第101話 3ー2

 放課後、真夜中。クラスの出し物の準備も終わった頃、俺たちは中庭に作られたステージに集まっていた。ここにいるのは俺たちだけ、だったんだが。


「何で大峰さんと都築会長がいらっしゃるんですか?練習は非公開だったはずですが」

「僕は生徒会長として一度はステージの出し物は見ておかないといけないからね。それに当日は君たちのステージを見てる余裕はないだろうし。生徒会主催のイベントに自分のクラスの出し物、それに何かあった時のために生徒会室で待機。だから事前に楽しんじゃおうと思ってね」

「ボクも似たような感じだけど、土曜日は文化祭そのものに出られなさそうでね。だから見てみようかなと」


 出られなくなったとは。大峰さんは年齢詐称しているからって、学生であることに変わりはないのに。でも大峰さんは五神だ。護衛や学業よりも優先すべきことがあればそちらへ行くだろう。

 そのするべきこととは。


「『かまいたち事件』のせいですか?」

「ニュースは見たかな?プロの陰陽師が自殺していたっていう奴」

「見ました。変化した時代についていけないと女性が首を吊ったと。たしかその女性の名前は、リストにあった女性でしたよね……?」

「そうだね、珠希ちゃん。これでリストに残る人物は一人だけになった。ただ呪術省はあのリストを把握しているんだかいないんだか。今もかまいたちを探すために陰陽師を派遣しているよ」

「それはしょうがないのでは?市民はリストの存在なんて知らないでしょうし、呪術省としては未知の存在に対処しなければ民意を得られないでしょう。そうすると、捜索の手を緩めることはできない」


 都築会長の説明通り、捜索をやっていると見せかけることが大事なのだろう。たとえ成果が出なくても。プロの陰陽師が見回りをしていれば、かまいたちに殺されるのはプロだけだから自分たちに被害が出ないと安心できる。

 かまいたちへの供物だろうか、プロの陰陽師は。


「なんにしても、かまいたちは捕まえないといけない。殺人は殺人だ。だからボクは最後の一人を監視するお仕事があってねえ。呪術省からも、本人たちの警護よりかまいたちの討伐を優先しろって命令されちゃったし。これを逃したら雲隠れされちゃうだろうからね」

「これ以上殺す理由はないですからね。で、大峰さんは捕まえてどうするつもりですか?」

「もうやめときなさいよって言って終わり。呪術省には討伐しましたと言うわ。かまいたちが全部終わらせた後に捕まえれば疲れていてやりやすいだろうね」


 殺す意味もないからな。かまいたちが悪いわけでもないし。大峰さんが最後の一人を見捨てるってことは、神殺しの他にも好かない理由があるのだろう。最後の一人のことを俺は詳しく知らないのでどうでもいい。

 呪術界の損失だとか、与える影響とか。どうせもう会うことのない人物だ。罪を清算していない人物に、慈悲はない。


「大峰さん、金曜日はいるんですか?」

「最後の一人の休日が土曜日ってわかったからね。たぶんやるならここ。勤務中に『彼』を殺すのは難しいでしょう」

「なるほど。ご愁傷様です」

「四回目の文化祭だし、気にしてないよ。……ただその日って星斗さんも非番なんだよね。たぶん君たちのことを見るために休暇を申請したんだろうけど。折角文化祭デートできるかと思ったのにー」


 できるわけないでしょう。そう即答したかったが喉で止めておいた。ただ文化祭を回るだけの行為をデートと呼べるのか。別に好いている者同士でもないのに。星斗から大峰さんに向けられる感情は確実に好意じゃないからな。

 俺たちにこんなことをさせるために大峰さんに家の行事を伝えたんだから、むしろあいつが面白がって来ない方がおかしい。そういえばまだぶん殴ってなかったな。文化祭は人の目も多いしぶん殴れない。どうしたものか。


