第106話 5ー1

 朱雀こと、御影魁人は京都を離れ、奈良に来ていた。人目につかないような山間部。そこの頂上にある元境内に向かって直されていない石段を登る。直されているはずもない。三年前から誰も訪れることなく、放置されていた場所なのだから。

 誰もが知らない忘却の城。そこを指定された時には何の冗談かと魁人は思ったほどだ。だが、産まれついての眼を持ってその手紙を見ると、呪術を施されていた。朱雀たる魁人でも剥がせない程の強力な呪術だ。魁人は呪術返しなど専門家に比べれば劣るが、それでも基本的に呪術を剥がせないということはなかった。


 それだけ強力な呪術師が相手だと思い、気を引き締めてきた。来ないという選択肢はなかった。呪術省に報告していないことの数々がそこには記されており、金銭的な問題や人道的な問題などで四神から退けられる可能性が浮上するからだ。

 今はまだ四神から離れるわけにはいかない。だからこの呼び出しを受けた。そして相手は確実に殺そうと。


 やたらと長かった階段を登り切り、半壊した社を見る。壊したのは三年前の魁人だ。見覚えがあるのは当然だった。そこは三年前から何一つ変わっていないように思える。

 壊れかけている賽銭箱に座っている、スーツ姿の一人の男が居なければ、だが。


「君が呼び出し人か?おかしいな、君からはとてもじゃないが霊気を感じない。この手紙を送った本人とは思えないな」

「それは協力者に送ってもらった手紙だ。俺はどんな呪いをかけているのかも知らねえよ」

「人を呪い殺すには充分な呪詛だぞ?よっぽどの大物が後ろにいるものと推測できる。それで、君がかまいたちでいいのかな?」

「そう呼びたきゃ勝手に呼べ。お前の首も飛ばしてやるよ」


 かまいたち──飛鳥は立ち上がっていつもの短剣を抜く。飛鳥にとって大事なことは目の前の男を殺すことだ。それ以外はどうでも良いというのが本音だ。魁人を殺せば当分真智は安全になる。これからの未来のためにも、生かしておけなかった。

 一方魁人も、目の前の飛鳥について逡巡する。この場所を要求してきたこと。見た目の年齢。そして最近殺されていった同士諸君。同士は数多くいるが、今回殺されていった者たちはこの場所に深く関わっている。


「かまいたち。君はあの御魂持ちの家族だね?君を殺したら天竜会からアレを貰えるのかな?」

「……本当に人の妹を道具としてしか見てねえな。天竜会を敵に回すことの危険性をわかってないのか?」

「たしかにあの大組織を相手にするのは骨が折れるだろう。だが、戦闘力で言えば大したことないだろう。そして彼の組織は異能者を数多く保護している。それを神とやらの戦いに動員すれば人間側の勝利もぐっと高くなるだろう」


 飛鳥は舌打ちする。神という存在はあやふやなままで、天竜会にいる異能者たち全てを戦闘の道具としか思っていない。真智が希少性・有用性という意味でも一番の異能者だろうが、天竜会に属している保護されている子どもたちは異能を持っていることが多い。それが迫害だったり親に捨てられた理由だったりするからだ。

 たとえ矮小な能力であっても、陰陽術と異なる力であれば陰陽術でも防ぐのが難しいかもしれない。そういう、ちょっとした呪いなのだ。


 そう、呪いである。その力を持ってしまったがために普通の生活ができなくなってしまった、戒め・縛り。だというのに、そんな厄染みた力を自分たちの利益のために利用しようとしているのだ。それに反吐が出て、こうして行動に起こしている飛鳥からしたら今の発言だけで殺意が増したほどだ。

 天竜会に所属している子どもたちはただの子どもだ。魑魅魍魎とすら戦ったことがない、争いごとなどしたことがない子どもたちだ。そんな子どもたちに、ちょっとした特別な力があるからと戦いを強要する思想は唾棄すべきものだと、表の最高戦力で「持っている」側の人間である魁人では理解できないことだ。


