第116話 2ー1

 わたしは、産まれた場所が特殊だと思う。

 天海という家なら、ただ陰陽大家というだけだろうけど、わたしが産まれた家は裏・天海家の本家。裏稼業の家の本家っていう時点で相当ぶっ飛んでる。外から見たら、ただの田舎にある大きな家でしょうけど。

 そんな家で多大な霊気を持って産まれて、髪も瞳も変色して産まれてきた。そして産まれた時から星見として認知されていた。星見は星見のことがわかるから、爺様がわたしのことを感じ取ったらしい。


 別に期待が大きかったとか、そういうことはない。割と普通に育てられたと思う。陰陽術のことをそこまで押し付けられて教えられたわけでもないし、本やらゲームやらは年相応に与えてくれた。

 でもわたし自身が陰陽術に興味を持ったから、教われることは自分から教わった。式神のこと、星のこと。手を伸ばせば届くものが、とても愛おしくて。物語よりも凄惨な現実を。伝え聞くよりも悲しい物語を。あの方々が遺したかった想いを。やり残してしまった責務を知って。


 その愛しさから、虚しさから、恋しさから。陰陽術という異能に浸かっていった。何かできないかと模索してもがいて。そうして手にした力を活かせる機会がなくて。

 それを爺様に相談したら、天海家に居たらできることが限られているから、京都に行くことを提案される。京都にいる分家の養子になって、京都で成り上がれと。そういう「夢」を視ていたからその提案も受け入れられた。


 そういうことで色々と転校などの準備をしていると、ある人物が村を訪れた。近くに来ただけでわたしは警戒してしまった。千里眼があったため、その人の実力も、傍に控えさせている鬼二匹の式神も、どれだけの規格外かわかってしまったから。

 その三人が近付いてくることに合わせて村の外で警戒をしていると、同じように察した爺様に止められていた。強大な力を持っていても、敵ではない。だから矛を収めよと。

 実際に村に来られたら、皆がその方々を歓迎した。こちらに来るのは十数年振りだということだが、皆が誰かを知っていた。知らないのは前回の訪問を知らない、わたしたち子どもだけだった。


「いらっしゃいませ、初代様」

「爺や、この子が次代の瑞穂か?」

「はい。京都に行って資格を得れば、継がせようかと考えています」


 白髪に、瞳を隠す仮面。全体的に白い格好で身を固めたその人は、わたしのことを見ただけで実力を知ったらしい。敵じゃないと知ってから霊気を抑えていたのに、そんな誤魔化しは児戯だったということだ。まあ、あの人なら当たり前だろうけど。

 それよりも。わたしはこの時、会ったことによる未来視を発動していた。これは突発的に起こるもので、生前制御できたことはなかった。会っただけの人なのに、その人の未来が視えてしまう。そして、その人のこともわかってしまう。


「……晴明、様?いいえ、違う。あなたは……」

「ほう?さすが次期瑞穂。私の何を視た?何を知った?君は、私の敵かな?」

「はい」


 そう断言した。爺やも、目の前の人も、付き従っていた外道丸と伊吹も目を丸くしていた。実力差がわかっていたが、わたしはこの方たちと敵対していた。だから、嘘偽りなく肯定する。この方に、嘘はつけなかった。


『オイオイ、敵だってよ。このガキ殺すか?』

『待てよ外道丸。この前の竜譲っただろ?今度はおれに譲ってくれ』

『あー?アレは将棋の結果だろ』

『あんな駒数少ない奴で結果決めるのやめようぜー』


 鬼二匹はそんな風に自分たちの主張を続ける。その間もわたしは目の前の方の眼を見続けていた。仮面の奥にある、その瞳を。

 だけど、この人は。膝を着いてわたしと目線を合わせるだけ。そしてわたしの頭に手を置いて、軽く撫でてきた。それをただ、わたしは受け入れる。


「君と敵対するのは悲しいな。私は極悪人だが、これでも日本のために奔走しているぞ?」

「それでも、あなたを止めます。麒麟と一緒に、あなたのことを止めます。あなたが調停者であり続けることは間違っていないから」

「……ふむ。一考すべき言葉だったな。私は最近星をあまり詠まなくなっている。だからどの未来を視たのか気にはなるが……。君が私と張り合えるようになるのを楽しみにしている。本当に麒麟になれたら、その時は成長した姿を見させてもらおう」


 そう言って手を離してしまうAさん。その熱が名残惜しかっただなんて、口が裂けても言えない。もっと触れていてほしかったなんて言えるわけがなかった。

 その代わり、表情が顔に思いっ切り出ていたようだけど。


「どうかしたか?顔が赤いようだが。霊気に当たって熱が出たか?」

「い、いえ!大丈夫です、何でもありません」


 そう、この時に視た未来では一気に情報が入り込んできて、Aさんの名前が衝撃的過ぎたからそれを最初に言えたけど、その間に得た情報は七歳のわたしからしたらとても受け入れられるものじゃなかった。

 なにせ目の前の人と、大人の関係になっていたのだから。キスも知らなかった子どもがそんなことを知って、よく発狂しなかったと褒めてほしいほど。そんなこと誰にも言えなかったから、家に帰ってずっと悶えていたけど。


 その頃には村の誰よりも星見の才能があったのか、わたしの未来を他の人に視られることはなかった。それだけは本当に、唯一の救いだったかもしれない。

 わたしが敵対することがそんなに嬉しかったのか、Aさんから着物をプレゼントされていた。赤色を基色とした、七歳当時にピッタリの着物をセットで一式。それが嬉しくて、貰ってすぐに着て村中を歩き回った。


