第111話 エピローグ
真智は文化祭から帰ってきて、ずっと上の空だった。飛鳥のことが心配で仕方がなかったのだ。昨日の告白もそうだが、本当に日本で五本の指に入る陰陽師を殺せるのか、殺せたとして無事に帰ってきてくれるか、考えるだけで不安に押しつぶされそうだった。
だからか、夕食を食べ終えた後ずっと一階にあるフロントのソファに座って外の様子を見ていた。天竜会の本部でもあるこの施設はかなり大きく、たくさんの子どもが暮らしている。そのため一階なんてほぼ高級ホテルのそれだ。受付もある。
一階には大浴場など多様な施設がある。食堂もそうだが、小休止するためのテーブルなどがある。そんな一席に真智は座っていた。
真智の嫌な予感が当たってしまったのか、今日も天候が悪い。昨日も今日も天候が悪くなるという予想はなかったのだが、今日も雨が降っている。日本の天気予報はかなり正確だったはずなのに、大天狗様が来てからは特に不安定になった。特に神々が何かをしたというわけではないが。
携帯電話を弄るでもなく、勉強をするでも読書をするわけでもなく。でも携帯電話を手元には置いていて、連絡があればすぐに出ようと思っていた。その連絡はいつになっても来ないが。不安だったからか、神にでもお願いしたいのか手元には先ほど貰ったばかりのお守りもあった。
携帯電話と外の様子を交互に見ながら、真智は心ここに在らずという様子で椅子に座っている。その様子を子どもたちや職員が見ても特に口出しすることはなかった。悩みを抱えている子どもが多いために、よほど深刻ではない限り声をかけるということをしない。
カウンセリング室というのもあるので、よほどがあればそこに駆け込む。駆け込めない子もいるが、そういう子は特定している。真智はそこまで深刻ではなく、性格的にも問題はなかったので今は経過観察の最中だ。
そんな状態が幾分続いたか。突然夜だというのに辺りが明るくなった。太陽が出たわけでもなく、大型の車が来たわけでもない。そのため何故だろうと施設中の人間がその明かりを確認しようと窓に乗り出す。
そこに現れたのはまさしく太陽の化身。全身に炎を纏った神鳥。そこだけが嵐の中でも晴れている様な現象を産み出すのは、確かな神の姿だろう。
その存在が何かを知って、特に幼い子どもたちが騒ぎ出す。
「すっげー!朱雀だぜ、アレ!」
「本物なんて初めて見たー」
真智は弾かれるように外へ飛び出す。朱雀が目の前に着陸したからではない。その朱雀の背に、兄が乗っていたからだ。
「お兄ちゃん!」
「君は……。君が、そうなんだね。はい、飛鳥君。会長はいるかな?」
「酷い怪我……!」
朱雀が丁寧に飛鳥を降ろし、先代麒麟が真智と対応するが、真智自身は飛鳥の両腕の火傷に目が行って声は届かなかった。軽く治療されているが、見た目は酷い。意識を失っているようだが、命に別状はなさそうだ。それほど穏やかに眠っている。
「私が敵だとは思わなかったのかな?」
「お兄ちゃんを連れてですか?それはないと思います。それにこんなに堂々と朱雀で乗りつければ目立って仕方がありませんから」
「姿を隠蔽することくらいはできるんだけど……。実際そうしてきたからね。朱雀、ありがとうございました」
『ふん。だがまだこの男を運ぶのかもしれないのだろう?もう少しこうしていてやる』
式神となった本体の朱雀はそうそっけなく言うものの、飛鳥のことを心配していた。そして目の前にいる御魂持ちの真智のことも注視していた。
御魂持ちの少女が、神からの加護と妖からの呪いを受けた青年を抱えている。これで義兄妹というのだから、人生は不思議なものだ。もっとも、その妖からの呪いも、十二支を過ぎて効力が切れかかっていたのを無理矢理に繋ぎ止めていた様子だが。
「三年振りだな。先代麒麟」
「今は当代の朱雀かもしれませんよ?」
「呪術省が認めないだろう。軽口を叩いている場合ではないな。飛鳥君のことだろう」
建物から一人の老人が出てくる。三年前に飛鳥と真智を保護した老人であり、天竜会の会長たる天竜その人だ。杖をつきながら飛鳥の様子を見やる。
「これまた酷い……。だが、あの妖精混じりは殺したのだろう?」
「最後は骨になりましたよ。それは朱雀が証明してくれるでしょう」
「そうでなければ君が朱雀と契約しているはずがない。……誰にも見つからない病院を手配しよう。そこまで運んでもらおう、先代」
「かしこまりました。その間は建物の中に入れさせていただきますよ」
朱雀は大きいために建物の中には入れない。先代麒麟が術式を使って飛鳥の身体を浮かせて建物の中まで運び、横長のソファに下ろした。さすがに片腕がない先代麒麟では持ち運びなどできない。
「……あの。お兄ちゃんのこと、ありがとうございます。ここまで運んでくださって」
「お気になさらず。……これから日本は大変です。私たちや君のお兄さんのせいで。それにその両腕の治療は両親の加護があっても時間がかかるでしょう。それにあなたは付き添えますか?」
「はい。……お兄ちゃんは、わたしのためにここまで頑張ってくれたんです。だから今度は、この三年間の分も、その前からの分も合わせて恩返ししないといけません。だから、それがリハビリとかで返せるなら本望です」
そう語る少女のなんたる柔らかい雰囲気か。少し頬が上気しているようだが、そこへ口を出す先代麒麟ではない。男としても大人としても、そこまで野暮な人間ではなかった。