「神に反発して、結局この前ズタボロに負けて、神ですらないがしゃどくろに五人がかりで負けた。それで神と戦おうって?お前ら、バカじゃねえの?神の前に敵わない相手がたくさんいるっていうのに」

「だからこそ、だろう。御魂持ちが居れば私は日本でも最強の陰陽師になれる。あの天海内裏も、先々代麒麟をも越える陰陽師に。いや、安倍晴明すら超える陰陽師になれるだろう。御魂持ちにはそれだけのポテンシャルがある」

「……ずいぶんな自惚れだ。それを悪意なしにやれるのはスゲーよ。神を殺そうが人を殺そうが、罪悪感を抱かない。そこまで頭の螺子が吹っ飛んでるなら、容赦なく殺せる」


 飛鳥は霊気のことなど感じられないし、感情を読み取るなんてできない。だから協力者に今回殺すリストの人間全員を鑑定してもらったのだが、特に魁人は何も感情を抱いていないのではないかと思うほど薄っぺらだった。心の内が薄っぺらすぎて、これで人間として生きていけるのがおかしいと疑うほど。

 だが間違いなく人間で。思考はまるで誰かから植え付けられたかのような奇抜さで。それでもやらかしが多いのだから裁く理由があって。


「殺す?私を?この日本を救う、唯一の防人をか?」

「お前が防人?いい加減にしろよ、吸血鬼。大を救うために小を見捨てる。その小側になった身のことを考えろ。お前が守るべき日本って何だ。人か、国か、土地か、存在か。お前のやり方じゃどんな日本も残せねえよ」

「言うじゃないか、殺人鬼。吸血鬼で結構。君の妹の血はとても美味なのだろう。以前戴いた御魂持ちの血より、魂より美味だと嬉しいが」

「お前、才能ねーよ。御魂持ちを喰らってその程度なら、お前の限界はここだ。これ以上強くなるはずがねえ」


 やはり、と飛鳥は唇を噛む。真智のことを見ただけで御魂持ちと判断できるのは、御魂持ちを以前に見たことがあるからだ。そうでなくては両親でもないと御魂持ちと判断できない。精々が異能者と思われるだけだったのに。

 そして御魂持ちのブーストがかかってマユや姫に追いつかない程度の才能なら、大したことがない。それがAたちの判断だった。


「それは試してみなければわからないだろう?才能なんて可視化できないんだから」

「お前の眼はかなり歪なんだな。俺のこともただの人間に見えてるなら、神の加護も何もないただの人間だ。ちょっと変なものが見えるだけで、特別な眼じゃないんだろ」

「この景色がただの人間だと?何もかもが赤紫に映るこの眼が特別じゃないと?ハハッ。君の妹のことはとても白く見えた。異能者はそうだが、君の妹は一際輝いていた。こうして力を見分けられる眼が特別じゃないと?」

「お前、才能は可視化できないって今言ったばかりだろ。他の人は、陰陽師として才能がある連中はどう見えてるんだ?四月の呪術犯罪者は?お前自身はどう映る?」

「自分のことなど、見えるわけがないだろう」


 鏡や水面を見てもわからないというのなら。自分が見えていないというのなら。そんな亡霊のような奴に妹を奪われる道理はない。

 飛鳥は問答を終えて斬りかかる。神気でブーストして一気に距離を詰める。

 人間でありながら、鬼と呼ばれる二人の戦いが始まった。


 飛鳥の首元を一閃しようとした動きは、不自然に止まった。土御門光陰も持っていた全自動で持ち主を守ってくれる呪具だ。今回はかまいたちと事を構えることから、土御門という学生が持っていた程度の呪具は用意していて当たり前だった。

 それは飛鳥自身も予想していたことだ。こんな最初の一撃で終わるとは思っていない。攻撃自体は不自然に止まってしまったが、突っ込んでいった勢いは消えていなかった。そのまま左足を軸にして回し蹴りを放ったが、それも呪具によって防がれてしまう。伊吹からどういう呪具か聞いていたので、対処はできる。


