第108話 5ー3

 朱雀の猛攻は凄かった。さすが神。さすが、四神のリーダーたらしめん存在。戦う神ではないのに、本体ではなく影であったのに、飛鳥は攻めきれなかった。

 常時身体に炎を纏っているのだ。攻撃の際にはその炎も消えるが、攻撃に用いられる炎はどれも必殺の威力。範囲も広く、攻撃が来るたびに飛鳥は全速力で走り抜けていた。そして最大のポイントとして朱雀は飛べる。空に逃げられたら攻撃が届かないのだ。


「烈!」


 そして魁人からも攻撃はやってくる。二対一という戦力差、朱雀という圧倒的戦力。接近戦しかできない飛鳥と遠距離攻撃が得意な一人と一柱。

 この戦いは飛鳥が突破口を見つけるか、魁人の霊気が切れるか。そういう勝負に変わっていた。飛鳥はまだまだ体力はあるが、攻撃の嵐が酷くてまともに近付けない。先ほどから一気に距離を離したからダメージは受けていないが、霊気はガンガン減っていく魁人。


 魁人の攻撃は敷地内のトラップを破壊すべく、見境なしに破壊活動に勤しんでいる。実際に地面に埋めていた爆発物は全部破壊されていた。ここからは単純な戦力勝負だと。そう魁人は気を緩めていた。

 飛鳥がポケットから小さなスイッチを出す。そのボタンを押すと、魁人の左腕に小さな針が何本も刺さっていた。木から針が発射されていた。しかもその針には麻痺毒が塗られている。

 何も地面に設置するだけがトラップではない。ワイヤートラップやブービートラップなど、森に逃げられた時も考慮して罠だらけにしてある。飛鳥はこの場所で確実に魁人を殺すために準備をしてきたのだから。


「ッツァ⁉」


 魁人からの攻撃が止まったのと同時に飛鳥は朱雀目掛けて跳ぶ。その跳躍でビルの三階に位置する高さにいた朱雀へ届き、斬り伏せようとした。


『グァ!』


 だが、それを許す朱雀ではない。咄嗟に口から炎を吐いたが、それを飛鳥は斬り伏せる。神気を纏った攻撃同士であれば、神気が強い方が打ち勝つ。そして飛鳥が持つ刀はその名の通り神刀だ。

 たとえ朱雀の炎であっても、負けるはずがない。もっと強い炎によって打たれた神の遺物なのだから。


 下から斬り上げを行おうとする。だが、朱雀は自身の周りに炎の円球を作りだして飛鳥を弾いていた。炎が凝固したような堅さで、さすがに飛鳥でも斬れなかった。

 神気を纏っているからと言って、飛鳥は飛べるわけではない。弾かれた反動でそのまま地面に落ちていく。空中で一回転して姿勢を整えてから着地したが。


「フゥー……。戦力の不利はわかっていたけど、こんなの久しぶりだな。味方がいないのは初めてか」


 飛鳥は戦場で一人になったことはなかった。飛鳥の身体能力についてこられる者がいたというわけではなく、後方から支援があったからだ。戦車や戦闘機など、味方が必ずいた。だが今回は飛鳥一人だ。

 そういう状況をお願いして作ったのは飛鳥自身だが。


「でも、だからこそやる。お前を殺す。朱雀を解放させる」

「朱雀の解放……?可笑しなことを言うな、かまいたち。朱雀は結局式神だ。道具だ。力でしかない物を生き物のように扱うのは愚者のソレだぞ」

「人の妹も力しか見ないで物扱いだからな。お前とは価値観が共有できないから、会話したって無駄だってわかってる。……まるで陽炎だな。そこに居るはずなのに、世界は変わっているはずなのに、何の影響も受けない」

「私はすでに人間という立場から一線を画している。人間を守るのも、利用するのも超越者としての当然の権利と義務だ。私が、何もできない呪術省に代わって日本を救ってやろうというのに!」


