第104話 4ー2

 お昼休憩を貰った俺たち。ミクもクラスTシャツからアリスの格好になって校内を歩く。宣伝になるからと、校内を歩く分にはクラスTシャツじゃなくても許可されている。お化けの格好をした人やただのクラスTシャツ、はたまた俺たちのように何かの格好をした生徒たちがたくさん歩いている。

 そこに一般客が混ざっているんだから凄い光景だ。学生は制服を着てやってくる人たちもいて、見たことのない制服も散見できる。茶道部が着物で歩いてたりもする。それに昨日よりも人が多くて歩きづらい。


 ゴンが歩き回らないのも納得だ。地元の祭りよりも人混みが凄いから、ぶっちゃけ経験したことのない人口密度だ。

 祐介はまだ仕事中。瑠姫も調理室でかかりっきりだ。今近くにいるのは銀郎だけ。つまりこれは文化祭デートだ。


「タマ、何食べたい?」

「そうですね……。軽食で良いと思います。味見を結構しちゃったのであまりお腹空いてなくて」

「じゃあデザート系とかか?」


 パンフレットを見ながら探す。これから生徒会主催の術比べが始まるのでそれまでに見つけておきたい。昨日もお昼と夜は自分たちのクラスの物で済ませてしまったので、まともにパンフレットなんて見ていなかった。

 昨日は桑名先輩のクラスのお化け屋敷しか見る暇がなかった。校内発表でそれだったので今日もあまり期待していなかったのだが、簡易式神によるごり押しでデートを強行した。数は正義だと思い知った。昨日もそうしておけば良かったなあ。

 そうして見ていくと、気になる名前が。


「『注文が多いかもしれない料理店』……?世界料理をいくつか集めました。童話の世界のようなお店作りをお楽しみください。へえ、クレープとかもあるんだ」

「クレープ。いいですね」


 パンフレットはかなり分厚く、一クラスごとに一ページ分掲載されている。部活動などの出し物もそうだ。料理店であればメニューも基本載っている。上映時間やキャストの紹介など、これの中身はクラスに裁量権があった。

 桑名先輩が出る術比べは見たいので、向こうでも食べられる物としては良いだろう。ウチのようなガチの食事だと食べるのに時間がかかるし。


「じゃあそこにしようか」

「はい」


 人混みが凄いので手を繋いで歩く。道中写真良いですかと聞かれることもあったがダメですと断った。こっちとしても宣伝のために着ているけど、写真は撮られたくない。クラスに行けば撮らせてくれる子もいると説明する。

 別に俺たち有名人というわけでもないのに。それに特段可笑しい格好をしているわけではない。下手したら外国では普通の格好かもしれないくらいだ。それで写真を撮ろうとしてくるのはなんだかなあ。女子の比率が多い。


 多分あれだ。ミクの金髪が珍しいのだろう。良く見ればカツラでも染めているわけでもないとわかるし。それにこの空色のエプロンドレスに金髪は良く映える。俺のシルクハットも相まって不思議の国のアリスだとわかるのだろう。

 似合っていることもあるが、ミクが可愛いから写真に収めたいのかもしれない。ただ金髪の女の子がアリスの格好をしているからといって、こうも話しかけられるとは思わない。背の低さも合わせて外国の美少女らしいから、がしっくりくる。実際ミク可愛いし。

 そんなことを思っている内に例のクラスに着いた。ここもそこそこ繁盛しているようで、多くの人が行き交っている。


「凄い凄い!見てよ、真智!ドネルケバブの回転するお肉、高校の教室にあるよ!陰陽師学校って凄い!」

「たしかに……。力の入れ方が違うんだね。あんなこと、ウチの学校でやろうとしたらまず却下されるよ」


 ドネルケバブのお肉台があることに驚くが、それよりも気になる人が。ミクも気付いたのか、繋いだ手がぎゅっと握られる。


「明くん……」

「ああ、彼女だ。かまいたちの妹さん。異能持ち……」


 何で誰も気付かないのか。霊気とも神気とも違う力を、波を纏った少女。知らない学校の制服に身を包んだ彼女は、少し目元を腫らしているが友達の少女と楽しそうに文化祭を巡っていた。

