第103話 4ー1

 昨日の夜の、突然の雨には驚いた。予報になかったからだ。誰も傘を持ってきていなかったので、術を使って屋根を作って濡れないようにしていた。それをやってみせたら賀茂に睨まれた。別に物理障壁なんて大した手間でもない、初歩的な術式だろうが。式神行使からしたら初歩だっての。

 そう祐介に言ったら全員が全く濡れないくらい厚くて大きな物理障壁なんて方陣を展開してるのと同じだと怒られた。こういうことが得意な祐介が言うんだから間違いない。たぶん神気が増えた影響だろうな。


 そんな突然の嵐に、どこか既視感を覚えながらも今日は打って変わっての晴天。いい文化祭日和だと言えるだろう。今日の俺たちのシフトは朝一で俺と祐介、天海が接客。ミクが調理。十二時から休憩なのでそこで学校を回りながらご飯を食べて、その後また接客。三時からまた休憩で、そのまま例の出し物をやって、最後に接客して終わりだ。

 これから天海によるちょっとした挨拶の後、準備に取り掛かる。とはいえ、接客する人間はすでに着替えていて、クラス中が浮足立っている。今日は一般客も呼ぶこと、高校生になって初めての文化祭ということで興奮しているのだろう。


「えーっと、皆さん。今日は二日目で一般のお客様も来られます。マナーを守って行動してください。あとシフトは余裕を持って行動を。昨日も皆シフト守ってたから大丈夫だと思うけど。でも校内にたくさん人がいるので、移動に時間がかかると思います。それだけは本当に気を付けてください」

「わかってるよー。薫ちゃんも大変だねえ」

「茶化さない。で、ですね。昨日も言いましたが何か事件、およびかまいたちによる事件が起きた場合は警邏をしてくださっているプロの陰陽師の方々にすぐさま連絡を。腕章をしているのでわかると思います」


 祐介のおふざけも一蹴。そして、そのプロが殺される可能性があるんだけどな。まあ、残っているのは朱雀だけだ。朱雀がこの文化祭に来ないのはわかっているし、彼もさすがにこんな場所で殺人をやるとは思わない。

 窃盗とか出し物の妨害といった軽犯罪は例年いくつかあるのだとか。一日目の校内発表ならそうでもないらしいが、二日目は気を付けないといけないらしい。昨日は何もなかったので楽観視している一年生が狙われやすいと星斗から聞いた。特に財布。そんな奴近付いて来たら物理的に黙らせるけど。


 安倍晴明の分家次期当主なめんな。そんなことしてきたら、夏休みの間に読み込んだ芦屋道満の呪術大全から引っ張ってきた呪術片っ端から試してやる。いや、効果酷いものもあったから全部はやめておくけど。血流全部逆流するとか、むしろ血液に不純物作り出すとか、脳に直接幻術を送り込むことで機能不全にさせるとかどういうことだよ……。

 ちなみに。その呪術大全は様々な生き物の心身が詳細に調べられていて、どの生き物にはどの術が最適かなんていう注釈もついている。それを解読していくとあら不思議。医学書になるのだ。医者が初めて読んだ医学書の名前に呪術大全が上がるほど。


 平安時代に書かれた書物としては有り得ない程精密な生き物の構造が書き込まれている。それ以降は開国寸前の蘭学を取り入れなければ、詳細な人体の様子なんてわからなかったのに、呪術大全には人間以外の生き物の解剖図まで載っているのだ。平安七不思議に数えられている逸品だ。

 話が逸れたが、一般客が来るということは危険もあるということ。だから気を付けろってことだ。そこら辺は大丈夫だろう。何かあればゴンや銀郎が守ってくれるはず。


「あと。今日は賀茂さんが術比べのファイナリストになったので賀茂さん目当てのお客さんがたくさん来ると思います。それに、夕方から売り出した難波君の家の代物も。あんなことするなら事前に言ってほしかったな」

