第127話 4ー1

 全く、ゴンたちを使えないなんて酷いハンデだ。飛車角落ちどころか、金銀落ちもだ。そんな状態で一応九段に匹敵する相手を倒さないといけないとか面倒。

 それでもミクが一緒だから負ける気がしないけど。相手の出方を伺っていると、呪術大臣は一枚の呪符を取り出した。量産品ではなく、式神を呼び出すための血で文字が書かれた呪符だ。ということは式神を呼び出すための物。式神召喚には維持のために霊気が必要になる。こっちも二人だし、一体呼び出される分には数的に問題ない。

 呪術省のフロアが一層一層それなりに高くて広いとはいえそこまで巨大な存在は呼び出せない。賀茂の大鬼クラスは無理だ。外道丸や伊吹のように小型でも強力な式神はいるだろうが、そんなのと契約できるとは思わない。あの鬼二体が契約しているのは相手がAさんという規格外だからだ。


「来たれ終焉の使者。人間に屈服せし竜の末裔。矢を克服し、人を克服し、全てを畏怖させよ。最強の魔、災厄たる化身。災禍を撒き散らす復讐者。ここに顕現せよ!大百足!」


 呪符を霊気が包み、現れたのは通路を埋め尽くすほど巨大な大百足。赤胴色の分厚く硬そうな図体に、名に恥じぬ数々の節足動物特有の足。鋭い眼光に溢れる霊気。確かに災禍の化身かもしれない。

 だけど、恐怖なんて感じていなかった。あの大天狗様と相対してしまったからか、比べると格段に劣ってしまう。大天狗様と比較してしまうことがそもそも不敬なんだろうけど、上を知っているとどうしても比べてしまう。秤の基準って一度決まっちゃうと下方修正するのは難しいな。


 あと、詠唱からして呪術大臣はこの大百足を藤原秀郷が対峙した大百足だと思ってるみたいだけど、多分違う。あの大百足は山をぐるりと囲えるほど大きな百足だったはず。大きさもそこまでではないし、伊吹よりも霊気は少ない。呪術大臣の霊気だったらこれが限界なのかもしれないけど、なんにせよ伊吹を相手にするよりは楽そうだ。


「私が百足をやります。呪術大臣は任せました」

「はい」


 ミクの怒り的にも、俺が大百足を相手した方がいいだろう。ミクとしても陰陽師と戦う方が慣れてる気がする。それに百足って見た目気持ち悪いからなあ。女の子だし生理的に受け付けないのかもしれない。

 今もモゾモゾと動いてる。うん、俺から見ても気持ち悪い。これを相手させるのはなあ。

 呪符を出して一気に突っ込む。大百足は身体全体を動かしてこっちを押し潰そうとしてきたが、通路の幅から行動が制限されているらしい。強力な式神かもしれないけど、場所を選ばないからこうなる。


「急々如律令!」


 正式詠唱なんていつぶりだろうか。星斗と術比べをやった頃には短縮詠唱できるようになっていたから、三歳とかそれ以来じゃないだろうか。ここで短縮詠唱をしたら俺たちの正体がバレかねないので、正式詠唱で通す。

 炎を一気に出したが、あまり燃えない。大百足は苦しそうにもしない。あの甲殻は熱や火に強いのだろうか。大百足が身体全体を奮って近くの部屋を破壊しながら俺に攻撃をしてくる。ただの質量による暴力。トップが自分から施設を破壊するとか、すごい職権濫用だな。


「急々如律令!」


 防壁を作って身を守る。防壁が崩されることはなかったが、かなりの振動で後ろに飛ばされた。ただ尻尾で叩かれただけなのに。呪術大臣から支援術式を受けてるわけでもないのに、これだけの威力を出せるとは相当な妖だったのだろう。

 けど、支援術式も受けていない式神に負けるほど、式神をメインにしている家の次期当主は甘くない。伊吹には相当苦労したが、あの頃より霊気も神気も増えている。夏休みの経験が活きているのか、大百足の攻撃がそこまで速く見えない。余裕を持って防御できる。


『グラララララララアアアアァァ!』


 呪術大臣から指示を受けていないのか、受け付けていないのか。被害なんて気にせずに暴れる。このまま麒麟の間が壊されたら堪らない。だったら意地でも別の場所で戦わないと。

 近くで実体化していなかった銀郎に目線を送る。それだけで察してくれたようで、ミクの元に伝言を伝えに行った。伝え終わったのを確認して、床に呪符を置く。


「急々如律令!」

『グラララララララッ⁉︎』


 床を爆発させて階層をぶち抜く。呪術省の修繕費?知ったことか。たった一つじゃ不安だから、あと二つくらい下に行ってやる。


「急々如律令!」


 もう一つ。ゴンが肩に乗って一緒に落ちてくれる。大黒柱っぽいのは避けてるから崩壊することはないだろ。もう一つ下に行こうとしたら、流石に怒ったのか、大百足が突っ込んでくる。


