第105話 4ー3

 秋の夕暮れは意外と早い。初秋だとしても夏と比べれば陽が落ちるのは早いものだ。時刻は16時を回った頃、中庭のステージの周りには生徒会主催の術比べと同等か、それ以上の人の集まりができていた。

 集まった人々はこれから何をやるのか知っている者、文化祭だからと中庭のステージをずっと見ていようと思う者、ただ人だまりができていたから次の演目に興味が惹かれた者などそれぞれだ。


 吹奏楽部の演奏も終わり、次は明たちの演目。文化祭実行委員会が作ったパンフレットにもスペシャル企画と書いてあるだけで何を行うのかは書かれていない。内容を知っているのは文化祭実行委員と生徒会、そして先生たちと昨日の演目を見た学校の生徒たちだけだ。星斗のようにそそのかしたために知っている者も極少数いるが。

 あとはSNSで見かけた一般客。演目三十分全ての映像は出回っていないが、どういう物だったかは短い動画で投稿されている。


 時間になると、明と珠希、そして瑠姫が舞台袖から出てきた。明は神官服を、珠希と瑠姫は巫女服を着ていた。もちろん奥にある小さな社にはゴンが入っていた。

 明は頭に立て烏帽子えぼしを。そして難波の家紋が入った羽織を上から着こなしていた。珠希と瑠姫は挿頭かざしを頭に着けて、貫頭衣である千早を着ていた。これは明たちにとっても重要な祭事だ。衣装なども本家が攻め込まれた時のように気合いを入れるのは当然だった。


 京都では何が起こるかわからない。必要な時は着るようにと言われて、一式持ってきていたことが功を奏したというべきか。こうなることまで未来を詠んでいたのか。それとも本家へ攻め込まれることと同意義の大事件が起こると予想していたのか。

 明と珠希の手には横笛が。明の物は漆黒の、珠希の物は朱色のある方々が使っておられた特注品だ。瑠姫の手には和琴わごんがあった。これももちろん特注品。というよりよくこれが残っていたと絶賛されるようなものだ。


 何故なら鑑定士が見たら金額を付けられない。紛れもない神の遺品。とある子息の誕生を祝って天空の神々が見繕った唯一無二の物。神気も帯びたそれは、どの物よりも劣化が少なく、美しく音が奏でられる。だが、使い手も選ぶそれは、確かな技量と安倍家の血筋でなければ正しく音が出ないという条件付き。

 呪術省の展覧室に飾られているレプリカの、原典。呪術省ですら管理していなかった逸品を提供したのはAだ。ゴンに強請られて快く貸したが、なんてことはない。一千年間ただ保持していて、Aがたまに鳴らすぐらいの代物だ。貸し与えるくらい問題なかった。


 その代わり、レンタル料としてある要求をしていたが。それをゴンが勝手に承諾。明たちはそのレンタル料については知らない。

 三人が座する。全員正座で、ここからたった三十分に収められた儀式を行うことになる。三人が和楽器を持ってきたことからこれから演奏が始まるのだと観客たちは思う。郷土芸能部は存在していても、和楽器の演奏などなかったので新鮮だろう。


 始まりは明と珠希の横笛二重奏。どちらかというと明の音色は重く低く、珠希の音色は軽やかで高いものだった。同じ楽器であっても息の入れ方や指先の調整でここまで違いが出るというのは技量の高さを窺わせる。一朝一夕でできるものではない。

 明は物心がついた頃から、珠希は難波の分家に戻った時から練習していたのでかなり長い間培ったものだ。陰陽術も大事だが、祭事を執り行う家系としてこういった文化も大事にされてきた。珠希は婚約者になった時点で必須事項になって教えられてきた。教えたのは里美とゴン、瑠姫だ。瑠姫も式神として教育を受けてきたし、ゴンは難波の存在を昔から知っていたので祭事をこっそり覗いていたこともある。


 その二人だけの音色だけでも大変美しいものだ。そこに瑠姫の和琴の音色も加わる。三人全員が演奏しながら神気を放つことでその音色は音響機械を使うことなく校内に鳴り響いていく。この場にいない人でも、聞こえてくるほどだ。