 本人の身体を掴むなどはできるが、首を絞めたり腕を掴んでへし折るということはできない。攻撃と分類された動きは持っている者の50cmほど手前で止められてしまう。ただし回数制限があるのでとにかく攻撃して壊せと。

 そしてこの呪具。同じ物を持っていると共鳴を起こしてむしろ壊れるとのことだったので、複数所持していることは有り得ない。精々防げる攻撃も三十回まで。また、陰陽術なども防げるが、炎によって生み出された熱や呪術ではない毒などは防げないとのこと。

 次の攻撃を行おうとした時には、魁人は呪符を手に持っていた。仮にも四神だ。近くで直接攻撃術式を受けるのは不味いと考えて飛鳥は距離を取る。


れつ!」


 魁人の周りに代名詞である炎の壁が出来上がる。朱雀を継承していることから、得意術式の傾向はわかる。朱雀は火を、青竜は水を、玄武が雷を、白虎が風を、麒麟が土を司る。歴代の五神は基本的にこの五行に則って任命されてきた。

 だが、最近だと少し異なる。今の麒麟である大峰の得意術式は雷だ。顕現した麒麟が雷を帯びていることからも一目瞭然だろう。そして最近の麒麟は土だけではなく、全体的に飛び抜けている実力の持ち主ばかりだ。五行基礎だけではなく、様々な術式を操れるオールラウンダーばかりだ。


 魁人は典型的な朱雀。攻撃術式なら火が一番得意だ。そこに変わりはないため、飛鳥は事前予想に沿って対処する。魁人の戦闘データはたくさんあった。それを姫に再現してもらい、仮想訓練を積んできた。

 炎の壁が発生して一呼吸置いた後、その壁に飛鳥は突っ込む。すぐに壁の薄い所を見抜き、魁人の眼前に躍り出る。その際には短剣を一度納刀していた。


「神橋護身術・変式三の型。陽炎」


 抜刀と共に足元へ斬り込みを行う。元々は足払いだったものを短剣で使用するために派生させたものだ。

 この護身術は飛鳥ももちろん、真智も両親から教わっていた。何かあった時のためにと両親から託されていた。元々は身体全体を使う総合武術のようなものだったが、飛鳥が殺人のために、戦場で生き残るために改良したものだ。


「烈!」


 躊躇なく炎の壁に突っ込んできた飛鳥に驚きながらも魁人は地面を爆発させる術式を使って飛鳥を迎撃した。だがその術式の威力では、神気を帯びた攻撃を相殺するのがやっと。続けざまに来た掌底は防げず、呪具の防御回数が減る。

 魁人は呪具を当てにして後退する。身体能力は圧倒的に飛鳥が上だ。陰陽師で接近戦ができる青竜と白虎こと西郷がおかしいのだ。西郷の本当の姿は妖なので実はおかしくも何ともないが。

 そして周りの土とは少し濃い色の、こげ茶色の土を踏んだ瞬間。地面が爆発した。その爆発そのものは呪具が防いでくれたが、爆発の勢い自体は消し去ることができず、魁人の身体が宙を飛ぶ。すぐに持っていた呪符を、別の用途で用いる。


「烈!」


 簡易式神を四体呼び出し、着地を受け止めさせた。すぐに立ち上がろうとしたが、その人型をした簡易式神たちを飛鳥が一息で消し去っていた。着地を任せるためだけの簡易式神だったので、戦闘能力などほぼなかったから当然だ。

