噛り付いていた。可愛い顔して食べ方が益荒男のそれなんだから。そのギャップがいいんだけど。

 さて、ラーメンだ。見た目は白いスープに、細麺ストレートの麺。あとは薄いチャーシューが二枚に、真ん中へネギがどかっと盛られているだけ。すごいシンプルだ。値段も安く、替え玉ありきの値段設定なんだなと思う。それにこのシンプルさなら高くしたらお客さんが寄り付かないんだろう。

 豚骨の匂いはするけど、臭くはない。臭みをしっかり抜いているんだろう。このお店の中も鼻が曲がるほどの豚骨の匂いはしないし。


「俺、博多ラーメンを本場で食うの初めてだ」

「九州がそもそも初めてだよ」


 まるで祐介は九州に来たことがあるかのような物言いだ。俺もミクも本当に初めて。というか、難波からあまり出なかったんだから、行く先々が初めての場所だ。中学生でそこまで日本全国旅したことある奴の方が珍しいだろ。


「いただきます」


 箸で麺を掴む。軽いし、今までで一番細いかもしれない。そのまま口に運ぶけど、麺の芯が残っていてパツパツだ。硬くはないけど、食感としてはラーメンよりそうめんに近い。豚骨スープにしては濃くないし、素の状態だと結構食べやすい。油も少ないからだろうか。油はサイドメニューで補ってほしいということだろう。その証拠にサイドメニューは唐揚げとか茶色い物ばかりだし。


 ネギも効いているんだろう。これがあるからまだあっさりという感じが出せるというか、多分ネギがなかったら見た目的にももっと印象がよろしくない。ネギがあるから濃いという印象を和らげられてるんだと思う。

 で、替え玉前提だからか一玉は簡単に食べられた。祐介ももう食べ終わりそうだし、替え玉頼もう。メニュー表の隣に替え玉の注文方式が書いてあったので、それに倣う。頼む前に皆に聞くけど。


「替え玉頼む人いるか?」

「はーい。……俺だけ?」


 瑠姫含め女性陣は大丈夫らしい。なので俺は硬めを、祐介はバリカタを頼む。祐介チャレンジャーだな。せっかく本場に来たんだから硬めを頼もうとは思ってたけど、バリカタを頼む気は無い。

 待ってる間に餃子を一つ。うん、肉がたっぷりの餡で美味しい。それとスープにラーメンタレ入れて味変しておこう。紅生姜はいいや。


 硬めだったからか、替え玉はすぐ来た。平らな麺ざるから直で入れられるという、ある意味感動物だった。こんな風に替え玉を入れてもらえるなんて、それだけでここで食べて良かったと思える。祐介もおおって声に出てるし。

 これはラーメンファンとしては、本当に一度は味わいたいものだ。

 硬めの麺を食べた感想だけど、ぶっちゃけ普通で食べた方が美味しいかもしれない。いや、俺が硬い麺好きじゃないってだけだろうけど。この辺りは好みだ。ラーメンタレは味が濃くなったけど、そこまで入れなかったので急激に濃くなったとは感じない。さっきまでよりも豚骨感が薄れたけど、これはこれで好きな味だ。これ以上は足さないけど。


 チャーシューもしっかり味がついてるけど、主張をしてこない薄味気味だ。メインはやっぱり麺で、替え玉をしてもらうこととお酒が主商品なんだろう。

 二玉目もあっさり食べられたけど、それでもう一玉いけるだろうけど、この後を考えてやめておく。妖に襲われるかもしれないのに、腹が満腹で動けませんでしたなんて間抜けなことになりたくないし。祐介も三玉目にはいかないようだ。他の面々も食べ終わってる。

 じゃあ、出るか。


「ごちそうさまでした」


 会計は俺がゴンたちの分も払って、他の皆は自分の分を払っていた。いやしかし、この後かあ。ここに来るまでに未来視で視た光景と同じかゴンに確認しておけって言われたから景色を注意深く見てたんだけど、まんまなんだよな。