 でもその表情には少し影があって。神気とそれとは異なる力を纏った少女はどこともなく幻想的だというのに。

 どこにでもいる、ただの少女にも見えた。


「タマ、俺たちはあの子のことを知っているけど、関わらない。それが俺たちにとっても、彼女にとっても最善だと思うから」

「はい……。あの人の力、あれは神様の物と同じ祝福です……。贈られる物であるはずなのに、奪い合いの物になって、呪いに転じるなんて」

『物の捉え方ってやつでしょう。お二方、立ち止まっているのは不審ですよ。食事を買うならさっさと買いましょう。時間もないことですし』

「ありがとう、銀郎。銀郎は何を食べる?」

『あのドネルケバブって奴で。あっしも狼なもんで、たまには無性に肉を食べたくなるもんでして』

「その気持ちはよくわかるよ」


 銀郎の忠告でお店の中に入る。ミクは言っていた通りストロベリークレープを。俺は銀郎と一緒にドネルケバブを買った。教室の中がお肉と甘い物の匂いでちょっと微妙な気分になったが、それも文化祭の醍醐味なんだろう。

 三年生のクラスだが、凄く楽しそうにお肉を切っていた。掛け声を「ほあちょー」といった感じでふざけているのか本気なんだかよくわかんないテンションでお互い掛けていた。その様子がとても好ましく映る。


 俺もちょっとは変化があったのか。そうだと良いけど。

 食料を手に実習棟に向かう。そこで術比べが行われるからだ。かまいたちの妹さんも術比べを見に行くようで、俺たちの前方を歩いていた。

 この術比べは陰陽師学校ならではだし、高校の中では随一の実力者たちによる模擬戦だ。これと同等なのは分校である東京校のみ。高校生のトップクラスたちが競う演目なのだから注目度も高い。すでにプロもいる学校だ。これ目当てのお客さんも多いだろう。


 だから席取りも大変だし、最悪モニターで見れば良いと思っている。大きなモニターが置かれている教室や、校内放送用のTVでも見ることはできる。ウチの教室でも中継を流すつもりだ。

 ただ見るからには空気感も含めてやっぱり生がいいもので。それにこの時間なら桑名先輩が見られる。


 賀茂と土御門も出るが、勝てても準決勝位が関の山だろう。すでに対戦表が出ているが、相手が悪すぎたと言える。特に賀茂は。

 なにせ一回戦の相手が桑名先輩なんだから。勝てるはずねえよ、これ。

 実習棟に着くと、すでに試合が始まっていた。桑名先輩の物ではなかったけど。桑名先輩の試合が見られればいいので遅れたことを気にしたりしないけど。


 ファイナリストはたったの八人。一年生二人、二年生二人、三年生四人だけ。今三年生と桑名先輩じゃない方の二年生が戦っているが、終始三年生が優勢だ。三年生は全員四段以上らしいから実力はかなりある。

 それでも誰が優勝するかと言われたら、確実に桑名先輩と答える。まず霊気の量が圧倒的だし、退魔の力が使えなくても高難度の攻撃術式を多数使えるというだけで有利だ。たとえ補助術式やその他の基礎術式が使えなくても、一対一という形式上問題にならないだろう。逆に幻術とか使おうとすれば退魔の力で打ち消せるだろうし。


 それでも見に来たのはやっぱり知り合いの応援ぐらいはしてみたいから。姫さんと心境は変わらないだろう。超満員ではあるが、辛うじて空いている席を見つけて座る。随分と熱狂的だが、俺たちは次の試合が見れれば良かったので立ち上がらずに観戦する。

 今行われている試合で決着がつく。やっぱり勝者は三年生。勝って当たり前ではあったけど、それでも見ごたえのある試合だったのだろう。そこかしこから拍手喝采だ。

 入れ替わるように桑名先輩がやってくる。霊気も万全で、顔色も悪くなく緊張している様子はない。何も気にせず見ていられそうだ。


「では選手説明を。まずは二年生の桑名雅俊。彼は退魔の力と呼ばれる特殊な術式を使う家系でね。彼の術式は彼の一族しか使えないものだそうだ。この退魔の力には呪術省も一目置いているね」

「先日発表された強力な存在である妖や、魑魅魍魎に効きやすい術式のようです。桑名先輩の成績を見ると、攻撃術式は得意のようですが基礎術式が苦手のようですねー」

「それは言っていいことなのかい?牧角君」


 どうやら選手の解説は都築会長と書記の牧角さんが行っているらしい。マイクを通して二人の声が聞こえる。どこからモニターして見ているんだか。そこまで探そうとは思わなかった。


