第94話 1ー1

 九月一日。夏休みが終わった。俺とミク、天海は寮の部屋の掃除や買い物などもあったので夏休みが終わる三日前には京都に戻っていた。がしゃどくろがもたらせた被害とかの状況も知りたかったし。星斗から何となくは聞いてるけど、実際に見るのは違うし。

 学校には全く被害がなくて良かった。聞いた感じ死者は学校で出てないらしい。街中はがしゃどくろと五神が暴れて酷かったけど。復興には大分時間がかかりそうだ。京都の職人たちは仕事がとてつもなく速いが、今回は大天狗様の時と同じくらい被害が出ている。それだってまだ残っているのに、また建物や道はかなり壊れてしまっている。


 京都から人口の流出が始まっているらしい。大きな事件が起きすぎだし、純粋に危険だろう。生活がままならなくなるのもわかる。まだ東京に行った方が安全だ。

 朝のHRが始まる前に、祐介が席に近付いてきた。結局夏休み丸々会ってなかったから、一か月ぶりに会う。


「よう、明。珠希ちゃんに薫ちゃんも。久しぶり」

「本当に久しぶりだな。借金はなくなったか?」

「借金言うなよ!前借り、前借り」


 意味的には同じだろうが。それの返済で夏休み丸々バイトに充てたってことになってるのに、何を今さら取り繕ってるんだか。学校側にもバイトしてること伝えてあるんだし、学生が奨学金借りたわけじゃないんだぞ。

 そういや祐介って奨学金借りているんだろうか。そういう話はしたことなかった。


「祐介、奨学金って借りてるのか?もし借りてるなら借金三昧じゃん」

「借りてるけど……。俺が苦学生ってわかった?」

「家庭の事情でそうなってるのはわかるけどよ。それ言ったら天海だって奨学金借りてるだろ?」

「あ、うん。でも返済しなくていい奨学金だから負担じゃないよ?」

「そんな魔法のような奨学金が⁉」


 日本人なのに魔法とか言うなよ。まあでも、陰陽術のような奨学金……。うん、意味が分からないな。

 それにしてもそんな魔法のような奨学金制度があっただなんて。そんなの誰でも喉から手が出る代物だろうけど。返さなくていいなら俺も欲しい。


「プロの試験に合格すれば返さなくて良くなるんだって。私夏の試験に受かってライセンス貰ったから……って、住吉くん⁉」


 祐介が崩れ落ちる。なるほど。それは俺も祐介もダメだ。俺たちはプロの試験を受けられない理由がある。呪術省に目を付けられるわけにはいかないからな。


「それはダメだ……。せめて二十歳にならないと、親に連絡が行く……」

「成人は一応十五歳なのに、そういうのは以前の二十歳のままだからな。まあ、そんな早くから酒とかタバコとか手を出させないためだろうけど」

「投票権は十五歳からあるクセによ~。こんなの成人でもなんでもねえよ!」

「仕方ないですよ。わたしたちは今の年齢だと働き始める人は少ないですし、保護者の支援がないと学校にもまともに通えませんから」


 ぶっちゃけ元服に合わせただけだろう。成人したからって何か劇的に変わることなんてほぼない。成人の年齢が高かった時はお酒とかタバコを飲むことができる年齢と同じだったのでまさしく大人の仲間入りだったらしいが、こんな十五歳で大人ですと言われてもそんな実感は全くない。

 だって周りを見たら子どもばっかだし。世間的には高校生って大人扱いだからな。それなのに色々と書類には親の署名が必要だし。俺たちだけでできることって少ないんだよな。祐介が苦労する理由もここだ。


「まあ、頑張れよ。苦学生で成人の祐介君」

「ああ、頑張ったるよ。まずは文化祭だな」

「月末にあるからな……。でも気楽なもんだろ?中学の時の文化祭なんていつの間にか終わってたし」

「サボってただけだからだろ……。俺たち二人で屋上行って先生の講義に耽ってただけじゃん。中学の文化祭で何やったかなんて覚えてないだろ?」

「全くだな。何にも覚えてない。ゴンの授業は覚えてるぞ?」


 中学でも一年に一回文化祭があったが、ちゃっちいものだったという覚えしかない。私立だし地元ではかなり有名な学校だったが、学生募集のためのイベントというイメージしかない。

