第124話 3ー2

 五神の内の三人と星斗の四人が蘆屋道満と戦闘を始める。式神三体とは伊吹が戦い、陰陽師四人は蘆屋道満一人で戦っていた。それで互角どころか、蘆屋道満の方が押している。使う術式一つ一つが彼らの知らない術式であること、呪術大全の原典を読んだことのある星斗が辛うじて抵抗するための術式を使えていた程度だ。

 現代日本で最強格たる面々が一千年前の亡霊に敵わない。どんな悪夢か。しかもこれでまだ外道丸と姫が参戦していないのだ。全戦力を用いたら、どうなってしまうのか。それがわからない人間側ではない。


 四月にあった京都校襲撃ですら悪夢だったのだ。悪夢を超える地獄の再現だった。

 そんな中、蘆屋道満のもう一体の式神、外道丸はそこへ参加できていなかった。茉莉に呼び止められていたからだ。


「酒呑童子様。あなたが偉大なる名を名乗らず、幼名を名乗られるのは真の実力を発揮できないからなのでは?今のお身体では生前ほどの力を発揮できないからでは?」

『まあ、そういう側面もあるな。一度死んで今の身体はAの霊気で作られた身体だ。いくらAの霊気が日ノ本で三強に入るからって、伊吹と姫にも霊気を送ってるからな。生前ほど動けやしねえよ』


 それが式神召喚の大前提だ。生前の力を発揮できる個体など、その式神としか契約していないか、強力な個体が複数いてもそれをあり余る霊気でどうにかしているかのどちらかだ。陰陽師は高位の存在になればなるほど用途を求めるので複数の式神と契約する。簡易式神を除いても便利な式神はいくつか契約しておくのが様々な戦場を渡り歩くことに向いている。

 式神契約は難しいので中堅こそ一体に限って契約しているが、逆にいえば上位陣ほど数多くの式神と契約している。外道丸と伊吹は似通ったタイプの妖だが、この二体はセットなところがあるので蘆屋道満は両方と契約していた。


 彼の場合は前衛が欲しかったので、それ以外の式神をあまり求めていなかったという理由もある。大概のことはできるし、空を飛ぶ、移動するなどは式神に頼らなくてもできてしまう。姫と契約したのは足りない手を補うためと、直属の弟子を欲したからにすぎない。


「なら、きちんと肉体があれば生前の力を発揮できますよね?」

『ああ?何言ってやがる』

「ここに、あなたと近しい肉体があります。これを用いれば、あなた様は生き返れる。それを見越して我々に声をかけたのでは?」


 茉莉は自分の胸に手を当ててそう問う。茉莉の身体は人間の血も混じっているが、里で正当後継者に選ばれる程度には外道丸の身体の構成に近しい。人間としての構造よりも、龍と鬼としての構造に近しいのだ。だから戦闘面でも子どもなのに一番戦えている。

 そんな茉莉の身体を得れば、外道丸は式神としての器ではなく、正しく外道丸として生前の力と身体に戻るだろう。完璧な存在として、そこら辺にいる妖よりも力を持った、まさしく鬼の中の鬼、鬼の王に返り咲くだろう。


 そういう下準備のために、一千年先を見通して人間と子を為し、隠れ里として人間社会から隔離させたのなら辻褄が合う。しかも今回のことだって準備をすることはそんなに難しくない。Aという主が蘆屋道満だったのだから、星を詠むことなぞ造作もない。事実彼はこの状況を詳細は知らずとも詠んでいた。

 だから、蘆屋道満から助言をもらっていれば今の状況を作り出すことはできる。


「私の身体、使ってください。むしろ光栄です。あなた様の血肉となれるのでしたら、如何様にでも」

『いつそんなことをオレが願った?』

「え?」

『舐めるなよ、茉莉。オレはお前を副官として任命したが、いつ贄として喰いたいって言った?ああ、いや。だからお前はあの女に似てるんだ。んなところまで似なくていいんだよ、クソ。思い出したら腹立ってきた』


 ガリガリと歯ぎしりをさせる外道丸。むしろ最善の提案をしたと思っていた茉莉は惚けている。だって、その身体も魂もこの御方に捧げられるのだ。これ以上の名誉も、役得も存在しない。だから断られるとは思わなかったのだ。

 何もかもを捧げられる覚悟はとっくにできている。死すらも恐れていない。犯罪者の誹りも受け入れる。一般社会での生活なんて捨てた。すでに茉莉は人間としての心を捨てて、鬼として生きることを決めている。これは茉莉だけではなく、里の者全員そうだ。死ねと外道丸に言われれば自害する、命令に純情な下僕だった。

