第107話 5ー2

 飛鳥は真智を天竜会に預けてすぐ、妖たちと遭遇していた。天竜会の長である会長に、もし復讐心があるのなら彼らに会うと良いと言われたからだ。

 そして会ったのは、狸。飛鳥は妖と普通の動物の見分けがつかなかったが、会ってみれば一目瞭然だった。喋ったら、普通の動物とは言えないだろう。


『朱雀を殺したいのら?なら、実戦経験あるのみなのら。日本じゃ陰陽師を殺したら不味いけど、海外の異能者ならバッチコイなのら。経験値稼ぎ、行ってらっしゃいなのら~』


 そうして渡された資料を持って会長にお金を貸してもらい、そのまま渡航。行った先はまあ地獄だった。なにせそこは、異能者と人間によるまさしく土地争いの紛争地帯だったのだから。

 行ってすぐ「クレイジーッ!」と笑われ、武器の扱い方と人の殺し方を学び、研修期間を超えたらすぐ実践。飛鳥は政府側として異能者の集団と戦い続けた。


 異能者は様々な力を使う。それが詠唱とかあればいいが、指で特定の動作をした時に発動するとか、足で魔法陣を描いたら発動するとか、両手を合わせたら発動するとか、人によって様々だ。

 使ってくる力も様々。味方に身体能力アップの効果しかない異能とか、動物と話すことしかできない異能。かと思ったら陰陽術のように様々なヴァリエーションがある異能だったり、大規模術式もかくやという威力を持った異能もあった。


 そんな連中と生身の身体で戦い続けるのだから、政府側は大変だった。軍事兵器はたくさんあったし、政府の援助から食料や備品などに困ったことは一度もなかったが、いざ戦うと負け戦ばかりだ。

 政府側に異能者は少なかった。相手側の主張である神の土地、とやらを信じられない異能者が若干数政府側に回っていたが優秀な異能者はおらず。異能者側に回るのは自分と同じ異能という苦労があった者たちで共感できるからと、政府側の戦力不足。あとは耳障りの良い異能者のための楽園を奪還するためという謳い文句。


 神の土地は、神と同じ力を持つ異能者が住むべきだという主張がされ、特別な力を持つ異能者はこれに同調。そうして長きに渡る戦いが始まる。

 飛鳥はかならず真智の誕生日近くには戻ってきて、真智に姿を見せていた。飛鳥が姿を見たいということもあったし、妹のことが心配だったのだ。日本の情勢もなるべく耳に入れておきたかったということもある。


 海外の主要国にいればまだ日本のことも情報が耳に入ったが、飛鳥がいたのは僻地。というより、僻地でなければキャロルの組織などが介入してすぐに紛争は終わってしまう。そういう、おそらく目をつけていないだろう地域に妖たちは飛鳥を送り込んでいた。日本の妖も海外くらいは行く。そして見てきたことを故郷の友人に話すことくらいはある。

 そういった情報網から、何年も紛争をやっているような場所をピックアップして経験値が詰めるような場所へ送る。結果飛鳥は二年半近く紛争を経験していた。そのおかげで、自分の中にある力に気付けたのだから上々だろう。


「ヘイ、アスカ。お前さんが来た時は何の冗談かと思ったが、お前が紛争を終わらせるなんてな。政府のお偉いさん方が表彰したいってよ」

「遠慮しておくよ、ボブ。俺のこと日本政府にバレたら不味いし。日本人が紛争地域に行って軍事介入するのって、法律で禁止されてるんだぜ?」

「やっぱりお前クレイジーだな。っていうかボブはやめろって。オレにはれっきとしたスカポンチャンっていう名前があるんだぞ?」

「見た目ボブなんだからいいじゃん。それにスカポンチャンって、日本での響き的に面白くてな。笑っちゃう」

「だから度々笑ってたのか!オレの神聖な名前で!」

「悪かったって」


 黒人で体型ががっしりしている戦友、通称ボブとそんな風に笑いながら戦場を後にしていた。硝煙の匂い、辺りに散らばる薬莢と赤黒くなった血だまり。崩れ落ちている石造りの建物に瓦礫の数々。壊れている武器に、まだ使える武器。駆けずり回る白い服を着た医療団。そして、喜んでいる戦友たち。

 異能者たちは神の土地と言っていたが、実際は神の土地でも何でもなかったらしい。そしてこの場所は政府側にとっても先祖たちが暮らしていた土地。奪い返すことができて、皆涙ながらに叫んでいた。部族の唄を歌っている人もいた。

 まさしく戦場だった。地獄だった。だが、その地獄も終わりだ。これから復興などに時間はかかるだろうが、元の様相にいつかは戻るだろう。もしかしたらそれ以上の発展をするかもしれない。


「俺のことクレイジーって言ったけどさ。ボブも大概クレイジーだろ。だってお前、俺より年下じゃん。見えねーけど」

「かーっ。日本なんて裕福な土地から来たくせに、そいつに狂人扱いされるとは。お前、部隊でどれだけ浮いた存在だったかわかってんのか?」

「わかってるよ。でもな。日本が裕福だっていうのは違うぞ。裕福は裕福だけど、豊かさの近くには戦場並みの地獄が傍にあるから。あと。日本じゃ異能者の教育してるからそこらの子どもでも異能使うぞ?」

