第95話 1ー2

 天竜会とはかなり名高い公共団体である。街の人に聞けば八割方は知っている有名な団体で、名前だけではなくどういったことを行っているのかも有名である。

 その内容とは、言ってしまえば慈善事業だ。特に魑魅魍魎などの影響で親を亡くした子どもを保護し、最大で大学を出るまで支援してくれる。そこに預けられた子はみんないい子に育ち、社会に出ても問題なく生活していけるというほどのお墨付きだ。


 その支部も全国に多数あるが本拠地は京都市にある。京都の外れの方に施設があり、自然に囲まれながら養育される。もちろん学校にも通わせてもらえる。送り迎えは専用のバスを用いるほどだ。

 そんな京都の天竜会に三年前から預けられた子どもがいる。その名はかんばし神橋真智。三年前両親を不慮の事故・・・・・でなくし、兄も失踪。残された彼女は天竜会で保護されたまま、健やかに成長し今や高校に通うようになっていた。


 同じ施設に同年代の少女がいて、暮らしていく内に仲良くなっていた。その少女と一緒になってバスで登校している。

 その少女は京都で過ごしながらも、今は御魂持ちということを隠し通せている。天竜会にはそういう異能を背負ってしまった子も預けられているので、そういう子が普通の生活を送れるように特別な呪具を渡していた。


 その呪具は竜の鱗を思わせる淡い白桃色のアクセサリーが付いたネックレス。これを着けている者は天竜会の関係者だとわかるのだが、こんなものを学校に着けて行くことを認可させるほど天竜会の力は大きいと言える。たとえ校則が厳しい学校でも、天竜会なら仕方がないと諦めるほどだ。

 なにせ創立は戦国時代にまで遡るという。その創立は多くの戦などで孤児が増えたことに起因するようだ。そんな時代から慈善事業をしてくれていた組織に、日本という政府は頭が上がらない。


 日本の人口が魑魅魍魎という魔の影響があっても減らなかったのは、天竜会のおかげと言ってもいいほどだ。

 さて、話を戻して。朝の登校のためにバスに乗った真智は、隣の席に座った少女に話を振られる。


「ねえ、真智。月末にある京都校の文化祭、一緒に行かない?外出申請出そうよ」


 ちなみに京都校と言えば基本陰陽師育成大学附属高校のことを指す。大学は陰陽師大学と呼ばれるからだ。


「京都校の?他の高校の文化祭は行ったことないかも。でもやっぱり、わたしたちの学校の文化祭とは規模が違うのかなあ?」


 二人が通っているのはいわゆる一般校であり、霊気などの才能がない子どもが通う高校だ。こちらの方が大半なのだが。陰陽師というのはやはり限られた才能の持ち主でなければなれないものなのだ。


「全然違うらしいよ?私が気になっているのは術比べかな。未来の四神がいる可能性が高いってなると、かなりの人気らしいよ?学生でもかなり練度が高いんだって」

「……本物の四神は来ないよね?」

「本物は来ないよ~。忙しくて学生の文化祭になんて顔を出せないって。消えたがしゃどくろの調査とかあるだろうし」

「……そうだよね」


 真智は諸事情で四神を調べていた。TVはもちろん、ネットニュースなどでも事細かに調べるほどだ。

 実のところ、真智は陰陽師が嫌いだ。学生ならまだ陰陽師の卵くらいなので平気だが、プロとなるともう駄目だ。特に四神のように力に溺れているような存在は。


 だからといって、最近の「かまいたち事件」は見過ごせない。何もプロの陰陽師に死んでほしいとは思わない。ただ職務を全うして、何か罪を犯したのなら一般人と同じく裁かれてほしいだけだ。