「生徒会に言うなって言われてたから仕方がないだろ。あと、商品の発売については事前に許可を取ってる」

「……はぁ。ということで、今日は大変忙しいことが予想されます。今言った二つはSNSで大きく取り沙汰されているので」


 天海がため息をつきながら携帯電話のある画面を見せてくる。ウチの生徒が昨日見たものを拡散したんだろう。すごい評判になっていると祐介に聞いた。ぶっちゃけどうでもいい。

 賀茂が拡散されているのはもちろん、賀茂家の御令嬢だからだ。それに一年生のファイナリストが賀茂と土御門光陰だったということもある。未来は明るいだのなんだのって話がどんどん広がっているだけだ。


 気が早いし、たかだか学生のお遊びなんだけどな。実戦で役立つかどうかは話が別だ。式神行使に関しては確実に俺やミクに敵わないのに、未来が明るいと言われても。二人が四段のライセンスをこの夏に取得したということも大きいのだろうけど。

 俺たちが注目されているのも結局は安倍晴明の血筋だから。それで面白いことやってて、一年生ともなれば注目されるのもおかしなことじゃない。それと注目されているのは瑠姫だろう。二又の猫で、人型。難波が誇る最強の式神。噂で瑠姫がそうだと知っている人は居ても、実際に姿を見るということとは話が別だ。なんたって滅多に姿を見せない存在だから。


 学校ではよく姿を見せているので、知らない人からしたら珍しい式神だと思われる程度。逆に知っている人からは腰を抜かすほど驚かれる始末。最強の式神が調理室借りて料理教室開いていたらなあ。驚いて当然。

 父さんがバカみたいな数を送ってきたけど、むしろ今日にはなくなりそうな勢いだ。多分足りない。それにクラスの連中もいくつか買う始末。


「不足の事態に備えるように、今日のシフトはお店での接客人数を増やしています。あと調理室から運ぶ係りは今日全部難波君と珠希ちゃんが簡易式神として用意しておきました。昨日運ぶ係りをしていた人はその時間分接客をしてもらう予定です。時間帯は変わらないんだけど、一応訂正版のシフトを前の黒板に貼っておくので確認してください」


 俺とミクで簡易式神計五十体。これだけいれば余裕だろと思って配置してある。食べ終わった食器を運ぶ奴と、食器洗いをさせる奴、有事の際に動ける奴などちょっと多めに用意した。昨日も夕方からかなり盛況で人手が足りなくなって用意したら、明日もお願いと天海に言われてしまったのだ。

 今日の方が忙しいのは星斗に聞いてわかっている。今日来るらしいけど、もう一人連れていくと言っていた。誰だか。いや、なんとなく予想はついているし、彼女が来ることを伏せておきたいんだろうけど。見る人が見たらわかるんじゃないかなあ。いつも通り式神を実体化させているんだろうし。


「ということで、今日も一日張り切っていきましょう。何かクラス内でトラブルがあったら私か、八神先生に連絡ください」

「薫ちゃーん。折角だし円陣とかやらね?こういうことやる機会なんて滅多にないでしょ」

「円陣……。やりますか?」


 頷く人多数。祭りの雰囲気づくりってすげー。いつもは内気な女子とかまで大きくブンブンと頷いている。そんなにやりたいのか、円陣。産まれてこの方やったことがない。そういう体育会系のノリは極力避けてきたし、誰かと肩を組むなんてこともほぼしたことないからなあ。


「じゃあやりましょう。時間もないので手短に」


 わらわらと動き出すクラスメイト。祐介とミクと肩を組む。いつもと変わりない面子というのは大事だ。あと、ミクの隣が天海で俺が安心した。肩を組んで少し背を丸める。というかそうしないとミクとの身長差で綺麗に映えない。


「文化祭二日目、頑張っていきましょう!一年C組、ファイトー!」

「「「オオオオオオオオーー‼」」」


 あ、そうやるのね。すっかりわからなくてただ肩を組んでいるだけで終わってしまった。ミクや祐介はちゃんと叫んでいたのに。賀茂も困惑していた。そんなところで共通点とかいらねえわ。吐いて捨ててやる。