「二人はリハーサルでもない練習で良いんですか?木曜日にはきちんとリハーサルをやるとは思いますけど」

「前日は生徒会総出で忙しいからね。術比べの準備もしないといけないし。見られる時に見ておくよ。それに君たちならリハーサルと同じことがもうできるだろう?」

「服装はこのままですけどね。なら始めますか。ゴン」

『あいよ』


 ゴンはステージの奥にある社に入っていく。ゴン用に作らせたものだから小さい。ゴンも入れればいいと思ってそう。

 俺たちも制服のまま準備をする。必要な物を持っているか確認する。銀郎は今回の催しには一切関わったことがないので観客としているだけだ。実際にやるのは俺とミク、そして瑠姫だけだ。

 都築会長がゴンの入った社に近付く。


「天狐殿。中は大丈夫ですか?なにせ急いで作ったもので」

『問題ない。学生の催しなんだからこれぐらい簡易でいいんだよ。明、各種様々な結界は張ってある。さっさとやれ』

「承りました」


 ここからゴンは俺の式神ではなく、我らが難波が奉る神だ。その神を目前にして、無様なことはできない。

 普段は使っていない物を使うのは少し不安だったが、何回か手に取ってみてわかった。ゴンがどこから調達してきたのかわからないが、普段使っている物よりもだいぶ高級な逸品だとわかる。

 それを手にして、俺たちは三〇分の演目を開始した。


────



 銀郎に時間を計ってもらっていたが、三〇分には収まっていた。動きも問題ないし、あとは実際の服を着てリハーサルをやればいいだろう。

 でも一応観客に感想を聞こう。本番では聞けないだろうし、銀郎は見たことあるから別に何とも思わないだろう。


「どうでしたか?お二方」

「美しいものだった。いや、芸術ってやっぱりいいねえ。僕がまだ高校生の間に君たちが入学してきてくれて、これほど嬉しいと思ったことはないよ」

「……ボクも概要は知っていたし、似たようなモノはいくつか見てきたけど。やっぱり家ごとに特色があるね。それとも天狐様っていう掲げるべき神がすぐ傍にいたからかな?うん、良いものだった。お金貰えるよ?」

「貰うつもりはありません。そもそも他のステージ企画はお金を取らないでしょう?俺たちもこれで食べていくようなプロではありませんから」


 家での習い事、が一番しっくりくる。それを文化祭で発表してお金を貰うわけにはいかないだろう。配るものでお金を巻き上げようとは思ってるけど。それが先日父さんから届いてあまりの量に驚いてしまった。全部売り飛ばせるから安心しろって紙が入ってた時には未来視の無駄遣いだと心の底から思った。


「ねーえ、明くん。配る奴先行販売してくれない?お金はちゃんと払うからさ」

「ああ、それなら僕も欲しいな」

「都築会長もですか?てっきりこういう即物的な物を欲しがるとは思いませんでした」

「ボクは即物的ってことかな⁉」


 まあ、この前の痴態を見ていれば。都築会長は本当にこういう物に興味がない人だと思っていたので意外だ。


「内容よりも君たちの祭壇に収められた物だからかな。あっちまでは遠くて行けないし、ご利益はあるだろうからね。あ、他の生徒会役員たちの分も頼まれてるからお願い」

「ゴンが直接渡した方がご利益があるでしょう。他の方々には明日直接渡しますよ。ゴン」

『はいよ』


 ゴンに例の物を二つ渡して、それを大峰さんと都築会長に前足で手渡ししていた。そういえば俺もミクもウチのものだからか、あれ持ってないんだよなあ。


「ありがとうございます、天狐殿」

「わーい!ご利益あると良いなあ」


 子どもか。あんた成人してるだろ。そう思ったが口に出さない。出さなくても良いことはたくさんある。

 俺たちは撤収作業を始めて、今週末に迫った文化祭に想いを馳せる。今回は何事もなく終わりそうなんだよな。むしろこの後の方が少し心配かも。


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