第123話 3ー1

『ほうら!』

『ガアアァ!』


 伊吹山の龍が青竜を投げ飛ばす。それも赤子の腕をひねるように。この二体では力の差が歴然だった。青竜が吹く息吹はかの龍の鱗を全く傷つけられず、保有する霊気と神気の量も桁違い。腕力も今のようにまるで敵わず、何度も地面に叩きつけていた。伊吹山の龍は戦うことが数百年ぶりだ。だからこの一時が少しでも長くなるようにと遊んでいる。息子たる外道丸のことを追い出してまで、親が楽しんでいるのだ。

 むしろこの親あって子あり、ではあるのだが。


 今の状況としては、妖たちが参戦したことで陰陽師たちは最終防衛ラインをかなり下げていた。もう妖たちがいつ呪術省に入り込んでもおかしくないところまで攻め込まれている。だが、侵入しようとする妖はおらず、陰陽師たちと戦っているのがほとんどだ。侵入する理由がなく、戦いに来たのだからそれもそうだろう。


『いやー、百年前と比べると弱っちいな』

『お前、いつの間に陰陽師と戦ってたんだよ?』

『お前も一緒に戦ってたじゃん』

『それ一千年前の話だから。年数間違えてるぜ。それに強かったのは陰陽師じゃなくて武士だろ』

『そうだそうだ。あの頃の陰陽師と比べたら、そんな変わんねーか。武士がいないから楽なんだな』


 そんな雑談をしながら、陰陽師たちをのしていく。あの時の武士は異様に強かった。妖たちと平気で争っていたのだから。それと比べたら接近戦をするような陰陽師は少数、武士のような前線に赴いて相手を足止めするような存在もいない。

 昔の陰陽師は足止めが精一杯だったのでそれに比べれば戦えるようになったのだろうが、前を抑えられる存在が不足しているというのは本当に致命的だ。いくら炎や風を生み出せても、懐に入られたら一方的にやられる。しかも確実に遠くで足止めできるわけでもない。


 一番の問題は陰陽師の数と妖の数がほぼ同数なことか。身体能力で大きく劣る陰陽師は強靭な存在である妖には勝てない。接近戦をどうにかしてやっている陰陽師も、霊気がなくなればただの人間に戻る。その時が本当の崩壊の時だ。

 徐々に戦線が縮んでいく中、最前線たる中央では青竜が式神を再召喚しながら自分にも肉体強化を施して奮戦している。青竜を呼び出したのは三度目。肉体強化の術式も込みで限界が近かった。なにせ五神を呼ぶのはかなりの霊気を喰う。それも本体なら式神の方で調整してくれるが、影だと加減を知らない。存在も脆弱だから何度も負けてしまう。

 それでもと、青竜は歯を食いしばりながら戦い続けた。


「青竜様、一旦引いてください!霊気が尽きてしまいます⁉︎」

「引けるものか!この場に五神は我しかおらん。他の不甲斐ない者どもに変わって、我がここを守護するしかないのだ!それに、我が引いたら他の者たちも尻凄みする。青竜という名を頂いている以上、引けるものか!」


 そう啖呵を切ると、相手の最前線にいた呪術師、白いタキシードのようなもので身を包み、顔の上半分を仮面で隠した男が拍手をしていた。その相手は、青竜。


「なるほど。人間としての矜持か。素晴らしいな。ああ、それでこそ人間だ。今までの呪術大臣どもに聞かせてやりたい言葉だ。責任ある者が、責任を取らなければならない。矢面に立たなければならない。そう、それが今までの人間は欠けていた。君は合格だよ。だから青竜・・力を貸してあげなさい・・・・・・・・・・


