第138話 1ー3

 着いた場所は福岡県糸島市の羽金山。ここの中腹まで登って、白糸の滝の前で集合写真を撮って自由行動がちょっとあって、下って帰るという日程。この宿泊学習自体が強行軍だし、観光ガイド業者ともまともな連携を取れてないんだろ。だからこんなグダグダな予定になる。

 大型バスが止まるような場所からはちょっと歩かないといけない。まあ、一種の霊地だから来て損するような場所じゃない。景色もいいだろうし。ただ紫陽花の見頃が過ぎているのに、何でここへ十月に来なくちゃいけないんだって話。いくら九州とはいえ肌寒い。山の上だしそりゃそうかって話だけど。

 観光客も少ないな。こんな最中出かける方が稀ってことだ。年配の観光客はもうどんな事態になってもいいやと思ってるんだろうか。老い先考えるよりも行動、っていったところか。


「そこそこ歩くんだっけ?」

「らしいな。……やっぱり霊脈が若干変わってる」

「んあ?明、そんなことまでわかんの?」

「少しな。っていうより、こっちが本来の霊脈なんだろうけど。一千年前の感覚と似てる」

「それは過去視で視た時と同じ感じってこと?」

「そういうこと」


 ゴンがこっちに目線を向けてくるけど、わかっちゃうんだから仕方がないだろ。この感じ、あれだ。金蘭様が晴明に初めて拾われた頃の霊気に似てる。あれも確か九州のどこかでの出来事だったから、関係してるのかも。えっと、土蜘蛛の暴走か何かを調査するために晴明はこっちに来て、唯一の生き残りである金蘭様を拾ったんだっけ。

 土蜘蛛のルーツは九州という説と、京都という説の二つがある。九州なのは昔話があったからだ。どんな話だったか。でも暴れたって話。凶暴な妖ってイメージが定着してるな。そんな存在に狙われたくないけど。


 マジでミクを狙うような妖って何者だ。狐憑きだからか、それとも膨大な霊気を持っているからか。理由すら未来視じゃわからなかったからな。

 憂鬱だ。わかっていて何もできないなんて。

 それからも周りと雑談しながら登ること三十分ほど。山の中腹たる白糸の滝に着いた。上から水が溢れんばかり溢れる様は確かに絶景だ。しかもその水が勢い弱く透明や水色じゃなく、白く見えるんだから凄い。岩がいくつもあって、その間を細かく流れているからこそ、白糸と呼ばれるのもわかる。山の中だから滝ってそういうものだろうけど、自然が多いから清涼感が半端ない。


「よし。じゃあクラスごとに撮影するから離れるなよー。写真撮ったら自由行動だから」


 八神先生がそう言うので待つ。滝が近いから余計涼しいというか、寒い。ジャケットとか持ってきてないから制服じゃ寒さを防げない。ミクたち女子なんてスカートで生足出してるんだから余計寒いよな。というわけで防寒の術式をミクの周りで使う。


「あ、ありがとうございます」

「風邪引かれても困るだろ。……本当に時期がなあ。夏とかに来たら涼しくていいんだろうけど」

「ですねえ。それと山を登るならジャージ許可して欲しかったです。靴は運動靴持ってきたので何とかなりましたけど」

「宿泊学習だっていうのに、山登りがあるクラスはローファーとか履かずに運動靴だからな。これで足痛めるわけにはいかないし」


 というわけでクラスの集合写真を何枚か撮って、自由行動。適当に周辺回って、茶屋で時間潰すくらいしかやることなさそうだけど。釣り堀もシーズンじゃないし。

 そう思っていると、女子の二人組が近付いてきた。ウチのクラスじゃないな。


「あ、あの!難波君。ちょっとお話いいかな……?」

「俺?……俺にだけ?」

「う、うん。他の人はいない方が、都合が良いというか」


 歯切れが悪いな。でも悪意はなさそう。というかそっちは二人組で俺は一人なのか?片方顔真っ赤だし、風邪でも引いてるんじゃなかろうか。

 そう思ってると、祐介が肩に腕を回してきた。


「良いから行けって。大切な話らしいから」

「お、おう?」

『明、金寄越せ。なんか食う』

「さっき食ったばっかだろ。タマ、ゴン用のお金」

「はい」


 面倒だし財布ごと渡す。ゴンもミクの腕の中に収まる。一応銀郎には護衛としてついてきてもらうけど。

 女子二人に連れていかれたのは人気のいない端っこの方。さて、大切な話とは何だろうか。


「あの。私A組の立花楓と言います」

「ご丁寧にどうも。C組の難波明です」


 もう一人は自己紹介しないのか。目の前の立花さんは顔が赤いまま下向いてるし。何なんだ一体。

 隣の女子に何か言われて、意を決したのか立花さんが口を開く。


「あ、あの!難波君!」

「はい」

「好きです!一目惚れでした!付き合ってください!」


 めっちゃ顔を近付けてくる立花さん。

 ははあ、なるほど。告白。……俺に、このタイミングで?何で?

