第120話 2ー5

 それから一ヶ月、結局私は露美さんに振り回された。新しい景色が見れることが嬉しかったのか、京都中に連れ回された。それ以上に驚いたのが学校をサボってまで他の場所に行きたいと願うようになり、会長に許可を取って大学には休学届けを出してまで日本全国を見て回ることに。

 それの許可が降りたことにも驚いたが、天竜会が資金を出してくれたので問題なく日本一周をする。天竜会はどこからそんな資金を調達しているのかと言われたら、ほとんどが寄付だ。寄付だけでそんな多額の資金を調達できるのかというと、それは不可能。表側の援助のみだったら、だが。


 表側からも有名企業の出資や募金などで資金を得ているが、裏側からの供給があってこそだ。表に出せないお金など、たくさん裏側の人間は抱えている。それらを優良団体への寄付という形で誤魔化している。それで良い団体だと偽装していることが多々ある。その寄付をしている会社を調べるとペーパーカンパニーということも多い。後ろ暗いことなんてだいたいそういうものだ。

 さて、二人きりの旅行だが、行動は全部一緒。泊まる宿も一緒。もちろん部屋も一緒。流石に部屋は分けようとしたのだが、何かあったら困るからと強行された。特に何かあったわけでもなく、本当にただ寝ていただけだけれども、歳上の女性と一緒の部屋で寝るというのは居心地が悪い。


 いや、同い年や年下なら良いという問題ではないのだけど。女性というのが問題で。

 露美さんからは弟のように思われているのだろう。だから連れ回される。街を巡る時も躊躇なくこちらの手や腕を引っ張ってくる。部屋にいる時も無防備だ。下着など見えたことはないが、少し配慮が足りないと言ったこともあるが、軽く返されてしまった。


「えー?だってキリくんそんなことしないでしょ?わたしのことそういう目で見てないし、ちゃんと配慮してくれてるし。それに?お爺様を怒らせたらまずいってわかってるでしょ?」

「それはもう」


 こちらから手を出すことはなかったために、そういう結論で終わってしまった。婚前の女性がこうも無防備で良いのかと心配してしまうほど。

 海外には行けなかったために、それこそ日本中を巡った。途中妖に襲われたり、露美さんの異能に惹かれてやってきた悪霊を倒したりというアクシデントもあったが、平穏に旅は進んでいった。神様にも会ったが、何か神託を受けたわけでもなく、ただ世間話をしただけ。


 露美さんも普段と変わらない調子で神様と接していたが、会長が神様だと知っているからこその対応だろう。相手の神様も天竜会のことを知っていたので、露美さんの首から下げたアクセサリーを見て納得してくださった。

 こんな風に日本を回るなんて、まるで晴明様と玉藻の前様の旅のようだ。妖や神様と会うのも、似通っている。


 そして日本一周の行程を三分の一ほど済ませて立ち寄った街、北海道函館市。昼間は五稜郭に行きたいということだったので、その言葉通りに五稜郭に来ていた。ここは大きな争いがあったから露美さんの異能に引っかかって引き寄せられる存在もいるんじゃないかと心配したが、視覚を共有している感じ問題なさそうだ。

 今は私の目で見ているものを共有させているから、異能も少しだが抑えられている。だからああも無邪気にはしゃげるのでしょうけど。


「キリくん、一周してからタワー登ろうよ」

「そうしましょうか」


 水堀が五芒星になるように掘られていて、その堰き止めに土塁が使われている。五芒星というのは晴明様に関わる象徴だ。戊辰戦争の際、晴明様の加護を信じてこの形で形成したとか、諸説ある。過去視をすればわかるのだろうけど、そこまでするつもりはない。

 構造の不思議さと綺麗な景観を楽しみながら歩いていると、ボブカットの茶色い髪に変色した空色の瞳をした少女が歩いていた。亀の式神を腕に埋めて歩いているその少女は、ある意味会いたくなかった女性だ。私より歳上なのだから、少女と呼ぶのは失礼か。

 その女性、マユさんも私に気付くとあっという声をあげてこちらを見ていた。


「麒麟さん……」

「キリくん知り合い?」

「同僚というか、先輩ですね」

「そっか。じゃあちょっと離れてるよ。ごゆっくり〜」

「何かあったら携帯で連絡を」

「はいはい。心配性だね」


 露美さんは一人で人混みに紛れてしまう。彼女も良い歳の女性なのだから、迷子になったり襲われたりはしないだろうと思って離れることを許可する。マユさんと話しておくこともありますので。


