第115話 1ー3

 奈良のとある山の中。かまいたちと朱雀が壮大な決闘をした場所と近い山の中で、大峰は吊るされていた。呪具で出来た蔦のようで、その蔦が中々強力で外すことができなかった。

 こんな山奥では助けなんて来ないだろう。簡単に言えば先代麒麟に負けてこうして縛られていた。


「こんちくしょう……。幻術ばっかり使ってボクの三半規管ぶっ壊しやがって……。うぅ、まだ気持ち悪い……。おえっ」


 かなりの幻術を喰らったせいで上手く霊気を編むこともできなかった。そのせいでまだ捕らえられていると言える。最初っから幻術だらけだったためにそれを解除していたら麒麟を呼び出す余裕もなく、いつの間にか朱雀が産み出した炎の壁が消えていた。

 それに気を取られた瞬間、今までで一番強い幻術を浴びせられて、気付いたらこうして吊るされていたわけだ。すでに夜も遅い時間なので身体が冷えてきた。


 気持ち悪いのにお腹が空いてきて、それが更に気持ち悪さを誘発してきた。時計を見られないのでどれだけの時間気を失っていたのかもわからない。戦っていた時は陽が沈む直前だったので、それなりに時間が経っていることは確実だった。

 そんな色々と感覚が狂っている大峰の耳に、ガサガサという物音が聞こえてきた。その方向を見ると、白髪でニット帽を被った男が近付いてきていた。

 白虎こと、西郷だった。


「プッ。ププププププッ!ま、マジで吊るされてるッス!翔子ちゃんダメッスよー!悪い大人に攫われちゃいますよ?なんせ見た目ただのチビっ子なんだから!」

「はいはい。笑ってくれていいから、助けてくれないかな?まずはこの幻術解いてくれないかい?」

「はいはい。任されたッスよー」


 西郷は大峰の様子を見て、解呪の術式を使う。ようやく気持ち悪さがなくなって大峰は一息ついた。それだけで大分楽だ。

 次は蔦を剥がしてくれるのかと思ったが、何故か距離を置く西郷。


「これも外してくれない?本調子じゃなくて、これの解除も上手くできなくてね……」


 パシャッ、という音が聞こえた。ついでに小さな光も見えた。まさかと思ってそちらを向くと、携帯電話を構えた西郷が。完全に写真を撮っている。


「……何をしてるのかな?」

「いや、こんな最強の姿なんて絶対これ以降見れないじゃないッスか。記念に撮っておこうかなと」

「まさか皆にバラす気⁉やめ、やめてっ!君そんなに趣味悪かった⁉」

「さあさあ!誰にバラしてほしくないんですかねえ!呪術大臣?あの瑞穂?それとも先代麒麟?誰ッスか?それとも香炉星斗?」

「いやー!星斗さんには、星斗さんだけには見られたくない!恥ずかしいっ!」

「えー、つまんねえの。……なーんで、皆アイツなんすかねえ?いや、それを否定したら大西さんの眼を疑うことに……。畜生」


 最後の方は小声すぎて聞こえなかったが、テンションの上下が激しすぎて大峰は引いていた。ここまで西郷がサディストだと思わなかったのだ。

 写真を撮る気がなくなった西郷だったが、良いことを思いついたようだった。もう写真を撮るつもりはなかったようだが、今すぐ送るということもしないようだ。


「ま、イイッス。星斗くんに嫌われたくないんですもんねー。オレッチも協力しましょう。これはオレだけの秘密にしておくッスよ。んじゃあそれ外しますか」


 呪具も簡単に外していく西郷。数時間ぶりに解放された大峰は腕が痺れていたのか揉んで元の調子に戻していく。ある程度揉んでから、大峰は最大の疑問をぶつける。


「それで?どうして君がここにいるんだい?」

「うん?ああ、あれッスよ。二人の外出記録を見たから。五神二人が行くなんてよっぽどの案件かなって思ったんスけど、なんてこったない。ただの復讐劇だったんスねえ。あとは呪術省に居たら巻き込まれるんで、それを回避しに」

「知ってたんだ?朱雀とかまいたちの関係。……ん?呪術省で何かあったの?」

「今頃呪術犯罪者のAに襲われてるッスよ。以前学校を襲った時以上の戦力で」

「それを早く言わないかなあ!」


 大峰は怒りながら準備をする。携帯電話で今の時刻を確認するが、もうこの時間では公共交通機関は止まっている。つまり自力で奈良から京都まで帰らないといけない。


「えー、今から京都に向かったらどれだけ時間かかるだろ……」

「一時間ちょっとくらいッスかね?いやー、行ってから呪術省潰れていないといいけど」

「不安を煽るなあ!でもそんな戦力を集められたら、たしかに不味いけど……。っていうか!君までここに居たら呪術省に戦力いないじゃない!朱雀も死んだっていうのに」

「青竜さんしかまともな戦力いないしー。玄武は今日お休みだからマズイっすねー」

「いや、助かったけど!君が来なければ戦力安定してたんじゃない⁉」

「いやー、人間側で考えたらこっちの方が良かったと思うんスけどねえ。翔子ちゃんがここにいたら呪術省なくなるんじゃ?だって先代はもうあっちに向かってるし、瑞穂さんもいるからヤバいんじゃないんスか?」