 その祝詞に反応したのか蒼い契約札──近似点が光を出し、今までの青竜がなんだったのかというほどの神気を帯びた、ふた回りほども大きい竜がそこに現れていた。

 それはまさしく、本体の青竜。


『契約をしよう。汝の名を示せ、人間』

「……奏流そうりゅう燕京えんけい

『ではここに楔を立てよう。いいのだな?』

「ああ、これで五神全てが揃った」


 青竜がAにそう問うと、嬉しそうに笑うA。その言葉に人間側は誰もが首を傾げたが、妖側は全員わかっていた。史上初、五神全員が本体で現れたのだと。

 本当に世界を変えてしまうつもりだと。

 人間側は朱雀が殺されたばかりなのに何を言っているのかわからなかった。それに五神が揃っていたことはそれなりに多かったはず。それなのに初めてのことのように言うのは何故か。この場には青竜しかいないというのに。


『初めましてだな、青竜。生まれてこのかた色んな龍と縄張り争いをして来たが、お前とは初めてやる。そもそも出てくるのが初めてだったか?』

『伊吹山の。影では満足いかなかったか?』

『いくわっきゃねえだろ!さあ、やらせろやらせろ!』

『親父。本体来たなら代わってくれよ』

『それはできない相談だ。お前式神なんだから万全の状態じゃないだろうが。それにこれは龍同士の問題。半分龍のお前が口出すんじゃねえ』

『へいへい』


 外道丸の懇願も軽くあしらい、青竜と伊吹山の龍は取っ組み合う。お互い腕で殴り合い、息吹をぶつけ合う。それで周りに被害が出そうだったが、Aとしても味方に被害が出るのは御免こうむり、またこの場所は凄惨な状態にはしたかったが塔自体は無事であってもらいたかったので二体の衝突を防ぐように二体を空へ押し上げた。

 その気遣いに気付いたのか、気付かないのか。そのまま空で戦い続ける。完全に空は二体のものとなってしまった。


「ON。これで地上は大丈夫だろう。全く、久しぶりに暴れられるからといって、本当に全力で戦うバカがいるか。呪術省は壊すなとあれほど言っておいたのに。青竜も守るべき場所を壊してどうする」


 呪符も使わずに単音で術式を用いて、しかも持ち上げたことと二体がすぐに出てこられないような結界付き。それだけで陰陽師たちはAの実力の高さを思い知る。広域干渉術式を用いたり、外道丸と伊吹、姫を式神にしている時点で察していたが、ここまでの規格外だとは思いたくなかったというのが本心だろう。

 たったそれだけで、霊気の底も見えず余裕綽々で立っている超人。誰なら敵うのかという話だ。青竜こと奏流も霊気の量は多い自負があったが、次元がまさしく違う。Aに匹敵する霊気を持っているのは、現状先代麒麟である巧と、珠希だけだ。


「さて。手を貸してしまったが、目的の一つは達したか。君を殺して青竜を呼び出すことも考えていたが、私は流石にこれ以上の式神もいらないし、協力している彼らのどちらかに預けたらすぐにわかってしまう。最悪金蘭にでもやらせようと思ったが、その必要がなくなったのなら幸いだ」


 そう。Aは手を貸したのだ。奏流を賞賛したのも事実だが、青竜の本体を呼ぶように誘導した。近似点なんてなくてもできたが、ある物は利用する。それに、Aであれば呼びかけに応えない五神などいない。今契約者がいない青竜ならなおさらだ。玄武あたりでは呼び出そうとしても拒否されるだろう。マユの方が大事だからと。


「では、この後はどうするのかな?私の思惑もあるが、戦力的に青竜は切り離した。外道丸も伊吹もいるが、誰が止められる?そろそろ私も本格的に動こうと思うが」


 そう告げるのに反応したのか、奏流の前に白い光の塊が現れる。それは人二人分ぐらいの大きさであり、その光が消えていく頃には二人の人間が立っていた。


「ゲンちゃん、今回ばっかりはわたしの言うこと聞いてもらいますからね!」

『しょうがない、なあ』

「郭!……あー、もう。後でどんな言い訳すればいいんだ。マユ、死にそうになったら全力で逃げるからな!お前も連れて!」

「センパイは絶対に死なせません!だから大丈夫です!」

「いやいや、相手のことよく見て……。腹くくるかぁ」


 そう、現れたのはマユと星斗。玄武を大きくさせて、大鬼を召喚していた。

 絶対にここに現れるはずのない人物が現れて、Aは仮面の奥で誰にも見られることなく瞳孔をこれでもかと開いていた。

 こういった良い意味での手違いは、さっきので打ち止めだと思ったからだ。計画はズレたが、良い意味でなので問題ない。どんどん彼の理想とする世界が近付いている。


────


 神の御座。そこは全体的に白い光景が続いていたが、空に当たる部分には夜空が浮かんでいた。さらに言うのであれば、その夜空には今とある場所の光景がリアルタイムで映し出されていた。

