第96話 2ー1

 九月になって十日も過ぎた。「かまいたち事件」が起きて十五日になるが、殺されたプロが十人を超えた。それで犯人像も全く掴めず。さすがに看過できないということで俺とミクは街に調査へ出ていた。ただし、ゴンや瑠姫の申し出で俺とゴンの認識阻害の術式を二重に仕掛けてまで歩いている。

 複数人居ても、一人だけ殺される時があった。二人だけで歩いていて、その二人とも殺される時もあった。事件は既に十件近く起こっているのに、誰も犯人の顔を確認できていない。通行人とかも強い風が吹いて顔を覆った後に、人が倒れていたという証言をするだけ。


 場所も大通りからコンビニの前、裏路地など様々。共通している点は殺された人物が必ず男女問わずプロの陰陽師。殺され方は鋭利な刃物で一撃、首を斬られるか心臓を一刺しされるか。犯行時間は全てお昼。必ず事件の前に強い風が吹くということ。

 これだけだ。犯人が神様なのか凄腕の陰陽師なのか、ただの人間なのかすらわからない。防犯カメラなどは見ていないが、ニュースの報道を信じるのであれば影が高速で近寄ってくるのは見えても、それ以外は刃物なども全く見えない。どれだけスロー再生しても、カメラがハッキングされていたのかピンボケばかりしているのだ。


 本当に狙いがプロだけなのか。何を基準にしているのか。俺たちは狙われないのか。犯行声明もないし、身代金の要求などもない。こんな風に何もわからないから専守防衛も兼ねて街の下見だ。

 こんな事件が起きているからか、いつもは賑わっている通りも人が少ない。警察が報道機関を通して無駄な外出は避けるようにと通達しているからだ。殺人現場を見たくないというのもあるだろう。風が吹いて目を開けたら、鮮血と胴体から切り離された人間の頭部とかトラウマになるだろうし。


 今日来たのは昨日の事件現場。事件が起きてから一日くらい経っているが、今も警察官が辺りを警戒している。むしろプロの陰陽師は捜査に来ない。ごく少数見に来ているが、占星術が使えないと来る意味もないだろうしなあ。


「ゴン、瑠姫。何か感じるか?」

『いや、さっぱりだ。何度現場に来ても、神気を若干感じる程度で他は何もわからねえ』

『あちしもニャ。あちしはそういうのはあんまり得意じゃなかったから期待してニャかっただろうけど』


 瑠姫はそうだよなあ。防衛関係ならいいけど、他のことはあんまりだし。ゴンが読み取れなかったから期待はしてなかった。


「タマは?何か感じるか?」

「ごめんなさい、明くん……。わたしも特には。たぶんあっちの方向に逃げたんだろうなというのはわかるんですが、それ以上となると……」

「俺も特に感じなかったし。そんなもんだろ」


 神気の残り香のようなものはあるが、それだけ。それ以上のことは本当にわからない。千里眼で探してみても、途中でその残り香も途切れて結局後を追えなかった。たぶん神気をコントロールしているんだろう。殺す瞬間に最大まで高めて、それ以降はおそらく俺たちが霊気を抑えているように隠している。

 むしろ残り香のように痕跡が残るっていうのはそれだけここで神気が撒き散らされたということなんだろうけど。普段俺たちが歩いていても神気がそこに残るということはない。神気を使わずに逃げれば足跡は辿れない。


「銀郎は?何かわかったか?」

『確実に人間でしょう。神でも陰陽師でもない。ただ神気を持った、その力を殺人に応用している人間としての規格外。身体能力だけで言えば陰陽師の肉体強化を超えた、ただの化け物でしょう。どういう訓練を積めば、神気を宿しているとはいえ人間がそこの域に辿り着けるのか。興味深いですがねえ』


 あまり期待していなかった銀郎から断言するような言葉と説明が。霊気を持たずに神気だけを宿した人間ってことか?それならゴンの探知にも微妙な引っかかり方しかしないのはわかるけど。