それと興味津々にこちらを眺めている子どもたちに何かをする気もない。先代麒麟は日陰者だ。人気者でもなく、むしろこれから日本を崩壊させる破壊者だ。
「連絡がついた。私も行くが、それくらい朱雀で載せられるだろう?」
「まあ、私と会長と二人くらいなら。行きますよ、真智さん」
「はいっ!」
そのまま飛鳥は運ばれた病院ですぐに手術。後遺症が残らないようになったが、それでも長期の入院とリハビリが必要になった。最初の数日は真智が付き添えるよう会長が手を差し伸ばしたが、それ以降はそんな申請がいらなくなった。
ここに飛鳥が入院していると知っているのは先代麒麟と会長、真智と病院の人間だけ。誰からもかまいたちがここにいるなんて知られることはなかった。
こうしてかまいたちはこっそりと、その姿を表舞台から消すこととなる。
────
文化祭も諸々のプログラムも終わって、最後のキャンプファイヤーになっていた。中庭で開催されていて、あいにくの雨だったが教師陣が中庭に屋根を陰陽術で作ってくれたために開催できていた。
豪快な火の周りで男女が手を取って踊っていたり、何故かカラオケ大会が始まっていたり。好き放題だ。もう俺とミクの関係はほとんど知れ渡ってしまったが、だからこそ行けないというか。ああ、あのカップルって思われることもそうだが、俺たち、あの神楽で恋愛成就のキューピッドになってしまったらしい。
恋愛成就のお守りを配ったり売ったりしたせいだが、そのお守りにあやかって告白突撃する人間が多数。そして大多数が恋を成就してしまうという大惨事。そのせいで学校を歩いているだけでありがたがられるという始末。俺たちの力じゃないんだけど。
俺たちよりゴンの力というか、天照大神様の物というか。俺たちは橋渡しをしただけで。だから居づらくなって屋上に来ている。今は誰もいなかったから好都合。教室にいる連中からもそうやって思われるんだから溜まった物じゃない。ゴンをありがたがっている女子も少数いたけど。
まあ、あと。人目がない方がいいこともある。Aさんからもらった物もあるわけだし。というわけで取り出す。
「それがAさんから貰った物ですか?」
「うん。二人で見るようにって渡されたから。見るなら今かなと」
懐から出したお昼に貰った手紙。今日中に見なくちゃいけないようなのでそろそろ見よう。何か急用があったら困るし。なんか俺たちにしか開けられない術式をかけられているらしいけど、開けるのが俺たちだから関係ないか。
というわけで早速開けてみる。入っていたのはなんて事のない便せん。ただ言伝が書いてあるだけっぽい。
「これは──」
────
「あれ?難波君と珠希ちゃんは?」
「あー、霊気使いすぎて疲れたって。もう休むって先帰ったぞ」
「そうなんだ」
すべてのプログラムが終わってそのまま教室で打ち上げを行っている天海と祐介だった。余り物の食べ物などで盛り上がっているところだ。
それもそのはず。明たちの神楽のおかげもあって、料理もあって食品部門の一位を取った。そういうこともあって一年生ながらの快挙とのことで盛り上がっているという感じだ。
「立役者がいないのはねえ……」
「まあまあ。薫ちゃんもお疲れ様。頑張ったじゃん」
「それはどうも」
────
その日付が変わる頃。京都校の文化祭が終わり、朱雀たる魁人が殺された日本としての分岐点。だが、その分岐点はその日だけのことではない。日付が変わった途端、呪術省の近くにある団体が現れる。
多種多様な姿、様相の妖。魑魅魍魎、そして若干の数だが人型が前方にいた。
朱雀がいなくなったことで京都の方陣が決壊。そして跡を継いだ先代麒麟が方陣の維持を放棄。そのことで妖たちが好きに京都の中へ入り込むことができていた。
そんな集団の最前列。いつもの白色のタキシードに銀色の仮面をつけたAが、右手に持っていたステッキを鳴らす。
「さあ、呪術省。終わりの
京都で一番長い、夜明けまでの激戦が始まる。
☆
そこは質素な、診療所と言ってもいい病院だった。蜂谷が運営する病院。そこに飛鳥は入院していた。色々隠蔽が効く病院として少し有名だ。秘匿などもここなら問題ないと妖や神、それに裏側の人間にとってはここは有名な病院だった。
そこで以前の明のように入院している飛鳥。手術は無事に終了し、リハビリは必要だったが問題はなかった。両腕に包帯がぐるぐるで動かせそうになかった。
だから病院食をスプーンで掬って飛鳥の口元に運ぶ存在が。
「はい、お兄ちゃん。アーン」
「……今さら恥ずかしいんだが」
「でも両手使えないでしょ。アーン」
「……アーン」
仕方がなく、配膳を受ける。ここには看護師も一人しかいない。その一人に付きっきりにさせてしまうのは申し訳なかったので飛鳥は受け入れる。
心なしか真智が楽しそうなのは何故だろうかと考えているが、今は頭を撫でることもできない。だからひとまずは置いておく。
その代わりにTVのニュースを見ていた。
「大変だな。あっちは」
「うーん……。仕方がないかも?だってあれ全部、呪術省が今までやってこなかったことのツケでしょ?」
「そうだな。……歴史の教科書に載るぞ。今回のは」
そう感想を覚えたその映像は。遥か上空からヘリコプターで撮影された、呪術省の前で行われている大激戦だった。
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