第100話 3ー1

 というわけで、天海に夕方は諸事情で俺とミクはお店に出られないと伝えた。やる内容は当日までの秘密になったが、その時間帯は空いていたので簡単に要望は通った。スケジュールは完成していたけど、空きがあって良かった。

 ウチの学校の文化祭は、かなりの長時間だ。朝の九時には始まって、終わるのは夜の七時。この朝早く起きて学校に来るというのは辛いが、この文化祭を楽しみにしている人が多い証拠だ。


 なにせ京都の大祭である祗園祭と並ぶ、京都三大祭りと称されるほどの大人気イベントだ。ちなみにもう一つは陰陽師大学の文化祭。どれもこれも秋にやるため、京都人は秋が好きだという一説もある。

 こんな時間帯に行うため、まずお客さんの送迎には専用のバスが用いられる。そのバスには民間会社とはいえ、陰陽師の護衛が付くという徹底ぶり。夜の七時なら魑魅魍魎はまだまばらだし、そもそもが大通りだと夜になっても出歩いているのが京都の風景だ。ちょっと夜に差し掛かっても気にしないということだろう。


 そんな文化祭まであと一週間を切った頃、夜の5・6限は全部文化祭準備に当てられていた。最後の追い込みというか、お客様を迎える以上、最善の用意をしておけということなのだろう。

 というわけで俺たちは教室内の装飾を作っていた。ペーパーフラワーとか、折り紙を細く切ってわっかを作って繋げていくとかそういうの。

 それを教室ではなく、調理室で行っている。

 教室では今、女子たちのコスプレ衣装の採寸中だ。裾とか丈とかの調整をしているので男子禁制。何故調理室かというと。


『火を弱めるニャ!煮立ったらすぐに弱火、じゃニャイと味が濃くって風味もなくなるニャ!あとは三分ごとにお玉で混ぜる。混ぜるのを忘れなければ次の作業に移っていいのニャ』

「はい、師匠!」

『料理はまごころニャ!早ければいいってもんでもニャイのニャ!ゆっくりでもいいから丁寧に。心が雑だと味も形もそのまま表れるのニャ』

「はい、師匠!」

『包丁を持たない方の手は猫の手!ほら、これが猫の手本物ニャ!そんでもって親指も曲げる。親指を料理ごと切っちゃうニャ』

「ヒィ!はい、師匠!」


 瑠姫が調理場で色々と指示をしながら実演をして調理班の子たちに料理の手ほどきをしている。さっきなんか変化させた人間の手と元の猫の手を交互に見せて教えている。全員エプロンをしているのだが、返事が元気なこともあって皆楽しそうだ。

 そんな料理ブートキャンプを見ながら料理中の香りを楽しみつつ、様々な物を作っている男子たち。料理指導がBGMとなり、漂ってくる香りが空腹へのスパイスになり、女子たちが頑張っている姿にほっこりしながら作業は進んでいるようだ。こころなしか作業の進みが良い。若干一名、調理班に男子が混ざっているが。

 なおミクは採寸中のため、この場にはいない。


「いやー、あそこは戦場かね?さっきから瑠姫さんの声の嵐が止まらない」

「あんなにこやかな戦場見たことないぞ?」

「でもあれ、命懸けてるだろ?」

「たしかに……」


 祐介と話しながら調理場の方へ目を向ける。教える側も教わる側もどっちも真剣だから空気が張りつめているんだろうけど、それでも息苦しくないのは全員が笑顔だからだ。実際瑠姫の教え方が上手いのか、料理上手になったかもって声が多い。ミクも瑠姫に教わってから凄い上達したって言ってた。

 料理のことになったら妥協しないからなあ、ウチの家政婦。長年我が家の家事全般を取り仕切っているだけはある。調理班のリーダーをやるって聞いた時にこうなることは予想できていたけど、あえて止めなかった。瑠姫もたぶん、お祭りとか好きなんだろうし。

 迎秋会もかなり精を出してご馳走作るからなあ。それこそが本職だから生きがいみたいなものだろうけど。戦うのは一応式神としての義務感からだろうけど、そっちは緊急時だけだろうから。その緊急時が最近は多いんだけど。