 答えは決まってるから、すぐに言うけど。


「ごめん。付き合ってる女の子がいる。だから君の想いには応えられない。ごめんなさい」

「そ、そっか。えっと、誰なの?」

「同じクラスの那須珠希。文化祭で一緒に神楽やった子なんだけど」

「……そうなんだ」


 ウチのクラスにはバレてるから、てっきり他のクラスでも行き届いてるのかと思った。そういう話って結構すぐ流れるもんだと思ったのに。

 でもウチのクラスの男子は気付いてなかったか?それに文化祭が終わってすぐに学校が休校になったし、いくら寮生活とはいえ噂が流れたりしなかったのか。自意識過剰だったってことだな。

 で、もう一人がついてきてる理由も聞いておくか。


「そっちの君は立花さんの付き添い?」

「それもあるけど、難波君に聞きたいことがあるんだよね。香炉星斗さんと親戚ってホント?」

「分家の兄貴分だけど」

「そっか!じゃあ好きな人がいるとかわかる?」

「地元に婚約者がいる」

「……そっか」


 あーもー!質問に答えたら二人して落ち込むし!しょうがないじゃん!嘘言うわけにはいかないんだからさ!後ろで銀郎ため息つかないでくれる?これ以上の返し、どうすれば良いんだよ。

 今回俺は間違ってないだろ。


「えっと。もう良いかな?」

「あ、うん。ごめんね時間取っちゃって……」

「いやいや。気持ちは嬉しかったから。俺だって全然言い出せなかったことだし。かなり勇気必要だったでしょ?……とりあえず、旅行楽しんでくれ」


 さっさと去ろう。あんな空間耐えられない。ミクと合流して、面倒なことから解放されたい。明日のことをゆっくり考えたい。


「あの、難波君!ちょっと時間いいかな⁉︎」


 二件目⁉︎俺何かしたっけ⁉︎
















「た、珠希ちゃん。機嫌直して……」

「……別に、機嫌悪くないですよ?」

(いや、悪いから!めちゃくちゃ悪いから!)


 珠希と天海は二人で茶屋に来ていた。外にある布がかけられたベンチでお団子とお茶のセットを頼んで様子を見ているのだが、とても茶屋にいる穏やかな雰囲気ではない。明が告白されるのを見て、珠希はこれまで以上にないくらい機嫌を悪くしている。膝の上に乗っているゴンも逃げようかなと考えているほどだ。

 ちなみに機嫌が悪い理由として。いつもは抑えている霊気が漏れている。周りの人へ圧を与えるほどではないが、隣にいる天海には十分な圧だった。


(わかるけど!彼氏の難波君が告白されて良い気分になるわけはないけど!それだけ難波君のこと評価されてるって前向きに……捉えられないよね)


 ぶっちゃけ天海は地元の時から、そして同じクラスで過ごしていてどれだけ相思相愛か、嫌という程見てきた。それはクラスの女子全員もそうだ。珠希が何か失敗をしたら真っ先に駆け寄り、何よりも優先していた様子を見て、ただの分家の子という認識はなかった。それがわかって明に突っ込む頭お花畑な人物はC組にいなかったし、文化祭の時期は噂が流れるのは早いと思って気にしていなかったのだ。

 高校生の噂が流れる速度を過信していた結果だった。特に恋愛系で、文化祭では共同作業たる神楽をああも見事にやった。打ち上げに二人していなかったことを考えても、そういうことだろうと邪推していたほどだ。


 ただ、他のクラスの女子には聞かれなかった。聞かれても珠希が分家の子だと答えたくらいで、彼女だと伝えたことはなかった。

 だから、ただの分家の子と仲が良いだけの、分家にもよく接する・・・・・・・・・良い人というフィルターがかかってしまったのだろう。そのせいで好感度が上がって、文化祭では機会を逸して。ついでに将来有望だと全国に知らしめた。そしてあてがったかのような大きな、特殊なイベント。

 告白には、うってつけすぎた。


「あ、二人目……。無駄なことして……」

「無駄ってわかってるなら、睨むのやめなよ!難波君が珠希ちゃん以外選ぶわけないでしょ!」

「それとこれとは話が別です」

(そっかー。別かー。……なんでこういう時に住吉君はいないかなあ!)