 未来視はほぼ確実。となるとどうするか。出たとこ勝負にしかならないけど。


「お、すげえ。今月のランキング、十八玉だってよ」

「名前載るには十玉以上食べなくちゃいけないんだ……。それでもこんなにいっぱい」


 会計の脇にあった替え玉ランキング。そんなにお代わりしたのか。大食いの人っているもんだなあ。楽しく美味しく食べられればいいから、お腹空かないレベルで食べられれば良いっていう俺には関係ないランキングだ。

 ゴンが本来の姿になればその記録余裕で超えそうだなって思ったけど、ゴンが嫌がるだろうからやらせない。ランキング載るために巨大化する天狐なんて見たくないよ。


──────


 そこは駅から少し離れた廃ビル。小道を入って、どこもすでに建物だけになってしまった、いわゆる幽霊ストリートの一画だった。

 そんな廃ビル目指して歩く一人の女性と、六人の学生。先頭の女性は目的のビルに着くと、そこで足を一度止めた。


『ここじゃ。ここの最上階に妖はおる。わっちも少しは戦えるが、メインはそっちに任せるのじゃ。近寄るのは危険じゃから、ちゃんと距離を取って、奴の毒牙にかからんようにの』

「毒牙?どういう相手なんですか?」

『変な触手飛ばして来るんじゃ。虫というか花というか。そんな感じの妖じゃよ』


 そんな抽象的な答えの後、階段を歩いて登っていく。すんなりと入れてしまったが、本来は不動産会社が管理しているためにこうもあっさりと廃ビルに入ることはできない。この時点で土御門たちは疑うべきだった。

 廃ビルというだけあって、中はボロボロで汚かった。掃除などしていないのだし、老化によって罅が至る所で散見できる。もう使われていないことがありありとわかる。このような場所にいるのは浮浪人か、妖だけだろうとわかる有様だ。

 ゆっくりと歩いて最上部である七階に辿り着くと、奥の部屋から霊気が撒き散らされていた。ここまで近付かなければわからないほど、隠されていたとも言える。


『気付いた?それじゃあ、行こうかの。期待しているのじゃ』

「ええ。僕たちで良かったと思わせてあげますよ」


 そうして部屋に踏み込む。

 そこからは地獄だった。

 土御門と賀茂が強力な術式を使うために後方で術式の準備を。あとの四人が牽制のために呪具や略式の術式で奥にいる妖と戦おうとした。

 だが、その簡易な術式では妖に通じなかった。触手のようなものに弾かれてしまって、有効打は与えられなかった。それでも時間稼ぎを行う四人。四人はその時間稼ぎに必死で、もう一人ここに来ていたヴェルことヴェルニカが距離を取って観察をしていたことに気付けなかった。


 土御門が強力な術式を。賀茂が偽茨木童子を呼び出し、決着がついたかと思われた。

 だが、姿を現した食虫花が巨大化したかのような妖は、土御門が放った炎の術式もまるで効かなかったかのように受け流し。偽茨木童子の攻撃は触手によって絡め取って防いでいた。

 この六人の実力では、確実に土御門と賀茂が上だ。その二人の攻撃が効かなかったことでようやく、危険を感じ取った。

 遅すぎたのだが。


『どうじゃ?他に倒す手段はあるのかのう?』

「まだ、ですわ……!」


 土御門と賀茂も家から預かっていた呪具を用いて、攻撃を始める。霊気を収束させて瞬間的な火力を出す呪具だが、それによって放たれた霊気の塊も妖によって簡単に弾かれてしまう。