「そう思った根拠は?」

『まず匂い。あっしは人間と陰陽師、妖と神なら匂いで嗅ぎ分けられますので。この匂いは確実に人間です。悪霊憑きとも違うでしょう。それは昨日の映像を見た時点で何となく察してはいたんですが』

「続けてくれ」

『姿的に神でも妖でもありませんでした。そもそも神ならば、こんなチマチマと殺さずに天罰でも与えて殺すでしょう。こんなことをしでかす理由もないので除外しやした。で、姿はおそらく光学迷彩やカメラのハッキングなどで肉眼からもカメラからも誤魔化しているんでしょう。坊ちゃんたちが陰陽術でやっていることを科学技術でやっているだけです。まあ、日本の防犯カメラを欺くってことは相当な技術があるんでしょうが』


 案外そういうのにも精通してるよな、銀郎。俺やゴンはそういうのはからっきしだ。ただのカメラとかなら趣味程度でわかるけど、防犯カメラやら兵器とかは全然知らない。基本妖や魑魅魍魎には通じない物っていう認識しかない。


『で、この人物。殺す前の疾走の時点で神気を膨大にさせて身体能力を強化。そのまま目にも留まらぬ速さで駆け抜けるのと同時に斬りつけて、その後は駆け抜けて逃走。そんなところでしょう。神気の補助があるとはいえ、元々の身体能力がずば抜けてなければ誰にもバレずに殺しきるなんてできませんよ。こいつ、300mを一瞬で詰めてますからねえ』

「それは……人混みの中じゃ対処できないか」

『でも逆を言えば、あっしがわかるのはその程度です。刃物もナイフでしょう。これが限度ですねえ。あ、男です』

「大分わかったよ。ただ俺たちが安全かどうかはわからないなあ」

『肝心な部分はあっしではどうしようもできませんからねえ。第一、そんなこと坊ちゃんのような学生が突き止めたら警察以上になりやすぜ?』


 そう。被害者の共通点などを調べるのは警察や呪術省になるのだろうが、それこそがわからなければ安心はできない。調べるとしたら呪術省の知り合いに聞くことなんだろうけど、知り合いってマユさんと星斗くらいしかいないしなあ。

 大峰さんもこの事件で忙しいのか、最近学校に登校すらしていない。携帯で連絡とるよりはある程度の成果がわかってから聞きたいし。

 星斗たちもこの調査やいつもの警邏などで大変だろうからこっちから連絡をするのも避けたい。星斗なら何かわかった時点でこっちに連絡してくれるだろう。本家の跡取りとして重要視はしてくれてるし。


「となると。手段は俺の過去視しかなくなるわけだな」

『存分にやれ。周りはオレらが警戒しといてやる』


 人通りがない路地にちょっとだけ入って、そこに膝を着く。立ったままだとやりにくいというだけのことだが。

 地面に一枚の呪符を置いて霊気をありったけ込める。やるのは久しぶりだな。結構過去まで遡りたいから、詠唱もきちんとしよう。


「流転する星々よ。伽藍洞の地表よ。満ち足りぬ天体よ。見果てぬ夢の一欠けらを、今この水面に写し取らん。過去の渡り鳥ウラノス


 術式が発動して俺の目に過去の映像が流れてくる。直近では昨日あったここでの殺人事件。そこから「かまいたち事件」全てが読み取れていく。対象をここに残っていた神気に限定したから、犯人だけが追えるようになっていく。

 男の顔もはっきりした。黒髪黒目の日本人だ。年頃は二十歳くらいだろうか。どれもこれも銀郎の言うように神気を上昇させて加速し、ナイフで一刺しで切り捨てている。名前まではわからなかったが、明らかに殺意は篭っていた。


 事件の様子を全て視切った。ショッキングというかグロテスクな映像だったが、確証を得ることができた。この犯人は決まった人間しか殺さない。一般人もターゲット以外の陰陽師も殺そうとすら考えていない。