 その事実に、中学でも同じクラスだった天海が苦笑していた。


「一回も姿を見かけないと思ったら……。先生もダメですよ?」


 天海が俺の足元目掛けて言うが、残念ゴンは今そこにいない。ある事件を調べるために外出中だ。銀郎にはそういうことできないし、こういうことさせるならゴンが一番だ。気配絶てるし、大抵の陰陽師になら勝てるからなあ。

 というわけで天海を辱しめよう。


「ゴン、街中にいるからそこに居ないけど?」

「…………え?」

「ちょっと調べごとをさせてる。……狙われてるのはプロだから大丈夫だと思うけど」

「あぅ……」


 天海がミクに抱き着いて顔が赤いのを隠そうとしている。隠せてないけど。ミクの背は小さいから隠れきれないし。


「よしよし。でも明様。今回はちゃんと文化祭参加するんですよね?」

「するよ。桑名先輩の所には確実に行くだろうし。あと、なんか星斗が大変かもしれないって言ってたけどなんのことだ?楽しみだか楽しいだかって言ってたけど……」

「さあ?普通の文化祭と何か違うのでしょうか?」


 他の学校の文化祭とかも行ったことがないのでよくわからない。二人して首を傾げていると、ミクに抱き着いていた天海が顔の赤さを元に戻してこちらを見ていた。


「え?難波くんも珠希ちゃんも香炉星斗さんのこと知ってるの?」

「知ってるっていうか、分家の兄貴分だけど?」

「え、えぇ⁉土御門系じゃないの!てっきり星斗さんって土御門系かと……」

「あいつ、有名なの?」


 その返答をする代わりに天海が自分のバックから一冊の雑誌を取り出す。その表紙には「陰陽師マガジン」というタイトルと、モデルみたいにカッコつけている朱雀の姿が。そういうのいいから陰陽術の仕事しろよ。

 天海はいくつかのページを飛ばしていって、見付けたのか目的のページを開いて見せてきた。


「ここ!安倍晴明の血筋であり、呪術省の一押し呪術師だって。四神も注目してるって結構なページ割かれて特集組まれてるんだよ」

「タマ、夢月さんに連絡。金は俺が出す」

「わかりました」


 ミクが携帯電話を出して夢月さんに連絡をする。あとで星斗のことはからかってやろう。アイツ、特集組まれるようなことしたか……?

 いや、めっちゃしてるな。大天狗様が来た時は大峰さんやマユさん、あと白虎と一緒に迎撃したんだっけ。がしゃどくろの時も迎撃に参加したって言ってた。それで五体満足で帰ってるんだから、注目もされるか。


「広告塔にされてるなあ……。本人的にも快く思ってないだろうに」

「難波の家ってこういう呪術省に協力するのはNGみたいな部分あると思って、てっきり土御門系かと……」

「その認識で間違っていないけど、星斗は立場上仕方がないだろうからなあ。今血筋の現役で一番力がある陰陽師だし」


 それもこれも土御門の血筋が不甲斐ないからだ。あと賀茂。なんかこの記事に次の四神の最優良株とか書かれてるけど、アイツきっと四神にならないだろうな。夢月さんと長く一緒にいるために地元に戻りたいだろうし。

 まあ、星斗のことは良いや。また弄る材料が見つかったのは愉しみだけど、兄貴分がカッコつけてる写真とか見たくねえし。本分は何なんだよって言いたくなる。写真見る限り星斗も嫌々撮られてるけど。天海とか見て気付かないものか。