 この提案には、利点しかない。茉莉が死ぬことなんて、些末なことなのに何を怒っているのか。本当に理解できていなかった。


『オレのことそんなに節穴だと思ってたのか?そんな不忠義者に見えるのかよ?オレも伊吹も自分の意思であいつの式神になったんだ。オレたちは既に死んでる。魂こそあれ、肉体は仮初めだろうよ。だがな、死んだのはオレたちの責任だ。オレたちが進んだ結果だ。それは否定させねえ。死も結末の一つだ。オレたちは好き勝手やって死んだんだよ。お前のような生きてる人間の命を貰うなんて恥ずかしくてできるわけねえ』

「ですが!」

『お前があの里の代表として相応しいと思ったから副官に命じた。鬼なら、長なら、なら、責任を果たせ。生きて好き勝手やれ。過去の亡霊に軽々しく命を差し出すな。死に場所を、他人に求めるな』


 茉莉は今言われたことを反復する。外道丸は里の代表だったから茉莉を副官に命じたわけではない。ところどころ自分の子を産み、すがりついてきた当時の女を思い出すところが多々あったが、それでも戦場で正しく下の者を率いて見せたその姿勢を飼っていた。昔から多くの鬼を見て、その中で階級を与えてきた鬼の中の鬼だ。そういう、他者を見る眼は持っていた。

 代表というのが名ばかりではないと見抜いて任命したのだ。それが命を差し出すと言ってきたら腹も立つ。だが見出した存在なのだから苛立ったからと命を摘むようなことはしない。


『ああ、あと。慣習だかなんだか知らねえけど、次からはその着物着てくるなよ?せめてマシな、動きやすい服着てこい』

「……申し訳ありません。この着物はあなた様が唯一与えてくださった物ですから。成人するまでは、男女関係なく着るのが習わしです。それこそ、あなた様と同じ戦場に立つのに、これ以上相応しい服があるはずもなく」

『うっわ、メンドくせ。じゃあオレからの命令な。戦場には動きやすい服着てこい。それはなしだ。いいな?』

「しかと受け止めました」


 慇懃に頭を下げる茉莉。外道丸は見た瞬間から何で男が女物の着物を着てるんだとは思ったが、その疑問が解消されたことで気を良くした。里の連中にはこのまま待機を告げて伊吹の横に並ぶ。


『あっちはもういいのか?』

『ああ。道満!オレもこっちで暴れていいだろ?青竜取られちまったし』

「いいぞ。流石に伊吹だけじゃ辛かっただろうからな」

『ならもっと霊気寄越せよ!姫にやってる分とかさあ!』

「彼女にはかなり霊気を貯蓄させているから今はお前たちにしか霊気を送っていないぞ?私が久しぶりに戦っているからあまり送れないが」


 会話をしながらだが、Aはマユたちと陰陽術で戦っている。それをしながら伊吹の補助を行い、千里眼を使って辺りの状況把握までやっていた。一千年生き続けているというのは伊達ではないらしく、経験値がどんな人間よりも隔絶していた。

 Aは一千年前の段階で勝てない陰陽師はただ一人、それから妖たちや神の調停役をして海外にも行き、天海家を興すなど政治にしろ戦術にしろ齧ってきた。日本の状態を一番理解していると言っても過言ではなく、霊気の量は一千年前から減っていない。知識は蓄積されていき技術も学んでいるのに、それを万全に発揮できる状態を維持している。


 人間の一生は短い。妖や神は百年ポッキリでは死なないのだから当然だ。だが神は存在が固定されているので成長しない。人間という器を手にした玉藻の前という例外を除いて。妖も生まれてから少しは成長するが、成長が止まったらそのままだ。人間のように学習するという本能がないため、身体の成長が止まれば頭脳なども停滞する。

 だがAは人間のまま、神にならずに一千年成長し続けてきた。人間は不完全で短い一生を過ごすからこそ、その成長力が凄いという。引き継がれたDNAを駆使して、時にはとてつもないことをやり遂げてみせる。


 そんな人間として、一千年生きたAという存在は。老いることのなかった怪物は。

 蘆屋道満として名を残していた時よりも遙かに器を昇格させた、神に匹敵する災害へと膨れ上がっていた。彼を実力で叩きのめせるのは金蘭と巧くらいだろう。その二人もAの味方なのだから、サシで敵う陰陽師はいないことになる。


