第118話 2ー3

 わたしが気が付くと、そこはどこかの宿のようだった。そこの布団の上で寝かされていたらしい。格好は死んだ時と同じ、ショートパンツに空色のフード付きパーカー。髪の毛も気合いを入れてお団子にしてたんだっけ。

 窓の外を見てみると、既に夜になっていた。電子時計がなかったので何日意識がなかったのかわからなかった。

 鬼二匹と、仮面を外したAさんがいた。藍色の瞳、鋭い目が見えていた。他に人がいないからとはいえ、この人が素顔を晒しているのは珍しいだろう。


『おう。起きたな。どうだ?式神としての目覚めは』

「……予想していたものよりは穏やかですね。式神としての契約、ありがとうございます。A様」

「主従関係がわかっていて何より。しかし君ほどの陰陽師が殺されるとは。四神と呪術大臣の総がかりだったとはいえ、その程度の戦力で君が負けるとは思わないな。未来でも視ていたのか?」

「はい」

『プッ。アハハハハハッ!聞いたかよ⁉こいつ、未来のために殉じたんだと!ホント、陰陽師ってやつらは理解できねえな!』


 そう言ったのは外道丸だが、隣で伊吹も笑っている。まあ、鬼たちにはおろか、一般の陰陽師にもわからない感覚だろう。それこそ、星見の一部だけだ。

 星見でもあるAさんは、笑わない。


「……詳しく聞かせてもらおうか。君が視た未来、君ほどの実力者が未来を知っていたとはいえ死ぬことになった要因。包み隠さず話せ。それを知る権利が、我々にはあるだろう?」


 それはもう。何も隠さずに話す。未来のことも、呪術大臣が使った偽物の泰山府君祭も。

 全部を話し終わった後、Aさんは深く考え込む。鬼たちは笑っているだけ。オレたちのことどこまで知ってる?とか聞いてきたので、未来でも過去でも知っていることを全て話した。それがAさんの考えを纏めるまでの時間潰しになればいい。

 長考が終わったのか、Aさんはこちらに向き直る。


「それでも、君は私に相反すると?」

「はい。今の状況では、一時休戦と言ったところでしょうか」

「ならそれで構わない。……式神になったのだから、真名が必要か。では姫と。本名から一字取っただけだが、瑞穂という名も本名も伏せた方が良いだろう。近しい名前が一番、効率がいい」

「……知って、おられたのですか?」


 わたしが瑞穂を名乗る前の本名を語ったのは一度だけのはず。それを目の前の人が覚えていてくれるとは思わなかった。それが嬉しくて、式神になったというのに涙腺が緩んだほどに、衝撃的だった。

 Aさんにとって他の人間なんて有象無象でしかないと思っていた。わたしの実家に顔を出したことも、ただの義務感だと思っていたのに。


「そこまでろくでなしになった覚えはないがな。姫、君はもう少し自分に自信を持ちたまえ。今は私の霊気で動いているから不都合はあるだろうが、君は安倍晴明の再来と言っても過言ではない程の実力者だぞ?純粋な人間でそこまで辿り着いたのだから、誇っていい」

「……わかりました。それではこれよりわたしは、姫と名乗ります」


 そう言って、感覚でできると察して服を変える。初めて会った時に渡された赤い着物を身に纏った。さすがに当時の物は背丈の問題で入らないので、調整した着物を用意する。

 物質創造。神の御技たるこれを、目の前の人たちは陰陽術に落とし込んでいた。とはいえ、使えるのは本当に一流の術者のみ。


「では我が名において綴る。姫よ、日本の調停のために尽くしてもらうぞ」

「仰せのままに」



 呪術省のマスターキーが保管されている警備室に忍び込んで、そこにいた警備員を全員のしていた。すぐにカード型のマスターキーを二つ入手。これがないと明くんたちが目的の部屋に入れない。

 それはわたしもだけど。


「はい、お二人さん。これで全部のロック顔パスやから、安心して忍び込めるよ」

「ありがとうございます。姫さん」


 明くんに手渡しする。これでこの部屋の用事は済んだため、さっさと出ていく。もう一つの用事も済んでいる。すでに珠希ちゃんが隠し通路と隠し部屋まで記載された見取り図が入った端末を手にしている。

 麒麟の間とか、機密文書が満載だから、普通の見取り図には載ってないんだよね。

 廊下に出てすぐ、わたしは明くんたちと別れる。


「姫さん?」

「明くんたちは独自で動いてくれる?あたしもちょっとやることあるから」

「そうですか……。お気をつけて」

「そっちもね」


 明くんたちが曲がり角を過ぎたのを見て、わたしは近くの窓を開けて飛び降りる。二十五階からのスカイダイビングは風がビュウビュウと押し寄せて身体が痛いけど、着地の時には術式を使って風を産み出して安全に降りる。

 戦況は……ああ、アレが出てる。ってことは呪術省も後がないと思ってるのね。それ以外にも予想外がいくつか。翔子ちゃんたちが帰ってきてるのは良いとして、この場にいないはずの人たちがいるのは驚く。もう未来は視えないから、予想ができない。


 把握が終わったので折角侵入したのに、また地上から入り直す。今度は目標が地下だから建物の中を通るより、こっちの方が近いんだよね。

 というわけで秘匿区画、そこに目的の物がある。ここまで事態が進むと地上一階に人影は見当たらなかった。だから下るのは簡単。

 誰もいないのは逆に不審だったけど、誰か出てきたとしても倒せばいいだけだし。だから気にせず進むと、あっさり目的の部屋に着いた。ロックをマスターキーで解除して中に入ると、そこら辺に倒れている白衣の男たちと、先代麒麟。


「あら。さすがに仕事が早い」

「……先々代。あなたが何故ここに?」

「何故って……簡単やん。他の人たちやあなたと一緒。利用されている物を取り返すため」

「……あなたのお望みの物は、見つからないかと」


 その言葉に首を傾げながら、先代麒麟と一緒に部屋の中を巡る。ここにあるのは大きな培養器。そこにある物を見て気分は良くないが、正直わたしたちにはどうしようもできない。破壊することぐらいしかできないのがもどかしい。

 ここの配置からして、新しい物は奥にあるようだ。一番新しい先代麒麟が求めているものがあった。その近くにわたしが求める物があるはず。だから近くの培養器を見るが、見当たらない。

 三周くらい、辺りを見た。だけど、どうしてもわたしの物だけがなかった。


「……なんで?何でわたしの身体、ここにないの……?」

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