6章 救国の聖女

第112話 プロローグ 鬼の里


 そこは奈良のとある山にある小さな里。ある一族が治める村であり、基本的に外部の人間を招待することのない閉鎖的な村だ。豊かではないが生活には困らない。そんな自然豊かな場所だ。

 もし第二の生を始めようと考えている人間が訪れたら、ある意味理想かもしれない。外との繋がりを求める人には酷な環境だが。


 そんな場所だが、もちろん訪れる者がいないわけではなく。来た者を追っ払うようなことはしない。ただ泊まらせるようなことは一切させないが。宿泊する施設がないとも言う。他の街からは離れているため、必然的に追い返してしまっている。

 この村は自給自足ができているため、外部と関わらなくても生きていける。このような村は日本には数多く存在しており、それらは大体妖や神を保護している小さな集落だという場合が多い。


 そんな村で唯一の集会所。そこに村人が全員集まっていた。一段高い所にいるのはこの村の正統後継者であり、青紫の着物を着た赤髪赤目の子どもだった。髪を肩口まで伸ばし、歳は十代前半といったところか。そんな子どもが、この場を取り仕切っていた。

 年端のいかぬ子どもが取り仕切っていることを村人は誰も異を唱えず。そのことがさも当然であるかのように座っている。

 その子どもが、口を開く。


「全国で妖が京都へ集合しているようです。あの天海内裏という人間の下で戦うために。狸の使いも来ましたから、本格的に決戦が近いということでしょう」

「どうするんです?若様」

「……参加するべきでしょう。そのために私たちは現代まで生き永らえてきた。血を繋げてきた。たとえ迫害されようと、この血はあの方のために。生きよと命じられた命は、この時のためでしょう。おそらく天海内裏もここまで未来を視て、知っていたのだと推測します」


 それに頷く全員。一人が立ち上がれば、周りも段々と立ち上がる。熱意が伝染しているようだった。


「今こそ立ち上がる時だ!何のための血、何のための力か!」

「そうだそうだ!たとえ肉壁にしかなれなくても、それでも役に立てるのなら!」

「やっちまおうぜ!皆ぁ!」

「「「オウ!」」」


 老若男女問わず。全員が立ち上がって宣言した。この命尽きようと、今やらなくていつやるのかと言わんばかりに意志が団結していた。その様子を静かに見渡す若。若の隣にいた年寄り衆とも呼ぶべき老人が、一つ尋ねる。


「若様。確信があるのですな?」

「ええ。天海内裏の横にいたお二方。伊吹と呼ばれていた方は大江山の棟梁であった方。そして外道丸と呼ばれていた方は──」

『オウ。邪魔するぜ?』


 その声と扉を開く音の聞こえた瞬間。全員が額を床につけていた。一段高い所にいた者たちは即座に下へ移動する始末。それを見て後ろにいたAが仮面で目元を隠しながら、口は笑っていた。


「いやいや、凄いな?さすがは外道丸」

『あー、これは予想外っていうかだな。これで全員か?』

「そうでございます。我らが始祖、酒吞童子・・・・様。ご復活、おめでとうございます」


 代表して若がそう答える。発言した若に興味を持ったのか、外道丸──酒吞童子しゅてんどうじは若の元へ向かう。その間にいた人間は皆即座に身を引いて彼らの主である酒吞童子の歩みを妨害しようとしなかった。

 頭を下げたままの若の顔を掴み、顎を上げさせる。その若の表情は、顔に触れられたことで若は光悦の表情を向ける。まだ十代の子どもが浮かべていい表情ではない。だが、この場にいる人間全員がそういう表情を浮かべ、人によっては涎まで垂らしているのだ。それに比べれば表情一つくらい問題ないだろう。


『お前がまとめ役だな?名は何と言う?』

盃茉莉さかづきまつりと申します」

『茉莉。お前に問おう。オレのために死ぬ覚悟はあるか?オレの力になるために研鑽は積んできたか?お前は、鬼として人を殺せるか?』

「──もちろんでございます。我らの命はあなた様のために。この頭から爪の先まで、あなた様の所有物です。我らで大江山の鬼となれれば」

『つまんねえなあ。ホントにあの女の子孫だわ。だがそれで結構。戦の準備をしておけ。近日、呪術省に攻め込む。もしかしたらやっこさん、手ごたえなさ過ぎて出番はねえかもしれねえが。それでも魔の道についてくるか?』

