第113話 1ー1

 雨、嵐、暴風雨。そう言ってもいい天気が辺りを支配する。何か術式を使っているわけでもなく、狙ったかのようにそういう天気だっただけ。いや、Aさんが何かやったのかもしれないけど。

 さて。俺とミクがどこにいるのか。言わなくてもいいだろう。Aさんたちと一緒にいる。周りにはAさん一派と大量の狸たち。百匹近くいる。


 その後ろには様々な妖と魑魅魍魎が。朱雀が殺されて京都の方陣が崩れたから外から皆入りたい放題。百鬼夜行を遥かに超える災害が出来上がっていた。皆さんうっぷんが溜まっているのか、殺意マシマシだ。

 俺たちがここに居るのはAさんに呼び出されたから。呪術省を潰すから来てくれと。そう手紙に書かれていたので祐介に伝言を頼んで学校から離脱して姫さんと合流。そのまま流されてここにいるわけだ。


 呪術省を襲うって約束したし、歴代麒麟の書物が欲しいというのも本当だから良いんだけど。周りに人間がほぼいない。Aさんの勧誘はほぼ失敗したってことだな。これだけの妖たちを集められてる時点で充分だろうけど。

 うん。これだけ戦力あれば呪術省潰せるだろ。マユさんとか星斗とか来ないでほしいなあ。戦いたくない。昨日が非番だったから家にいるんだろうけど。まだ日付が変わった直後だし、こっちに出勤はしないはず。

 今の時間は真夜中0時。陰陽師のシフト的に休みになれば出勤は翌日のお昼からのはずなので、あの二人はいないはずだ。


『よお、明と狐憑きの少女。神楽映像で見させてもらったぜ。さすがは次期当主とその婚約者』

「ありがとうございます、外道丸。あと、彼女の名前は那須珠希です」

『ん?おう。覚えておくよ』


 外道丸はミクの名前知らなかったか。どうせ神楽は姫さんがカメラで撮ってたんだろう。それにやっぱり婚約者云々は知ってたか。Aさんが話したんだろうけど。

 それと、外道丸と話していたら数少ない人間の、年下で女ものの着物を着た子に睨まれてしまった。はて。何か嫌われることをしてしまっただろうか。これから決戦だというのに緩く話していたから、集中しろってことだろうか。


『しっかし、その格好似合ってるな。ククク。お揃いの恰好しやがって』

「しょうがあらへんやん?明くんたちの素顔がバレるわけにもいかんのやし」


 外道丸が笑い、姫さんが取り成す。京都校に通ってる学生が呪術省襲撃したってバレたら不味いからな。俺たちは今黒いフード付きの外套に身を包んで、顔には狐のお面をつけている。これを用意したのは姫さんらしい。合流してすぐ渡された。

 怪しい格好の奴は多いから大丈夫だろ。むしろ異形が多い。この中から人間を見つけるのは一苦労のはず。


『A。全員の配置終わったみたいだぞ。いつでも攻められる』

「先代麒麟は?」

『病院にもう行ったからすぐ着くと。あのかまいたち、両腕を火傷したが命に別状はないらしい』

「それは僥倖。恩が売れる」


 生きていたのか。それは良かった。過去視で視てしまったからこそ、感情移入してしまっていたから無事だと聞いて安心する。文化祭で妹さんを見たことも関係しているだろう。あんな普通の少女の、兄が死ぬ理由はないんだから。

 それともう一つ気になったことが。いることは知っていたし、大天狗様を説得した要因の人がこっちに向かっているなんて。


「先代麒麟は味方だったんですか?」

「明たちには言ってなかったか。ああ、そうだ。あの反抗術式は彼が現役の時に施したものでな。五芒星を用いた最高術式でありその術式に麒麟まで含まれている。本人でも私でも解除ができなかった。だから大天狗様をぶつけるしかなかったわけだ」

「わたしと境遇は同じやからねえ。いなくなった時から動向は調べてたんよ。で、今回のことには協力してくれるって」


 それは本当に、呪術省で敵う戦力はいないんじゃないだろうか。呪術省の最高戦力がマユさんだって確定したわけだし。呪術大臣もそこそこの実力者だろうけど、五神もいないし本体が出てきてない時点で差が圧倒的だ。