 けど、邪魔をしたら殺されるだろう。彼には明確な意思がある。その意思とターゲットの選別理由はどこにあるのか。それを探ろうと更に彼の過去へ、深層へ落ちていく。


 そこはどこかの境内。うちの祭壇にも似た、山の上にある神社。そこの山の中を、犯人と一人の少女が駆けていく。犯人が少女の手を握って、境内から離れるように。

 何か逃げる理由があるのか。その境内に目を移す。そしてそこにいたのは、殺された陰陽師たちと、二つの異形の姿が。


 ここまで見ればわかる。後はその場にいる陰陽師の顔を覚えていく。犯人の名前や少女のことはいい。これは過去視だ。俺では手の出しようがない。全員の顔を覚えて、あと生きているのは誰かを確認していく。

 全員を覚えてから、過去視を終了させた。これはただの復讐だ。そこに他人は巻き込まれない。それがわかっただけで充分だ。

 あと気になったことといえば彼が首から下げていたネックレス。これも覚えておこう。いや、有名だからすぐわかったけど。


「……どうでした?明くん」

「マユさんと大峰さんには伝えよう。けど、俺たちが関わるのはやめだ。俺たちに被害が出るはずがない。文化祭を楽しんで大丈夫そうだ」

「え?いいんですか……?」

「いい。関わるだけ無駄だ。星斗にも伝えておくか」


 皆納得してなさそうだけど、それは食べながらでも話そう。外食に来たっていうこともあるし。せっかく外に来たのなら、外食をしよう。

 でも警戒したまま認識阻害をかけていたのに、こちらをじっと見ているマユさんと腕に抱えられた玄武が。その隣には星斗がいるが、星斗はこっちに気付いていないらしい。


「あれ?明くんに、珠希さん、でしたよね?」


 この認識阻害の上から見抜けるのか。本当にマユさんは五神の中でも頭一つ抜けてるなあ。ミクの名前は言ってなかった気がするけど、大方隣の星斗から聞いたんだろう。俺と休日一緒にいる女の子って言ったらミクだし。天海とは二人っきりにならないからなあ。


「え?明に珠希お嬢様?どこにいるんだ?」

「どこって……。目の前にいるじゃないですか、センパイ」

『お前の目が特殊なだけだ、小娘。オレの認識阻害を突破できる人間は少ねえよ』


 ゴンが犬の姿に化けながら結界を解いたので俺も解く。目の前に突如現れた俺たちに目を丸くする星斗。きっとこの二人も「かまいたち事件」の調査に来たのだろう。この二人だけというのは理由がわからなかったが、先輩とも呼ばれているし学生の頃の知り合いだったのだろうか。

 大天狗様が来た時も一緒に行動してたからな。桑名先輩が言っていた噂の一つはよく分かった。実力者同士だし、馬も合うのだろう。だがもう一つは問わなければならない。


「よ、よう。明に珠希お嬢様……」

「顔を合わせるのは久しぶりですね、マユさん。難波明です。そこの男の血縁です」

「お久しぶりです。マユさん、星斗さん。マユさんには改めて自己紹介を。那須珠希と申します。あの、星斗さん。そのお嬢様というのは家の集まり以外ではやめてほしいのですが……」

「ああ、悪い。気を付ける」

「星斗。仕事だからマユさんと一緒なのはわかる。けど、呪術省で頻繁にウチの学校の女子生徒と逢引きしてるって噂は何?ネットで噂されるってよっぽどの頻度だよね?」

「京都校の女子生徒……?ああ。たまたまよく会うだけで逢引きなんてしてないって」


 白々しい。そういう噂が流れる時点でどうなんだか。婚約者がいるのに他の女と二人っきりになるなよ。夢月さんが離れているからか?それとも、婚約者がいるからこそ、他の女には目もくれないのか。後者じゃなかったらここでぶん殴る。

 そうキツイ目つきをしていると、隣のマユさんが星斗の代わりに答えてくれた。


「その女子生徒、大峰さんですよ。仕事で制服のまま呪術省に来ることがありますから」

「そうそう。バッタリ会って、少し話してるだけだって」

「それに大峰さん、わたしとかが顔を見せたらすぐに学校に戻っちゃいますし。わたしも五神の一人として挨拶したいのですけど、呪術省に来ている時は大体センパイと話していますし、すぐにいなくなってしまうので……」