 だからAは他の陰陽師に期待した。自分を脅かす才能を持つ者を。だから並び立つ者、並び立ちそうな者には祝福をし、過保護になる。そういう存在こそ、自分の後釜になれると。

 玉藻の前が愛した、日ノ本を任せられると。結局のところ、Aの考えはそんなシンプルなものだった。


 今の日本は見ていられない。任せられる人間だけ残して、後は消し飛ばす。そういう意味ではこの節目の一千年目には数多くの優秀な後釜が見つかった。巧は妻との平穏な生活を望んでいるので残念だが、候補はたくさん出てきた。

 だからもう、呪術省は要らない。日本を理解していない、愛していない呪術省は存在するだけで目障りだった。


────


「蘆屋道満って……⁉︎」

「だから嫌だったのに。勝てる勝てないの前に、あの方のご友人だからなあ。後で怒られよう。うん、不可抗力だ」

「星斗さん、あの人が蘆屋道満だって知ってたんですか?」

「まあ、肖像画で一応。星見で顔を知って、それを残したとかで」


 大峰の質問に嫌々答える星斗。言いたくはなかったが、仕方がない。難波の本家に伝えられているが、星斗は康平に教えられていた。いつか役に立つからと見せてもらったのだ。それとゴンの親友だとも教えられ、粗相のないようにとも。

 一千年前の人物だとしても、天狐という前例がある。陰陽術を使えば生きている可能性もあるだろうとは思っていた。だから特別不思議に思うことはない。むしろ星見である康平からそう告げられていたことから、いつか会うことになると覚悟していた。今とは思いたくなかったが。

 ゴンは難波家が祀る神に新しく加わった一柱だ。そんな方の旧友とこうして敵対している時点で不敬なのではないかと思っていた。感じた霊気からしても康平やゴンを上回る存在だとわかっていたので引き気味だったが。


「だが、やらねばなるまい。今の人間社会は呪術省ありきで成り立っている。その在り方があの御仁の思い浮かべるものと違っていても、一千年前の亡霊に明け渡す理由がどこにある?今この世界で生きているのは我々だ。それに忘れぬぞ!あの男の式神は優秀な陰陽師を数多く屠ったではないか!」

「青竜さん。呪術省の方が間違っているって考えたことはないですか?これは難波の分家として育った俺だからの意見かもしれません。ですが、御当主の立場は安倍晴明の血筋だというのにかなり冷遇されています。星を詠んでも公表されない。四月の京都校襲撃も、五月の大天狗が攻めて来た件も、呪術省には伝えていたのに。それで対策を取らなかった呪術省を、俺は信じられません」


「香炉。つまりは何か?呪術省から離反すると?」

「いえ。ですが、こう考えているんです。どっちも間違っている。呪術省も、蘆屋道満も。蘆屋道満がこれまでやって来たことを鑑みても、到底許されることではないでしょう。でも、呪術省も同じくらい過ちを繰り返している。それは認めないといけないかと」

「ムゥ。確かに心当たりはある」


 そう。奏流もそこは引っかかっている。本来先手を取れるはずの星見を冷遇していつも後手後手の対応。結果出した被害はどれだけのものか。最近のかまいたち事件もそうだ。星見を徴用せず、市内巡回という古典的な手段を用いて空振りを続けて陰陽師にも、市民にも被害を出した。

 結果かまいたちは表向き死んだことになっているが、大峰も実際どうなったのか確認していない。決着がついていて、朱雀が殺されたのを西郷が確認しただけ。大峰としても今回殺された朱雀一派については同情などしない。


 姫のことなど隠し事が多すぎるのだ。いくら必要悪だとしても、彼らの元にいてもいいのかという不安はいつでもついてくる。

 だからと言って人が死ぬのを見過ごせない。呪術省を守る気もなくなっているが、呪術省側に立つことは正しいのかと懐疑的になっている。それが今の彼らの素直な気持ちだった。


『君たちも、不安なら、やめようよ。僕、彼と戦いたくないん、だよね』

「ゲンちゃん……。やっぱり法師とお知り合いなのですか?」

『僕たちの在り方を、思い出したらわかると思うけど。僕たちは、晴明によって呼び出された。腕を競っていた法師とも、面識はあるよ』


 元々五神は平安京の維持のために神の御座から引っ張られてきた存在だ。それを考えれば、ゴンとも法師とも知り合いなのは当然のこと。そして今に伝えられる法師の評価と、当時の法師の評価は別物だった。

