第142話 2ー1

 朝八時過ぎに起床。それから夕食を食べた場所で朝食。まーた個人用だから、自由行動になったらコンビニ行かないと。行程表にも食事の内訳書いてくれないかな。ゴンたちのご飯の調達に影響してくるんだけど。

 ご飯を食べ終わったらチェックアウトする用意を。自由行動が終わったらすぐにホテルを出られるようにっていうお達しが来ている。バスに乗って熊本へ行き、あっちで泊まるため、やれることはやっておけということだ。強行軍すぎる。


 部屋を出る準備といっても、一泊しただけだから荷物からあれこれ出したわけでもないし、難しいことじゃない。祐介は遊び道具をワラワラと出していたから大変みたいだけど。不必要なもんを持って来すぎだし、あれこれ出しすぎなんだよ。初日からそんなにはしゃいでどうするんだか。俺みたいに未来を視た訳でもないんだから、そんなに焦る必要もないだろうに。

 ホテルの外に集まるのは二クラスごと。Aから順に下へ降りて、そこから班で集まって行動開始。大体の時間は行程表に書いてあるから、それに従って行動。祐介が部屋長で、ルームキーを管理する係だったので、祐介に部屋の鍵を預けて外へ出ようとしたら、ロビーで八神先生が女性と口論をしていた。

 というか、あの女性。


「なんでここにお前がいるんだ!鹿児島を拠点にしてるんじゃなかったのか⁉︎」

『久しぶりにおて、そんな冷たいこと言いなさんな。ちぃっと気になる子がいたから、声かけに来たんじゃ』

「誰のことだ?」

『わからんわけないじゃろ。あそこの、わっちに気付いている男じゃ。それともう一人、いるじゃろう?おなごが』


 やっぱり妖、だよなあ。変な気はするけど。八神先生は気付いてるんだか気付いてないんだか。ミクもちょうど降りてきて気付いたようなので、一緒に彼女へ近付く。近くへ行くとわかったが、八神先生と同じくらい身長が高い。黒いスーツを着ているが、なぜそうも年寄り言葉なのだろうか。年齢相応の話し方なのか、それとも。


「難波。那須」

『そっちから来てくれるとは。僥倖僥倖。まあ、そこの狼が昨日気付いてたからのう』


 向こうも気付いてたのか。こんなところで暴れたりしないだろうけど、警戒はするべきだ。妖っぽい存在だってことには変わりないんだから。


『なあ、坊?坊がこの学校で一番の陰陽師かのう?それとも隣の、ちっちゃな女の子?』


 これに答えるべきか。ゴンも警戒している。八神先生の知り合いっぽいけど、味方とは限らないからな。

 むしろ俺たちを襲おうとしている妖の味方かもしれない。そんな存在の誘いに乗るべきじゃないだろう。実際未来視では班活動を直前までしていた。だからここは断るのが道理だ。


「いいえ。わたくしと彼が、この学校一の陰陽師ですわ」


 そう言って近付いてきた賀茂と土御門。そして彼らの取り巻き。二人だけ前に出て、取り巻きたちは数歩下がっている。四人、男女半々だ。土御門はまだ時間じゃなかっただろうに、なんでロビーに来てるんだよ。


『……ヤガミン、どうなのじゃ?』

「入試では、一番二番は彼らだ」


 入試では、を強調する八神先生。その後のテストは二回とも俺がトップだから、試験的にはそうだろう。それで学生という観点でも、俺とミクは賀茂と土御門に負けないと思う。ゴンの調査の限り、そこまで入学後から実力が伸びていないみたいだし。

 二人とも桑名先輩に負けていたくせに、それでよく学校一番って嘯けたな。文化祭からそう日にち経ってないぞ。実戦だったら違うとか言いそうだけど、退魔の力も込みで桑名先輩の方が実力は上だと思う。それに今の所、学校最強は大峰さんだろう。ちょっとずるいけど、当代麒麟なんだから。

 俺たちも学校最強かって言われるとどうだろう。大峰さんとは戦ったことないからわからないし、桑名先輩には相性の問題で絶対負ける。どの道最強じゃなかったな。


『偽物には興味ないんじゃが。まあ、一学年だったらそうなのかものう』

「何が偽物だと?この一千年の間に為してきたことは全て真実だ。京都を守ってきたのは我ら土御門と賀茂だぞ?」

『うん。じゃから妖とか神の存在に気付かないで表面部分の護衛じゃろ?法師に好き勝手やられておいて、守護者気取りは情けないのう。で、今も気取っておると。一千年、本当に停滞してきたんじゃな。頼もうとしていたのは強力な妖の討伐なんじゃけど、本当に大丈夫かのう?』