 あとは白虎も本体の式神を呼び出してたんだっけ。なら警戒するのはその二人だ。それ以外は八段・九段以外この軍勢の相手にならないだろう。

 妖としては最上位の鬼や大蛇、龍などいる。がしゃどくろも来ていた。こんな妖オールスターにどうやったら人間が勝てるんだか。というか、がしゃどくろがいる時点でもう駄目じゃなかろうか。この前五神勢ぞろいで撃退だったんだし。


『この世のかけわたし。お疲れ様、まざりものときつねつきの、ニンゲン』

「これはどうも。ご丁寧に」


 がしゃどくろが身体を窮屈そうに折り曲げてこちらに挨拶してくる。うん、礼儀正しい妖だ。手を差し出してきたが、合わせろということだろうか。ゴンに確認してみると頷かれたので、俺もミクもがしゃどくろと手を合わせる。大きさが違いすぎて合わせるというよりも触れただけのような気もするけど。


『ああ、うん。きて、良かった。もう暴れていい?』

「待て待てがしゃどくろ。君が暴れたら初手で終わる。この前暴れただろう?次の機会は他の者たちに譲ってくれたまえ」

『……しょうがない。我慢する』


 そう言って一番後ろに戻っていく。何だったのだろうか。それからも何体かの妖と握手をしていった。いやこれ何の儀式?仲間意識の表れだろうか。


「明君と珠希君。そろそろ姫と共に向かってくれ。呪術省もそろそろ気付く頃だ。君たちは中に入り込まないと意味がないからな」

「わかりました。じゃあ行きますね」

「我侭聞いてくださって、ありがとうございます。Aさん」

「なに。昨日の料理のお礼だ。……美味しかったぞ、珠希君」

「ならこれが終わったらまた作りますね?」

「それは楽しみが増えた。姫、よろしく頼む」

「ほな。行きましょうか」


 俺たち三人だけで潜入する。呪術省の見取り図や隠し通路、警備状況など姫さんが入念に調べていたおかげで攻め込むのは簡単だった。天才のこの人たちが妥協なく計画を立てていたらこうも簡単に物事が進むのか。

 本来ならここは最重要施設として難攻不落、潜入も不可能なくらいのセキュリティのはずなのに。姫さんの術式があればそんなものは関係ないと言わんばかりにするすると中に入れた。


 俺たちが目指す場所は西棟、別名清浄の塔。その十八階にある秘密の保管庫、麒麟の間だ。そこに入るために物理的な鍵が必要で、それは同じ清浄の塔の二十五階、そこの隠し金庫に入っているらしい。だからまずは二十五階を目指す。

 入ってすぐに壁際などから中の様子を確認したが、もう大慌てだ。眼前まであの集団が来ていたのに、事前に察知できなかったのだから。観測班なんて今頃どやされているだろう。そこが実力を判断して陰陽師を派遣するんだから。

 あの集団がいきなり現れたら驚くのもわかる。学校で同じことされたし。でもあの時は大半魑魅魍魎だったから質が違いすぎるか。それと一番驚きを与えているのはがしゃどくろだろう。がしゃどくろが引き起こした災害からまだ一か月しか経ってない。記憶に鮮明に残っていることだろう。


「いや~、A様のドッキリはだいぶ効いたみたいやね。あちこち大混乱。愉快愉快」

「驚かれるのは当然ですよ……。あれだけの妖が集まってるなんて情報、どこにもなかったんですから。わたしも感知できませんでしたし」

「それはそうやろね。だってあの子たちほとんどあたしの龍脈を通して連れて来たんやから。ああ、先代麒麟にも手伝ってもらったんやけど。龍脈二つ使われたら、把握してない呪術省からしたらどうしようもないやろ。死人と見放した存在に最重要スポット占拠されてるんよ?それ使って転移したんだから当たり前。珠希ちゃんが才能ないわけやないよ」