 当時の法師は晴明に次ぐ実力者で、呪術を産み出す第一人者だった。呪術大全なんて本を残しているほどだ。そして医療にも精通していた人物。金蘭が当時女性陰陽師として地位がないに等しく公的な記録に一切残っていなかったため、法師の評価は高い。金蘭が悪霊憑きだと知られていたという理由もある。


 そんな評価が覆ったのは都に反旗を翻してからだ。それで一気に悪の呪術師として歴史に名を残すこととなる。晴明を死に追いやった都への反撃だというのに、その事実を知る者がどれだけいることか。都が混乱していた時に攻めたために悪評が重なり、生存が確認されなかったのも、当時の都が法師を殺したと宣言したため。

 実際には暴れるだけ暴れて、五神を一度神の御座に送り返して、雲隠れしただけのこと。その後一千年の行動が法師と呪術犯罪者として重ならなかっただけ。生きていると思わず、人間が一千年生きるなんていう非常識に思い当たらなかっただけ。一千年生きる人間なんて金蘭や吟のように身体を改造していなければありえないことだ。


「ゲンちゃん。話してください。あの人の目的を」

『目の前にいるんだから、聞けばいいじゃない。それに、法師は、大概本音で話してるよ?』

「ん?私の目的か?語った通り、晴明の理念を返してもらおう。その二つの塔は晴明の信頼する配下を表しているようだが。いつからその二人が土御門と賀茂になった?難波だったら良いという話でもない。晴明が一番信頼していたのは二人の式神だろう?その二人の名前を知っているかな?当代瑞穂、大峰翔子」


 マユたちに近付かずに、だがハッキリと聞こえる声で道満は答える。マユたちは臨戦態勢を解くことはないが、話は聞くべきだろうと感じていた。妖たちも戦いを止めているようで、今は小康状態に陥っているようだった。それほど先ほどの発言があり得なかったのだろう。

 道摩法師が生きているだなんて悪い冗談だ。そう思った陰陽師たちだったが、感じ取った霊気はそうとしか思えないほど底が知れなかった。その驚愕の様子をニヤニヤと見守っている妖たち。妖たちはその真実を知っていたのだから、驚くことはない。むしろそれぐらいの人物ではないと今回の収集に応えなかっただろう。


「ごめんなさい、道摩法師。浅学なもので、知らないわ。晴明学は不鮮明なことが多くて履修していないの」

「それは残念。香炉は知っているから聞かないとして。大西マユと奏流燕京。君たちは晴明の式神を知っているかな?五神以外で」

「申し訳ありません。わたしも知りません」

「我も知らぬな。一千年前となると、晴明と貴殿、そして土御門と賀茂の名が有名で、あと著名なのは武士と時代の権力者、文化人になる。式神は今もだが、名は残りづらい」

「星見の立場が低いからだな。では香炉。答えたまえ」

「……あなた方に匹敵する陰陽師、金蘭様と最強の剣士、吟様ですね?」

「名も聞いたことはないか?陰陽師たち」


 全員首を縦に振る。その二人の名前を知っているのは星見と難波家くらい。難波にしても本家と上位の家だけ。末端まで全員が知っているわけではない。珠希だって分家に戻り、明の婚約者になったことで知った難波の歴史などは多数ある。

 ある意味抹消された歴史だ。歴史を作ってきたのが土御門と賀茂の二家だが、金蘭と吟のことを抹消したのは簡単だ。自分たちに不都合だったから。そしていなくなっても支障が出ないと考えたからだ。下手に悪名が残るよりは良かったと道満は思ったが。


「晴明学が聞いて呆れる。だから世界の真理に気付かない。日本の正しき姿から目を逸らす。あいつの研究書でも読み解けば簡単にわかることだろうに。だから海外に比べて日本は遅れていると言われてしまう。むしろ始まりが晴明という割りかし近年の人物だから研究は簡単だと思ったんだがな」

「世界の真理?」

「これは私の役割ではないな。日本がその位置に立ったら、統治を果たした者に聞いてみたまえ。侵攻作戦の最終段階まであと一歩だからな」


 マユたちは道満の最終目標がわからなかったために、今回の作戦の最終段階が何を指しているのか見当もつかない。だが、後ろから聞こえてきたキャタピラ音がこの場に相応しくなかったために、音の元凶を調べるために振り返った。

 そこにいたのは、パワードスーツの軍団。霊気で動く無人機。右腕にはチェーンソー、左腕にはガトリング、背中にはミサイルポッドを付けた戦車をも圧倒する、対異能者用兼海外侵略兵器デスウィッチだった。

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