 天海は祐介に頼っているわけではないが、一人に押し付けていた祐介のことを恨む。その祐介はクラスの男子を何人か引き連れて、明の告白現場を覗いていた。思春期とはいえ、やって良いことと悪いことがある。


『珠希。あんなままごと一々気にするな。明がお前以外選ぶか?』

「でも、ゴン様……」

『婚約者なんだからジッとしてろ。明も告白されたって嬉しがってねーよ。何歳の時からあいつがお前を好きだったと思ってる?……ったく、人間ってめんどくせえ』

「……婚約者?え、珠希ちゃんと難波君って、婚約者なの?」

「あ、薫さんに言っていませんでしたっけ。そうですよ」

(婚約者。難波ではよくあることって言ってたけど、そうなんだ)


 夏休みに聞いた時にはそういうこともあるって話だったのに、本人たちもそうだったとは聞いていなくて、教えてくれなかったことに天海は落胆していた。家の事情なのだから教えてくれなくても仕方がないかもしれないが、せめて私には教えて欲しかったと思っていた。

 燻る思いを断ち切るには、これ以上ない事実だったから。


「……安倍家の正統なんだから、それくらい当たり前か」

「薫さんもそれを言いますか?」

「いやだって。婚約者なんて現実的じゃないし。昔からの貴族とか、政治家の子どもとかでもない限り縁のない言葉じゃない?」

「まあ、ですよね……。わたしも自分がそうなるって思っていませんでしたから」

「知らなかったの?」

「知ったのは今年の五月ですよ。それまでは本家の方々に愛されてるなあとは思っていましたけど」


 明に告白されて、蜂谷先生に尋ねられて初めて知ったことだった。それまで珠希は血筋で初めての狐憑きだから大事にされているだけだと思っていた。実のところ珠希が母親に連れられて本家に行った日に婚約関係になったということを、全く知らされずに育てられてきた。

 狐憑きだから過保護なのだろうと思っていたら、将来の息子の嫁なのだから大事にされるわけだった。

 珠希がやけ食いのようにお団子を、しかし丁寧に食べていると、一人の男子が近付いてきた。


「あの、那須さん。ちょっと良い?」

「……わたしですか?薫さんじゃなくて?」

「ああ、君に。話したいことがあって」


 その男子の緊張した様子を見て、天海は一発で告白の呼び出しだとわかった。

 このカップルがモテる理由はわかっていた。どっちも美形、可愛い系だし、この前の文化祭の活躍を見たらそうなるのも頷けていた。

 ただもう少し周りを見て欲しかったなというのが天海の意見だ。ちょっと周りを見れば、明と珠希が付き合っているなんて一発でわかるのに。それほどのお団子よりも甘ったるい空間を作っているのに、なぜ気付かないのかと。


「……わかりました。ただ、ゴン様も一緒で良いですか?」

「え、狐?……あ、ああ。良いよ」


 ちょっと困惑していたが、ゴンを抱えた珠希は男子の後ろについていく。何かあっても珠希とゴンに敵う学生はいない。だから天海はそのまま二人っきり──ゴンがいるため厳密にはそうじゃないが、その状態を──許容した。天海としても明に珠希のことを任されたわけでもないし、風水を使ってこの辺りに危険がないことは把握していた。

 それとこれとで、心労がどうのし掛かってくるかは別の話だったが。

 天海もやけ食いをしようかと思ってメニュー表を手にして何を食べようか考えていると、他のクラスの男子数人が珠希の向かった方向を隠れながら眺めていた。


「クソっ!あいつ抜け駆けしやがって!」

「あいつが失敗したら次は俺が行く!」

「んなっ!俺が先だ!」

「狐を抱えた那須さん、小動物みたいで可愛いなあ……」

(……完全にストーカー予備軍なんだけど。やっぱり珠希ちゃんもモテるなあ。今までそういう話なかったけど、あれだけ難波君にべったりだったらねえ。……女子の私から見ても可愛いし、出るところ出てるし、好きになるのもわかるけど……。恋は盲目、だなあ)


 文化祭の神楽は、なんというか神々しかった。神に捧げるための舞踊、音楽だと言われてそうとしか思えなかった。それを見て魅了されてしまったのだろうと天海は推測する。それ以外で珠希が目立ったことなんてないからだ。せいぜい授業中の暴走だが、それを知っているのもクラスの人間と教員だけ。

 陰陽術が凄いからモテる、という側面は陰陽師学校では日常茶飯事。将来陰陽師として大成しようと思ってる人たちだからこそ、優秀な人間はモテる。この学校にそういう、将来の相手を探して来ている生徒も若干数ながらいる。その生き方を誰も否定はしないが、天海は相手は選びなさいとだけ思っていた。


 玉砕覚悟で向かってどうするんだか。それも青春なのだろうが、不毛な恋は如何なものか。

 その不毛な想いを抱えている天海も人のことを言えなかったが。

 珠希が帰ってこなかったので追加注文をしようと思ったら、目の端で明がまた別の女の子に呼び出されているのを見かけた。それに天海は溜め息を一つ。


(難波君も文化祭のことが一つ。あとは将来性抜群だって日本中に知れ渡っちゃったからなあ。そこらの男子よりもよっぽど顔が良くて成績も陰陽術も優秀。好きに、なっちゃうよね……)


 天海は結局お団子セットをもう一つ頼んでやけ食いを開始。しばらく珠希が帰ってくるのを待っていたが帰ってこず。観光名所なのに茶屋で一人寂しくお茶をしばいていただけになってしまった。

 水車とか近くにあるテレビ塔とか、見所はいくつかあったのに。ただ山を登って一休みするだけで終わってしまった。

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