 麒麟級が確実に三人。とはいえ、その麒麟級は全員大峰よりも実力者だ。だから実のところ、大峰が向かったとしてもぶっちゃけ結果は変わらないだろう。むしろいまは、西郷という妖側の戦力が減っているのでそれこそが戦力減少の一助になっている。

 二人は簡易式神に乗って京都に向かう。彼らが京都に着くのはちょっと決着がついてから。


────


 呪術省の前。そこではやはり死闘が繰り返されていた。ただ勢力的には鬼の軍団の方が勝っている。すでに防衛網は崩れかかっていた。だが。


「フンッ!」


 青竜一派が現れたことで形勢は五分に戻った。肉体強化が主流な青竜一派のおかげで近接戦ができるということで、防衛網を構成でき始めていた。鬼たちの進行を食い止め、前衛部隊と後衛部隊が編成できていたために、鬼たちも無茶な突撃ができなくなっていた。

 それを見ても他の戦力を動かそうとしないA。後ろにいる妖たちは動きたそうにしているが、それを許可するAではなかった。


「いでよ、青竜!」

『グオオオオオオオオ!』


 人間の青竜が、五神の青竜を呼び出す。それに真っ先に反応したのは外道丸だ。

 背中にあった大剣を抜き、以前のように頭から叩き切ろうとしたが、青竜も学習していたのか、軽くひらりと避けていた。

 もう一度斬りかかろうとしたが、青竜が火を吐き出したために防御態勢に移る。近くに茉莉もいたために、そうせざるを得なかった。外道丸としても副官として認めた者を見捨てる気はない。

 青竜の火は他の式神と比べれば脅威だが、本体が扱う火に比べれば生温い。外道丸の皮膚は全く傷付いていなかった。


「酒吞童子様!」

『茉莉、後ろだ!』


 その声で咄嗟に反応し、腕を交差させて筋肉質の男が繰り出した正拳突きを防ぐ。人間の青竜も一派の代表だけあってこういう接近戦が得意だ。それこそ大鬼程度であれば倒せてしまうほどに。

 茉莉は腕が痺れたが、それでも距離を取ろうと回し蹴りをする。それが空振りに終わった途端、バク転をしながら青竜から離脱していた。


「お主、悪霊憑きか?正気に戻れ!その悪鬼に利用されているだけだぞ!」

「あんな紛い物と一緒にするな!私は由緒正しき鬼の血が流れている。酒吞童子様に忠誠を誓ったのは、私たちの意思だ!」


 茉莉は自分たちを否定されたのが悔しいのか、青竜へ殴りかかる。いくら鬼として覚醒していても、相手は五神。肉体強化を施せば大鬼にも勝る一角の戦士だ。茉莉は力を手にしたとは言え、まだ十代の子ども。それにこれが初めての実戦だ。

 最初は勢いで押していたが、動きを読まれて防戦一方から反撃に転じる。その拳を鬼としての矜持から防いだが、一撃一撃が重い。拳の応酬では互角と言って良いほど激しさを増していった。

 そんな中、式神の青竜が外道丸に斬り落とされる。今回は前のように送る霊気を出し渋ったりしていなかった。Aにとっても遊びではない。今日の外道丸の能力は完全だ。伊吹に与える分も外道丸に回しているので、霊気の余裕はあった。


『オラ、式神さっさと再召喚しろよ。そこら辺の奴ら皆殺しにするか?』

「言われなくても!青竜!」


 再び契約札を起点に式神を呼び出す青竜。霊気の損耗は激しいが、外道丸と戦える式神は呪術省側に青竜しかいなかった。召喚をした後は、また茉莉と殴り合う。

 状況が安定し始めたのか、戦場に式神が増え始める。動物の式神や、天狗など様々な式神が出撃して鬼の集団の足止めを始めた。数で言えば、人間側が勝ち始めて一匹の鬼に対して複数で出向くことで被害を減らしていた。


 茉莉も指示を出しながら防衛網を破壊しようとする。式神を倒す者と、人間を直接狙う者。鬼たちも奮戦するが、呪術省の中にいた陰陽師たちが出揃ったのか、鬼の突破力は落ちていた。それを見て、Aが指示を出す。