「そういえば薫さん。ライセンスは何段を取られたのですか?さすがに四段は取っていないでしょうけど……」

「三段。風水を見せたら驚かれたけど、やっぱり実戦がね……。それに知識もまだまだプロには足りないよ」

「それでも高校一年生ってことを考えたら十分凄いですよ」


 大学生が卒業と同時に貰えるのが二段だからな。そこら辺の大学生よりもよっぽど凄いってことだ。誇っていい。

 朝のHRが近付いて八神先生がやってきたことで解散になった。そういえば賀茂もプロの試験を受けたのだろうか。プライド高そうだから受けてそう。でもあの大鬼程度じゃなれても四段な気がする。


「さて、連絡事項だが。最近お昼に陰陽師が狙われる事件が起こっている。通称『かまいたち事件』だな。まだその襲われた陰陽師の共通点がわかっていないので、計画的なものか偶発的なものかわからないので注意しろ。無駄な外出は避けるように。犯人の特定がいまだにできていないからな」


 八神先生が言っている事件は、今ゴンに調べさせているものだ。妖のかまいたちが起こすような、首からいきなり斬られていたり、心臓を一刺しされていたりする事件。これまでで三人が犠牲になっていて、共通点は被害者がプロの陰陽師ということと、事件が起こる直前強い風が吹いたという証言のみ。

 俺たちが狙われていないか。それの確認も込みで今ゴンが確認中だ。


 朝のHRが終わると、一限目はLHRだった。話の議題はもちろん月末に迫った文化祭について。今月のLHRは全て文化祭についてになるだろう。準備とかあるし、学校行事としては修学旅行と同列の大きな行事だ。

 一応体育祭もあるけど、文化祭に比べれば一般公開もせず準備もすぐに終わるし、息抜きのような行事だ。だが文化祭は来年の受験生を確保するための大きなイベントだし、術比べで学校のカリキュラムの優秀さを見せしめたりするので学校からしても重要な催しだ。


 生徒からしても様々なことをするので楽しいだろう。俺はほぼ初めての文化祭だし、この京都校の文化祭も来たことがないからどんな感じだかわからないけど。

 そういうわけでクラスの出し物について話し合いをする。教壇の前には天海が。なんと天海、文化祭実行委員なのである。内申点に響くからやっているのだとか。でも結局はクラスのまとめ役のようだとか。


「もう提出書類も出しているので、クラスでやる内容は喫茶店で決まっています。申請も通りましたのであとは詳細を決めるだけですが。皆さんどんな喫茶店をやりたいですか?」


 そういう話も地元でしてたなあ。学生のやる喫茶店ってシックな感じとかレトロな感じのものではなくて、色々とイロモノをやるって知って驚いたっけ。むしろ俺が想像していたのは文化祭で言うところの休憩所だった。

 で、根幹を決めるわけだからクラスの中がワイワイと盛り上がる。やっぱこういうところを見ると大人じゃないよなあと思う。


「やっぱメイド喫茶じゃね?ウチのクラス、可愛い女子多いし」

「賛成賛成!眼福だしな!」

「ちょっと!そうしたら男子は何やるのよ!」

「裏方に決まってるだろ。男の気配が全くないのがベストだ」


 それは楽でいいなあ。それにミクのメイド服っていうのも見てみたい。女子の反対が多いが、そんな中、祐介が空いた天海の席にやってきた。


「明は何かやりたいってことあるか?」

「別に?タマが可愛い格好してくれたら何でもいいさ」

「お前、本当にそういうところだぞ……」


 祐介に呆れられる。いやだって。ミクは俺の彼女なわけだし、彼女の可愛い格好ならいくらでも見たい。そういう意味じゃこの前瑠姫が憑依した姿はマジマジと見られなかったなあ。命の危機でそれどころじゃなかったし。


「じゃあ!執事喫茶!」

「女子が前に出ない文化祭の喫茶店があるかあ!野郎の姿見るより可愛い女子の姿見る方が客は喜ぶんだよ!ここは男子校でも女子校でもないんだぞ!」


 おうおう。議論が白熱している。いや、別に何でもいいよ。ミクが可愛い格好してくれるなら。その他大勢は好きにしてくれ。バカみたいに忙しくなければ何でもいいさ。

 そう思っていたら祐介が手を挙げる。その動作にピタッと教室内の空気は静まり返った。霊気とか使ってないのにこうやって場を支配するのは流石としか言いようがない。その祐介はニヤッと口角を上げながらこう宣う。