 Aさんからの贈り物だとわかっていたから、村人には良かったねえと、似合っているねと褒められた。その一方でAさんと相反するのはやめておきなさいとお小言ももらったけど。

 それでも、わたしは笑顔を絶やさなかった。初めての贈り物が嬉しくて、理解してくれて。そんな、ただの少女だった。



 小学校を転校してすぐ、わたしはプロの試験を受けていた。もちろん四段を受けて、召喚を課題にされた時にわたしはすぐ呼び出す子を決めていた。

 近似点が傍になかったし、その頃はまだ龍脈を抑えてなかったから、麒麟を呼び出すことは不可能だった。けれど麒麟門に属する子なら、呪符さえあれば呼び出せる。

 だから、試験官の前で黄龍を呼び出す。それと、天狗と狼も。三体くらい一気に呼び出せば合格になるかなと思っていたから、わたしが呼び出した子たちを見て試験官がパイプ椅子から転げ落ちたのが不思議だった。


「えっと、ダメだったでしょうか?」

「ダメじゃないというか、一気に三体も呼び出したのか⁉」

「はい。この子は今契約しましたけど、上手くいって良かったです」


 そう言って黄龍の頭を撫でる。素直で良い子。長い付き合いになるこの子をプロの試験で呼び出すというのは、始まりとして良いのではないか。そう思い描いていたことを実行しただけだった。


「合格の通知はいつ来ますか?」

「……君なら、すぐ合格だ。というより、君には残ってもらう。試してもらいたいことがある」


 そのまま他の受験生たちとは違って、わたしだけ残される。わたしと同じ年齢で受けに来た人はいなかったし、皆高校生から上の年齢だった。試験の時は子どもが遊び半分で来るなといったような目線を向けられた。

 そんな目線を向けていた受験生の内、数人が不合格だと知っていたわたしは心の中で嘲笑っていた。眼が悪い人は大変だなと。受かるまで何回受けるのだろうかと、愉しんでいた。


 一人で待っていると、当時の呪術大臣と数人のプロが部屋に入ってきた。当時は賀茂家の人間だった。呪術大臣だけは陰陽術の才能がなければなれなかったので、ほぼ世襲制。土御門か賀茂の苗字を持つ者だけがなれていた。

 その賀茂の御当主様は、星見の才能なんてこれっぽっちも感じられない俗物だったけど。


「こんな少女が黄竜を?にわかには信じがたいな……」

「ですがこの目で確かに見ました。彼女は、歴代の中でも最高峰かと」


 呪術大臣が取り出したのは、黄色い近似点。それが出された瞬間、わたしは言われる前にそこに近付いて霊気を放出していた。

 やっと。やっと会える。それが嬉しくて、周りの制止を振り切って近似点を通して召喚を試みる。他の人たちが出すような影じゃない。神の御座からわざわざ出向いて来てくれた麒麟に手を伸ばす。


「初めまして、麒麟」

「ば、バカな!詠唱もなく、こんな小娘が麒麟を呼び出すなんて……!」


 全員うろたえていたけど、わたしは夢にまで見ていた親友との初邂逅に胸を躍らせていた。この時本当ならどの五神が適性なのか調べるだけだったのに、本当に召還してしまったせいで五神に就任した。

 この快挙は、七歳児が麒麟になるなど呪術省が何百年も統計を取ってきた中で初めてのことだった。これが他の四神だったらニュースで大々的に発表されたのだろうけど、麒麟は秘匿されるものだったから、この事実を知っているのは一部の職員だけだった。


 五神に就任すると、自動的に段位は九段になる。そうして様々な任務についた。妖と戦ったり、神様を保護したり、呪術省に隠れて様々なことをした。小学校に通いながらは大変だったけど。

 そして麒麟になったら本当にAさんが襲ってきた。なんとか撃退したけど、霊気を使いすぎて、その後一週間目を覚まさなかったらしい。

 病院で目覚めた時、親族を名乗ってAさんが病室に訪れていた。実際に親族ではあるし、こんなことになった原因でもあるから、見舞いに来るのはおかしなことじゃないけど。


「素晴らしいな、君は。麒麟と契約し、私を追い払った。傍にいた人間が死んだのはしょうがないが、その力も知識も申し分ない。やはり私の同志にならないか?君のような助手が欲しいと常々思っていたんだ」

「遠慮します。わたしはまだ呪術省でやることがありますから」

「あの偽りの塔に仕える義務があるとは思えないが?君があの塔の本質に気付いていないとは思えない」

「たしかに、あなたが提唱した理念とはかけ離れているでしょう。それでも利用価値があります。暴かなければならない闇があります。それらを解決してからではないと、あそこから離れられません」

「それが終わったら協力してくれるかな?」

「いいえ、それでもあなたに協力はできません。わたしはわたしが視た未来に行き着かないために、抵抗します」

「強情だな」


 その言葉に満足したのか、行ってしまったAさん。あの人は星見が得意ではないと言っていた。だからわたしが視た未来も知らないのだろう。

 わたしとどうしても相容れない、ある一点。そこだけは譲れなくてこうして反発している。結果的には一派に加入したけど、ここだけは今でも譲れない。わたしはそのためだけに、肉体を失ってもあの人の横にいるのだから。

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