第97話 2ー2

 食べ終わってマユさんと星斗と別れて帰ろうとすると、ある二人組を見かけた。その内の一人は桑名先輩。この現場に来ているのも正義感からだろう。それはわかる。

 その隣にいる人が問題だった。綺麗な女性と歩いているから、もしかしてデートかなと思ったけどそんなわけがない。髪と瞳は変質した銀色と翡翠色で、そのスタイルの良さから若干赤みがかった着物が似合っていない、二十代くらいの女性。

 仮定をしてみて、ある人物がここまで成長したらこうなるかなという予想を基に産み出した姿。そうとしか思えない。知り合いだったのか。


「桑名先輩」

「あ、難波君。那須さんも、式神の御方々も。君たちも調査に来たのかい?」

「はい。先輩、そちらの方は?」

「ああ、ごめん。こちら姫様。桑名家と少し交流がある方で、民間の陰陽師調査会社に勤められている方だよ」

「初めまして、難波の本家の方々。この子たちには姫と呼ばれております。あんじょうよろしゅう」


 間違いない。姫さんだ。瑞穂さん、と言うべきか。桑名先輩にもちょっかいかけていただなんて。こっそりこっちにウインクしないでくれるかなあ。声とか少し違うけど、姫さんに間違いない。


「株式会社芒野の調査員やってます。その調査の一環でマーくんに会って。あなた方も『かまいたち事件』をお調べに?」

「はい。自分たちが安全かどうかは調べないといけないので」

「なるほど。さすがは難波の御家柄。気高く、美しい。本家とやらとは違いますなあ。でも、優劣は家柄で決まるわけやないんやし?呪術省を牛耳る者たちが臆病でも問題はあらんね。だって個々の人間の能力は違うんやから」


 何でこんなよくわからない会話しないといけないんだか。あと、芒野って名前の会社は後で絶対調べよう。ペーパーカンパニーなのか、姫さんたちが利用している会社なのか、気になる。


「でも難波の方々は心配しなくても大丈夫やろうけど。狙われることはありまへんからなあ」

「どうしてそう思うのでしょうか?」

「調査したからやね、お嬢様。狙われる目星はついてる。犯人の目星もほぼ絞れた。けど呪術省は後手後手やからどうしようかと思って。警察は犯人を絞るための情報が不足してるんよ。呪術省が情報開示してへんから。むしろあたしらのような民間企業の方が情報を持っているのは、独自の情報網のせいやからね」


 姫さんももうわかっているのか。姫さんたちも関わってないし、この一件は犯人が捕まるか、全員殺されるかしないと終結しないだろう。俺たちの生活に影響しないとなると、関わるだけ無駄なんだよな。


「マーくん。ケンちゃんに伝えといて。殺されはしないけど、敵わないから手を出すなって。あとこの一件からはあたしたち手を引くって」

「……姫様もゴン様と同じことをおっしゃるのですね」

「だってなあ。ただの怨恨やもん。関係ないなら大丈夫。死ぬのは悪人だけや」

「殺されたのは悪人でしたか?」

「極・悪・人。これまでも、これからも、かまいたちに殺されるんはぜーんぶごっつう悪人よ。マーくんの真逆に位置する、陰に沈み込んだ愚か者。人間の法で見ても確実に務所行きやね」


 そこまでか。いや、あの過去視で視た通り、もしもあの異能持ちの妹さんを狙っていたのであれば。誘拐とかにもなるし、人間相手に陰陽術を使うのも法律で禁止されている。それを考えれば悪人か。


「その悪人を裁くのを、見逃せと?正当な道で悪人を裁けないのですか?」

「呪術省が保護しちゃってるからねえ。裁判にしても勝てちゃうんとちゃう?なら、こうして自分の手で実行するしかない。強い復讐心もある。力も残念ながらある。で、桑名じゃ呪術省には勝てない。だからやっぱり、静観しかないんよ」