「コスプレ喫茶。これしかないだろ。別にメイドに拘る理由も、執事に拘る必要もないじゃん?好きな格好して、好きな格好させようぜ?どうしても嫌だっていう奴は裏方に回ればいい。こんなところが妥協案じゃね?」

「そりゃたしかに。別に可愛ければメイドじゃなくても良いな」

「俺も執事の格好とか嫌だわ」

「メイドもありきたりだしねえ」


 いや、世俗には疎いけどそんなにコスプレって抵抗感ないものなのか?ミクには何かしら着させようとしてたけど、コスプレとなると抵抗感一つ上がるような気が。それとも高校生はそういうことしたくなるお年頃なのだろうか。

 しようと思ったこともないからなんか疎外感を感じる。いや、疎外感は常日頃感じてるけど。


「コスプレ喫茶で良いんじゃね?」

「でも費用とかどうするよ?自費?」

「あ、衣装代はある程度学校側の予算から出るそうです。劇とかそういう衣装を着る出し物なら結構予算降りるみたいだからすごい無茶な計画を立てなければ大丈夫、かな」

「じゃあいいじゃん!」


 ポンポン決まっていくな。俺は決まったことをやるだけなので、議論には参加しない。お茶くみでも雑用でも何でもいいさ。せっかくミクと同じ学校、同じクラスになったんだから高校の文化祭くらいは楽しみたい。

 だからなるべく疲れないで楽できる役職が良い。裁縫係とかは全くできないから無理。装飾係とかが良いな。簡単なことなら手先が器用だからできると思うし。


「ねえねえ難波君。ゴンちゃんにコスプレさせるのはアリ?」

「……たぶんなし。一般客も来て狐がいたら嫌がる人もいるだろうし」


 ミクの隣の席の潮田に質問されたが、ゴンにやらせるのは不可能だろう。このクラスでは受け入れられているが、他の人たちはどう思うかわからない。だから外に行く時は基本他の姿させてるんだし。

 それにゴンは気まぐれだ。可愛がられるのならいいだろうけど、服を着させられるとかは嫌だろう。あと、騒がしいのもあまり好きじゃない。だからそんな積極的に関わっては来ないだろう。


「あ、係りを決める前に一つだけ。もし部活動や、生徒会主催の術比べに出る人がいれば先に教えてください。そういう方の時間を決めてから負担の少ない役職などに割り振るので。じゃあ最初に術比べに参加する方」


 挙手を求める天海。生徒会主催の術比べは学校の最強陰陽師、学校側の謳い文句であれば呪術師だが、それを決める大会だ。まず初日に学年でトップ四人を決めて、一般公開の二日目に学校最強を決めるというもの。参加は自分で申請する物なので、誰でも参加できる。言ってしまえばたとえ実技の成績がドベでも参加できるものだ。

 俺もミクも参加しない。目立つ気がない。そのことが意外だったのか、天海の目が若干開かれていた。だって式神出せば大峰さんと桑名先輩以外に負ける気しないし。大峰さんは主催者側だから出ないだろう。