 龍脈の所持。京都には二つあるのは知ってたけど、それの所有者が姫さんと先代麒麟だったなんて。それを使って方々から転移させてきて、連れてきてからはAさんが隠蔽術式使ってたんだからバレるわけがない。

 ゴンは知ってただろうに。大事な話は本当に話してくれないな、ウチのお狐様は。


「さあて。ほな、行こうか。あっちが注目浴びてくれるし、戦力はほとんどあっちに行くんやから。でも戦力が過剰すぎて、逃げ出す準備もしそうだから、早めに行動しよか」

「集めたのはAさんですよね……?」

「がしゃどくろとか伊吹山の龍とか呼んでへんのに来ちゃったんやもん。それだけ人望あるんやねえ」

「Aさんが?」

「ハハハ。人望やのうて、妖やからなんて言うんやろね?それにA様に人望はあらへんよ?あの人、人間のスカウトは悉く失敗してるんやから」


 それは立場も悪いというか。呪術犯罪者だからなあ。あの人について行ったら普通の生活なんてできないだろうし。保護されたい呪術犯罪者だったらその程度かってAさんの方から切り捨てそう。つまり人間が増える余地はなかったってことだ。


「エレベーターは使えんなあ。じゃあエスカレーターに乗っていこうか。でもたぶんバレへんで?残ってる五神は青竜だけ。あとは有象無象やもん」

「あれ?大峰さんと白虎は?」

「翔子ちゃんは先代がふんじばって奈良に捨ててきたってゆうてた。白虎はウチらの味方やし、あとは呪術省の外からどれだけ援軍が来るかやねえ」


 なんともまあ。絶望的じゃないか。これならAさんを心配することもなさそうだ。あの面子がいて心配する方がおかしいだろうけど。たぶんあの狸たちもかなりの実力者だし、外道丸の傍にいた人間たちはたぶん混血。外道丸と似た雰囲気があったから。

 平然とエスカレーターで昇っていく俺たち。代わりに下りは降りていく陰陽師や職員たちで大混雑だ。こっち側はスカスカなのにな。


 呪術省が機能不全になってもどうでもいいし。俺はただミクの狐憑きのメカニズムが知りたいだけ。九尾にさせないために、ミクがミクとして居られるために。

 この塔の中はデパートのようにエスカレーターが続けて設置されていないから、昇る度に探さなくてはいけないのが面倒だった。一つ一つのフロアも広いし、人がごった返しているせいで進むのも一苦労だ。姿が見えていないから怪しまれることはないんだろうけど。

 外では、Aさんによる宣戦布告が始まっていた。



────



「姫たちは中に入ったか。それに有象無象がワラワラと湧いて来たな」


 Aは千里眼で色々と状況を判断しながらそう呟く。向こうも臨戦態勢が整ったからこそ、Aは京都中に広域干渉術式を行使する。Aとて範囲を広げるのは一つの府が限度だ。明のように日本全国から狐を呼び出すなんて無茶はできない。それに必要なのは精々が京都くらいだ。東京が日本の都としても、呪術省なんて建物がある時点で陰陽師としてどちらを優先するかわかりきっている。

 それに日本人の感性からしても、陰陽術に関わることであれば本場は京都だ。連日何かしら起きる時は京都なのだから。

 だからひとまずは京都だ。どうせ通信技術は発達した。すぐに東京にも、日本全国にも伝わる。だから恐怖を与えるのはまず京都で良い。

 ステッキで地面を二度、叩く。それが術式の起こりだった。


「やあやあお久しぶり。京都に住む民衆よ。ちょうど六か月ぶり、くらいだろうか。建巳月の騒乱を引き起こした、天海内裏だ。あの時のように術式を京都に拡大させて話している。寝ていた者が居たら叩き起こしてすまないな。だがどうか起きてほしい」


 そんな軽口を叩いている様子に式神である伊吹と外道丸は呆れる。今回の騒動を引き越した時点で、そう易々と眠っていられるのはバカだけだ。四月の襲撃でも多大な被害が出たというのに、同じ人物が現れて二度寝しようとするのは肝が据わっているというレベルではない。