「難波―。簡易式神貸してくれ」

「人型で良いのか?」

「いい。大工やらせる」

「はいよ。ON」


 クラスメイトで大道具係の山内に言われて三体くらい簡易式神を貸し与える。本当なら自分で用意してほしい所だが、そうしたら指示ができなかったり、まだ精密操作ができないから返って邪魔だったり。

 文化祭準備の時間は簡易式神があっちこっちにいる。だがやらせているのは木材を運ばせたり、台車を引っ張ったりと本当に簡単な作業だけだ。難しい作業になると霊気と集中力がかなり必要で、その集中力を使うくらいなら自分で作業した方が疲れないし手っ取り早いほどだ。


 俺とかミクとか、簡易式神の扱いに慣れている者を除いて。

 俺と同じ身長くらいの簡易式神を三体ほど出して、山内の指示に従うように命令する。術者が目を離しても指示通りに動いてくれる式神なんてプロじゃないと使えないそうだ。式神って今の呪術省のせいで技術的には下火だからなあ。

 簡易式神の連絡手段としての有用性は問うまでもないし、最高戦力である五神の切り札は式神なのに、軽視する理由がわからん。軽く見ていても実力を発揮できる存在を求めているとかより、技術全体を底上げした方がいいはずなのに。わからないことだらけだ。


「山内、指示与えておいて。力も人間より強いからある程度何でもできるはず」

「サンキュー。ウチのクラスは難波と那須がいるから楽だな」

「山内、自分でもできるように腕は磨いておけよ」

「はい、先生。でも式神大家の難波たちと同レベルは、高校在籍中には難しいと思いますよー?」

「そこまでは言ってない。三年生程度にはできるようになれってことだ」


 読書をしつつ監督している八神先生がそう言う。この人、本当に手を抜く所は抜いてるな。授業とか緊急時とかは真面目なのに。今言ってることもまともなんだけどなあ。せめて本から目を離してアドバイスしてくれたら文句なしだったのに。

 ウチの三年生は卒業間近ということで全員もれなくライセンスの貰えるのだが、実力はそれ以上の人たちばかりだ。何人かは四段の試験に受かっているらしいし、そこらへんの陰陽師大学の学生より実力者だろう。


 直属の京都陰陽師大学の学生には敵わないだろうけど。あそこに通う学生たちは大半が四段の資格持ちだし、大多数はプロの陰陽師になる。たまに教授や先生への道、民間会社への就職をする人間もいるが、それ以外はプロになる者たちばかりのエリート校だ。ウチもそういう意味じゃエリート校だけど。

 そうして作業を進めていくと、料理の完成が近付いたのか瑠姫の声が少なくなる。それと同時に鼻をくすぐるスパイスの良い香りが。日本の伝統食の、ある意味家庭の味だ。本場はインドのはずなのに、概念からして違う気がする。日本のラーメンと中国の支那そばほど違う気がする。


『まあ、及第点ニャ。おみゃーら、台所に立つ者としてその場の物の特性を覚えるのニャ。できればマイ包丁とかあればいいんだけど、そこまでは学生に求めニャイのニャ。その代わり、この場で料理をするのだからこの場にある物の特性は頭に叩き入れるのニャ。火力は、油の量は。野菜が柔らかくなるタイミングは。水の適量は。全部この場所の電力や物の劣化状況とかで変わってくるのニャ。レシピはあくまで参考。オーブンとかもメーカーなどで火の通り方とか違うのニャ。お客さんに出す物として恥ずかしくない出来栄えの物を。そのためには使う物の手入れは最低限の義務ニャ。わかったかニャ?』

「「「はい、師匠!」」」


 やっぱりあそこ、料理教室という名の軍隊学校だろ。全員瑠姫に向かって敬礼してやがる。瑠姫の教育がそうさせたのか、受けてる彼女らの気質か。というか、文化祭でそこまで真剣に料理を作ってるクラスってウチだけじゃないのか?


『というわけでヤロウども、待ちに待った試食の時間ニャ。食材や作ってくれた彼女らに感謝して食すように。いいかニャ?』

「「「ヒャッホーウ!ありがとうございます‼」」」


 うーん、ウチの男子共もかなりのオバカだったようだ。女子の手料理とか嬉しいかなあ?ミクのなら嬉しいけど、それはミクだからこそであって、不特定多数の女子が作った手料理にあそこまで喜ぶのはどうなんだか。

 若干一名、男子混ざってるし。それだけで純度一〇〇%女子の手作り料理じゃないけどいいのか?