「急々如律令!」


 水の激流を喰らわせて一度吹っ飛ばす。顔面から喰らったから結構吹っ飛んだな。うん、夏休み以来本気で戦うのは初めてだけど、ここまで実力が上がってるなんて。高校に上がったばかりの頃はこんな出力で術式を使えなかった。さっきの激流なんて通路埋め尽くすほどの水量だったからな。

 高位の陰陽師と戦ったことがないから俺がどの程度の実力者なのかはっきりとはわからない。比較対象がおかしいんだよな。霊気の量だけなら父さんとか姫さんとかAさんとかと比べられるけど、こういう実戦でどれだけ強いのかがわからない。相手にしてきたのが外道丸や大天狗様、海外の異能者と陰陽師の括りにいない人たちとばかり戦っている。陰陽師でぶつかる時なんて術比べくらいしかないからそれもそうなのかもしれないけど。


 上はそうなのに、その次ってなると十年前の星斗か賀茂だぞ?間がありすぎる。それじゃあ物差しがうまく機能しないわけだ。霊気の量だけで判断したらトップはミクになっちゃうわけだし。実践力だと霊気以外の要素もあるから、どの程度かわからない。姫さんやAさんよりは確実に下だろうけど。

 大百足がひっくり返っている間に、新しい呪符を出して床に置く。


「急々如律令!」


 また爆破。これだけ離れれば麒麟の間も多分大丈夫だろう。ゴンには麒麟の間が無事かどうか見に行ってもらう。こっちはこっちで大百足に集中しよう。爆破の余波で起き上がれたみたいだし。


『グアアア!』

「さてと。こんだけ離れれば正式詠唱じゃなくても良いだろ。あっちはあっちでタマに集中してるし、ガチでやろうか。ON」


 ますは俺の肉体に身体強化の術式をかける。妖の力も速度も人間からしたら規格外だ。一瞬で間を詰められるということもある。一対一で戦う時には必須の術式だ。だから青竜一派のような肉体強化に特化した陰陽師も現れるんだけど。あの巨体と戦おうっていうんだから、これくらいは必要だ。

 流石に殴ったり、銀郎みたいに接近戦用の武器を使ったりしないけど。桑名先輩ならこの大百足も一発で倒せるのかなあと思いながら、戦闘を始めた。


 水は効いたみたいだけど、火は効いていなかった。いや、当たりどころが悪かったのか、火力が足りなかった可能性もある。こっちだって最大火力を試してみても良いだろう。

 呪符を五枚、右手に取り出す。


「狐火焔・五連!」


 火行で一番の火力はこれだ。五枚の呪符が蒼い狐火に変わって大百足へ向かう。甲殻に当たった炎はすぐに消えてしまったが、若干甲殻が溶けている。足に当たった炎は見事に足を燃やし切った。甲殻の内側に入り込んだ炎は今でも燃えて、大百足は耳朶じだに響くような呻き声をあげる。


『ギュララララララァ!』

「まだまだ、ON!」


 今度は甲殻の間に入り込むように雷を撃ち放つ。甲殻はだいぶ硬そうだが、内側は肉と変わらない。強力な鎧を着込んでいる大きいやつ。それが相手の底。

 そう判断していると、また突撃してくる。身体が燃えたままでだ。思わず舌打ちしてから防壁を展開する。

 防壁と頭突きがぶつかり、ゴキャキン!という甲高い音が鳴り響く。ゴリ押しをするつもりだ。これだから知能が低い式神は。とにかく力で押してこようとする。駆け引きもクソもない。それしかできないのだろうか?これは偏見だけど、毒液を放ったり、毒針を撃ってきたり、それこそ火を放ったりできないのだろうか。


 外道丸や伊吹はそんな特殊能力があるとは思えないが、それとは別に知能がある。力も妖としてはトップクラスだ。それだけで脅威になりえるが、知能もなく暴れるだけの存在なら、釣り合うような力があるのではないのかと疑ってしまう。

 考え事をしている内に防壁が俺の出した狐火のせいで溶け始めていた。これを狙っていたのか、偶然か。俺がやられるので、術式の解除を行って狐火を消す。それと距離を取るために、後ろへ下がりつつ顔面へ衝撃を与えて後ろへ吹っ飛ばす。

 距離を取って大広間に来たが、こっちの方が戦いやすい。狭い通路だと大百足が辺りを気にせず破壊して壊れた壁とかの破片が飛んでくるからそれの対処が面倒。広い場所なら壊す物が少ないからやりやすい。見晴らしもいいし。


