第114話 1ー2


「ゲンちゃん、マズイです!」

『今回は、見逃さない?マユ、休暇、だし』

「たくさんの人たちが傷付きます!見て見ぬふりはできません!」


 まだ眠っていなかったマユは、嫌がる玄武を抱きかかえて一人暮らしのマンションから飛び出す。呪術省から何も連絡は貰っていないが、今行かなくて何のための五神なのか。

 簡易式神を呼び出して、鳥の背に乗って飛ぶ。すぐにがしゃどくろの姿が確認できて、呪術省の前で火が舞っているのも見て取れた。すでに戦いは始まっていた。

 このまま一気に行こうとしたが、ポケットに入れていた携帯が振動する。呪術省からの連絡かもしれなかったのでそれに出てから向かおうと携帯を出したら、画面に出てきた相手の名前から予想と違っても、一番頼りになる相手だったので頼りたくなってしまった。


「センパイ!今どちらに居ます⁉」

「今家出ようとしてる。マユは?」

「わたしも家を出てすぐです。家の近くの上空に居ます」

「待ってろ、俺も行く。一人で突っ走るんじゃないぞ、いいな?」

「はい!」


 通話を切ってすぐ、星斗も簡易式神に乗ってやってきた。その間に呪術省から連絡はなく、戦場を心配して眺めていた。


「マユ、状況は?」

「遠目でしか見ていませんが、かなり悪いです。鬼の集団に手も足も出ていません」

「鬼の集団?……あの人、大分本気だな。百鬼夜行を超える大災厄じゃねえか。それにあれがマユの言ってた酒吞童子……」


 星斗も目を凝らして戦場を見る。ただあの最前線に行けばいいという問題でもない。だが上空や横から奇襲したとして、風穴は開けられるだろうが、そこでそれ以上がきっとできない。玄武も星斗の郭も強力な式神ではあるが、外道丸には敵わないからだ。


「センパイはあの天海内裏についてどこまで知っていますか?」

「……まあ、御当主ならこの状況も未来視で詠んでるだろ。あの人は遥か昔から生きている呪術犯罪者で、なんというか……。我が家のゴン様のご親友、だ」

「ゴン様って、明君の式神の……?」

『世間は狭いねえ』

「ゲンちゃんもあの人のこと知っているのでしょう?教えてください」


 茶々を入れてしまったために二人から目線を向けられる玄武。別に隠しているわけでもないからいいかと、この状況になってしまえばどうとでもなるかと玄武は責任を投げ出した。


『彼、最強の陰陽師、だよ。先代麒麟でも、あの瑞穂でも、敵わない。現状勝てるのは最高峰の式神、だけ。彼は──』

「それはまだ早い。そうであろう?玄武」

「えっ?」


 突如として聞こえてきた女性の声。まさか話を聞かれていたと思わなかったマユと星斗は辺りを警戒する。味方かどうかわからないからだ。

 呪符まで出して警戒していたが、どこからか攻撃が来たりはしない。辺りが何も変化しないのだ。


「どなた様なんだか。広域干渉術式?それをわざわざ俺たちに指定して?」

「ふうむ。まあ良しとしんしょう。玄武の口は塞げた。お二方、ご招待」

『おいでませ~、おいでませ~』

『ここはいいとこ、むしろ神の御座~』

「え、コトちゃんとミチちゃん⁉」


 知っている子どもたちの声だったためにマユは思わず確認を取ってしまう。その間にマユと星斗は簡易式神ごと白い光に包まれていた。その光景を見て微笑む玄武。


『ナイス』

「っ⁉マユ!」

「センパイっ!」


 お互い手を伸ばしたが、光に包まれて手は届かず。その光は二人と式神を包んだまま、とある御山に連行されていった。


────


「んっ……?」


 マユが目を開けると、そこはまるで別世界。先程まで夜だったのだから暗闇が支配しているかと思ったがそこは明るかった。全体的に景色が白く、マユの眼にはキラキラと輝く光の粒子が舞っていた。そんな幻想的な風景を、マユは目にしたことがない。


「綺麗……。じゃなくて、センパイは⁉」


 腕の中にいた玄武もおらず、簡易式神も消えていた。だからもしかしたら星斗も、と嫌な予感がしたのだが、すぐ横に仰向けで倒れていた。


「うん……?うわ、明るいな。なんだ、ここ」

『神の御座だよ。久しぶりに、帰ってきた』

「あんさん招待するのは初めてやない?」


 声がした方を見ると、白い大きなお狐様が。その美しさにマユは言葉を飲み、星斗は血筋の発作が起きていたが我慢した。足元には狐耳と尻尾を生やした白髪の少女たちに遊ばれている玄武が。


「宇迦様……?」

「久しぶりなのによう覚えてたね。ああ、あの子たちから話は聞いてたんやっけ?」

「宇迦様……?神の御座⁉え、何でそんな場所に俺たちいるんだよ!」


 マユが宇迦様のことを思い出している内に星斗は混乱してしまった。神の御座に人間が入り込めないと知っていて、別次元にある超常の場所だということしか知らなかった。神の御座を知っている時点で陰陽師としては破格だが、それは難波の分家。そういった記述の書は多数残っている。