「成績を言ってしまったのは仕方がない。では重要な事実をもう一つ。桑名という家は安倍晴明の血筋だ。静岡を拠点にしているが、その名は京都でも有名だろう。もっとも、力の方が有名で血筋のことは知らない人が多いだろうが」


 それ言うんだ。でも難波の分家だということは言わない。難波の家を知っている人は陰陽師に関われば一定数いるだろうが、一般人ではほとんど知らないだろう。父さんが何かしても新聞の片隅に名前が載るくらいだし。

 だからたぶん他の観客たちは勘違いをしている。土御門の家系だと。晴明の血筋ってなると思い浮かべるのは普通そちらだ。


「マー君がんばれー!」

「まーくん?」

「マー君?」

「あの声って……」


 突如聞こえた声に桑名先輩はキョロキョロしだす。俺たちはすぐに方向がわかったのでそちらを見ると、この前見た姿の成長した姫さんの姿が。着物を着て今は母さんの格好をしていなかった。

 隣には仮面をつけたAさんが平然と座っているけど、誰も気にしていないんだろうか。姫さんはにこやかに桑名先輩に手を振っている。桑名先輩も見付けたのか、力なく手を振り返していた。


「うわー、美人な方……。これは桑名君も一層張り切っちゃうでしょうねー。隣の男性もカッコイイ」

「ご家族の方かな?これ以上言うなっていう警告だったのかも。では綺麗なお姉さんに免じて相手の説明に移ろうか」


 そんな意図なかったと思うけどなあ。だって姫さんだし。注目浴びる意味がないからな。あの人たちのこと、マジで誰も気付いてないな。四月にここ襲撃した二人組だぞ。Aさんの姿は襲撃に来た時と同じ格好だから、他の人たちにはどう映っているのかわからない。


「では相手の紹介を。賀茂静香さん。一年生ですねー。ご存知、あの陰陽大家賀茂家の御令嬢です。賀茂家の名に恥じぬ成績といいますか、どれも突出して高いですね。苦手な術式はないようです」

「え?占星術苦手だよな?」

「できる人の方が少ないですよ、明くん。わたしだって占星術はできませんし」


 俺の疑問にそう答えるミク。だって、賀茂家だぞ。星見でブイブイ言わせていた家の御令嬢が星見じゃないって滑稽話だろ。いや、あの家に今星見が居るのかすら怪しいけど。

 それにどれも突出しているわけじゃない。どれも平均的に高いだけだ。高校生にしてはという頭文字が付くはずなのだが、ここは学校だからそれが付かない。高校生としたら優秀なのかもしれないけど。


「静香様~!」

「キャー!今日も麗しいわ、お姉さま!」

「おや、こちらの応援団も変わらず凄いね。男女問わず人気のようだ。校内でも人気があるとは聞いているけど、校外でもファンは多いようだ」

「横断幕までありますねー。手作りの団扇まで。それを見ても集中力を高めたままの賀茂さんは、クールですねえ」

「さて、そろそろ始めようか。実はスケジュールギリギリだし」

「会長、そういうこと言わないでください」


 桑名先輩も賀茂も呪符を手元に用意している。二人の準備が整ったということで、プロの陰陽師が務めている審判が開始を告げた。

 そこから始まる術比べ。この一回戦の特徴はどれだけ力を温存して勝ち進めるかとお互いに考えていることだろう。決勝まで行ったらあと二回戦わなければならない。それまで連戦になるのだから霊気の無駄遣いはできない。

 だから一回戦はあまり見所のない試合になると思っていたが。


「いやはや。凄いねえ、桑名君は。それとも先のことを考えていないのかな?あれほどの攻撃術式を連発するなんて」

「でも桑名君、普段の授業でもあんな感じですよ?前聞いたことあるんですが、彼は霊気の量が多いのか攻撃術式を連発してもあまり疲れないそうです」

「それは凄い。あの量と質の攻撃術式を捌くのはプロでも厳しいだろう。かく言う僕にだって無理だ。同じ威力の攻撃術式をぶつけるにも、防ぎきる防壁術式を作るにも、そこまで数は出せないからね」

「ちなみに会長はプロ五段の資格を持っていますよー」


 知らなかった。やっぱり優秀なんだな、生徒会のメンバーって。というかこの学校が、というべきか。一応高校では最高峰という名前に偽りはないらしい。

 桑名先輩の霊気も相当多い。これは難波の家系の特徴とも言えるかもしれない。土御門系は呪術大臣を見てみてもそこまで霊気が多くない。同年代の父さんと呪術大臣では父さんの方が圧倒的に多い。