 誰にも理解できないだろう。人間の姿で、やっていることが小物で。立場は人間として最高峰で、力もそこそこあるが本当の超越者には劣る程度の力しかなく。

 救うというのは何から救うというのか。魔に満ちた現状か。神々の意志からか。人間の弱さからか。その具体的な方法を述べず、力だけを求める。大仰なことだけを言う。それでついてくる者は表面しか見えていない者だけだろう。


「救いたいなら自分の力でやれよ。他人と協力しないで、利用するだけで救えるほどこの国は簡単じゃねーよ。清濁併せ持つ陰陽師ならまだしも、悪の道を進んできたお前じゃ、人の上に立つ将には向いてない」

「御魂持ちがいれば、容易だ。圧倒的な力があれば、神を偽る連中にも屈せずに日本を守り切れるというのに!それがわからない愚者の、なんたる多さか。貴様もだぞ、かまいたちぃ!」

「今必要なのは武力じゃなくて対話力と、実行力だろ。神の意見に耳を傾ける最低限のことを欠かしてるからこんな状態になってるっていうのに」


 巫女や神官など、日本は太古から神と近い立場の人間が多かったが、人口が増えたにしてはそういった役職の人間は少なくなっている。むしろ神と会ったことのある現代人は限りなく少ないだろう。

 明たち難波家と飛鳥と真智、そしてマユは限りなく希少な人間と言える。これだけ人間がいるというのに、神と対話ができる人間がこれだけ少ないというのも問題だろう。

 だからこそ、神からの恩恵も得られず、架け橋になれずに敵対している。それが日本の現状だ。


「ここで死ぬお前には関係ないことか。もうすぐ日本は終わる。その光景を見れないってのはある意味幸せかもな」

「ここで私は死なん!朱雀!」

『ボォウ!』


 朱雀が一気に霊気を撒き散らす。火の粉も飛んできたので咄嗟に飛鳥は顔を腕で塞いだが、周囲の温度が一気に上がる。森が燃えて、地面にも幾つも炎が散見していた。

 その炎が酸素を奪い、呼吸がしづらくなる。熱が肌を差し、不快感が一気に増した。

 そこは、飛鳥も見たことがある地獄の様相だった。こんな光景を、海外で何度も見てきた。死体がないだけマシな光景でも、これはなかなか人体には厳しい環境だ。


「熱で苦しくなるのは貴様だけだ。私にも朱雀にも、この炎の闘技場は効果をなさない」

「コロッセウム、ねえ。良い例えじゃないか。どちらかを殺さないと出られないなんて良い皮肉だ」

「死ぬのは貴様だ!殺人鬼!」

「殺してやるよ!吸血鬼!」


 再び、激突する。相手の戦力の方が上だなんて、理不尽な力を使ってきたことだって飛鳥は二年半の間で経験してきた。戦場の、命を懸けたギリギリの戦いの経験値は確実に飛鳥の方が上だ。魁人は死ぬ目に遭うような大きな戦いなど、この前のがしゃどくろ戦が精々だ。

 神気を纏ったかまいたちは、風と共に音を置いて駆け去る。神気をフルスロットルにして身体がもたなくなろうと、関係なく一陣の風になる。


 身体がいくら悲鳴を上げようと、今後一切このような動きができなくなろうと。この一戦に全てを投資してきたのだから。掛け金を全てつぎ込むのは当然だった。

 限界が来るのは、どちらが先か。


────


「ああ、もう!本当に手間がかかるッ!」


 大峰翔子は簡易式神に乗って急いで飛んでいた。大峰とはいえ、魁人の家は知らない。だから呪術省に行って今日の魁人の移動予定を聞きに行ったのだ。四神ともなると休日の行動予定は呪術省に報告しなければならなかった。それもこれも青竜が勝手に飛び出したり、白虎が消えたりするからだ。

 だから確認したら、魁人は京都にいなかった。同じく休みのマユが文化祭に来る予定だと聞いたのも、ちょっとだけ憤っている理由だ。大峰は仕事をしているのに、マユは文化祭に行けるというのが羨ましかったのだ。