「ほら、明!さっさとよそいに行こうぜ!」

「祐介、お前もそっち側の人間だったのか……」

「だって女子の手作りカレーだぜ⁉これこそ文化祭の醍醐味だろ!これはお客釣れるぜ~?」

「比率で考えたら半分はお客も女性なんだから、女子手作りで売っても男子の食いつきが良いだけだろ……」

「でももう、看板はそうやって彫ってあるぞ?」


 祐介が指さす方には色がまだついていないが、わざわざ木に字を彫っている俺の簡易式神が。さすが俺の式神、俺に似て手先が器用だ。

 というかそんな使い方してるのかよ。そこまで確認してなかったわ。山内もカレーの列に並んでいるし、作業してるの式神だけじゃねえか。


「夕飯食ったばっかだよな?」

「クラスメイトの女子の手作りは別腹」

「デザート感覚で言うなよ……。俺腹減ってないからいいや」


 さっき瑠姫の弁当食ったばっかだし。作業してたからってそんな食えるもんか?いや、学生だから腹の減りが早いのか。なんにせよ俺は並ばずに作業を続けていく。八神先生も並んでるじゃん。そこだけはしっかり監督するのかよ。

 皆がワイのワイの言いながらカレーを食べている。お腹が減っていないだけなのにまたこの疎外感だ。現場にいるのに、当事者になり切れない感覚。今回は俺だって行事に参加している一部のはずなのに、中心には居られない感覚。


『どうした?明』

「……別に?ゴンが傍にいるから何とも思わないさ」

『ふうん?あまりこっち側に寄り添いすぎるのは問題じゃないか?お前は二つの真ん中にいないといけないんだぞ?』

「そうしたらむしろ学校に通ってるのがこっちに寄り添いすぎな気がするけどなあ。でも学校に行ってなかったら当主にはなれない。かと言って人間ばかりに構っていられるほど単純な話でもない。難しいな。陰陽って」


 誰かに聞かれたら困る会話かもしれないが、どうせ皆カレーに夢中だ。よっぽどの耳を持ってない限り聞かれることはないだろう。だからこうして肉声で話してる。本当の秘密の会話ならこの近距離でも念話で話している。


『それでも、続けるんだろう?』

「金蘭様に話をされたからね。難波の家として、一人の人間として続けるさ」


 そんな会話をしていると、調理室の前側の扉が開かれた。教室にいたクラスメイトかと思ったが、入ってきたのは大峰さんだった。


「うーん、イイ匂い。ボクもご随伴させていただこうかなー」

『大峰っちの分はないのニャ。一口もわけてあげニャイよ』

「瑠姫さんのけち!」

「誰?」

「ほら、例の。一年生の生徒会役員。土御門でも賀茂でも、難波でもなくあいつがねえ」


 一般生徒からしたらそういう認識だよなあ。大峰さんが五神だなんて知らないだろうし。家のネームバリューを鑑みればさっき例に出たメンバーが選出されそうだけど、高校に入る前から仕組まれていたことだ。

 ロリババア先輩なのになあ。ミクという低身長仲間がいるからか、童顔ということも相まって誰も歳上だなんて思っていない。真実を知っているのは教員と俺たち、そして生徒会くらいか。


「まあ?生徒会の強権使って強制的に徴収するんだけどね?衛生管理の観点から問題ないか検査しないといけないしー」

『カッ。たか集りに来る人間ほど厄介なもんはいないのニャ。小っちゃい鍋一つ分でいいかニャ?』

「問題なーし。あ、商品作るごとに検査だからね?」

『あちしがいるから絶対問題ニャンてニャイのに、面倒ニャ!あと九回も来るつもりかニャ⁉』

「え?そんなに料理出すの?コスプレ喫茶でしょ?」


 やっぱり瑠姫も、俺と同じく普通の喫茶店イメージしてたな?今頃首を傾げて頭に疑問符浮かべたって遅いわ。どうして主従でこうも似るかねえ。俺がそういう認識だったからか。