 距離を詰めるのが早すぎる。陰陽師とは本来距離を離して戦う存在だ。最前線で戦う者ではない。だから距離を作り出すために、呪符もなしに術式を用いる。


「烈!」


 放ったのはただの炎の塊。だがそれは朱雀たる魁人が使えば殺傷能力のある炎の塊となり、それが当たれば大火傷の重傷、当たり所によってはそのまま死に絶えるだろう。

 その塊を飛鳥は横ステップだけで躱す。飛鳥はこの三年間の経験値から目の前に放たれる破れかぶれの攻撃程度、銃弾の速度にも劣るものなら避けるのは容易かった。


 その攻撃も避けられたことで魁人は更に後ずさる。すると再び地面が爆発した。その爆発は致命傷にはならないが、確実に足が吹っ飛ぶ。そんな地雷だった。

 今度はその爆発に乗じて飛鳥が突っ込むことはない。魁人が倒れ込んだ近くに、先程爆発したようなこげ茶色の土があったからだ。


「貴様……!決闘に軍事兵器を用いるのか!」

「決闘?殺し合いだろ。地雷なんて可愛いもんだ。こっちは直接殺したいんだから、こんなもんで死ぬなよ」


 魁人が境内をよく見てみると、あちこちにこげ茶色の土が混ざっていた。二回とも爆発したのはこげ茶色の土。おそらく掘り返して戻した際に、他の土で覆うということができなかったのだろう。それだけここは辺鄙な場所だ。森など近くにあっても、境内の土とは異なって色も柔らかさも違う。使うに使えなかったのだろう。

 境内の上ということで物を運ぶにも一苦労だ。急な準備で細工をすることもできなかったのだろう。あと、見分けがつかなくなって自分で踏むことを防ごうとした結果か。


「最初っからこっちはここでお前を殺そうと思ってたんだ。これくらいの下準備はしてるに決まってるだろ」

「こんなもの、魑魅魍魎には効かないから日本では禁止されているというのに……。どれだけ日本の法律から逸脱している?」

「それをお前が言うのかよ?そんな水掛け論やめとけって。こんなのお互い様なんだから。とことん認識がズレてる。それが空虚な理由か……」

「貴様は確実に殺す。貴様一人に、日本の未来を暗礁にぶつけるわけにはいかないのだから。正義は私にある。私が死ねば、妖どもに日本を奪われるからな」

「おーおー。青竜の演説会みたいなこと言ってる。……もう今の呪術省に、正義なんてあるわけねーだろ。お前個人も、完全に腐った鯛だろうが」


 今度の飛鳥は、こげ茶色の土を避けながら斬りかかる。それは朱雀も同じだった。足元が爆発したら戦闘なんてできない。お互いが足元を気にしながらの戦闘に移行していった。


「神橋護身術・変形二の型。空蝉」

「烈!」


 人の急所たる頭・首・腹目掛けての三連突きも、炎の壁に阻まれる。この短剣も飛鳥が長年使っているために神気を帯びていて、この程度の炎では溶けたりしない。

 たとえ攻撃が防がれても、その炎の壁を迂回して斬りかかる。魁人も何とか反応して回避しているが、飛鳥の身体能力は外道丸に匹敵する。なにせこの前伊吹と引き分けたばかりだ。霊気を持たず、身体能力を神気で底上げしているとはいえ、人類では最強の身体能力を保持していた。


 そんな人物の相手を、典型的な陰陽師であり後方支援や後ろからの大出力火力で圧倒してきた魁人には対処しづらい相手だった。状況は明らかに飛鳥優位で進んでいる。

 どれだけの高速移動をしようが、飛鳥が息をついている様子がない。全く苦し気もなく攻撃を繰り返してくる。ただの短剣であっても、陰陽師を確実に葬ってきた物だ。業物ではなくても、魁人が恐怖を覚えるのも当然。


 魁人の攻撃手段も防御手段も結局は霊気と呪具に依存している。それが切れた時が魁人の最期だ。

 だからこそ、飛鳥は攻め続ける。魁人の霊気が姫やAのような底なしではないと知っているから。


「烈!」


 魁人は形勢を立て直すために岩石を作り上げる。火が得意というだけで、他の五行だって用いることはできる。水は苦手だが。岩石ならただの短剣で破壊できないだろうと思っていたが、飛鳥は構うことなく出現した岩を一刀両断していた。