「二言はありません。いかようにも」


 そこにいるのは、戦士の目をした者たちだった。喜びのあまり、いつもは隠している角が発現している。歯も牙のように変質し、爪も伸びて肌も赤黒く変色する。

 彼らの血には、薄くない鬼の血が流れている。酒吞童子の血が薄まらないように、近親婚までしてきた一族だ。普段の見た目は人間であっても、本質は鬼だ。人間を喰らうことも襲うこともないが、その血は確実に目覚めていた。

 現代に甦った鬼の一族。彼らは酒吞童子の先兵としてここに復活した。人間の世などどうでもよく。ただ式神としてでも現世に甦った主に仕えたいという忠誠心から暴走する確かな鬼たち。

 ここに、大江山の棟梁と客将が完全な形で復活した。


『お前、本当にあの女に似てるな。詳細は狸が伝えるだろうが、すぐに宴を始めるぞ。茉莉。お前を副官にしてやる。オレの隣でオレの姿を見続けろ。そして、あの不愉快な二つの塔から全てを略奪する。鬼としての本性を、その身に刻め』

「はい。かしこまりました」


 その言葉を貰った時。茉莉は昇天するような気分だった。酒吞童子の覇を身近に感じ、なおかつ隣に置いてくれることを許可してくれたのだ。鬼として、一人の子どもとして、これ以上ない名誉を頂いてしまった。だから茉莉は、これ以降も酒吞童子についていこうと決意した。

 村のことは誰かに任せようと。それが私の取るべき道だと。


────


 酒吞童子とAが帰った後、村ではすぐに戦争の準備を始める。彼らはその肉体こそが武器だが、それでも刀や斧など一人一人にとっての得物がある。こうなると予想していたために整備は欠かしていなかったが、万が一があっては困ると点検をする。

 そんな村の様子を確認する若こと、茉莉。年寄り衆の爺やを連れていつ京都に入れるのかを確認していた。村総出で行くことが決まっている。これは誰がリーダーであっても、酒吞童子が現れた時点で変わらなかっただろう。

 みな、先祖に出陣することを伝えている。先人たちがこの村を残そうとしなかったら、酒吞童子を崇めていなかったらこんな日は訪れていなかった。だから感謝の念を捧げているのだ。


「爺や。この気持ちはなんでしょうね?」

「はい?……高揚感や、達成感ではないのですかな?」


 ある意味皆祭りに熱狂しているというか、推しに推しているアイドルが自ら足を運んでくれたことに浮かれているというか。先祖代々の使命を自分たちの代で果たせることに歓喜しているというか。

 若もそのような状態なのだろうと思っていたために爺やはそう返したわけだが、茉莉は胸と頬に手を当てて顔を真っ赤にしていることからそれよりもよっぽど重症なのではないかと悟った。


「酒吞童子様に触られた時、この方に一生ついていこうと心も身体もそれで一致したのです。私はあの方の熱に触れて、ずっとあの御顔が頭から離れないのです。ずっと心も身体も火照って……。熱でも出してしまいましたかね?」

「……さて。我々は滅多なことで熱は出しませぬからなあ。あの御方の血は人間よりも遥かに頑丈に肉体を作ってくれる故」

「そうですね……。正統後継者と名乗っているのに、恥ずかしいです」


 爺やは茉莉の様子を見て確信する。そういうお年頃なのだから仕方がないとさえ思っていた。それにあれほどのカリスマだ。血など関係なく、酒吞童子は鬼の中の頂点。その方が必要としてくれる時点で、これ以上は何もいらなかった。

 それが村人の心境だろう。爺やも同じだった。だが、茉莉は少々違ったらしい。少し過剰にそのカリスマに当てられてしまったか。なにせ唯一触れていただいたのだから、村人とは一線を画しているかもしれない。


「まあ、私にも遥か昔同じような症状が出ましたが……。なにせ遥か昔のことですからなあ。ちと思い出せませぬ」

「まあ……。では私も大人に近付いたということでしょうか?」


 それには答えない爺や。むしろ茉莉より年上の人間だったら皆、今の茉莉の状態を言い当てられただろう。野暮だと思って誰も口に出さないだけ。

 その頬を緩ませて肌が上気する様子は。いつまでも酒吞童子様のことを考えているのは。なんてことのない。思春期の人間なら誰もが経験すること。

 その横顔は。ただの恋する少女のそれだった。


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