「仕事仲間として情報の共有くらいしたらいいのに。結局俺が玄武……明が名前で呼んでるなら良いか。マユに伝えてるから良いけどさ」

『……』


 なんか胡乱な目をしている玄武と目が合った。ミクやゴンの目を見て、今回は俺鈍感じゃなかったなって思い知る。むしろ目の前の大人二人が鈍感なんじゃなかろうか。

 それってたぶん、大峰さんが星斗に懸想……またはそれに近い無自覚の憧れとかそういうのを抱いているんじゃなかろうか。大峰さんは星斗に婚約者がいるなんて知らないだろうし、そんな気配全くさせてないからな。


 ただどこでどう惚れたのか。接点はどこだったんだろう。きっかけも全くわからない。星斗に惚れる理由もわからない。いや、たしかに顔はイケメンかもしれないけど、星斗は星斗だからなあ。

 なんというか、大峰さんはそういうのを気にしないで生きてきたような節があるから想像できにくかったけど、年齢の割には俺たちと感性変わらないからなあ。いきなりそういうのを自覚してしまっても、おかしくはない、のか?


 年齢詐称のチビ先輩のことは置いておこう。それよりも二人に伝えておきたいことがある。ミクたちにも話さないといけないし、ちょうど財布を持った星斗が来たんだ。お昼ご飯にしよう。


「二人とも、お昼はまだですか?」

「はい。調査をしてから食べようと思っていたので」

「ならちょうど良かった。星斗、奢って」

「はぁ!いきなりだな」

「『かまいたち事件』についてわかったことは全部話すから。情報料。父さん呼んで占星術のお代払うのとどっちがいい?」

「くそ……。生意気なガキに育ちやがって」


 悪態をつくが、こういう俺を形成している一部分は確実に星斗なのに何を言う。六歳のガキに大鬼ぶつけてきた分家筆頭とか、確実に悪影響出てるだろ。それに本家に寄る度に俺と術比べしてたじゃん。


「六歳の頃からあまり変わってないと思うけど?」

「あの頃は可愛げのないガキだったけど、今は生意気なクソガキだよ……」

「えー?明様、六歳の頃は色々と可愛かったですよ?目とかもクリクリでしたし」

「タマ、子どもの時なんて皆そんなもんだろ……。それに可愛いって言われるのはなんかへこむからやめてくれ」

「子どもの時でも、ですか?」

「子どもの時でも」


 嬉しがる男なんているのだろうか。いや、女性的な思考を持った男の子とか最近はいるらしいけど。ジェンダーレスは国際的な問題なんだっけ?そこはあまり突っ込まない方が良いだろう。ただ俺は言われても嬉しくない。


「わかった。マユ、あそこ行くぞ。そこなら財布的にも問題ないし。……ゴン様や銀郎様、瑠姫様も食べられるんだろう?なら広いあそこがいい」

「じゃあ、案内してくれ。足りなかったら出すよ」

「本家の人間や後輩に金出させるわけにはいかねえよ……。これでも稼いでるから任せろって」

「週刊誌に特集組まれたりしてたもんな」

「あ、それ!神奈に送っただろ!」

「送ったけど何か?」


 雑談をしながら移動していくと、そこは大きな大衆食堂だった。昔ながらのお店作りで、大将のお店に似ている。お昼過ぎだというのに、学生の姿が多かった。たぶん大学生だ。


「ここ、陰陽師大学の傍だから大学生の時はよく来たんだよ。夜の巡回任務明けとかに駆け込んでたな」

「懐かしいですね。学生時代なんて凄く前に感じます」


 なるほど。二人もよく来ていたのか。……うーん。星斗とマユさんのことを知っている大学生は多いのか、なんかひそひそ話をされている。認識阻害とか変装とかしてないからな。あとは瑠姫と銀郎か。式神の位も大学生なら察せるだろうし。

 食券制だったので、星斗が一万円札を入れる。値段を見ても、この人数なら足りそうだ。


「何食べますか?お三方」

『あちしさんま定食!』

『じゃあオレはきつねうどん』

『あっしは生姜焼き定食にしましょうかね』

「わかりました」


 星斗もすっかり分家としての立場が身に染みてるなあ。ウチは本家の人間より本家の式神優先だ。これ、今ならわかるけどかなり変わった風習だよな。たぶん金蘭様や吟様が生きていらっしゃるからなんだろうけど。