「妾が呼び出したからのう。Aからのお願いで、もし玄武が来そうだったら隔離してほしいと。今回マユは蚊帳の外であろう?」

『それは、僕も楽ができて、いいね』

「あの人がわたしを……?」


 マユとしてはそこまで接点がない、A。あるとしたら四月の事件で、外道丸の主ということくらいのはず。五神としても接点はない。一度も正面から会ったことなどなかった。


「マユは正しい五神。青竜はダメ、白虎もパチモノ、朱雀は死んだ。今の麒麟も先代に敵わぬ始末。呪術省の後始末に関係ない者はこうして避けておけということでしょう」

「……朱雀が死んだ⁉マユは、知ってたか?」

「はい……。六時間ほど前から京都の方陣が歪み始めていたので、きっと朱雀さんだろうと……」

「京都の、方陣?」

『星斗は知らなかった?五神が維持、してるんだよ。担い手がいなくなれば、歪みもする。今の麒麟がすぐに選ばれたのは、そういう理由。五神が全員いなくなった時なんて、数えるほど、だよ』


 マユは外道丸の襲撃でそのことを知り、玄武から詳しく話を聞いていた。本体と影の関係性。今までの契約者のこと。そして人柱たる五神という存在について。

 それを玄武も含めて星斗に説明していく。星斗は宇迦様の前ということもあって正座をしながら、聞いた話を反芻しているようだった。


「……とんだ外れクジだな。しかも制御には、ある程度陰陽師としての才能がないといけない」

「マユはそういう意味で、珍しい五神と言えよう。五神で本体が出てくるのは、いつも麒麟だったもの」

『キーくんは心配性だからね』

『ゲンちゃんは意地っ張りさんだね?』

『キーくんが、おかしいの。僕は他の皆に、比べれば普通』


 玄武が千年振りに式神になったが、青竜は一度も出て来ずに引きこもり。白虎は嫌々ながらこっちに来ていて、朱雀は今回麒麟の代わりに参戦。麒麟はかなりの頻度で本体が出てきているが、玄武の言う通り麒麟の頻度がおかしいだけ。

 玄武はコトとミチに撫でられながらも、平然と話している。玄武としてはそのことを咎めることはしない。相手も神の眷属。不敬ではないからだ。


「話が逸れています。マユが特別なのはわかりましたけど、それと今回隔離することとどういう意味が?何であの人は破壊者なのに、マユのことを守ろうとするんです?」

「そこの認識の違いやろねえ。Aは破壊者ではなく、調停者。呪術省の破壊にこの娘は不必要というか、傷付けたら困るからのう」

「わたしがゲンちゃんと正式に契約しているからですか?」

「そう。あなたはこれからの日本を背負う人。そうAが定めたのよ」

「わたしが……」

「小さい頃からコトとミチの姿を認識していて、玄武も認める調停者。ここで待ちなんし。人間の限界を、ここで見守ろうやないの」


 そう言って伏せてしまう宇迦様。マユも星斗もここから出る方法を知らない。だから上空に映される呪術省の様子を見守るしかできなかった。


────


 呪術省の中はもちろん大混乱だった。とにかく戦える者は任務の通達も班編成も待たず出撃し、外で戦い始めた。抗う力があるのだ。そこまで脅威が迫っていたら突撃するのも仕方がない。彼らにだって守りたい者はいる。

 で、一番混乱しているのは十階にある五神の控室。そこに今日唯一待機している青竜が椅子に座っていたが、いまだに待機を命じられていたために苛ついていた。敵が目の前にいるのに出撃できないのだ。それはイライラが溜まるのも仕方がないだろう。


 待機が命じられている理由は簡単で、ここに本来いるはずの白虎がいないからだ。いるメンバーで最高の戦力を投入することで戦況を打開しようとしたが、その白虎が見当たらないのだ。

 辛抱が効かなかった青竜は、机を思いっ切り叩く。


「遅い!もう出撃して良いな⁉」

「お待ちください、青竜様!おそらく白虎様はトイレに行っているだけで……」

「ダメだ!書置きが置いてあった!奈良に行ってくるって!」


 ドアが唐突に開いて、職員の一人がそう告げる。それを聞いて頭を抱える職員たち。こんな時に頼れる存在がこうも居ないと不安になるのも仕方がないだろう。それだけ呪術省の戦力として五神は規格外だ。

 こういう自由行動を許さないための行動制限だったはずなのに、白虎は平然と破っていた。白虎が呪術省に拘る理由はない。なにせ、妖で人間ではないのだから人間を守るために身を粉にして働く理由がない。


「奈良⁉奈良に何があるんだ!朱雀も白虎も、麒麟も!」

「なに?三人も向かっているのか?」


 職員の言葉に疑問符を浮かべる青竜。奈良に特別な何かがあるのかと勘繰るが、特に思いつかなかった。三年前の英雄譚は知っていたが、それが三人の五神が向かう理由になるとは結びつかなかった。

 いない人間を考えていても仕方がない。青竜は立ち上がって出撃準備をしていた。


「弟子たちと出る!休暇だが、玄武は?」

「それが電話も繋がらず……。電波が届かない場所にいるようです……」

「どいつもこいつもなっておらん!我がやるしかないな!」


 マユに電話が繋がらないのは当たり前。すでに星斗と一緒に神の御座に隔離されている。神の御座に電波など届くはずがない。もう少し早く連絡を入れていれば繋がったかもしれないが、これはマユよりも白虎を優先した呪術省のミスだ。

 そうして結局、青竜は自分の弟子たちと出撃する。それしかあの暴動を止められる手段はなかったからだ。

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