 そう思っていると、八神先生の方からピピッという電子音が。全員が向いてみると、手にはハンドカメラが。


「お前らの事映像で撮っておいたからな。年度末にDVDに落として配ってやる。これも学生時代の思い出って奴だろ」


 ああ、中学生時代に忌避してた青春って奴だ。そのはずなのに、今は平然と受け入れている。この変化は舞台が変わったからか。ミクが隣にいるからか。それとも。

 文化祭の開始を告げる都築会長のアナウンスが、校内に響き渡る──。


────


「いらっしゃいませー」


 マジで盛況。賀茂の姿を見に来た人間もいれば、ウチの料理がプロ顔負けだと評判になっているからだ。文化祭一美味しいと言われる評価は正しいものなのか。実家で出されている味だし、瑠姫は元々料理店で働いていたプロだ。美味しいのは当たり前というか。

 開店してすぐ席は埋まってるし、外に並んでる人までいる。教室の外で販売している例の商品もそこそこ売れているらしい。いいことだ。忙しいのは嫌だけど。


 今はミクが調理の時間なので俺とセットでいるのは祐介。不思議の国のアリスに出てくる帽子屋とチェシャ猫だ。男子が猫耳と尻尾つけているのはやっぱり可笑しなことのようでよく写真を撮られている。本人が許可を出さないと写真撮影はNGなのだが、祐介が綺麗なお姉さんに撮っていいと聞かれて承諾してしまったためにフラッシュの雨あられ。今や開き直っている。男子からも面白半分で撮られているのは笑うしかない。

 俺はNG出してるから撮られることないけど。ミクも、というか女子の大半はNG。ノリのいい女子だけOKを出している。身内の昨日なら良いけど、一般客に撮られたらすぐ拡散するからな。昨日も結局したけど。


 どうせ俺たちは後でたくさん撮られるんだし。今着ている衣装も基本はスーツだからコスプレ感はない。シルクハットとステッキを持っていることぐらいだけど、料理を運んだり会計をしたりしているとステッキを持っている余裕がないので基本は陰陽術で背中に固定している。手持ち無沙汰になったら持とうと思っていたが、そんな余裕なさそうだ。

 そんな感じで最初の一時間が過ぎていくと、ある二人の姿がお店の中に見えてきた。


「二名様ご案内デース」

「いらっしゃいませー」


 その二人は背の高い二人組。和服をびっしりと着こなした、コスプレ喫茶に来るというか文化祭に来るには相応しくない格好の二人組。仲が良いのか、腕を組んだまま入店してくる五十代に差し掛かる夫婦。

 に、偽装した二人組。


「明、来てやったぞ」

「……いらっしゃいませ、父さん。母さん」

「御当主!奥方様も!」


 祐介もいきなりのことに驚いている。そう、俺の父さんと母さんに姿を偽っているAさんと姫さんだ。入学式の時のようにこちらに気付かせるような術は使っていないようだが、父さんたちではない。

 呪術省の皆さーん。ここにあなたたちが血眼になって探している呪術犯罪者の二人組居ますよー。この変化を見抜けそうな人はこの後来るけど、たぶん鉢合わせするつもりはないだろうからなあ。こういう技術もあるから捕まらないんだろうけど。