 攻撃が一切通っていなかった。その結果に、錯乱してしまう付き人を自称していた四人。


「ああああああっ!」

「何で⁉︎何で攻撃が通らないの⁉︎」

「当たってるのに!属性か、威力か⁉︎何が原因なんだよぉ!」


 五行全てを試し、とにかく攻撃を当てる六人。だが、それでも妖は微動だにせず、触手による攻撃を続ける。偽茨木童子の攻撃を受け止め、陰陽術も効かない謎の触手。それに掴まれ投げ飛ばされ。足や肋骨を折る怪我をして、肺や内臓をやられた者は口から吐血していた。

 学生程度、それもライセンスも持っていない程度の相手ではどうにもならなかった、そんな強敵だった。


 プロでも勝てなかったという情報を得て、それでも突っ込んだ彼らは、誰も命の保証をしてくれない。

 それでも、彼らが学生であったために間に合った救いの手もあった。


「間に合え!」


 それは八神の、決死の一撃。それが放たれた瞬間、土御門と賀茂の意識は飛んだ。
























『──っちゅう夢見てると思うから、そう説明しといてほしいのじゃが』

「何で俺が正義の味方のようになってるんだ?」

『先生なんじゃから、教え子のピンチには現れないといかんじゃろ』

「四人死んでおいてか?」


 八神は確かに廃ビルの最上階に辿り着いていたが、生きているのは土御門と賀茂だけ。残りの四人は見るも無惨な死体になっている。血が辺りに飛び散っていないだけマシと言うべきか。身体に一箇所穴が空いているが、血は流れていないという不可思議な状況。

 それでも死んでいるのは変わらない。


『せっかく釣れたんじゃから、血と命くらい貰ってもバチはあたらんじゃろ。そこの二人生かしてる時点で有情だと思うのじゃが?』

「まあ、そりゃあな。死人が出た時点で責任はあるけど。……ヴェルを守った結果とかにすれば、疑われずに何とかなるか?」

『何とまあ。わっちがプリンセスのようじゃの!』

「事実お姫様だろうに。……報告はしないといけないし、そいつらもどうにかしないといけないから出るぞ。目的は達成できたのか?」

『うんにゃ。じゃからすぐにあの方が自分から動くじゃろ』

「……お前、まさか狙いって」

『御伽噺の龍の復活じゃよ?世界最高の戦いを、間近で見たいんじゃ』


 八神はようやく、ヴェルがここに来た理由がわかった。そして運がないとも思った。

 別にこの宿泊学習を狙ったわけではない。待っていたらたまたまこの宿泊学習がやって来たというだけのこと。呪術省が予定を繰り上げなければ、こんな厄介ごとに巻き込まれなかったのだと知る。


「……とりあえず、口裏は合わせておくか。どんな妖だったんだ?」

『花の妖で、触手生えてる大きい奴。色んな陰陽術を弾いたって見せかけたけど、なんてこったない、威力不足なだけでいいじゃろ』

「俺が突破できた理由は?俺もライセンス上では五段なんだけど?」

『そんな呪術省の忖度を守ってどうするんじゃ。やろうと思えば五神にも匹敵するくせに』

「今は学校の先生だからな。……龍は復活させるだけで、難波も那須も殺さないんだな?」

『殺さん殺さん。あの二人が日本にとってどれだけ大事な存在かはわかっておる。楔を外す役割しかさせんよ』

「ならいいけど」


 それから二人は協力して撤収作業に移る。八神は学校側へ連絡を、ヴェルは市役所に報告だ。ヴェルの自作自演だったのでこうやって解決することは想定内だった。ヴェルは最初の予定通りに処理を行い、八神は土御門と賀茂を病院に運ぶために下へ連れて行く。そのついでに覚えていることを確認して口裏を合わせるつもりだった。

 学校側は報告を受けてすぐに対応に当たる。いくら解決したとはいえ、学生で死者を出してしまったのだ。外に出ている生徒たちをホテルに呼び戻すために連絡網をフル活用してこれ以上の厄介ごとを避けようとした。

 すでに厄介ごとが起きているとは、知らずに。

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