「うへえ。何?その戦闘部族」

「銃を持ってるか、異能を使ってるかの差だな。陰陽術に頼るのも仕方がない事情もあるけど」


 飛鳥が来た国には魑魅魍魎も妖もほとんどいなかった。いることにはいるのだが、人々を襲ったりしないし、国の人々も存在を把握していない。それだけこの国は魔という存在には疎かった。だからこそ、人と異能者の争いがあったのだろうが。

 そういう意味ではやはり日本という国は特殊だろう。魑魅魍魎という存在を国民全員が把握していて、夜は外出禁止にするなど先進国ではありえない対応を政策として行っている。それだけ魑魅魍魎の脅威を知っているからこそだが、海外を知ると異常だとよくわかる。


「さすがの『雷光』様でも自分の国の異能者は怖いってか?」

「やめろよ、その呼び方。雷も使えないし、光並みに速く走れない」

「お前がオレをボブって呼ぶのと同じだって。それにそんだけ速く走れるのに異能じゃないんだろ?そうしたら神様と同じ雷がいいだろって隊長が」

「ったく……。あの人は。……なあ、ボブ。神様って信じてるか?」

「あー?別にクリスチャンとかじゃねーし、先祖が祀る神様もいるっちゃいるけど、存在自体は信じてねえなあ。オレたちみたいな若い奴で信じてるのって稀じゃね?」

「俺は信じてるよ。神様はいる。俺たちは神様に助けられたんだ。速く走れるのも、神様のおかげ」


 そういうとボブは大きく肩を落として両手を横にしていた。ありえないだろと、言うように。


「何々?お前クリスチャンだったわけ?」

「日本にも神様は居るんだよ。キリスト教はさっぱりだ。日本に神様は実在する」

「お前の身体能力見てたらそれもそうかなって信じても良いぜ?だって人間離れしてっからな」

「だよなあ。……でも、日本の異能者を殺すには、これくらいの力がないとダメなんだ」

「日本怖っ!この戦争の英雄がやっと殺せるとか、日本って魔境かよ!」

「俺は英雄じゃないだろ。向こうも援助がなくて疲れてたんだ。じゃないと一気に戦況が動いた理由がわからん」


 そう。この紛争は三か月前から異能者側の反攻が緩くなり、そのままトントン拍子に事が進み、終結した。失った人員も物資も土地も多いが、やっと紛争が終わったのだ。

 その進み方に飛鳥は若干疑問があったが、得たいものは得た。これからは日本でやるべきことをやるだけだ。

 そう思っているとベースキャンプの近くにいつもの狸たちがいた。こっちまで来てくれていたらしい。


「ボブ。俺は迎えも来てるし、このまま帰るよ。あっちでやることも山積みだし」

「そうかそうか。じゃあ日本の情勢もちょっとは調べておくかな。我らが英雄の、新しい英雄譚を見逃したとなれば戦友として名折れだ」

「その時はきっと、ただの犯罪者として報道されるだろうな。……あばよ。戦友」

「ああ。楽しかったぜ、戦友」


 お互い拳を合わせる。この後のことはボブが政府側に色々話して飛鳥のことはどうにかした。いつの間にか姿が消えていただとか、どこに行ったのかも知らないと。ただ隊長にだけは、日本に帰ってこっちでのことは秘密にしてほしいと嘆願していた。それを隊長は承諾。

 そういった諸々を終えた後、ボブは懐に仕舞っていた魔術礼装・・・・を取り出し、通信を行う。異能者がほぼいない今、ハッキングもされない確実な連絡手段だった。


「ボス。こっちの掃除は終わりました。あとは政府側に異能者が残っただけなので、まあ情勢は落ち着くでしょう。ただ気になることが一つ。日本です」


 その声はボブ──スカポンチャンのものとは異なっていた。今まで男性の声だったが、今では中性的な声だったのだ。


「日本の異能者。そして三か月行動を共にしたアスカの身体能力の異常性。そのアスカでも倒せない異能者や異形。少ない人数で調査をしていたかと思いますが、数を増やすべきかと」

「ふむ……。実はキャロルが追っていた中国人も何故か日本に向かってな。人員は増やす予定だった。だが大部隊をそうそう送り込めるわけでもない。世界各地で異能は溢れかえっているからな」

「あの小娘、時間がかかり過ぎでは?」

「そう言ってやるな。……うん。では撤退しろ。いくら死んでいたとはいえ・・・・・・・・・、処理は確実にな」

「わかっております。では」


 通信を切る。そしてボブだった者は、今後の行動を始める。飛鳥もまた、日本で新たな事実を知り、計画を練り始める。

 数日後、スカポンチャンの死体が見つかった。検死はできなかったが、死後相当経っていたらしい。その事実を、飛鳥は知らない。

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