 この理由としては難波の家系が式神運用を前提としているために、霊気を増やすための修業を幼い頃から続けているからと、あとはやはり血筋だろう。ウチの血筋だと産まれつき霊気が多いという統計がある。桑名もそういう流れを汲み取っているのだろう。

 今、賀茂が一つの術式を使った。だが目に見える効果はなし。それもそのはずで、桑名先輩が術式の効果が発動する前に退魔の力を使って効果を消していたからだ。


「おや、不発ですか?珍しい」

「違うよ、牧角君。きっと桑名君が退魔の力を使ったんだろう。まさか不可視とは恐れ入った」

「どういうことです?会長」

「賀茂さんほどの実力者が術式の不発をするとは思えないからだ。効果が顕われていないことに賀茂さんが驚いていたからね。絶対の自信があったようだから、効果が打ち消されたことは意外だったんだろう。たぶん幻術とかそういう系だろうが、そういう呪術と呼ばれる術式には退魔の力が作用するんだろうね。うん、確実に僕じゃ勝てない。小細工は退魔の力に、出力勝負じゃスタミナ的にも出力的にも敵わない。お手上げだ」


 都築会長の説明に会場から感嘆の声が漏れ始める。打つ手なしになったのは都築会長だけではなく賀茂もだ。切り札たる偽茨木童子を召喚する時間を桑名先輩が与えるはずがない。それに相性的に退魔の力で一発だ。出す意味がない。

 そうなると賀茂の勝ちへの道筋は。残念ながらないだろう。これが連戦続きの最終戦だったりして桑名先輩が疲れていればチャンスもあったかもしれない。


 だがこれは初戦で。桑名先輩は疲れていないし、霊気の量も余裕があって。退魔の家系たる桑名先輩に攻撃術式で勝つ手段は、ない。

 今、攻撃術式が賀茂の前に着弾した。これを見て審判が桑名先輩側の左手を挙げる。術比べは相手が傷付く前に試合を止める。これで傷付いたら模擬戦にならないからだ。


「審判手を挙げました!勝者、桑名雅俊~!」

「最古の陰陽師の御令嬢も、一年の積み重ねは大きかったのかな。相性もあるだろうね。だが高校生という観点から見ると素晴らしい術比べだったでしょう。皆さんのこの歓声を聞けばわかると思うけど。これはもしかしたら実現しちゃうかもねえ」

「安倍晴明の血筋対決、ですね」

「そうそう。幸い山は別だから、決勝戦はそうなることもあり得る。一年生だから、どこまで勝ち上がれるかわからないけどね」


 その決勝戦はつまらないかもしれない。桑名先輩があの男を完膚なきまでに倒してくれれば少しは溜飲が下がるとは思うが、やるなら自分の手で決着をつけたい。

 それを下すための格好の場だったかもしれないが、文化祭はそんな私怨を発散する場ではない。それくらいの常識はある。だからやるなら然るべき場で、やるべきだ。


 食べながらの観戦は賀茂が呆気なかったせいもあってちょうど食べ終わるくらいの短い時間だった。でも休憩時間も終わりだし、教室に戻るか。これからもうちょっと頑張って、術比べの決勝を見ながら休んで、演目をやって最後の追い込みがある。

 術比べに負けてしまった賀茂はその後ずっと接客だ。見に来ていた親衛隊のような人たちが制止も聞かずに写真を撮りまくっていたのが印象的だった。むしろ周りが引くレベル。


「そこまでして撮りたいのですか⁉あなたたちは!」

「だってお姉さまの貴重な姿ですもの!さきほどは和装でしたし!」


 洋服を着ている賀茂は珍しいのだろうか。興味もないからどうでもいいというか。こいつとあの男が婚約者ねえ。皆考えることが一緒というか。この親衛隊も賀茂のどこに惹かれているのだろう。

 そんなどうでもいいことを考えながら、接客を続けていた。知り合いは来なかった。


────


 昼の部の接客終了。というわけで術比べの決勝戦に向かう。祐介もやっと解放されたので持ち帰りパックに入れたウチのクラスのカレーを片手に持って移動する。天海も休憩だ。ちなみに賀茂もそうだが、一緒に行動はしていない。

 応援する相手が違うからな。俺たちは桑名先輩を、賀茂は土御門を応援するんだから。でも本当に勝ち上がるとは思わなかった。準決勝で戦うはずの三年生が第一試合で奮戦しすぎて霊気切れで戦えずに不戦勝で勝ち上がってきた時は出来過ぎていて笑ったほどだ。不正はないらしい。