 それがままならないのはおかしいと憤りを感じるだけで。

 考え込んでいたのが気になったのか、考えていることが表情に出たのか。親友が真智の顔を覗き込む。


「どうかした?」

「なんでもない。うん、良いよ。月末に京都校の文化祭だね?陰陽師学校は気になってたから行ってみたいよ」

「決まり。帰ったら外出申請証出しましょ。……話は変わるけど、愛しの彼からメールか手紙来た?」

「愛しの彼?ああ、違うよ。最近来てないけど、生きてはいるよ。あと誕生日にはたぶん会えるから」


 施設でもちょっとした話題になっている真智の文通している相手。今の時代携帯電話が発達しているから古風な手紙のやり取りをやっている相手がいるとは珍しいと特に女子の間で知れ渡っていた。

 その手紙を受け取った時、真智は本当に嬉しそうにするのだ。確実に彼氏だとアタリをつけていたが、その本人に会う様子がなかった。今度、京都校の文化祭の前にある真智の誕生日に会うようだが。


「皆見たことないけど、どんな人なの?」

「あれ?そういうのってタブーじゃないっけ?」

「私とあなたの仲じゃない」


 天竜会で保護されている子どもたちの間で、どうして天竜会に保護されることになったのかの確認や、親しい誰かがいても詮索することは禁じられていた。それがトラウマになっている子どももたくさんいるので、何が発作を呼び起こすかわからないからだ。

 たとえ親しい誰かが生きていたとしても、他の親しい人は失っているかもしれない。そしてその親しい人が危険な目に遭っているかもしれない。そういった事情から詮索は基本禁止なのだ。

 真智は少し悩んだが、別に手紙の相手が誰かだなんて言っても問題はないと思った。それに何か勘違いをしているようだし。


「相手はお兄ちゃんだよ。施設に保護されなくて、一人で勝手に出て行っちゃったバカなお兄ちゃん」

「お兄さんなんだ。もしかして高校に行かずに働いてるの?」

「そうそう。たまに海外に行くみたいだから、その時には手紙が来るかな。日本にいればメールか電話が来るよ。家族からの連絡なんだから、嬉しいに決まってるよ。滅多に会えないし」

「なるほどね~」


 親友もここから先には踏み込まない。何で真智だけを残して彼は保護されなかったのか。真智が天竜会に預けられることになった何かを聞くということはしない。そここそは、踏み込んではいけない領域だと線引きがわかっているから。


「じゃあさ、真智の理想の人は?学校だと誰が好み?」

「え~?恋愛的な意味でってことだよね?別に誰か好きな人がいるわけでもないし……」

「文化祭で色々な人と交流したじゃない。この人良いなーとかなかったの?」

「女の先輩カッコいいなって思ったけど、恋愛感情は特には……。でも文化祭の後一気にカップル増えたよね~」

「私も彼氏欲しい~」

「それが本音だね?」


 そんな他愛のない会話を続けてるうちに学校の前に着いていた。そこから平穏な一般人としての生活がまた始まる。

 つむじ風は、迫っていた。



 真智は学校が終わった後、市内のデパートに寄っていた。自分の誕生日が月末にあることもそうだが、兄の誕生日も同じ日であるためにプレゼントを見繕うためだ。海外に行くことも多い兄のことも思って、海外で役に立ちそうな物か、日本を思い出させる物が良いかと思っていた。

 今回は目星をつけるだけで買うつもりはない。予算内で良い物がないかと探りに来ただけなのだから。


 一フロアごとに見て回る。シーズン物やオールシーズン物、はたまた先取り商品など数多く並んでいるが、なるべく嵩張らない物が良い。そうして見ているだけで楽しい。自分が欲しい物もいくつかあったが、確実に予算オーバーな上に今回は兄のための下見だ。肩を大きく落としながら諦めた。

 そうしてエスカレーターで四階に上がった時。真智は視界に違和感を覚える。何が気になったのだろうとフロア全体を見渡してみると、そこにいた一人の女性とその女性が抱えている存在が有り得ないとわかったからだった。


 彼女も女性だし、買い物位来るだろう。そして今や京都に常駐しているのだから同じ市内に暮らしていれば見かけることだって確率はかなり低いが有り得る。だからって今日、この場で会わなくてもいいだろう。