 そしてその音色は神気を帯びているために不確かな暖かさを誰もが感じていた。神気に敏感ではなくても、誰もが感じられるナニカが広がっていった。これはAが使った術式の簡易版だ。ゴンも神気を放っているためにできている術式で、かといってテクスチャを変えるほどの力はない。


 転調、変調を混ぜながらも三人の穏やかな演奏は続く。バラードのようなしっとりとした音色と緩やかなメロディは、リラクゼーションの効果も発揮していた。


 そしてきっちり十五分。半分が終わった時三人による三重奏が終わる。それだけで拍手喝采となったが、ここで終わりではない。明と珠希が立ち上がって、横笛を胸の内に仕舞うと代わりに明が短剣を、珠希が扇子を取り出す。

 これらもAが貸し与えた物。Aは様々な宝物を管理している。それらの一部に過ぎず、Aが貸せるものならいくらでも貸していた。それらは難波本家で行う儀式の物よりも良い品だったため、ゴンが纏めて借り受けていた。


 瑠姫だけの演奏が始まるのと同時に二人が舞う。むしろこちらこそが儀式の中核だ。音に合わせた舞を行うが、明と瑠姫の舞は異なる。男性の舞と女性の舞で同じ動きにすると身体の造りから傍目に見ていてもおかしく感じるのだ。

 先程の曲とは異なる、やはりゆったりとしたメロディに乗って明と珠希が踊り続ける。明は剣舞のような舞を、珠希は天女のような舞を。そんな相反する二人の動きのはずなのに、どこかで混ざり合い、手を取り合う。そんな動きが随所にあった。


 それもそのはず。この動きは、須佐之男命と天照大神という二柱の姉弟を司った舞なのだから。難波が信奉する神が天照大神なのだから、この選択もおかしなことではない。

 明は剣を用いるのは苦手だが、舞ならできる。むしろこの舞のように実戦では動けずに、銀郎を憑依させたときに失敗してしまったのだが。


 羽織と千早が揺れ動き。所作一つ一つが完成されていて。足音も立てずに舞う二人。そして聞こえてくるのは哀愁漂う悲し気なメロディ。それもそのはず。この儀式がゴンを敬うための物ではなく、天照大神を偲ぶための物だからだ。

 この動きが美しいからか。観客の目には二人が輝いて見えていた。舞の完成度、放たれている神気。舞の背景に見えてくる姿。そして二人自身。ここだけが世界の様相を変えたかのように、まるで神の御座に招かれたかのように、ここだけは別時空にいるかのように錯覚していた。


 そしてその最後、二人が正座をして音が止んだのと同時に社からある物が空中に散布される。明と珠希が陰陽術で撒き散らせたものだ。これを観客たちは手を伸ばして手に入れる。

 星斗と一緒に見に来ていたマユが。Aと一緒に屋上で見守っていた姫が。こっそり忍び込んでいた、調査をしていて偶然明たちを見付けたキャロルが。そして友達と一緒に校舎から見ていた真智が。それを手に入れていた。


 朱い布に、白い字で書かれたそれは。


「恋愛成就のお守り……」

「それは我が家、難波家で長年神に奉納していたお守りでございます。どうか、あなた方の幸せを祈願しております。そしてそのお守りですが、一年C組でも委託販売を行っております。もし、お求めの方は教室までお越しください。効果は、我らが神の名に誓って、保証いたします」


 この言い方は今の世の中ではかなりの信憑性がある言い分だった。大天狗が神だという情報がネットには随分広がっている。それを否定できる材料がなく、当時の超常現象も記憶から薄れるにしては時間が経っていない。

 そして難波が安倍家の分家だと昨日の時点で知れ渡っている。そんな人たちが、安倍晴明の血筋が神を騙るわけがないと。


 百近くのお守りを配ったが、ここに居る人間の総数を考えると全然足りない。何が配られたかわかった者たちは、すぐさま教室へと駆けていく。何故かネットで難波のお守りは効能があると口コミがたくさんついているからだ。

 流通自体も少なく、手に持っていると怪我や病気にならなかったと。それは神気の影響が多大にあり、恋愛成就については全く信憑性がない。ただ、玉藻の前がそうであればいいなと願っていただけのこと。


 その評判もあってか、お守りはすぐ売れていった。明と珠希も接客が大変だったが、充実した文化祭になったと言えるだろう。

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