 それはもちろん呪術省の眼前での戦い。今も式神の青竜が倒されて呪符に変えられていた。


「宇迦様。お願いです。わたしたちをここから出してください」

「それはできないわ。玄武と、Aとの約定だもの。朱雀が死んだ今、また京都の結界が歪になっていんしょう。それにその眼を持っていて、神気を持っている人間を、呪術省の自爆に付き合わせる意味もありはせん」

「なら、勝手に出て行きます」

「どうやって?」


 できるものならどうぞ、と言わんばかりに楽しそうに頷く宇迦様。隣で観戦していたコトとミチも目を輝かせて待っている。ここは神の御座、神が自由にできる空間だというのに人間がどうするつもりなのかと。

 マユの隣にいた星斗もマユが何をするつもりなのか全く見当がついていない。だが無茶をする様子はなさそうなので見守っていた。マユにはできるが星斗にはできないことなどザラにある。


 マユにだって考えがあった。神のおわす場所ならば、神に近しい存在になればいい。そうすれば融通も効く。

 自身の神気を全開にしていく。これは基本的に神が持つ力だ。それを神の御座で用いればどうなるか。神の御座が、マユを神だと認識する。つまり、マユにも権限が生まれるということ。


「正解。とはいえ、ええのかえ?神に近づくということは人間を離れるということ。人間との間に子どもが作れなくなったり、寿命が伸びたり、人との違いを受け入れなければ辛くなりんしょう。あなたはあなたのまま、魂と器が神に昇格される。呪術省のために人間を捨てると?」

「マユッ⁉︎」

「呪術省のためではありません。子どもを産めなくなるのは困りますが、わたしにとって大切な人たちを守るためです。きっと今のまま人間が抗えなかったら、あの呪術犯罪者は人間に絶望します。きっとそうしたら、きっと京都を滅ぼすから。あの人が避けたわたしは、人間側として立っていなければなりません」


 その言葉を聞いて、宇迦様は自分の後ろにいた玄武を尻尾で掴んで、マユの腕に投げ込む。マユはしっかりと受け止めて、頭を下げた。


「それは本当にあの子が望んでいることではないのだけど。仕方ありんせん。妾の子がそう言うのであれば、止めないで送り出しましょう。……それとイジワルを言ったわ。あなたが信仰を集めなければ、人間に近いままで居られる。完全に神になりはせん。安心して行ってき」

「ありがとうございます」


 マユと星斗が白い光に包まれて消えていく。それは連れて来た時と真逆のように。

 それが良かったのかわからないが、宇迦様たちは見学に戻る。正直どうなってもさして影響はない。呪術省はまだ神の存在など掴んですらいないのだから。


────


「間に合ったのかわからないけど、これは……」

「うっひゃあ。凄い数ッスねえ。あんな所に突っ込むとか、自殺行為ッスよ」

「死にたくないから逃げてきたんじゃないの?」

「いやあ、これを知ったのは奈良に出発してからなんで」


 呪術省に電話を入れてちょうど一時間ほど経った頃、西郷が呼び出した簡易式神に乗って二人は呪術省に舞い戻っていた。まだ呪術省は健在で、戦線も辛うじて維持されている。

 ここに五神の二人が加わればなんとか持ち直せるだろうと大峰は思っていた。先代麒麟や姫など数多くの敵がいるが、行かないよりはマシだと信じて。

 最前線の上空に着いた瞬間。大峰は後ろから蹴られていた。頭から地面に向かって落ちていく途中で、苦笑している西郷の顔がやけに印象に残る。


「白虎ぉ⁉︎」

「いやー、悪いッスね。オレっち、あの男に呪いかけられてて、敵対できないんスよ。だから翔子ちゃん助けに行ったわけだし」

「ああ、もう!アンサー!」


 着地するために風の術式を用いて、安全に落下した。マユたちの前に降りて、上空にいる西郷を睨みつける。星斗がいるのにこんな無様な登場をさせられたのだ。睨みたくもなるだろう。