「……わかりました。ではそのことを叔父上に話します。難波君、那須さん。また学校で」


 桑名先輩は肉体強化の術を施してその場を去ってしまう。携帯で伝えるより直接伝える方が良いと思ったんだろう。

 で、だ。残された姫さんにこれから尋問を。


「そんな姿をして桑名先輩にちょっかいかけてたんですか?」

「ちょっかいかけたのは前からやからねえ。天狐様の前で姿を偽ったのは申し訳ありません」

『お前、ちょくちょくオレの前でも違う姿してるだろ。今さらそんなことで謝るんじゃねえよ』

「ですが、誠意の問題ですので」


 姫さんが認識阻害の術式を使って元の姿に戻る。うん、こっちの小さい姿の方が落ち着くな。それにたしかに大峰さんの血筋だ。目元とかそっくり。顔立ちは結構違うけど。


「では皆様方。今回の一件は静観なさるということでよろしいやろか?」

「出張る意味がないですからね……。Aさんたちも今回は何もしないんですか?」

「しないねえ。だって人間同士の争いやもの。これが人と神の争いなら介入するんやろうけど、人間同士のいざこざにまであの人は関わらへんよ」

「殺されたのが、土地神二柱であってでも、ですか?」


 姫さんは微笑む。そのことを知っているのはどれだけの人数だろうか。呪術省は確実に把握していないとしても、神の御座の神々は知っておられるだろう。大天狗様がおっしゃっていたのは、おそらくこの二柱のことだから。


「一つ言っておくと。あの人は神の代行者じゃありまへん。だから神が殺されても、復讐として行動は起こせないってことやなあ。あの人が動きすぎると天秤がまた崩れる。あたしらは結構動いているけれど、天秤が崩れないように動いてるんよ」

「天秤……。金蘭様と同じことを言うんですね」

「あー、やっぱり金蘭様にお会いしたん?羨ましいなあ、一緒に祭壇守ったんやろ?あたしもお会いしたことはあるんやけど、一緒に戦ったことはないんよ」


 金蘭様には憧れを持っていそうな姫さん。金蘭様のことを知っている陰陽師って稀だよなあ。この人はいつから安倍家の真実に気付いていたんだろう。生前からか、それともAさんの式神になってからか。

 ミクも憧れを抱いていたけど、やっぱり女性としても憧れるんだろうか。金蘭様は初代女性陰陽師と言ってもいい方だから、目標ではあるんだろうけど。


『金蘭とエイは同門だからな。思想が丸っきり一緒でもおかしくねえだろ。で、こいつは独力でそこまで辿り着いた麒麟児。今はエイの内弟子のようなもんだろ?言い回しが同じでもおかしくねーよ』

「思想はそこまで変わっていまへんね。あ、吟様にはお会いした?あたしあの方となら一緒に戦ったことがあるのだけど」

『あ?吟と?あいつ、オレですら数百年見てねーぞ?』

「そうなのですか?悪神退治を一緒にしたことがあるんやけど、今は難波の土地に居てはるんじゃなかったかなあ」


 知らない事実がまた増える。生きておられるのだろうとわかっていても、ゴンですら会っていなかったのに姫さんが会っていたとは。いや、過去視で子孫を見守るみたいなこと言ってたから、京都か地元にいるんじゃなかろうかと思ってはいたけど。

 吟様にもいつかお会い出来たらいいなあ。でも今は吟様のことは置いておこう。姫さんに聞きたいことは別にある。


「Aさんは今回の事件見逃すんですか?だってこのまま行ったら、Aさん的にも困るんじゃ──」

「ああ、大丈夫。むしろそれが狙いなところもあるからねえ。だーれが犠牲になっても、御坊ちゃまたちは目を逸らしておきぃ。過去視で視たなら、裁かれる人間はわかってるんやろ?それでも、天秤は崩れへんから」

「……あの?もしかして星斗とかが代わりになりません?」

「香炉家のお坊ちゃん?それはナイナイ。まー、でも?そろそろお坊ちゃまたちには覚悟を決めといてほしーかな?」

「覚悟、ですか?」

「呪術省に攻め入る覚悟」


 良い笑顔で言われてしまい。その時期が近いことを確信して、準備を進めることにする。

 その覚悟は、もうできている。


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