「明と珠希ちゃんは?」

「ねぎラーメン」

「しょうがみそラーメンで」

「……こういう食堂来てもそういう選択するのか。さすがすぎるよ」


 これが性分だ。いつもは瑠姫の作る弁当で栄養はきちんと採ってるから問題ない。初めてくるお店のラーメンは食べてみたいものだ。それに学生なら基本麺類に喰いつくと思うし。


「マユは?いつも通りカレーと唐揚げで良いのか?」

「ごちそうになります。それで大丈夫です」


 四年間通っていたからか、定番メニュー覚えているとか凄いなあ。彼女でもないのに。星斗も自分の分の食券を買って、それぞれに渡す。瑠姫は銀郎に、ゴンは俺に食券を渡して席取りに向かう。

 こういう場所だからか、出てくるのが早い。お盆にできた料理を載せてもらって席に向かい、食べ終わったら返却口に返す。学校の食堂のようだ。全員が席に着いてから、全員手を合わせる。


「「「いただきます」」」


 ねぎラーメンは京都のラーメンらしく、九条ネギが山盛りになっていた。千切りのネギが山になってるのかと思ったが違うらしい。京都ではこれがねぎラーメンなのだろう。あとは背油が入ってるのも特徴か。

 背油のおかげか、スープが甘い。でも濃くはなく、すんなりと飲めてしまう。麺も細く、胡椒と一味唐辛子が良い味を出している。若者が好きそうな味だ。メンマ三つにチャーシュー一枚、海苔一枚にネギが大量。見た目のバランスも良い。


 途中でいつも通りミクとラーメンを変える。マユさんにはあらまあ、という顔をされて、星斗にはこのバカップルが、みたいな蔑んだ目線を向けられた。お前も地元に帰ったら夢月さんにあーんしてもらえばいいだろうが!

 味噌って色んなものに合うよなあ。生姜やチーズ、コーンとか色んな野菜とか。日本人としても落ち着くというか。でも逆に言えばこの合わせるための調合が難しいのだとか。少しでも量が多いとどっちかの味が強くなってしまいバランスが悪くなる。


 でもこのラーメンは味噌も生姜も主張しすぎず、良いバランスだ。あとこっちの麺は太麺なんだな。細麺は味噌に合わないよなあ。わざわざ変えるとは、やるなこの店。

 そんな感じで各々食事をしながら、食べ終わってから話をしようと思っていたが、いかんせん玄武が食べるのが遅すぎた。亀だし仕方がないかと思っていたのだが、ゴンが隣の席に移動してまでせっつく。


『早くしやがれ。大きくなればそんな塊、一口だろ?』

『無茶、言わないでよ。こんなところで、大きく、なれると思う?』

『話が進まん。早く食え』

『クゥは、わがままだねえ……』


 そんなじゃれ合いを済ませながら、ようやく玄武が食べ終わる。神様を急かせるって神様にしかできないよなあ。さすがウチの守り神。俺たちは神気を纏っていたって絶対にできない。

 尻尾で嫌がらせをし始めたゴンはさすがに止めて、玄武が食べ終えたのを確認してからゴンに防諜の結界を張ってもらう。この精度の物はやっぱりゴンに任せるのが一番だ。ここに居る中で一番向いてるだろう。


『ほらよ。んで、明。何視やがった?』

「犯人の顔と動機と狙われそうな人くらいは。星斗もマユさんも、俺たちも犯人に狙われることはありません。彼の邪魔をしなければ、ですが」

「その根拠は?」

「これが復讐だから。関係ない人は極力殺されないよ。親の仇討ちと、妹さんを狙う悪漢を狙ってるだけだから。それも三年前の事件に発端があるから、その事件に関わってなかったここにいるメンバーは誰も殺されない」