────


「眼帯少女とか、ニッチ過ぎない?」

「この世の創作物には女体化という便利な言葉がある。あの独眼竜政宗すら女にする日本なんだよ?ゲーム会社やラノベがやってるんだから私たちがやったって問題はあるまい」

「えーっと、ボーカロイド?Vチューバー?」

「ただのゲームキャラ!コスプレ専門店で買った合わせ物!」


 女子生徒しかいない教室が姦しいです。皆して衣装を持って着てみたり、服の上から合わせてみたり。ウィッグまで持ち出して、メイクもして着ていきます。すっごくお金かかっている気がするんですが、予算的に大丈夫なんでしょうか。

 薫さんも何も言わずに楽しんでいるところを見ると大丈夫なのでしょう。文化祭って凄い宣伝効果があるみたいですからね。わたしたちは来ませんでしたけど。わざわざ文化祭のためだけに京都に来るのは結構な労力ですから。


 見たことのないような服装ばかりでとても華やかです。わたしがサブカルとかそういうことにあまり詳しくないからでしょうけど。漫画や小説は読んでも、ラノベやアニメ、ゲームは全然ですからね。ハルくんもですけど。

 息抜き程度ならいいんですけど、陰陽師としての勉強を優先していたらドラマとか見る余裕なかったなあと。それだけこの学校に入ることに必死だったからですが。結果としてハルくんと一緒に高校生活を送れているのでいいんですが。


「賀茂さんも、こういう明るい服が良いんじゃない?黄色とか新鮮でいいかも」

「賀茂さん、例の試合で和服着るんでしょう?ならこれで良いんじゃない?ちなみにモチーフはヘンゼルとグレーテルの、グレーテルね」

「何故わたくしがそれに則らなければならないのです?いくらクラスの出し物とはいえ、制服ではダメなのですか?もしくは、クラスTシャツとか。文化祭中は基本アレを着るのでしょう?」

「そうしたらコスプレ喫茶じゃないよ!」


 うーん。世間知らずっぷりがハルくんと同レベルというか。陰陽師大家の人たちは一般常識が若干欠けてしまうのでしょうか。それよりも大事な使命があるとかはわかるのですが、ちょっと心配になってしまいます。

 調理班で料理する時とか、できた料理を運ぶ人がクラスTシャツならわかるんですけど、接客する人間がコスプレをしていないのは。もしかしてあの服を着るのが恥ずかしいんでしょうか。

 調理班と言ってもわたしは表に出たかったのでこうして衣装を着る側に来ていますが。ハルくんの要望でもありますし。瑠姫様からは免許皆伝を言い渡されているので、あっちで料理をすることもありません。調理室は何度か借りていますし、今回作る料理は得意なものばかりです。瑠姫様の配慮でしょう。


「賀茂さん可愛いんだから、こういう普段はしない服したら男子が食いつくんじゃない?男子って単純だし」

「文化祭でカップルになる人多いらしいからねー。私も彼氏欲しいー」

「賀茂さんってそういう『イイ人』いないの?気になるなー」


 あれ、いつの間にかコイバナになっています。それは相手が誰であっても気になります。薫さんとはしたことがありませんし、瑠姫様は相談に乗ってもらっても瑠姫様自身の恋については聞いたことがありません。

 他にわたしの周りの人となると姫さんと大峰さん、マユさんにキャロルさんですね。姫さんはAさんを、大峰さんは星斗さんを好きなことは見ていればわかります。あのお二方はわかりやすいですから。大峰さんのことは意外でしたが。不毛な恋なので応援もしませんし、わたしって星斗さんのことはたまに会う親戚の人という認識しかないので良い人かどうか判断できないというか。


 星斗さんとハルくんを比べたら絶対にハルくんを選ぶので。というより誰を比較に出されてもハルくん以上の誰かなんて考えもしませんけど。カッコイイ俳優さんとかモデルさんとか、歌手の人とか見てもハルくんの方がカッコ良く見えるんですから。それを言ったら瑠姫様に白目で見つめられましたが。

 マユさんともキャロルさんとも詳しく話していないので、そういう人がいるのかもわかりません。この後メールでもしてみましょうか。海外の方の恋愛事情とか気になります。

 そんなことを頭で纏めていると、賀茂さんは若干顔を伏せながら耳を赤くしています。それを見逃す年頃の少女恋する乙女たちではありません。


「その反応、いるね⁉」

「誰ダレだれ!私たちも知っている人⁉」


 一斉に詰め寄るクラスメイトの皆さん。さっきまでやっていた作業を全部投げだして賀茂さんに詰め寄ります。恋という力の原動力を見た気がします。薫さんまで詰め寄っていますが、わたしや数人は遠巻きに眺めています。