「お久しぶりです。マユ先輩。今は麒麟ではないので、そのように接してくれると」

「じゃあ、巧くん。お久しぶりです」

「玄武も、お久しぶりです」

『うん。久しぶり』


 不敬ではなかろうかと思いながら、玄武の頭を軽く撫でる。マユさんは私が本体の玄武を知っていたことか、玄武から正体をバラすかのように声を出したことか、もしくは両方のことに驚いていた。


「ちょうどそこのベンチが空いていますし、座りましょうか」

「はい。知って、いたのですか?」

「だから私が麒麟になったという側面がありますので」

『それはごめん、ね』


 遠因になったとはいえ、星見をした結果なることはわかっていた。だから玄武に謝ってもらう謂れはない。ベンチに座るが、手が触れ合う距離ではなく、少しだけ間を空けて座っていた。


「マユさんは今回北海道が持ち回りだったのですか?」

「はい。大学も夏休みですし、お昼は自由ですし、今回初めてだったので観光しようかと。こんなところで会うとは思いませんでした」

「呪術省の様子はどうですか?私がいなくなって混乱しているとは聞いていますが」

「そうですね。長年不在だった麒麟が個人的な依頼でいなくなってもう一ヶ月半ですからね。麒麟の存在を知っている方は少ないので全体としては混乱まで行っていません。青竜さんなどは不甲斐ないと怒っていましたが」


 そういう人だなと、青竜を思い浮かべて頷く。いつもは仕事なんて押し付けないくせに、いなくなると大ごとのように言う。正直結界の補佐という理由を除けば、麒麟は名誉職。研究をしてたまに戦場に出るぐらいの役職のはずなのに、裏の事情から監視はしておきたい。捕捉はしておきたい。管理しておきたい。

 だから五神は適合者があまり増えないのではないのか。ただ下り坂を転がり続けている。それが今の呪術省の様相なのではなかろうか。


「巧くん。あの方はちょっと、特殊ですね。もしかして異能者ですか?」

「さすがマユさん。わかりますか」

「霊気ではない力がうっすら帯びているので。本当に薄いので、一般人の方と遜色ありませんよ」

「あの神具も少し考えないといけませんね。改善点です」

「今はあの人の護衛ですか?」

「ですね。初めて見る景色を堪能したいと。だからあちこち連れ回されています。北の端も、霊山も、悠久の谷も、迷いの森も、人の営みも、全てを見たいと言われて。ある方々の追体験をしているようなので、楽しいですよ」


 ワガママな人に付き合うのも、楽しいと思う。私はこれまでの人生でかなり自分を殺してきた自覚がある。未来を知り、その未来のために動き、やりたいこともほどほどにしてやるべきことを優先してきた。

 今までの人生とこの一ヶ月半、どちらが楽しかったかと言われたらこの一ヶ月半だろう。母が生きていた頃は未知を知りたくて、父も母も陰陽術を見せれば喜んでくれて。その後と今を比べれば、今と答えられる。


「私がこうして日本を巡っていることは秘密にしてください。これでも一応、巡った場所の霊脈や龍脈の確認はしています。修復はしていませんが、これをレポートとして書くならきちんとした調査でしょう」

「ふふ。わかりました。お仕事頑張ってくださいね?」

「お仕事というより、本当に旅行をしているだけですけどね」


 その後も近況報告をして終わる。マユさんと別れた後は露美さんと合流して、公園の外にある五稜郭展望タワーに登る。上から見た五稜郭は正しく五芒星を描いており、風水を用いられていることが改めてわかったので勉強になった。風水は今となっては高等術式扱いだが、霊脈の調整には必要不可欠だ。

 他にもやる手段はあるが、生きて帰るには必要というだけで。命をかけるなら風水ができなくても構わないが、生きたままことを為そうと思うなら必須の術式。

 そんなことを考えていると、隣の露美さんが意地悪そうに笑っていた。景色を見ずに私の方を見ている。


「同僚には本名教えてるのに、護衛対象のお姉さんには教えてくれないの?タクミくん?」

「……聞いていたのですか?」

「そんな野暮なことしないよ。今わたしの片目は君と繋がってるんだよ?音は拾えなくても、口の動きを見たらあ、う、いの母音なんだもん。三文字でこの母音ならある程度絞れるって。その反応なら合ってたみたいだね」