 三年前のことを思い出しているのか、星斗もマユさんも思案顔になる。三年前と言えば星斗はプロとして地元に配属になり、マユさんは玄武に就任した年だ。マユさんって星斗より年下だから、もしかして大学中退になるんだろうか。玄武やりながら通学って無理だろうし。転勤多すぎるからな。


「それって、なんていう事件ですか?」

「これ、たぶん表向きは事件になっていませんよ。むしろ英雄譚ですね。たぶん携帯で調べれば出てきます」


 ミクにも検索させて、ミクは式神たちと記事を見て、俺は自分の携帯を星斗とマユさんに見せる。一瞬しか目を通していないけど、やっぱり快挙とか書いてあった。大天狗様が人間に怒る理由もわかる。これは到底許されることじゃない。


「これって……」

「マジかよ?当時はすげえなとしか思ってなかったけど、この生き残りが復讐?明、それってつまり犯人は人間じゃなくて──」

「間違ってる。人間だよ。強力な魑魅魍魎の討伐?新種の怪異?俺たちなら見ればわかる。俺にとったらゴンが殺されたようなものだ。復讐するに決まってる」

「……妖じゃなくて、土地神ってことか?」

「そう。星斗は現場に残ってる神気に気付かなかった?たぶん、この土地神と血縁関係はないんだと思う。でも、家族だった。だから神気を身体に纏っているんだろうね」


 そう言うと、マユさんが顔を強張らせる。その理由がわからなかったが、情報提供は続けよう。


「狙われてるのはこの事件に関わった人間のみ。メンバーは調べてください。で、その人たちと巡回任務とかでかち合わないようにすれば大丈夫かと。あと、犯人は天竜会の例のネックレスをしています。天竜会に聞くのも一つかと」

「天竜会の関係者かよ?むしろ手出しにくいじゃないか。あの組織の後ろ盾を失うのは不味いぞ?」

「それはわかってるけど……。妹さんは異能持ちだったみたいだし、保護されてると思う。だから心配しなくていいし、こっちも関わるべきじゃない。この『かまいたち事件』は、関わらないのが正解なんだ」

「やっぱり……」


 やっぱり?何がやっぱりなのだろう。マユさんから携帯電話を返してもらうと、俺たちの方ではなく近くにいた玄武に目線を合わせていた。


「ゲンちゃん、知っていたのですか?」

『うん。あの子、マユのこと、観察してたからね。ターゲットの近くに、四神のマユが、いるなんて思わなかった、んだろうね』

「そうじゃなくて!真智さんの方です……」

『知らなかったよ。ぼくが気付いたのは、犯人の方。陰陽師が、狙われるならマユも、狙われるかと、思って。だからデパートに、入ってもらった』


 デパート。確か一件、デパートの近くでも事件が起きていたはずだ。二人同時のやつ。その時マユさんは現場にいたのか。

 今の話の流れでなんとなく誰の事かわかったが、口を出さない。そんな人と接触しているなんて思いもしなかった。偶然なんだろうけど。顔を強張らせた理由もわかった。繋がってしまったのだろう。


「……真智さんは、お兄さんが『かまいたち事件』を引き起こしているなんて、知っているのでしょうか……?」

『知らないんじゃない?兄の方も、関わらせたくないだろうし。いつかは気付くかも、だけど』

「そんな……」


 その妹さんのことはどうしようもできないな。たぶん会うこともないだろうし。かといって呪術省で保護するということはむしろ人質にするということだ。そんな、犯人の反感を買うような真似は出来ない。

 マユさんは妹さんのことを知っているからこそ葛藤しているのだろう。むしろ四神であるマユさんが関わると、マユさんが敵と見做されかねない。デパートの時は偶然で終わったのだろう。

 三年前の事件の犯人たちから守るためにはマユさんが妹さんを守ればいいのだが、そうすると犯人たちも妹さんのことに気付くかもしれない。それを考えたらやっぱり、無干渉が一番の解決策に思える。


「星斗、どうする?これを呪術省の上層部に伝える?」

「伝えない。神殺しは大罪だ。……いや、そんな法律ないけどよ。要するに、これは天罰だろ?うん、誅罰じゃないな。だから、神々の厄介ごとには基本関わらない。前回で痛く反省した。お前もだろ?」