 最初は鬼の集団に任せていたが、別に戦力を絞る理由はない。一番槍を任せただけで、これは闘争だ。逐次戦力投入など、平然とする。


「妖部隊、出撃。がしゃどくろはダメだぞ。数でも質でも蹂躙しよう。外縁部隊はそのまま周囲の警戒。来た陰陽師は殺していい」


 がしゃどくろや、周りの警戒をしている妖以外が待ってましたとばかりに雪崩れ込んでくる。負傷した鬼たちは一時撤退して、大小さまざまな妖たちが戦場を支配する。

 彼ら鬼の混血と言えども、戦力としては中鬼から大鬼程度の実力者だ。現代陰陽師からしたら充分驚異的な身体能力だが、個としての戦力ではそれなり程度。だから集団で攻めて、あとは外道丸と茉莉のカリスマに惹かれて奮闘していたにすぎない。


 三度、勢力図が変わる。どうにか拮抗に持っていった人間側だったが、強すぎる妖たちには一方的に蹂躙されていった。

 そんな中で伊吹山の龍が、青竜に組みかかる。龍と竜が戦う場面など、この長い歴史でも日本では初だろう。ぶつかり合っただけで衝撃波が起こり、警戒していなかった者たちが吹っ飛ぶ。

 それだけ質量も力も、桁違いの二体だった。赤黒い龍と青い竜が戦う様を見て、近くにいて手持ち無沙汰になった外道丸がため息をつく。


『おい、親父。オレの相手奪うなよ』

『いいではないか。我とて暴れるのは久方振りだ。こんな祭典、此度を逃せば次はいつだ?』

『そりゃあ、親父は図体デケェから今回くらいじゃないと暴れられないだろうがよ』


 人間の青竜と戦おうかと思った外道丸だが、すでに青竜は他の妖と戦ったり弟子に指示をしたりしている。こっちに集中してくれない敵と戦ったってつまらない。

 そう考えた外道丸は一度後ろに下がって自分の配下たちの状況を確認する。夜明けまでとは言え、これは戦争だ。配下の損傷具合を考えないと次の行動に支障が出るからだ。

 下がっていた茉莉を見つける。包帯などで出血の手当てをしているようだ。


『茉莉、状況は?』

「戦線復帰できない重傷者2、軽傷者13です。妖の方々が出陣してくださったので、全軍下がっています」

『よし。なら身体を休めておけ。奴らはまだ戦力を隠してるからな』

「陰陽師は相当数出てきましたが、まだあちらには戦力があると……?」

『ああ。だからまだ狸どもを戦線に出してないんだからな』


 妖はほとんどが出撃していたが、百匹近い狸たちはAと伊吹の脇で控えたままだ。自分たちの出番は今ではないと、自分たちを律しているように見える。

 伝令や伊吹、外道丸の後始末など小間使いのように働かされている狸たち。茉莉は狸たちが妖だというのは理解できていたが、どれほどの実力があるのかは測れていなかった。そんなに強いとは思えなかったのだ。

 それでも外道丸に必要とされている以上、狸たちの実力がどうであれこの後に備える茉莉たち。


 人間側の誤算としては五神が一人しかいないことだろう。九段も出張ってきたが、それほど強い式神を持っているわけでもない。やはりそれだけ五神は戦力として尖っていた。

 マユと星斗が神様に拉致られていると知らず憤る呪術省。帰って来ない大峰と朱雀。なぜか二人を追うように消えていった白虎。

 呪術省のトップ層がこれほどまでに欠けていれば、怒りたくなる気持ちもわかる。そんな中、ようやく五神の一人から携帯電話を通じて連絡が来た。


「朱雀がかまいたちに殺された!かまいたちは殺したけど、先代麒麟に邪魔されたわ!白虎さんとも合流したけど、あと一時間はかかりそう!」


 その知らせであと一時間はこの地獄が続くと知る。そして最強の一角たる朱雀が死に、先代麒麟ももしかしたら邪魔をしてくるかもしれないと。

 消息不明だった先代麒麟が生きていたというのも中々衝撃的だったが、その実力からしても脅威だ。なにせ最強の麒麟に就いていた人物。そして今の麒麟よりも強いと、誰もが認めていた頂点。


 先代麒麟がこちらに反旗を翻す理由は、心当たりがある者はある。それこそ三年前と一緒の理由かもしれないし、もう一つの理由の方かもしれない。

 なんにせよ、呪術省としても更なる警戒をして、ある物を使うことの申請を出していた。それさえ出せばきっと戦況は覆ると。そう確信していたが、物が物のため許可が出ないと出すことはできない。まさしく日本の秘密兵器であるために。


 日本が秘密兵器として運用する前に、日本がなくなっては元も子もない。呪術省が潰れるのも同義だ。だから科学者たちはその秘密兵器をいつでも出せるように準備を始めていた。

 その頃、姫たちと別口で呪術省に侵入した先代麒麟は、上を目指さずに下を目指していた。


「おっと。こちらにも人が来ましたか。ということは、目的地は間違っていなさそうです。三年前の記憶なのでちょっと自信はありませんが……」


 隠形を用いて下っていく。彼はたった一人だったが、一人で充分だった。なにせ彼は、今や朱雀を式神にしている。呪術省最大戦力のマユであっても、彼は止められない。

 彼を止められるのは、金蘭かAだけだ。

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