 でも堂々と文化祭に来るとは。結構この世の中楽しんでるよな、この二人。


「あら?珠希ちゃんはいないのかしら?」

「タマは今調理係で。もう少ししたら休憩時間になるので会えますよ」

「それは残念。コスプレ喫茶っていうから可愛らしい姿の珠希ちゃんを見られると思ったのに。あとで写真送りなさいよ?」

「タマに許可を貰ったら送ります」


 どうやって送ろう?この人たち携帯電話持ってないのは確実だから、簡易式神に映像を思念にして送るか。というかそれしか手段がない。


「あの人たち、難波君の御両親?ウソ、すっごく若い!」

「お母さんなんてすごく綺麗じゃない……。難波君が産まれてくるのもわかるわぁ」


 あーあ、注目浴びちゃった。祐介には目配せをして、注文とか全部引き受けることを伝える。それを確認して他の場所に行こうとする祐介を、Aさんが呼び留めていた。


「住吉。その格好似合っているぞ。あと、最近陰陽術の修業を欠かしているのか?以前見た時より大分霊気がブレているが」

「御当主、それは言わぬが花って奴ですよ……。あとアレです。生活費のためのバイトや最近は文化祭の準備で忙しかったんで、ちょっと疎かになってるだけッスよ」

「そうか。不規則な生活はやめるようにな。ああ、そうか。昨日今日は朝から晩までだからそれも祟っているのか」

「そうですよー。明がいきなり売り物増やすから大変で」

「そうするように仕向けたのは私だ」

「御当主のせいですか⁉勘弁してくださいよー!」


 そんなバカみたいな会話をしてから祐介は一礼して立ち去る。俺は空いている席に座って、無音で防諜の結界を張った。


「腕を上げたな、明」

「春から色々あったので。で、どうしたんですか?Aさん、姫さん」

「純粋な興味でもあるぞ?君たちがどんな格好をしているのかと思ってな。また随分と俗な企画だ。だが、だからこそそういう格好を見られたというのはいいことかもしれない」

「A様とペアルックやなあ、明くん」


 む。そういえば。Aさんは普段白いスーツというか、タキシードのような物に仮面、シルクハット、銀の杖で身を固めていた。俺も今の格好だと色違いのペアルックじゃん。そんな気なしに帽子屋を選んでいた。

 だってなあ。画像で見た感じ恥ずかしくなさそうな格好となると帽子屋くらいしかなかったし。ミクがアリスをやりたいって言ってたから、それに合わせるならこれくらいしかなかった。ハンプティダンプティはあれ着ぐるみになっただろうし。


「ああ、注文をしないといけないんだったな。コーヒーとホットサンドを。姫はどうする?」

「じゃああたしはココアとオムライスで。ココアって食後でもええの?」

「大丈夫ですよ。Aさんも食後で良いですか?」

「いや、食事と一緒で構わない。ブラックでな」

「二人ともアイスで?」

「いいや、ホットだ。もうそろそろアイスで飲み物を飲むには肌寒いぞ?」


 Aさんの言葉に姫さんが頷く。今日は人が多くて人口密度が高いから空調を入れている関係で教室の中は結構涼しい。けど廊下は蒸し暑い。その気温差に参らなければいいけど。そういう体調不良者が多いらしい。

 校外は寒い。廊下は暑い。教室は涼しい。そうなると飲み物の暖かさは結構重要だ。


「じゃあ注文を通してくるので少々お待ちください」

「ああ。そういえば今回、学校の術比べには出ないそうだな。優勝できたかもしれないのに」

「出ませんよ。ゴンや銀郎を出したら絶対勝てますから」

「そりゃそうや。マーくん出るから見には行くんやけどね?」

「優勝する者がわかっている競技を見て楽しいのか?姫」

「ええんですよ。あの子が頑張っているという様子が見たいんやから。そういや明くん。銀郎様が教室の中にいるのはわかるけど、天狐様は?」

「ゴンなら人混みが嫌で調理室で待機です。あと料理のつまみ食いしていますよ」

「あらあら」


 俺も一旦離れて暗幕の中に入る。この中で携帯電話を使って注文をする。調理室は近いっちゃ近いが、一々教室を離れるのは面倒だ。あと、飲み物ならこの中でドリンクサーバーを使えばできるため、色々隠すには好都合だ。

 さて、ミクにはこの注文食べるのがAさんと姫さんだって伝えないと。姿は俺の両親の格好をしていることも伝える。

 するとすぐ返信が来た。


「ならより一層腕を振るわなければいけませんね!」


 やる気を出したみたいで結構。二人はミクの料理はもちろん、瑠姫の料理も食べたことないだろうからな。たぶん喜んでくれるだろ。

 この暗幕の中にあまり長居はしないのがルールだ。なにせお店の名前はコスプレ喫茶。本来コスプレをしている従業員がメインのはずだ。料理はオマケのはずなのに、かなり力を入れたよくわからない出し物。