「そりゃあ、もう。生死は彷徨いたくないし、タマ泣かせるのはもう嫌だ」

『おうおう。坊ちゃんが成長したのニャ』

『むしろしてなかったら問題でしょうや……』


 そこの二匹。俺だって反省することくらいいっぱいある。ミク泣かせると罪悪感半端ないんだよ。泣き顔も見たくないし。やっぱり好きな子にはずっと笑顔でいてほしいものだ。俺だけに笑顔を向けてくれたら最上。


「というわけで、星斗とマユさんは『かまいたち事件』から手を引いてください。関わるだけ無駄です。それにがしゃどくろとか、呪術犯罪者の天海内裏を探したりとかやることはありますよね?」

「がしゃどくろなあ……。本当にどこに消えたんだか。あの巨体だから目撃情報なんていくらでもありそうなもんだけど、全然だし」

「天海さんよりも私は外道丸さんの方が……。むしろ向こうからやってきますし」

『小娘。お前あの時から外道丸につけ回されてるのか?』

「はい……。天狐様、どうすればいいでしょうか?」


 あれ。まさかとは思ってたけど、ゴンの正体バレてるのか。っていうかマユさんには認識阻害利かないんだから、玄武と昔から交流がある狐って天狐だってすぐに結びつくんだな。


『そうそう。クゥ、マユったらAにも、白虎にも、言い寄られてるんだよ……?モテすぎて、どうしよう?ぼくが最初に、見付けたのに』

『ん?びゃっくんじゃなくて白虎?……ああ。小娘、本当に変な好かれ方してんな……。外道丸は諦めろ。エイはまあ、悪いようにされねえよ。白虎は知らん。外道丸対策にずっと星斗を隣に置いとけよ。星斗は興味ないだろうから、やる気失せて帰るぞ』

「そうでしょうか……?センパイ、お願いして良いですか?」

「仕事だからな。いいぞ」


 そう言った後、星斗はマユさんにデコピンを放つ。うえー。暴力だ暴力。しかも年下とはいえ立場上上司に。そんな奴に育てた覚えはないぞ、星斗。やられたマユさんも目をこれでもかと開いておでこを抑えてるし。


「星斗さん!嫁入り前の女性になんてことするんですか!」

「珠希お嬢様、後で殴っていいので。マユ、お前はもっと俺を頼れ。段位も下で頼りない先輩かもしれないが、これでも先輩なんだ。お前が悩んでたら話は聞いてやるし、力が必要ならいくらでも貸してやる。お前はちゃんとした五神だ。お前を失うのは日本としての損失だ。そんな話学生時代に散々しただろ。今は俺も京都にいるんだからちゃんと頼れ。今回の事も二つ返事しただろ?」

「センパイ……」


 先輩後輩の絆というか。京都で育んだ関係性なんだろうな。香炉家の星斗としてではなく、ただの星斗として接してくれる人間に弱いからなあ、星斗。だからこっちでただの先輩として接してくれるマユさんは貴重だったのだろう。

 で、夢月さんも星斗のことを色眼鏡なしで見てくれる人で。なんだ、良い人たちに恵まれたじゃん。


「ありがとうございます、センパイ!やっぱりセンパイは凄いです!」

「凄くねえよ。凄かったら今頃九段になってるし、十五歳の時にそこの生意気なガキに術比べで負けなかったって」

「いいえ!それでもセンパイは一番誇れるセンパイです!」


 何が琴線に触れたのか、大絶賛し始めるマユさん。五神を除けば最も頼れる陰陽師だとは思うけど、なんかマユさんの評価基準どこかおかしくないか?それとも俺が星斗のことを色眼鏡で見てるからか?

 まあ、マユさんが嬉しそうだから良いか。「かまいたち事件」から遠ざけられたし、それで成果としては充分だろう。


『やっぱり血筋ニャア……』


 瑠姫がぼそりと呟いて、ミクが俺の顔を見てくる。ご飯粒とかついてるはずないし、ねぎでもくっついてるのか?触ってみたけど特にない。はてさて、どういう意味だろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る