「貴様の刃物はどんな特別製だ⁉」

「海外の量産品だよ」


 飛鳥の言葉は正しく、海外の軍人や傭兵などだったら一度は目にしたことがあるようなコンバットナイフだった。初心者向けではなくても、軍人だったら問題なく使える品。

 もちろんただのコンバットナイフだったら岩なんて斬り落とせない。飛鳥の神気があってこそだ。今の映像を海外の人間が見たら「アンビリバボー」と言いながら良いリアクションをしてくれることだろう。

 飛鳥はただ近寄るわけではなく、魁人がこげ茶色の土に近付いた際にはそこの中心へ小さな物体を投げていた。それでセンサーが反応して爆発を起こす。それで巻き上がった土埃に紛れて魁人は腕の一本でも貰いに行く。


「烈!」


 その土埃ごと取っ払うように魁人は爆発を引き起こして視界を明瞭にする。だが、視界に飛鳥の姿はなかった。それに危機感を抱いたのか、朱雀は前に駆ける。朱雀として数多くの戦場を経験していたからこその直感だっただろう。

 もし足を踏み出していなかったら。それこそ左腕が吹っ飛んでいた。寸でのところで刃物が掠っただけで済んだが、神気を帯びた短剣だ。それでも血が噴き出し、腕が千切れかけている。


「ガアアアアァァァア⁉」


 地面を自分で爆発させても、爆発や熱などから呪具が防いでくれていた。それがちょうどなくなったのだ。身を守ってくれていた呪具である大きな樹の枝は、見事に真っ二つになっていた。

 そして叫んでいる隙を見逃す飛鳥ではない。そのまま追撃しようとしたが、魁人はそのまま呪符を右手で持ち、地面に叩きつけた。


「烈ゥッ!」


 自爆技だ。また地面で大爆発を起こして距離を離した。埋まっていた地雷にも誘爆して境内のあちこちで爆発が起こっていた。そんな中でも飛鳥は冷静に着地をして状況の推移を見守っていた。

 ここまで飛鳥の予想通り。仮想敵であった姫は同等の術式を無詠唱で使ってきた。詠唱破棄ができる陰陽師の方が少ないのだ。簡単な術式とかならできる人間も多いが、一定の難易度以上の術式はできる者が少なくなる。


 魁人は上位の術式は詠唱破棄できないということだろう。そうなると飛鳥は、魁人が呪符を取り出す手の動きと口の動きを見ていれば術式発動の兆候を読み取れるということだ。

 粉塵が収まり始めた頃、魁人は左腕を火で焼いていた。肉を焼くことで止血していたのだろう。だがあくまで止血で、痛みを感じなくなるわけでも、腕がくっつくわけでもない。応急手当の、かなり杜撰なやり方だ。


「殺す……!殺すコロスころす!貴様は、確実に殺すッ!」

「それはこっちのセリフだ。テメェが四神だってだけで腹の虫が収まらねえよ。陰陽師にそんな大層な願望を抱いちゃいなかったが、トップがこうだ。だから日本は神に見放されてるんだ」

「烈!」


 魁人の周りを巨大な炎が包む。さすがに飛鳥でも簡単には突破できそうにない、炎の結界だった。そんな風に閉じこもって何をやるのかと見守っていると、炎の中から飛鳥にも聞こえてくるような大声の詠唱が耳に届いた。


「天上天下輝け聖火!五神の真なる頂点、ここへ顕現せよ!真なる繁栄を、真なる秩序を、真なる救いを与える不死鳥、因果の鎖を破りて悠久の刻より目覚めよ!来い、朱雀!」


 炎の壁が霧散する。そして天から舞い降りるように現れた極彩色の大きな神鳥。翼を大きく広げて魁人の脇に降り立った姿は、霊気を感じられない飛鳥でも優雅だと感じ取れてしまったほどだ。