 天海と祐介は純粋に試合が見たいようで、どっちを応援するとかないらしい。大半はそういう人だろう。この学校の最強は誰か、それが見たいだけ。この学校はそれだけ影響力のある学校だ。プロの陰陽師の卵はおろか、プロもいる。未来の四神だっているかもしれない。これから自分たちを守ってくれる陰陽師たちばかりだ。

 ある意味今日の文化祭のメインイベントだ。会場に着いた頃にはすでに満員御礼だった。これは立ち見になりそうだ。


「うわぁ。凄いお客さん」

「祐介、ドンマイ。立ち食いだな」

「しゃーねえよ。これくらいは予想してた。全員座って見られるとは思わねえだろ。なにせ、血筋対決だ」


 かなり校内でも宣伝されている。興味がなかった人も見ようとか、モニターで中継を確認しようとしている。ウチの喫茶店も小さいながらTVがあるから大変そうだ。俺とミクがシフトに戻るのは演目の後だから知らん。

 開始前に間に合って良かった。でももう始まる直前だ。人がいっぱい居すぎて移動に時間がかかる。何とか下が見えるような場所を確保して観戦する。Aさんたちも見付けた。ちゃっかり見やすい最前列を確保している。


 ゴンはどうせ結果がわかり切っているからと見に来ていない。出歩くのが嫌という理由もあるだろう。瑠姫も調理室の責任者ということであっちにかかりっきり。実力者が見たら一目瞭然だろう。それだけ戦闘特化の家系である桑名先輩に一対一で勝てる陰陽師がいないという証左だ。


「あ、始まるね」

「すぐ終わりそう」


 天海の言葉にそう返すと、ミクが静かに頷く。だって、桑名先輩の霊気、一回戦の時から一切変わってないんだから。なんか攻撃術式を使う際に霊気を温存できる方法でも編み出したんだろうか。それだけ継戦能力が高いというのは戦い上手ということ。

 退魔の力というのは言葉面だけを見れば妖や魑魅魍魎にしか効かない術だろう。だが、一回戦の時に見せたように呪術や悪意のある術式なら普通の術式にも作用する力だ。きっと桑名先輩は退魔の修業以外にも対人戦闘をこなしているのだろう。それだけ陰陽師を相手にすることに慣れている。


 今回の「かまいたち事件」のように、救いようのない陰陽師は存在する。そういう陰陽師を相手にすることも想定しているんだろう。呪術犯罪者っていうのは数多くいるし。というか、こんな世の中になって発狂してそういう悪の道に堕ちる人間も多かった。

 呪術犯罪者は警察にはどうしようもできない。類い稀な才能を持ったかまいたちや、陰陽師でしか対応できないのが一般常識だ。むしろ今回の場合はかまいたちがおかしい。


 あと。蟲毒をやった時点で土御門は呪術犯罪者なわけだけど。物的証拠が欲しい。祐介を攻撃してる時点でクズなわけだけど、祐介も立証する手立てと理由がないし。


「オン!」

「ウン!」


 始まった。二人の火球がぶつかり合うが、威力は確実に桑名先輩の方が上。今日一回しか戦っていない土御門と、二回戦った桑名先輩で桑名先輩の方が霊気上の時点でこの衝突も結果が見えてる。

 案の定、桑名先輩の火球が土御門のを食い破って土御門に迫る。水の壁を出して防いでいたけど。


「うわー。土御門君、術式の構築速いね。でも桑名先輩の方が威力強いし……」

「……そうか?速い?」

「明くん、誰と比べてます?」

「タマとか星斗とか父さんとか」

「……陰陽師でもトップ連中と比べるなって。明」


 何を言うんだ。ミクと俺はあいつと同い年。それで俺たちより攻撃術式の構築が速いとは思えない。式神抜きでも星斗と良い勝負できそうなんだけど、それと比べたらなあ。でも星斗は八段で五神候補か。それと比べると拙いというのもわかる。

 それが今の星斗なら、だけど。俺が比べているのは迎秋会の星斗。同じ十五歳の時の星斗と比べても土御門は劣っているように思える。俺たちは式神行使がメインで、攻撃術式は二の次にしてきた家なのに。