 詰め寄られて狼狽している賀茂さんの表情は恋する乙女そのものです。うーん、難波の地に攻め込んだ土御門と懇意にしている賀茂さんがあんな表情をするのはちょっと複雑な気分です。彼女自身が何かしたわけではないので、ちょっとは見逃そうと思いますけど。


「何でそこまで気になるのです⁉そもそも言ってどうなると?」

「興味本位だゴラアアアァ!」

「こっちは毎日勉強家事部活動よくわからない騒動実地研修で癒しがないんだよ!私たちだって恋に生きたい十六歳なの、わかる⁉」

「あなたたちのその熱意、怖いです!」

「さあ、吐け!」


 あれは言うまで離さない感じですね。聞き耳立てていればいいでしょう。詰め寄っていない皆さんも同じようにしているみたいです。やっぱり賀茂家の御令嬢で霊気の量も髪や瞳が変色しているという事実から、陰陽師としても実力がある人として興味があるのでしょう。

 その皆さんの狂気に負けて、賀茂さんはぽつりぽつりと、語り始めます。


「一方通行、ですから。その人と恋仲になることはないでしょう」

「ええー、気になる!憧れの人とか?」

「憧れの人ではあります。婚約者ですけど、一度として恋慕の言葉など告げられたことはないですから」

「……ええええええぇぇぇ⁉」

「婚約者⁉いや、でも!賀茂さんの家だったらさもありなんっていうか!」

「皇族の方以外でこの現代日本に婚約者って存在したんだ……!」


 周りの方々は騒いでいますが、はい終了。一方通行かどうかは知りませんが、相手がわかったのでどうでもいいです。それにその相手に懸想していると知って、男性を見る眼がないなと思っただけです。

 賀茂の家と釣り合いが取れるのは土御門と難波だけです。政治家とか陰陽師の家以外で考えるともう少し居そうですが、彼女は賀茂家本家の御息女。たしか弟さんがいるので、本家は弟さんに任せるとして。


 難波は賀茂と交じり合うはずがありません。基本トップ同士の結婚を前提として、難波のトップたるハルくんはわ、わたしの、婚約者ですから。星斗さんも違うので、難波の末端の家で結婚する人は除外します。

 そして難波の慶事で異性同士であるからと婚約関係になったハルくんとわたし。それと同じ構図でしょう。同い年でどちらも良家のトップで、異性同士。きっと産まれた時から決まっていた関係なのでしょう。賀茂さんたちの家ではよくそういう事例がありましたから。


 賀茂静香さんの婚約者は土御門光陰で、懸想している相手。姫さんが言っていた深い仲というのはこういうことですか。

 もうあっちの盛り上がりはいいので、衣装合わせに戻ります。さっさと着替えて、裾とかを確認します。はい、問題なさそうですね。


「那須さん、こういう空色の服も似合うなあ。髪の毛も瞳の色も明るいから、全体的に色味が統一されていて映えるんだね。どこか苦しい所とかない?」

「はい、大丈夫です。どこも問題ありません」


 わたしの衣装は「不思議の国のアリス」に出てくるアリスの格好です。空色のエプロンドレスをして、白いニーハイソックスと白いスニーカーを履いて、頭にも白いカチューシャをつけています。

 何故か赤い本と懐中時計も付属品として渡されましたが、これはアリスではなくウサギが持っていた物ではないでしょうか。このあべこべ感も文化祭ならではと思って指摘しませんが。


「那須さんスタイル良いからおっかなびっくりだったけど、サイズ合ってて良かった~」

「そ、そうですか?そこまで突出しているわけではないと思いますが……」

「3サイズ聞いて絶望した女子がどれだけいたと思う?」

「しょうがないよ……。珠希ちゃん、トランジスタグラマーだから。珠希ちゃん、もう少し自分の身体の事認識してね?」


 賀茂さんの輪から戻ってきた薫さんがわたしの両肩に手を乗せながらそう言います。たしかに中学時代に一気に肉付きが良くなったという自覚はありますが、わたしなんてまだまだだと思います。