 では魁人はどこに行っているのか。その行き先は奈良。奈良のどことまで書かれていなかったが、謎の情報提供者のおかげでどこにいるかはわかった。

 奈良での、英雄誕生の地。今回のかまいたち騒動のことから、ここにいることはわかっている。魁人を追うように電車に乗り込み、奈良に着いた途端簡易式神を飛ばした。初動が完全に遅れたのだ。急ぎたくもなる。

 場所はある程度把握していたので、迷うことなく突き進んだ。だが、飛ばしてきたはずなのに、一向に着かない。僻地ではあるが、簡易式神で飛ばして来ればそこまで時間がかかる場所ではなかったはずなのに。


「……まさか!」


 辺りを見渡す。すると、日中なのに太陽も見えず、雲も一定の形だけ。山もどこか似通った形ばかりだ。まさかこんな初期で相手の術中にはまっているとは思わず、大峰は舌打ちをしていた。


「アンサー!」


 この辺り一帯にかけられた幻術を解こうとする。魁人が邪魔が入らぬように仕掛けた程度の術式なら、この程度で解除できると思っていた。だが、大峰の考えは通用しなかった。

 景色が一切変わらなかったのだ。


「……随分と準備の良いことだね。そこまで邪魔されたくなかったのかな?」

「それはそうでしょう。なにせこの一戦には日本のこれからが懸かっている。いいえ、存在の定義、神々の関心。陰陽師という存在の、四神という立場の崩壊。ただの殺し合いではありません。様々な思惑が重なった、一つの決着点ですから」

「……!」


 その声を、覚えている。大峰は一生忘れることはないだろう。いくら記憶に新しいとはいえ、裏切り者の声だ。全ての責任を投げ捨て、暴走し、押し付けてきた愚か者。比較され続けて、いつも劣っていると言われてきた大峰からしたら憎悪の対象だ。

 その姿を探す。三年振りに見る姿だ。その男は真正面にいた。大峰のように簡易式神に乗るわけでもなく、単独で空に浮かんでいる。幻術で周りの景色を歪めているのだ。浮かんでいるように錯覚させることも容易だろう。


 ただその姿は、大峰の思い描いていた姿とは異なっていた。三年経っているので少しは成長しているというのは予想できていたが、左腕がないように服の袖がふらふらとたなびいているのはさすがに己の目を疑った。最後に戦った時も、左腕なんて欠損していなかったのだから。


「……先代麒麟」

「ようこそ、当代。あなたが来ることは予想していました。情報提供もしたのですから、来てもらわなければ困ります」

「あれ、あなたの仕業だったの⁉」

「私の、というより協力者に送っていただいた、というのが正しいですね。呪術省、そして五神の行動を見たかったのですが。予想通りで安心しました」


 誘われた、と大峰は下唇を噛む。別に魁人が殺されることになってもいい。かまいたちの姿を一目見て、もうやめておきなさいと一言伝えて、朱雀の契約札を回収するだけのつもりだった。

 だが、その出来事すら罠だったら。ここに大峰を呼び出し、倒すことが主な目的だったとしたら。せめてもう一人四神を連れてくるべきだった。今目の前にいるのは先代麒麟だけだが、他にも戦力がいる可能性が高い。


 先代麒麟の実力を、大峰は認めている。自分と同等だと。だからこそ他にも戦力がいれば、負けが確定する。左腕の欠損や麒麟をどちらが従えているかという差はあっても、複数人と戦う戦力が大峰にはない。

 伊達で麒麟にはなれない。その代の最強陰陽師が麒麟に選出されるのだから、実力を低く見積もるつもりはなかった。だが、姫──瑞穂ほど強いとも思っていなかった。大峰は瑞穂のことをある意味神聖視しているからこその思考だった。


「……ここに来た理由はわかるわ。なにせ朱雀が殺されるかもしれない。そうしたら世界に与える影響は大きいでしょうね。ボクだって止める気はないけど、そこに過去の亡霊が現れる理由は何?ボクから麒麟の契約札を取り返すこと?」