「なんてことのない。ちょっとした宣言のつもりだ。前も言ったかな?呪術省を潰そう。その準備ができたから攻め込む用意をしている。我々は今、呪術省の前に陣取っているぞ」


 その発言を聞いて家から呪術省の方角を確認する者が多数。窓から乗り出すと、双眼鏡を使わずとも確認できる大きな骸骨の姿が見て取れただけで人々は恐怖した。がしゃどくろが呪術省の前にいるだけで本当の事だろうと察したからだ。

 むしろ虚偽だとしても、がしゃどくろが居ただけで被害は甚大になるとわかっている。だから一般市民たちは避難道具を纏めて京都から脱出しようとした。もうこんな場所にはいられないと。たとえ発展している街だとしても、命より大事な物はないと。

 今回Aは京都の様子を直に確認することはしなかった。以前のように狸を介して京都の様子を確認しても良かったが、その狸たちは今Aたちの傍にいる。連絡係がいないので確認しようがなかった。そんなことで千里眼を使うつもりもない。


「逃げたい者は逃げろ。地の果てまでも追いかける程我々も暇ではない。今やることは呪術省を破壊することだけだ。呪術省の関連者は一人たりとも逃がすつもりはないから、そのつもりでな。内側にいれば、その塔の脆さも充分に分かっていただろうに。執行猶予モラトリアムは与えたぞ?それでも居続けた自分を恨むように」

『もう向こうはやる気だぞ?まだ始めちゃダメか?』

「まあ待て。こういうのは建前が大事だ。呪術省の諸君。我々は呪術犯罪者だ。使役しているのも、後ろにいる者も、人間を殺したことのある存在ばかりの悪逆非道と言えよう。だからこそ言うぞ。正義を掲げるというのなら、夜明けまでに我々を撃退してみせろ。陽が昇って、それでもこの塔を堕とせなければ我々は撤退する。なーに、四月の頃と同じだ。規模と場所が違うだけでな」


 前の時はあそび遊戯だと言っていたが、今回はそんな悪戯心で臨んでいるわけがない。Aは以前から呪術省を毛嫌いしてきた。今回こそは本気で呪術省を潰すつもりだ。その場にいる戦力を見ればそんなこと一目瞭然だろうが。


「陰陽も司れなくなった偽りの塔よ。偽善で満たした虚栄の塔よ。真実を見抜けなくなった忘却の塔よ。今ここに貴様らを破却する。たった数時間の攻防だ。これも防げなければ日本の守護者など名乗れまい。──では始めようか。悪逆者による聖戦を」


 Aがステッキを持っていない左手を前に向ける。それが合図になって、先頭を陣取っていた鬼の混血軍団、盃茉莉の部隊が突撃する。もちろん先頭にいるのは外道丸だった。仕方がなく、伊吹はAの横にいることにした。式神三体の内、全員がAの傍を離れるわけにはいかない。Aのことだから一人にしても問題はないのだが、仮にも総大将だ。それを一人で立たせるわけにはいかなかった。


『行くぞ、テメエら!』

「はっ!」


 すでに混血軍団は鬼としての姿を表面化させていた。各々武器を持って陰陽師たちに突撃し、攻撃術式を弾いたり避けたりしてとにかく突っ込む。陰陽師たちも必死に抵抗しているが、そんな抵抗などものともせずに化け物じみた身体能力でひた進む。

 まさに自分たちの力が通じないという恐怖を、陰陽師たちはつい最近経験したばかりだ。かまいたちには為す術もなく殺された。四月の動乱も五月の粛清も九月の襲撃も、陰陽師たちはほぼ何もできなかった。蹂躙されていただけだ。


 それを思い出しても、彼らは抵抗する。彼らはプロの陰陽師だ。プロとしての自負も責任もある。家族のために戦うという者もいるだろう。理由は様々だが、この異形たちが日本を支配したらどういう国になるのか目に見えている。

 恐怖の国だ。圧政の国だ。支配の国だ。人権など全くない、治外法権の領土となる。人間の価値など薄れていくに決まっている。力こそが全てという、国としての機能をなくした魔の世界になる。