 暗幕から出ると、Aさんたちの周りにクラスメイトが殺到していた。いや、仕事しろよ。


「そんなに昔からあの二人って仲が良かったんですか?」

「そうよ?珠希ちゃんは本家から離れた場所に住んでいたから大体が泊りがけでね。朝から晩まで一緒にいたわ」

「キャー!」

「よくゴン様が二人を連れ出してどこかへ行ったり、陰陽術を学ばせたりと様々なことをさせていた。それにあの二人、誕生日ごとにプレゼントを贈り合っていたし、バレンタインデーやホワイトデーも律儀に渡し合っていたな」

「それで付き合ったのが最近って、難波君薄情―」


 おいおいおい。何でそんなことまで二人は知っているんだ。両親に化けるためにそこまで調べておいたのか?ああいや、違う。Aさんは星見だ。俺のことを過去視で視れば一発じゃないか。

 本当に相手が星見だと、プライバシーも何もあったもんじゃない。


「……俺の人権は?」

「別にこんな笑い話、隠していても仕方がないだろう」

「せめて微笑ましいって言ってくれないかな?」

「お前にとっては恥ずかしい思い出を笑ってやらないでどうする?」

「はいはい。父さんはそういう人でした」


 くそう。本物の父さんと話しているみたいでやりづらい。化けるためにはその人のことを知らないと化けられないってか。姫さんも母さんの演技が上手いし、いっそ俳優にでもなってくれ。


「16卓、ホットサンドとオムライス届いたぞー」

「今取りに行く」


 教室の前でトレイごと受け取る。さすがに料理が届いたためか、全員自分の仕事に戻っていた。そのまま二人の前に配膳する。


「お待たせしました」

「では頂こうか」

「いただきます」


 Aさんはフォークとナイフを使ってホットサンドを切って、フォークで刺して食べる。姫さんはスプーンで二人ともお上品に食べていく。お手拭きなども用意してあるが、ホットサンドはとても熱いので手づかみじゃ食べられない人もいるだろうからと、フォークとナイフを用意しておいた。

 うん、用意しておいて良かったな。

 姫さんはオムライスを口に運んで頬を綻ばし、Aさんは喉を通した後、何故だか涙を零していた。


「えっ?」

「ほら、言ったでしょう?きっとあなたとわたしじゃ感じ方が違うって。はい」

「……すまない」


 姫さんが腕を伸ばしてAさんの頬に伝う涙をハンカチで拭っていた。父さんと母さんの姿で行われるその行為は、どこか既視感があっても、とても綺麗な物に感じた。


「悪いな、明。取り乱した。これを作ったのは珠希か?」

「はい。より一層腕を振るうとは言っていましたが……」

「そうか。……美味しかったと、ちゃんと伝えてくれ」


 その後はそんな奇行もなく、食後の飲み物もしっかり飲んで、姫さんが持っていた携帯電話で記念撮影ということで写真を撮られた。三人が映るように、祐介にカメラ係をお願いして。親だから特別事例ということで、他の写真撮影はNGのままだ。

 そして帰る時。


「そうそう、明。これを渡すために今日は来たんだ」


 そう言って渡される一通の便せん。何か術式が込められているわけでもなく、普通の便せんのようだった。


「これは?」

「文化祭が終わったら開けてみてくれ。珠希君と二人で見るように」

「わかった。後で読むよ」


 ひとまず胸ポケットにしまっておく。直接渡しに来たということは重要なものだという確信があるが果たして。

 Aさんたちが帰った後も、休憩時間まであと一時間近くある。びっくりしたけど、大きな波乱があったわけでもないから良いか。

 とか思ってたら星斗がやってきた。隣には予想していた人物と、腕の中に式神が。このこと知ったら大峰さんはどう思うだろうか。ボクは仕事頑張ってたのにって憤りそう。


「よお、明。来てやったぞ」

「来てやったじゃねえよ。人に仕事増やさせやがって」


 席に着ける前に星斗の脛を蹴る。立場的には分家ってことわかってないならわからせようとも思ったが、蹴っただけで周りのイメージも確立するだろう。星斗自身も笑って受け流してるし。