(玄武……⁉しかも式神を実体化させてる!……このフロアは後で見ればいいかな。でも、周りの人はあの人が四神だって気付かないのかな?あの人はたしかに他の三人に比べればメディアに出てないけど……)


 真智はそう考えながら、上の階へ行くエスカレータへ歩いて向かって行く。誰かから逃げているといったように見られないように、不自然にならないようにゆっくりと。

 だが、そんな一般人の計画は簡単に潰されてしまう。


「あの~、すみません」

「ッ⁉」


 真智がバッと振り返ると、真智よりも小柄な女性が。そしてその人と目が合うよりも、抱えられていた亀の式神と目が合ってしまった。


(な、なんで……?何の用事で玄武がわたしに声をかけたの?ネックレスはちゃんとつけてる。わたしが御魂持ちだなんてわかるはずがないのに……!)

「もしやあなたは、神主の家系の方ではありませんか?」

「えっ……?」


 問われた質問の内容が思っていたことと違って力が抜けてしまった。そんなことがどうして一目でわかったのか、御魂持ちだということがバレたということでもなかったので安心してしまったのだろう。


「えっと、実家はそうです。どうして、わかったんですか……?」

「わたしも同じで実家が神主なんです。良ければ少しお話をしませんか?最近の女子高生は何が好きなのでしょうか?大峰さんに聞いておけば良かったのかもしれません」


 上機嫌で話せる場所を探し始める玄武こと、マユ。そのマイペースぶりに悪意を感じなかった真智はそのままマユにくっついていき、同じフロアにあったフードコートに来ていた。今は夕方ということもあって利用している者は学生くらいしかいなかった。

 マユは玄武の分も込みで三人分の飲み物と軽い食べ物を買っていた。さつまいもにアイスが載った、いわゆるスイーツだ。


「お待たせしました。えっと、わたしマユと申します。あなたのお名前は?」

「神橋真智です。ごちそうさまです。……あの、四神の玄武さん、ですよね?」

「ああ、はい。機密情報なので一応漏らさないでいただけると。本当は名前を言うこともダメなのですが、他にも知っている高校生がいるのでバレなければいいかなと」

「そうですか……」


 マユは玄武に楽しそうにさつまアイスを食べさせ始める。ゆっくり咀嚼していく玄武の様子を、そのゆっくりな仕草を観察するかのようにマユは自分の分も食べていた。真智もアイスが溶けない内に食べ始める。


「でも素敵なお名前ですね。お名前、こう書くのではありませんか?」


 マユがメモ用紙に真智の名前を書いていく。その文字は一字たりとも間違っていなかった。あと、文字が丸っこくて可愛いとも思った。


「はい。当たりです。わかりやすかったですか?」

「いいえ、珍しいと思います。でも神主の家のお子さんならこういう名前を付けるのかなと思いまして。神橋は神様と繋がる橋渡し。真智は本当の事を知る、という意味で付けるとしたらこの文字かなと。当たっていて良かったです。外していたら恥ずかしい思いをしていました」

(……可愛らしい人。こんな人が、四神なんだ。四神にも、こういう人がいるんだ……)


 それが真智の率直な感想だった。感性が一般人のそれだ。玄武に食事を与える姿がペットにエサを与える一般人の可愛がり方と同じ。ちょっと規約を破ったり、文字が可愛らしかったり、フードコートのスイーツを楽しんだりと、普通の女性だった。

 予想していた四神のイメージとは大分異なる。それもこれも、他の四神の噂の影響力が大きすぎるのがいけない。朱雀の何人もの恋人がいる話や、青竜の人の話も聞かずに修業と言って飛び出したまま帰って来ないこととか、白虎の戦闘訓練で再起不能になった陰陽師がいるとか、今代の四神は少しぶっ飛んだ話が多い。

 その中で特に噂のない、言ってしまえば影の薄いマユのことは本当に知らないことばかりだった。おそらく四神の中で最弱で、唯一の女性だということ以外は何も知らないと言っていい。それほど情報が出回らない女性だった。