 そんなものは到底受け入れられなかった。人間は法に守られているという認識がある。法治国家だからこそ今の生活ができているという教育がされている。

 それに相手はAの言葉の通りなら人類の敵だ。ならば敵対することに躊躇はなかった。ここで命散らしても、その命で守れる人がいるならばと。全力で抗った。

 だが、想いだけではどうしようもできない。力というものは確実に結果を残してしまう。


 鬼というのはそれだけで強力な種だ。強靭な肉体と皮膚、人間を圧倒する膂力。人間とさして変わらない背丈、人間と変わらない器用さ。人間を超える頭脳、人間を超える非道さ。

 人間がいかに陰陽術という異能を手にしても、その異能が通じない屈強な肉体にはどうしようもない。それに陰陽師は接近戦など基本的にしない生き物だ。振りほどけないレンジ範囲にまで入り込まれたら、そこまでだった。


「た、助けっ!」

「グギャアァ⁉」

「ポペッ!」


 悲鳴とも呼べないような声が挙げられながら、鏖殺は始まった。若干数対応できている者もいるが、四段・五段程度のプロでは相手にもならない。

 これが実質初めての戦闘だというのに、茉莉たちはそれを感じさせないような攻撃を繰り返している。里の中で実戦演習などはしていても、きちんと戦いの場に出るのは初めてのことだった。


 彼らは主に良い所を見せたいと躍起になっていること、本能が刺激されてかなり好戦的になっていることなども要因に挙げられるだろうが、何よりも正統後継者たる茉莉が一番、張り切っているのだ。それに続かなくてどうして大人と呼べようか。

 そんな茉莉は、額から一つの角を天に向かって伸ばし、外道丸の横で両手を真紅に染めながら満面の笑みを浮かべていた。


「まだまだ!敵は目の前にいくらでもいます!雪崩れ込みなさい!戦線を一気に食い破ります!」

「オオッ!」

『いいねえ。そういうのは実に良いぞ、茉莉。A!このまま終わらせてもいいんだよな?』

「好きにしろ」

『伊吹悪ぃな!いくぞ野郎ども!』


 外道丸の発破を受けて、さらに突撃する鬼の集団。伊吹はいいなあと思いながらもその場を離れず、そこかしこに防衛網の穴ができていた。


「強者がいない。五神も九段も出て来ず、か。つまらないなあ、君たち。王手をかけられている状況だと、何故認めない。こんなものはただ、降伏を待っているだけの余興に過ぎないぞ?」


 Aは未来視を使って一つの未来を描いている。それを達成するのは問題なさそうだが、ならむしろ何故夜明けまでかかってしまったのか。それを確認しようとは思わない。全てを見る必要はない。


『ん?先代麒麟が来たのら』

「こちら側の役者は揃ったな。誰か一匹、先代を誘導してやれ」

『アイアイサー、なのら』


 狸を伝令に出して先代麒麟を迎え入れる。だが先代麒麟は戦力に組み込むことはできない。彼は彼の役割があるからだ。姫のように。

 今の現状を将棋に例えるのなら、もう限りなく詰んでいる状態だ。飛車と角はまだ駒置き場にも顕われず、囲いを作っている駒は歩ばかり。きちんとした囲いも作れず、そこに香車と龍が突っ込んでいる状態だ。


 そもそもとして。Aたちの戦力と呪術省側の戦力が釣り合っていない。A側には龍も馬も複数いるのに、金も充実しているのに、呪術省側は既定の枚数しか駒がいない状況だ。やっている競技がまるで違うというか、土俵が違いすぎる。

 玉としてAは最前線に立っているが、向こうの王は戦場に来ず。指し手も兼ねた二人だというのに、その眼からして異なっていた。


「外道丸の言葉ではないが。何もかも奪われて、それでいいのか?土御門晴道」


 被っていたシルクハットの鍔を目深に被り直す。Aがいなくても戦場は踊る。あとは細かい作戦の成功を祈るだけ。

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