 だって、金蘭様を見た後ですから。あの方の黄金比とも称せる肉体を見たら、わたしの身体なんて貧相の一言でしょう。皆さん金蘭様を知らないからそんなことが言えるんです。


「難波君のは同じ世界観の帽子屋さんにするんだっけ?」

「見に来る人にもわかるようにね。隣にいることが多いだろうし。でも楽だったよ?スーツとシルクハットとセーターとステッキだけだったから。難波君も体形的には痩せてるし、合わない服とかなかったからね」

「明様とお揃いっていうオーダーを通してくれてありがとうございます」


 そう、できるならハルくんと隣にいて違和感のない服が良いとお願いしていたら衣装班の人たちはそれを叶えてくれました。ちなみに祐介さんもお揃いの世界観ということでチェシャ猫に。猫耳と尻尾を見てハルくんが爆笑していました。


「ん~?別に分家としての体裁を守らなくていいんじゃない?明様って、お堅いじゃん」

「そうだよ。私たちと一緒にいる時はくん付けなんだから、本当に必要な時だけ様付けで良いんじゃないかな」

「そうでしょうか……?」

「というか、恋人同士で様付けとかしてるとそういうプレイなのかと勘繰っちゃう」

「……え?」


 衣装班の佐々木さんにそう言われて、バッチリ目を合わせてしまいます。隣にいた薫さんはあちゃーという表情で口元を抑えています。


「……気付いて?」

「いや、あれだけイチャついていて気付くなって方が無理でしょ?今回の衣装だってお揃いにしたいって言われてまあ、そういうこともあるよねーって流してたけど」

「私は誰にも言ってないからね?でも二人とも、場所も考えずに幸せオーラ全開にしてたらわかるよ……」


 薫さんには夏休みの段階で伝えてあります。ハルくんが聞かれたので答えたとは言っていましたので、そこは気にしていません。ですが、クラスの皆さんに気付かれていただなんて……。


「そんなにわかりやすかったですか……?」

「「「うん」」」


 クラス中から肯定の返事が。さっきまで賀茂さんに質問攻めをしていた人たちもこっちに注目しています。これを見て逃げようとしている賀茂さん。標的がわたしに移ってしまいました!


「那須さん、いつから付き合ってたの?幼少期?」

「どっちからの告白?初デートは?」

「ずばり、好きになった理由は?いやでもわかるよ?成績良いし、呪術の才能もあるし、顔立ちも整ってるし、背も平均よりは高いし」


 皆さんが詰め寄ってきます。わたしの身体中の体温が上がって、特に顔と心臓が茹っているのがわかります。こんなの答えられるわけないじゃないですか。薫さんはその質問内容をある程度知っているのに、ハイエナには近寄らない方が利口とばかりに離れていきます。

 さっきまではそのハイエナの一員だったのに。薫さんに裏切られました。そしてハイエナの皆さんの手が何故かわさわさとしています。


「いやーーー!助けて明くーん!」

「そうやって彼氏に助けを求めちゃうのも可愛いー!」

「なんだこの可愛い生き物は!もみくちゃにしてしまえ!」


 その言葉の通り、もみくちゃにされるわたし。それは瑠姫様が確認のために教室にやってくるまで続けられて、根掘り葉掘り聞かれてしまいました。

 そのことをハルくんにも言ったのですが、しょうがないと言って頭を撫でてくれました。その行動で更に女子たちが黄色い声を上げて、男子からハルくんがフルボッコにされていました。


「お、お前!那須さんと付き合ってたのかよ⁉」

「仲の良い分家の子って言ってたじゃねえか!」

「者共、やってしまえ~」


 フルボッコにしようとする男子たちを煽り立てる祐介さん。なんなんでしょうか、この光景は。その様子を見て女子たちは呆れかえっていました。


「ウソ、気付いてなかったの……?」

「男子って子どもねえ。というか、夢見がち?」

「那須さんはあんな素敵な彼氏で良かったねえ」


 そう言って抱きしめられたり撫でられたり頬擦りされたり。あれ、わたしの扱いがまるでゴン様と同じなんでなんですが。

 ハルくんが褒められたのはいいんですが、なんか釈然としません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る