「で?明だったらあの二人にどうやって勝つ?ああ、式神なしで」

「防壁術式を多数展開して防御がっちがちにして、詰将棋のように攻撃術式で意識を向けつつ小さい呪術で足でも絡め取って気絶させて大きい術式でトドメ、だな」

「えげつな……」

「……え?待って。難波君って術式いくつ同時展開できるの?」

「五・六はいけるぞ。術式の難易度にも依るけど。ゴンとか使役しながらでしか使ったことないから、正確にはわかんないけどな」

「……高位の式神を二体使役しながら、五・六個の術式を同時展開?え、難波君マルチタスクそんなにできるの……?」

「タマも四つはいけるだろ?」

「はい。わたしの場合は霊気によるゴリ押しですが」


 三つまでは難波の家だと当たり前。それ以上はゴンの指導の賜物と、変化した時代のせいだろう。Aさんが時代を変遷させてから、俺やミクの力は色々と増大した。魔に分類される俺たちの力が妖や魑魅魍魎と一緒で刺激されたからだろう。

 下の光景を見ていると、土御門は俺たちと違うらしい。同じ血筋なのに。新入生歓迎オリエンテーションの時のままだ。本人がこんなところで本当の力を発揮しようとしていないのか、あれが本当の実力なのかわからないけど。


 でもゴンの調査だとあれが素みたいなんだよな。特に隠している力とかはないらしい。今回この術比べに参加したのも家の名前を売るため、というか威信を見せつけるためだろうけど。桑名先輩が出てるのに出ちゃダメだろ。

 でも出なかったら批判を受ける可能性もある。下手に有名って大変だな。俺たちみたいに知っている人は知っている名家ぐらいがちょうどいい。


 攻撃術式の打ち合いでは分が悪いとわかったのか、土御門は呪具を用いた戦法に変える。その呪具は神木のようで、かすかに神気を宿している。そんな物まで持っていて神気に鈍感なのか。それは術式の構築を補助してくれるのか、発動が速くなった。たぶんただ神気から力を借りているだけ。それを呪具の効果だと錯覚しているのだろう。そこまでして、やっと星斗と同等。桑名先輩は何事もなく応酬している。

 激しいぶつかり合いになって盛り上がる観客。エンターテインメントとしてはこういう派手な物は映えるのだろう。


 桑名先輩に対する攻略法。それはある意味青竜が正解だ。肉体強化の術式で接近して肉弾戦に持ち込む。桑名先輩だって妖がどれだけの身体能力か理解しているからある程度は対応できるだろうが、青竜ほどになると厳しいかもしれない。

 で、今回の術比べのルールとして相手への肉体による攻撃の全てを禁止している。催しだし、術比べだからな。だから似たような方法として銀郎とかを呼び出して接近させて首元に刀を向けさせて降伏を促す。退魔の力を発動させるよりも速く。それが勝利条件だ。


 でも退魔の力は無詠唱で発動できるもの。ということは桑名先輩が反応できない速度で距離を詰めなければならない。だから強力な式神か、青竜のような極限まで鍛え抜いた肉体強化の術式が必要。

 あとは退魔の力が効かない存在を使役することだけど。神様なんてほぼ使役できない。つまりはただの学生に対処なんてほぼできない。それが一対一となればなおさらだ。


 ただ、今回土御門は頑張った方だろう。霊気も限界まで消費して、呪符も大量に使い込んでいる。二人が消費した呪符は五十枚以上。それだけの術式の応酬があれば見ている側としては充分だ。

 決着は、土御門がふらついたこと。それを見て霊気切れを悟った審判が手を挙げた。桑名先輩はもう二回ぐらいは戦えそうだ。完勝だな。


「決着ッ!今年の術比べ優勝者は二年生の桑名雅俊!いやあ、敗れましたけど、土御門君も奮戦しましたね」

「ええ。良い試合でした。それと僕は出なくて良かったなと思いますよ。桑名君はまだライセンスを持っていません。それで五段の僕が負けたら顰蹙を買うところでした」

「マー君やったあ!」

「タマ、行こうか」

「はい」


 姫さんの嬉しそうな声も聞こえたし、予想通りとはいえ見たいものは見た。そして相手の実力もわかった。相手側の大体の戦力も。そういう意味ではこの術比べは有意義だったと言える。


「明と珠希ちゃん、表彰式見ていかねーの?」

「準備があるんだよ。そこまで見てたらゴンに怒られる」

「すみません。着替えとかもありますから」


 主役はゴンだし。配るものとかの用意もある。余裕を持って行動するのは当たり前だろ。ウチの神様のための儀式なんだから。

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