「すごいですね。口元を見て音を読むなんて」


 素直に感心しながら自分の口の動きを確認する。言ってはなんだが、私は大きな声で話すような人間じゃない。先ほどのマユさんとの会話も、周りに聞かせられる内容ではなかったので最低限の音量で話していたつもりだ。防音の術式も使わなかったのだから。声の大きさはある程度口の開閉に影響されてしまう。会話の中で名前の音を当てるというのはかなり大変なことだと思うのに。

 そんな悪戯が成功したかのように、隣では楽しそうな笑い声が聞こえてきた。賞賛すべきことをしたのに、彼女はなんてことのないように受け止めている。


「陰陽術っていう異能に比べたら、こんなのどうってことないでしょ?」

「さて。技能は技能です。それに序列はありませんよ。陰陽術という同じカテゴリーならいざ知れず、人の努力による技能と、才能がなければできない技能は比べられません。スタート地点が違います。陰陽術というものは、残念ながら最低限の才能がなければ努力も実らない。そして僅かでも才能があれば、後付けでも才能を伸ばすことができます。0と1の差が生まれた時点で決まっている。1と100でも時間が解決してくれるかも知れません。しかし、0では星も掴めない。読唇術は才能が可視化できないものです。それを技術として昇華したのは露美さん自身です」

「そんな小難しい話はしてないんだけどなー。そういうところあるよね。タクミくん」


 一層笑われてしまう。才能に縛られず、一つの技術を悪戯として見せてくれた露美さんを純粋に称賛したかっただけなのだけど。私はどうやら話が長く焦点が絞れていないらしい。つまりは口下手か。


「それで?タクミくんの上の名前は何かなー?さっきの子は知ってるのに、わたしは知らないっていうのは不公平だよね?」

「教えないと、ダメですか?」

「守秘義務に反しちゃう?」

「いえ。キリくんと呼ばれるのが嬉しかったので。キリと言われて連想するのは霧でしょう?露美さんの露と字面が似ていて、そんな些細なことを喜んでいたので、それが終わってしまうのは残念かと思いまして」

「……なんでそういうことサラッと言っちゃうかなー。可愛すぎか」

「露美さん?」


 今まで楽しそうにこちらを見ていた露美さんがいきなり顔も見えないほど視線を逸らしてしまった。さっきのは失言だったのだろうか。ならすぐに謝ろうと思ったら、露美さんに頬を両手で抑えられて、目にするにはだいぶ露美さんの顔が近かった。そして唇に届く、今まで感じたことのない柔らかさ。ささやかな熱を感じて、雷撃を受けたかのように神経がそこへ集中していく。


 その行為の名称に気がついた瞬間、脳が明滅していた。それに嫌悪感を覚えるはずもなく、ただ身体がずっと弛緩したように硬直していた。

 頬から手が離れるのと同時に、唇も離れる。

 ああ、なんということか。好きな相手からのキスとは、陰陽師という異能を扱う者すらも魅了する神秘だったのか。


「あはは。口より先に行動が出ちゃった」

「……ある意味口での行為なので、間違っていないのでは?」

「言い淀んでる。ふふっ。名前、教えて?」

高芒こうのぎ。高芒巧です」

「コウノギ、タクミくん」





「うわー、すっごい綺麗!麒麟ちゃんもすごいねえ。空飛べるんだ」


 真夜中。麒麟を呼び出して露美さんを乗せて飛んでいた。見ているのは100万ドルの夜景と言われる、函館名物の夜景。これを売りにしている函館市は街に強力な方陣を敷いている。そして観光のためにこの景色を一望できる山と、そこへ至る道にも方陣を組んでいる。ここだけは、京都のように夜も活動している街だった。

 なぜこうも優遇しているかと言われれば、北海道にある龍脈の中心地がここだから。そんなことを知らずに呪術省は運営しているようだが、この街の管理者は昔からここをそういう場所として保護してきた。だからこうも特別扱いし、五稜郭のような特殊な場所も出来上がる。あそこに五芒星を作り上げたのは偶然ではない。

 新撰組はあの場所を知っていたから最後の決戦の場と定めたのかも知れない。


「ありがとね、タクミくん。タクミくんといると、楽しいや」

「それは私もです。露美さん、依頼を出してくれて、ありがとうございました」

「麒麟に任せようって言ったのはお爺様だけどね。うーん、これがあと三分の二も残ってるのかー」

「京都に戻っても、連れ出しますよ」

「それは楽しみ」

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