「問題ありません!わたくしたちで十分だと、あなたに見せつけてあげますわ!」


 うん。じゃあ逃げよう。大峰さんがいたら絶対止めてたんだろうけど、俺たちは知らない。丸見えの地雷に突っ込みに行く気はないぞ。だってその強力な妖って多分この人か、俺たちを襲うつもりの妖だ。

 こいつら、目の前の存在が人間だと思ってるのか?そこまで節穴なら、もう何も言えない。


「待て、お前たち!妖の討伐など学生にやらせるわけにはいかない!ヴェル、お前もなぜ学生に頼む?プロに願いを出せばいいだろ」

『もう出したんじゃが。それでも返り討ちにおうとる。だから、京都でしごかれた優秀な雛に目を付けたんじゃ。プロを超越する学生くらいおるじゃろ。特にそこの坊は法師が認めた子じゃろ?はて、麒麟だったか?』

「だとしても、学生にそんなことやらせられるか。賀茂、土御門。勝手な行動はするなよ。宿泊学習中だ。学校の名を背負っていることを忘れるな」

『おうおう。教師面しおってからに。市民に被害が出てもええんかのう?五段程度の人間しか残っていないこんな田舎で、対処できると?』

「なら京都に援軍を要請すればいいだろう!それほど強力な存在なら、こっちだっておちおち宿泊学習なんてやってられないからな!」

『そんな時間ないんよ。じゃあ当初の予定と違うのはしゃーないとして。行こうかのう?』


 賀茂と土御門の両肩を掴んで、外へ向かおうとするヴェル何某。本名じゃないんだろうなあ。こっちにウィンクしないでもらえるだろうか。まるで後で会うみたいな、意味有りげな仕草だ。


「待て!せめて場所を教えろ!」

『そう言うと思って、ホイ。そこの住所を根城にしてるんじゃ。プロの支部にも伝えてあるからのう』


 ヴェル何某が投げた紙を八神先生が受け取る。賀茂たちは出ていってしまうがいいんだろうか。

 というか、そんな大事になって宿泊学習続けていいのか?


「C組以降ロビーで待機!教師の指示があるまでホテルから出ないように!」


 八神先生はそれだけ言って、他の教師たちの元へ走っていった。これから緊急の職員会議を行うのだろう。強力な妖が市内にいるという情報が出たんだから。その情報源がどんな不確かなものであっても、それを聞いて通常通りとはいかないだろう。

 京都に優秀なプロを多く送っているから、福岡とはいえ強いプロは少ないだろうし。

 ミクが不安げに、俺の制服の袖を掴んでくる。俺も苦虫を噛んだような顔をしているだろう。


「これ、明くんが視た未来なんじゃ……」

「多分そう。……ホント、下手したら強力な妖が三体いるかもって気付いてさらに嫌になったんだけど。それ以上かもなあ」

『明。さっきの奴くらいならオレで止められる。お前を襲おうとしてる奴を警戒しろ』

「はいよ。ゴンでも正体はわからなかったのか?」

『ああ。全く面倒だな』


 天海と祐介も、苦い顔をしながら合流する。さて、どうしたもんか。俺の未来視が正確なら、この班行動はまだ日程通りに行われるはず。

 ひとまず、その妖について情報を調べるために携帯を使うことにした。どこまでわかるか、何が動こうとしているのか。わからないことだらけだ。


 結果。八神先生ともう一人が土御門たちを追うことになって他のクラスは班行動が認められた。例の妖はプロの陰陽師も返り討ちにされているが死者も重傷者もいないので、そこまでの脅威と判断されなかったようだ。

 その判断が命取りにならなければ良いけど。俺たちは自由に行動できて良いけどさ。

 俺たちの班、つまりいつもの四人組で街をブラブラと。妖がいる場所は避けるようにしたけど、元々のコースから外れてたから鉢会うことはないはず。携帯でその場所を調べたけど、廃ビルらしい。袋小路に陥らなければいいけど。


「……大丈夫かなあ、あの人たち」

「心配してやるなんて、優しいんだな。天海」

「優しいっていうよりは、死んじゃったりしたら嫌な思い出になっちゃうなって思って。私たち、まともな行事あった?」

「文化祭はまともじゃありませんでした?」

「かまいたち事件が裏であったじゃない。翌日には呪術省が落とされるし」


 新入生オリエンテーションに文化祭。果ては宿泊学習。確かに色々立て込んでるな。夏休みにはがしゃどくろが京都を襲うし、天海が実家に帰ってきた時も海外のテロリストが爆破事件とか起こしてたか。

 天海が参るのも仕方がない濃さだ。


「妖なんて俺たち学生が戦う相手じゃないからな〜。薫ちゃんが心配するのもわかる」

「プロが勝てない相手に、何で学生なら勝てるんだよ。ライセンス持ちならまだしも」

「あれ?あの二人ってライセンス持ちじゃなかった?確か夏休み明けに発表されてたっしょ」

「そうだったか?」

「中央廊下に張り出されてたね。文化祭の連絡事項も張り出されてたから、そこまで目立ってなかったけど」


 中央廊下。生徒会室の前だから何度も通ってるはずなのに、全く覚えがない。掲示板とか注意して見ようとは思わないからな。連絡事項なんて携帯に来るメールかSHRの八神先生の話で十分。