 舞い散る羽根一枚一枚に蒼い炎がついている。あれが聖火。清浄なる、神聖な炎だろう。

 そんな炎を纏った存在が、人間としても最底辺な魁人に使役されているという事実に飛鳥は苦笑を禁じ得なかった。姫から五神の本体という概念を教えてもらっていたので目の前の存在が影だと知っていたからこそ、笑いが止まらなかった。


「貴様は灰も残さん……!」

「あーあ。完全に優男っていうペルソナ剥がれてるぞ。よくそれでここまでバレなかったな……。いや、そんなんだから悪い噂がネットにも流れてたのか?」


 そう思考しつつ、飛鳥は持っていたコンバットナイフを朱雀に投擲していた。朱雀は大きな翼を折り畳むようにして防いでいて、突き刺さることもなかった。神気を帯びた物でも、その程度の切れ味では傷一つもつけられないということだ。

 その朱雀が後ろを向く。それにつられるように魁人も後ろを向くと、背中側にあったはずの社の前にいる飛鳥の姿が瞳に映った。たった数瞬の内に移動しきっていた。

 飛鳥は壊れた賽銭箱から、ある物を引き抜く。それは紅い布に包まれた長い物。その布から閉じるために付けていた紐を外して、布も賽銭箱の上に置く。

 そこから出てきたのは、とても綺麗な日本刀だった。


神刀しんとう獅子鏑ししかぶら。神には神を、だ」

「そんな刀一つで何が変わる⁉どれだけバケモノ染みた身体能力があろうが、朱雀に勝てるわけがないだろう!」

「神橋護身術・変形四の型。胡蝶」


 いつの間にか刀を抜いていて、いつの間にか朱雀の前に来ていて。そして両翼を斬り飛ばしていた。朱雀も防衛本能から炎を纏って防ごうとしていたが、そんな物をものともせず斬り飛ばしていた。

 緑色の血が噴き出す。四の型は蝶が舞うようなステップが本来の物だったのに、舞うようなステップで敵に近付き、高速で斬り伏せるものに変わっていた。

 魁人は簡単に朱雀の翼が吹き飛んだことに表情が固まったが、攻撃用の呪具を取り出した。それも持ち運びがしやすい樹の一部のようだったが、それを飛鳥に向けていた。


「烈!」


 それは烈風を巻き起こす呪具。ついでに超音波も発生させるものだったが使い切り。インスタント呪具と呼ばれる、呪符と同じ使いきりの物だった。効果は大きいが、二回目は使えない。

 超音波は効かなかったが、突然の烈風に飛鳥は後方へ飛ばされる。木に身体をぶつけたが、全く致命傷になっていなかった。


「回生の一、烈!」


 即座に朱雀の両腕を治す魁人。だが、顔色が芳しくない。それもそのはずでそれなりの出血と、霊気の連続使用。朱雀を呼び出したことで膨大な霊気と生命力が持っていかれた。更には飛鳥との一手間違えただけで死に直面する緊張感のある戦闘。

 集中力や霊気の消耗から、万全の状態とは断じて言えなかった。


「たかが刀と見くびるからだ。これなら朱雀を斬れる。朱雀を倒せる」

「貴様、何なんだ⁉何を思ってここまで力を極めた⁉何故それを、日本のために振るわない!」

「ただ、妹の幸せを願ってる兄貴だよ。血の繋がりなんてなくても、俺はあいつを守るだけだ。日本なんてどうでもいいのさ。俺はあいつが理不尽な目に遭って、泣いてるのが我慢できないだけだ」


 飛鳥は神々から託された刀を持つ手に力を籠める。飛鳥はこれから先のことなど考えてはいない。魁人を殺せば、その後は託せる人たちに任せている。目の前の悪鬼さえ殺せれば、飛鳥の役割は終わりだ。

 たとえ真智の笑っている横に自分が居なくても。その世界を作るためならと。

 兄は、駆けた。これまでのように、今度も。

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