「契約札?……ああ、近似点。別にそれは必要としていませんよ。あなたが持っていてください。それがないと困るでしょう?なにせ、瑞穂殿に蹂躙されるだけですから」

「やっぱり瑞穂さんと関わっているのね」

「同じ境遇ですから」


 二人の共通点はかつて麒麟であったこと。呪術省を裏切ったこと。今も生きていること。共通点の多さから二人が手を取り合っていてもおかしくはない。

 そしてそれは、呪術省側からしたらかなりマズイ状況だ。二人に加えて鬼二匹を従えている呪術犯罪者Aこと、天海内裏がいる。瑞穂を従えている天海内裏だ。瑞穂に実力で劣るとは思っていない。それに何故か魑魅魍魎を従える力もある。

 この三人が手を組んでいて、いつかは呪術省を襲いに来る。それを考えると戦力的に呪術省は全く敵わないだろう。それだけこの三人は別格だからだ。


「じゃあ何?ボクをここに誘い出したのはどういった理由?こんな大掛かりな幻術まで仕込んで」

「大掛かり……。まあ、大掛かりでしょうか。理由は簡単ですよ。今の呪術省に、麒麟がどういう影響を与えられる存在なのか。それが知りたかった。結局私の時代と変わらず、ただの駒でしかないようだ。五神の存在も、随分と歪められたものです」

「呪術省は必要悪よ。あれがなくなったら陰陽師の管理はどうするの?強力な陰陽師の手綱を握る存在は必要なのよ」

「手綱を握れていますか?下の愚か者も、呪術犯罪者も殺人犯も捕らえられない呪術省に、何ができているのでしょうか。過去も未来も、現在も視られないその瞳には何を映しているのでしょうか。それが知りたかった。予想通りなので、潰しても構わないでしょう」


 先代との唯一の差は星見であること。たしかに希少な能力だが、そこまで特別だと思えない。大峰だって星見の勉強をしている。彼らが視る過去や未来が正しいものとは限らない。錯覚の可能性だってある。

 それでも、彼らは未来を知っているからこそその未来に進むように動いてしまう。彼らは未来に縛られているのだ。それを、今を生きていると言えるのだろうか。こういうところが、星見の嫌いなところだった。

 星見ではない大峰とは視点が違いすぎるのだ。現代を生きているはずなのに、そこにいないような不安感を煽ってくる。それが気に喰わない。


「本気で呪術省を潰すつもり?」

「本気ですよ。あの二柱ふたばしらがある限り、私の妻も安心して過ごせませんから」

「………………あなた、奥さんいたの?え、だってまだ二十三歳よね……?」

「十八で結婚する人もいるのに、驚くことですか?」

「そんな話聞いたことなかったから困惑してるのよ……!」


 いきなりのカミングアウトに大峰は頭を抱えたくなる。頭痛を収めようと思って少し思考を整えようとしたら、頭に引っかかることがあった。それを尋ねてみる。


「あなたの奥さん、呪術省に狙われる謂れがあるの?」

「ええ。珍しい異能者でして。御魂持ちほどではありませんが、天竜会にも所属していた人ですよ。天竜会の恩を忘れた呪術省など、鉄槌を喰らっても文句は言えないでしょう。慈善事業に喧嘩を売るなんて愚かだ」


 さらに問いかけようとすると、近くの山の頂上が燃え盛った。そこはまるで結界のように、炎が燃え上がっていた。

 その炎が自然発生の物ではなく、霊気によるものだと察する。そこに魁人がいることもわかった。まさか幻術を突破するほどの術式を使うとは。


「不浄の力……。忌々しい。かまいたちくんの邪魔をしないとは約束しましたが、手を下せないのは今さらながら惜しい」

「行かなくていいの?」

「約束を違えるわけにはいきませんから。この手持ち無沙汰を解消するためにあなたを呼んだというのもあります。良い時間潰しになってくれるでしょう」


 そうして始まる麒麟同士の術比べ。大峰はまず周りの幻術を解くことから始めたために時間がかかった。

 暗雲が、立ち込める。

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