「昨日のSNS見たけど好評だったみたいじゃないか。前に見たのは二年前だったからその時よりどれだけ成長してるか見てやるよ」

「何でそう上から目線なんだよ。ムカつくな。マユさんいらっしゃい」

「お邪魔します。わたしも楽しみですよ?お二人の演目」


 この二人、先輩後輩だからって気安い関係すぎないだろうか。せめて星斗は変装してくれないかね。自分が有名人だって自覚をしてくれ。

 それと式神の玄武にも目線を合わせて軽く礼をする。きっとしゃべることはないだろうけど、挨拶しないわけにはいかないだろう。神様だし。

 星斗のせいかわからないけど、この二人Aさんたちと同じくらい注目されている。俺と気安く話していることと、見たことのある顔だったからだろう。祐介と天海も気付いて軽く頭を下げている。そのことにマユさんが首を傾げた。


「あれ?明くんのお友達の男の子、体調でも悪いのですか?随分と霊気が歪と言うか……?」

「文化祭の準備で生活が不規則になってるだけですよ。心配することじゃありません」

「それならいいのですが……」

「ほら、明。案内しろって。お客様だぞ?」

「そういうお客はたいていタチ悪いんだよ……。客側がお客様って使い始めたらだいたいがクレーマーだからな?」

「たしかに。お店側の都合考えない自分勝手な奴だよな。お客様なんて使う奴って」

「ブーメラン刺さってるぞ」


 一つため息をつきながら席に案内する。客もクラスメイトもいきなりの有名人の登場にざわめき始める。星斗なんてこの前特集組まれたばかりだからな。メディアにもかなり露出してるらしいし。


「香炉星斗さんよ……。難波君と仲が良いみたいだけど、もしかして難波の分家……?」

「隣にいる女の人誰だよ?可愛い人だけどさ」

「……たぶん、玄武。亀の式神を連れてる、香炉さんの知り合いなんてそれくらいしか思いつかないだろ……。あの人もどっかで見た覚えあるし」

「四神⁉」


 あーあ、バレちゃった。これも星斗のせいだからな。マユさんだけで来てればバレることもなかっただろうに。でもマユさん今霊気も神気もかなり抑えてるんだけどなあ。星斗の知り合いは陰陽師しかいないと思われてるってことか。

 それと見たことあるって、他の四神に比べれば露出少ないけど調べれば出てくる人ではあるからなあ。携帯出して調べてる人もいるし。


「注文が決まったらお呼びください」

「ああ。そういえば珠希お嬢様は?一緒にコスプレしてるんじゃないのか?」

「タマは今調理係の時間。タマの料理食えるんだから感謝しろって」

「いや、それよりも瑠姫様の料理だろ。俺たち分家は迎秋会でしか味わえないんだぞ?」

「ああん?タマの料理食いたくねえのかよ?」

『坊ちゃん、ストップです』


 いかんいかん。ケンカ腰になってしまって思わず銀郎が止めに来るほどだった。霊気も漏れてたな。反省しないと。だけど後で星斗には仕返しする。詳細は夢月さんに文化祭デートをしていたと報告することだ。

 泣かれて精一杯困りやがれ、バーカ。


「……お前、大分霊気増えたなあ。俺よりあるんじゃね?」

「俺の場合は神気のせいだろ。星斗は神気そこまでないみたいだし」

「でもセンパイの家は神主の家でもないのに神気を帯びてるって凄いことなのですよ?」

「でもこいつも難波の分家で、それこそゴンと関わることもそこそこあったんで神主の家と大差ないですよ」


 俺とは密度の差はあるんだろうけど。でもそう考えるとミクって凄いよな。本家と関わってるのは星斗と時間的に差はないはずなのに、神気は俺より多い。狐憑きだとか、色々な神様に会っているからということもあるんだろうけど。