 もちろん西郷が参戦しない理由は妖だから。同族と戦う理由がないので、適当な嘘をついただけ。今回は中立の立場としてこのまま上空で見守る算段。マユ以外呪術省側は西郷が妖だと知らないので、責められることはない。

 なんにせよ、殺された朱雀を除いて五神が全員揃った。現状朱雀とは巧が、麒麟とは姫が契約しているが、それはA側なので考慮外。呪術大臣を除いて最高戦力が勢揃いになった。


「玄武、麒麟を呼ぶ時間稼いでくれる?それと白虎は後で絶対にぶっ飛ばす」

「ハハハ。手加減してあげてくださいね?事情が事情ですから」


 翔子が契約札を出して麒麟を召喚しようとするが、それを止めるようにAが歩いてきた。何の警戒もなく、だが傍に伊吹は連れてやってくる。口の端は吊り上っており、仮面を被っているというのに楽しそうだとわかる。

 妖たちは気にした素振りはないが、相手の総大将が動くというのはよっぽどである。だから呪術省側は警戒した。


「いやいや、素晴らしい。君たち人間には驚かされた。今はちょうど節目の一千年だから有能な者たちが台頭しているとは思っていたが、それでも瑞穂や先代麒麟、それとあと二人いれば陰陽師としては頭打ちかと思っていたが。すまない。どうやら君たちを侮っていたらしい。未来をできるだけ視ないようにしていた弊害だな。晴明の血筋もきちんと育っている。うむ。良い時代だ」


 感慨深そうに、そう祝詞を告げるA。今名前を挙げた人物に匹敵するのは厳密にはマユくらいだが、そのマユが星斗を導き、意志を持って立ちふさがっている。それが嬉しかった。

 Aとしては、自分の立ち位置はこちらなのだろうと再認識したからだ。それで良いと割り切っているために心持ちは変わらないが、こんなに嬉しいことは姫と巧を見つけた以外となると、晴明が金襴を拾ってきた時以来だった。

 だから、自分の仮面に手をつける。


『いいのかよ?』

「いいんだよ。名前とはこういう時に使うものだ」


 伊吹の確認に何でもないように返すA。そのまま仮面を外し、素顔を晒す。素顔を晒すのはとある喫茶店に通う時と、誰にも会わない部屋で篭っている時を除けば初めてのことだった。

 仮面を外して虚空へ消す。被っていたシルクハットも同様に消した。すると何の手品か、肩口にまで伸びていた白色の髪が腰の辺りまで伸びていた。今まで幻術で偽っていたものを解除しただけ。顔などにもかけていた認識阻害を解除する。これは専ら星見と明たちへの対策だったが。

 現れた藍色の瞳を見て。見えた全体像から何を思ったのか。星斗だけが息を飲む。ここに星見はいなかったのですぐに気付いた者は星斗くらいだろう。なにせ彼の家には目の前の人物の肖像画が伝えられている。


「そういう、ことかよ」

「褒美だ。聞け、呪術師を名乗る紛い物ども。我が名は蘆屋道満・・・・。日ノ本最古の呪術師であり、安倍晴明と競った平安最強の陰陽師だ。道摩法師の方が知れ渡っているか?一千年見守り続けたが、もういいだろう?そろそろ私と晴明が目指した本物の陰陽寮を返してもらおうか。この世界は人間だけのものではない。妖も神も存在できる国を、返してもらおう」


 そうして放たれる霊気。その圧から、実力がある陰陽師ほど、今の言葉が真実であると認識した。

 霊気の量だけなら、マユと姫を足してやっと互角なほどなのだから。

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