『グラアア!』

「?ON!」


 次はどう攻めようと考えていたら、大百足は白い息を吐いてきた。それが何なのかわからなかったので、とりあえず防壁を張り直したが、防壁が破られるというわけではなかった。全方位に防壁を張っておくが、溶けるとかそういう変化は見られない。周りのカーペットや椅子などを見てみるが、それらも溶けている様子はない。ということは酸じゃないということ。

 じゃあ考えられるのは麻痺とかの神経毒か、ただの煙幕か。吐き出された白い息はこのフロアを覆い始めて、大百足の巨体まで隠れてしまった。解析が済んでいないから下手に身体を晒すのは危険だし、まずはこの白い息を吹っ飛ばすか。


「ON!」


 突風を巻き起こして白い息を吹っ飛ばす。大百足の姿を確認しようとしたら、先ほどまでいた通路にいなかった。俺の背中側の防壁に何かが突き刺さる。それを感じ取ったのと同時に後進すると、防壁に赤銅色の尖った何かが刺さっていた。よく見れば、大百足の爪だ。飛ばすことができるのか。

 大百足も後ろ側に移動していた。あの爪全部飛ばせるとなるとかなりの威力になりそうだな。注意しないと。


 懐からハンドガン型の呪具を取り出す。左手で防壁の維持をしているため、対応の幅は狭まってしまうが武器を持っていた方が安心できる。マガジンにも大出力になるように改造した術式を仕組んであるから、威力不足にはならないはず。

 防壁を展開したままで移動し、右手のハンドガンの引き金を引く。撃ったのはただの白い霊気の塊だが、込めた霊気はさっきまで使っていた術式と変わらず。人三人分くらいの大きさの塊が発射された。


 大百足は広い場所に出たからか、俊敏に動いてそれを避ける。身体がクネクネ曲がったり伸縮したりで気持ち悪いったらないんだけど。デカくて異様だってこともあってマジで気持ち悪い。忌避感というより、生理的に受け付けないというか、サブイボが肌に浮かび上がっている感じがする。

 大きな攻撃が効かないのなら、細かい牽制だ。小さい弾丸をとにかく当てるように撃つ。図体が大きいから、割と適当に撃っても当たる。威力がない分弾速があるからだろう。大百足を攻撃するたびに白い息が消えていく。あれを吹き飛ばすために術を使わなくて済みそうだ。

 フロアを走る。一箇所に留まっていたら大百足がすぐに突っ込んでくる。かなり怒っているのか俺が逃げた方へ追ってくるから、迎撃とかもしやすいけど。


『麒麟の間、無事だったぞ』

「じゃあそこ防衛しておいて。あっちには二人が付いてるから大丈夫だと思うし」

『はいよ』


 ゴンにはそのまま麒麟の間へ。目的の物が無くなっていたら何のためにここに危険を冒してまで来たのかわからなくなる。通路に入り込んで、角を曲がる。ついでにそこへ術式を設置してから奥へ走る。


『ゴアアア⁉︎』


 設置型術式見事に踏んだなあ。伊吹には一切効かなかった術式が効くんだから、やっぱり伊吹より下の妖。いや、呪術大臣とAさんの実力差か?式神って使役者の力量がもろに出るから判別しづらいんだよなあ。

 伊吹って多分酒呑童子か茨木童子だろうし。外道丸っていう幼名と伊吹童子っていう別名、どっちが本物の使う名前だろう。どっちにしろ平安最強格の鬼二匹だし、大江山の頭領と客将だからなあ。セットで契約するのも納得の名前。頭領って名乗ってたからやっぱり茨木童子か?


 大広間まで戻ってくると、ボロボロの大百足が。全部の設置式術式に引っかかったのか。でかいっていうのも、利点だけじゃないからな。確かにあの質量から来るタックルとか脅威だけど、それで攻撃避けられなくなっても本末転倒。今回は呼び出された場所が悪い。外とか広い場所ならまだやりようはあっただろうに。建物の中でこんな巨大な存在出されても。


『ゴア……。ゴアアアアアアアアアッ!』

「悪い、終わりだ」


 これだけ傷付いてたら一発だろ。最大出力の霊気を込めて引き金を引く。出てきたレーザー状の霊気に貫かれて、大百足は呪符を残して消えていく。外にいたら銀郎といい勝負だっただろうか。いや、多分すぐに粉微塵に切り刻まれていたな。ゴンだったら大出力で負けそう。

 賀茂の偽茨木童子といい、真偽の確認くらいしておくべきなんじゃないのかね。そういや学校の術比べで本物の茨木童子が茨木童子にさせられている大鬼を見ていたのか。そりゃあ爆笑するな。一つ真実がわかったところでミクの援護のために上に行こうと思ったが、大百足の呪符を残しておく意味もないなと思って呪符を燃やしてからエスカレーターに乗って上へ向かった。


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