 そういえば二人はあの方に会ったことがあるんだろうか。


「星斗は稲荷神社に行ったか?」

「ああ、行ったぞ。マユの実家だし」

「……そうなんですか?」

「はい。神主の家で。そのことを外道丸には名前を名乗っただけで看破されてしまって……」


 知らなかった。だからマユさんも神気を多分に含んでいるんだろうな。俺より確実に多い。なら二人ともあの社を超えたことはあるんだろうか。

 外道丸は外道丸で何やってるんだ……。マユさんにちょっかい出して。そんなに気に入ったんだろうか。マユさんに手を出そうものなら玄武が黙っていないだろうけど。

 話を戻そう。


「じゃあ宇迦様に挨拶は?」

「宇迦様っていうか境内で参拝はしたけど……。え、待て。お前宇迦様に会ったのか?」


 後半は小声で問い詰められる。この様子だと星斗はなし。じゃあ実家だというマユさんはどうなのだろうか。


「五月に会いに行って、その後も何回か会ってる。マユさんは?」

「……おそらく一度だけ。小さい時に神社で迷ってしまって、その時に白髪のお狐様に助けていただきました。とても綺麗な神気を纏っていらっしゃったので、たぶん宇迦様だと思います」


 やっぱり会っていた。しかもあの神の御座ではなく神社の境内で会っていただなんて。マユさんも現代陰陽師からすると規格外だよなあ。コトとミチにも会ってそう。


「はぁ~。マユは実家だから納得だけど、明たちも会ってるのか。ゴン様がいたからか?」

「どうだろ?タマの方が理由としては強いかもしれない。たしかにゴンも宇迦様と旧知の仲ではあったんだけど」

「珠希さんの理由?」

「タマは生まれつき神気を身体に宿していたので。……いえ、正確には産まれた頃のことは詳しく知らないので、おそらくそうだろうというゴンの見立てでしかないんですが」


 さすがの星斗でもミクが狐憑きだとマユさんに話していないだろう。玄武は気付いているかもしれない。これは難波全体での隠し事だ。学校とか必要な場所には最低限伝えてあるが、それ以上は漏らさない。

 俺が初めて会った時に誰にも習わずに神気を帯びていたからな。生まれつきとしか考えられない。


『坊ちゃんも星斗殿も産まれた時から神気を宿していましたからねえ。難波の家ではそう珍しいことでもないんですぜ?神主の家だからということもあるんでしょうけど』

「それでも遠縁で、一度は陰陽師から足を洗った家の子どもがあんな多大な量の神気を宿して産まれてきたらびっくりするって」

「珠希さんもすごいのですね……。わたしも頑張らないと」

「いや、マユは充分頑張ってるだろ。ぶっちゃけ才能なら明と珠希お嬢様に負けてないって」

「それ、普通逆だろ。俺たちの才能がマユさんに匹敵してるって言い方が正しい。俺たちはまだ学生なんだから」

「ウルセぇ。試験受ければ七段くらい簡単に受かりそうな才能持ちが」


 星斗から見てもそれだけの実力者に見えるだろうか。でも七段程度じゃ満足できない。それこそ当主になるには父さんと同じ九段にならないと。


「さて、そろそろ決まりましたか?見ての通り行列ができていまして、長居はご遠慮ください」

「お前の方から話題振ってきたくせに……」

「わたし、チーズリゾットとクッキーセットがいいです。センパイはどうしますか?」

「え?えーっと、ハンバーグでいいや。これご飯って大盛りにできんの?」

「できないです。……玄武の分はクッキーセットで良いですか?」

「はい。たまには甘い物を食べたいようで」

「わかりました。少々お待ちください」


 また暗幕の中に行ってオーダーを通す。今回もミクに相手が星斗とマユさんだと伝えた。また張り切って作ると言うミク。

 持ってきたら美味しい美味しいと食べてくれたから良いだろう。案の定玄武が時間的に食べきれなくてクッキーはお持ち帰りに。帰る際に玄武が肉声で美味しかったと言ったのが印象的だった。もちろんミクにも伝えた。

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