「あの、どうしてわたしが神主の家系だとわかったんですか?一応厳密には、血の繋がり的には神主の家系じゃないと思うんです……」

「そうなのですか?わかった理由はあなたの周りにうっすらと神気が纏われているからです。陰陽師の才能がない神主の家系の子は、だいたいそういう風に見えます。そういう方は少ないのですよ?きちんと家で神への奉納をしなければ、加護は与えられませんから。とはいえ、わたしも最近知ったばかりですが」


 血ではなく家で行ってきたこと。それなら真智も納得できた。実家にいた時、神への感謝を忘れたことなどなかった。それが加護となって還ってきているとは思ってもみなかった。真智が産まれてこの方風邪を引いたことも、大きな怪我をしてこなかったのもこの加護のおかげかもしれない。


「ウチにも二人いるのですよ。コトちゃんとミチちゃんって言うのですけれど、白髪の綺麗な子で……」

『マユ。あの二人、神の使者。ずっと昔から、神の付き人やってる子たちだよ』

「そうなのですか!だからずっと子どもの姿なのですね……。今知りました」


 マユは玄武の言葉に驚いているようだが、真智としては話している玄武に目が行った。でも、この式神は神の名前を冠する存在だ。しゃべることくらい何ともないかと思い直す。

 五神からしたらこれはかなりの異常事態なのだが、そこは一般人の真智。気付くことはなかった。


「あと真智さんのことで気になったのは、神気の他に何か強い揺らぎがあって……。今日みたいに誰かに声をかけられたりしませんか?」

「強い揺らぎ……?」

(やっぱりおじいさまに貰った呪具の効果が弱まってる……?)

『ああ、安心して。その力が見えるのは、京都で五人しか、いないよ……。マユを入れると、六人だね。その鱗、ちゃんと機能してるから』


 真智の不安になった表情を見て、玄武がそう伝える。呪具の効果はきちんと機能しているが、その認識阻害を突破してまで感知できる存在がごく少数存在してしまっているだけ。マユもそれが気になってしまったが、両親という前例が居たので真智はそういうものかと納得できた。


「その、五人って誰ですか?」

『呪術犯罪者二人に、最強の式神が一人、あとは高校生二人。それ以外の人には、見えないよ』

「そうですか……。それは良かったです」


 まだこの平穏は続きそうだ。おじいさまに貰ったネックレスを、真智は軽く握りしめる。これがなければあの時の二の舞だ。そしてあの時と違って、両親も兄も、傍にいない。

 呪術犯罪者は少し気になるが、おそらく大丈夫だろう。


「わたしは、異能者です。陰陽師ではありませんが、それで過去狙われました……」

「そうなのですね……。わかりました。真智さんのことは誓って、誰にも話しません」

「ありがとうございます」

「最近は『かまいたち事件』もあって危険ですから。真智さんも気を付けてください。今のところはプロの陰陽師しか狙われていないみたいですけど……」

『その調査に来て、買い物を楽しんでいたマユが言うことじゃ、ないよ……』

「ああ、そうでした!調査の途中です!」


 ここにマユがいた理由は察した。事件は今のところ街中で起きているので、その街中を散策していて、休憩がてらデパートに入ったらそのまま長居してしまったのだった。

 食べ終えて、真智と別れようとするマユ。行こうとしたら、デパートの中が騒がしくなっていた。


「どうかしたのでしょうか?」

「さあ……?」

「また出た!かまいたちだ!今度は二人同時だったみたいだぞ!」

「首と心臓、一切ずつだ!一緒にいた女のプロは無事らしい!」

「まるで海外のジャック・ザ・リッパーじゃねえか!」


 そんな人々の叫び声が聞こえてきた。事件がすぐ傍で起きたことで、マユと真智は背筋が凍る思いをしたが、腕の中にいた玄武だけは小さく溜め息をついていた。


『うん、やっぱり。離しておいて良かった。あんなのに巻き込まれるのは莫迦らしいし』

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