 あの二人がライセンス持ってたって、結局桑名先輩に負けてたし。あの時の霊気が全力だったら並の五段クラスだと思うんだけど。五段のプロがやられてるのに、五段レベルで勝てるんだろうか。四から七段はそこまで実力差ないとはいえ。


「あーあ。気になって旅行に集中できない」

「でも薫さん?あの人たちを心配しても無駄ですよ?たとえお願いされても、わたしたちは現場に行きませんからね」

「行かなくていいよ。銀郎さんやゴン先生がいれば楽勝かなーとも思ったけど、難波君がやる気なしでしょ?」

「ない。妖が絶対悪だなんて誰が決めた?人を襲うような奴だったら退治するけど、今の所プロにしか被害が出てないんだ。縄張りに入られて抵抗しただけの妖を積極的に倒そうとは思わないよ」

「そもそも妖なんですかね?土地神かもしれないのに」

「あー……。明たちは見分けつくわけ?」

「土地神は神気っていう白い霊気のようなもの纏ってるんだよ。見れば一発だけど、今の日本人で見分けつく人は少ないと思う」


 ちゃんと聞いたわけじゃないから、どれだけの人が知覚できてるかわからない。妖が邪魔だと思って、人間を用いてまで土地神を排除するだろうか。それとも妖が土地神を排除するとマズイから、やらせてる?そこら辺の相関図が全然わからないから推察ばかりだ。

 本当は俺たちが現場に行くべきなのかもしれないけど、あれほぼ罠だからな。そんな罠にゴンを派遣するわけにもいかないし。困ったもんだ。

 感覚的には土地神はいなさそうだから大丈夫だと思うけど。


「難波君。土地神って風水使えばわかるかな?」

「わかると思うぞ?妖とも式神とも、魑魅魍魎とも感覚が違うから」

「……なあ、神様って廃ビルを拠点にするもん?社とかにいるんじゃねえの?」

「一般的にはな。けど、社を持たない土地神もいるんだよ。八百万いて、全ての神に神社があるわけでもない。ほら、学園の伝説の木の下で告白したら成功するとか、そういう噂話あるだろ?ああいうのだって土地神が関与してたなんてこともあるわけだ」

「恋結びの神ってことか?」

「気持ちを変えるまではいかないんだろうけど、後押ししてくれるとか。そういうのって信仰の対象になるだろ?それで信仰心を得てっていう神様もいるんだ。廃ビルは、流石にないと思うけど」

「だよなあ」

「ってことはあれは罠で、あの女の人は悪い人、ってこと?」

「可能性だけならそうなる」


 あの女の人が妖だってことを言ったら困惑するだろうし、言わない。

 でもそうなると、八神先生がどうしてあの妖を知っていたかって話にもなる。お互いが知っていたから、一方的な関係じゃないんだろう。人間としての知り合いなのか、それとも。

 毎度毎度、情報が足りなすぎる。めっちゃ頭使ってるのに、全然真実やら事件の真相やら見えてこないからな。俺に探偵は無理だ。

 というか。そもそもの話。俺の周りで事件が起きなきゃいいだけの話なのに、何でこうも事件ばっかかな。もう少し穏やかに過ごせないもんだろうか。


「……なんか、もやっとする」

「かといって、何かできるわけでもなし。明日以降どうなるかわからないけど、今はこのまま宿泊学習続けるしかないだろ」

「だな。んで、職員会議のせいでだいぶ行程ズレたけど、どうする?もう昼飯行っちゃうか?」

「もうそんな時間か?」


 携帯電話で時間を見てみると、十二時になる前。臨時の職員会議、結構やってたんだな。その割にまだ結果出てないのか?廃ビルの場所、そこまでホテルから離れてなかったと思うけど。

 事態が動いたら携帯電話に何かしら連絡が来るはずだけど。八神先生から連絡もなし。何もないんじゃ、班行動を続けるしかない。大きな爆発とか起きてないし、何も事態が動いてないんだろうか。それも結構考えづらいけど。


「タマ、天海。お腹は?」

「朝は軽かったので、食べられますよ」

「私も。博多ラーメンは楽しみだったから、あんまり朝食べてないんだ。本場で食べてみたかったし」


 じゃあ行くか。どこの班も福岡だと食い道楽なんだよな。巡る観光名所は車か電車で行かないと遠い。そうなると行ける場所も限られて来るし。

 了解が取れたので、目星をつけておいたお店へ向かう。

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