 となると、出る意味がない。土御門を潰すということは出来そうだが、こんなところで土御門を潰したら周りがうるさいだろうし。

 そうやって誰が手を挙げるか見守っていると、一人だけ手を挙げた。賀茂だ。まあ、ウチのクラスで出るとしたら賀茂だろうけど。


「祐介は出ないのか?」

「出ねえよ。祭りは見て楽しむ側だ。そういう明と珠希ちゃんは?」

「こんな見世物になる企画に出るとでも?」

「賀茂さんと土御門さんを倒したら面倒になるでしょうし」

「ごもっとも」


 それから手を挙げる者はいなかった。こんな物に出るのは自分に自信がある人かバカだけだろう。あとは家の威信にかけてとか、そういうの。ウチにそういうのは一切ない。


「じゃあ、賀茂さんだけですね。術比べの時間は空くようにします。次に部活動で主に参加する方」


 吹奏楽部とか軽音楽部とかになれば文化祭なのだから発表時間があるだろう。それも考慮しなければならない。そういうスケジュール調整頑張れ、天海。


「タマ。装飾係やるか?一番楽そうだ」

「いいですねえ。さすがに衣装係は無理なので。でも調理係も楽しそうです……」

「俺は料理できないからなあ。祐介はどうする?」

「俺も楽なら何でもいいかな。どうせ何かしらの格好して接客はやるんだろうし。じゃあ、装飾係か」


 俺たちは目論見通り装飾係に、ミクは調理係になった。そこで各係のリーダーを決める時に一悶着あった。


『あちしがリーダーやるニャ!』

「瑠姫様⁉」

「え?えーっと、式神の参加は良いのかな……?瑠姫さん、実行委員会に確認取ってみますね」

「天海、問題ないぞ。意志を持った式神の参加は認められている。そんな式神を持っている生徒が少ないから書かれていないが、簡易式神は本番でもそこかしこにいるからな。その代わり那須。主の君が副リーダーをやるように」


 八神先生の言葉で即決する。まあ、意志を持った式神連れてる高校生なんてほぼいないよな。


「わかりました……。お願いしますね、瑠姫様」

『大船に乗ったつもりで任せるニャ!』


 えっへん、という言葉が聞こえてきそうなほど自信満々に答える瑠姫。賀茂が嫌そうな顔をしているが、ゴンよろしく俺たちの式神はこのクラスでは受け入れられている。瑠姫の料理の味は知らないだろうけど、ただの喫茶店で収まらなくなりそうだ。

 それからはどんなコスプレにするか、悲鳴も所々起きながら賑やかにLHRは過ぎていく。


 中休みになって、俺たちは珍しく校舎の屋上でご飯を食べていた。空はもう暗い。でも夏の残暑が残るこの時期なら、夜に外で食事をしていても身体を冷やすということはない。屋上に明かりを用意しないといけなかったけど。

 教室じゃなくてわざわざ屋上に来たことにはもちろん理由がある。教室ではできない話をするためだ。それに先輩を一年の教室に呼ぶことも、俺たちが上の学年の教室でご飯を食べることを躊躇ったからだ。


 それに食堂やカフェテリアじゃ誰の耳があるかわからないし。誰も来なさそうな場所って言ったらやっぱり屋上だろう。防諜の結界も張ってあるし。

 そうして待っていると待ち人がやって来た。片手には夕飯なのかビニール袋がある。


「待たせちゃったかな?難波くん、那須さん」

「いいえ。まだゴンも戻ってきていないので」


 そう、桑名先輩だ。難波の分家として情報共有はするべきだし、もしかしたら狙われるかもしれない。今回集まったのは文化祭の世間話と、「かまいたち事件」について。ゴンも帰ってきていないので、まずはご飯を食べながら世間話をしよう。

 桑名先輩が持っていたのはやはり購買で買ったと思われる総菜パンだった。


「瑠姫様の作ったお弁当を毎日食べられるなんて、難波くんたちが羨ましいなあ」

『桑名っちのお弁当も作ろうかニャ?どうせ五人前も六人前も変わらニャイし。ああ、でもクゥっちだけは特別メニューだから面倒くさいニャ。それに比べれば一人分ニャンてヨユーヨユー』

「では、お願いします‼」


 即答。まあ、健康状態を考えても、瑠姫のご飯を食べられるということを考えても、断る理由なんてないんだろうけど。本家の考えで育ってきたからか、いるのが当たり前で会うことや触ること、食事を貰えることに特別感はないからなあ。

 まあ、モフれる時はモフるけど。


『じゃあ後で嫌いなものをタマちゃんの携帯にメールしておくニャ。それはなるべく入れないようにするからニャア』

「本当に瑠姫様も分家の方々を甘やかしますよね……」

『今のあちしには難波家が全てだからニャア。ま、雇ってもらった恩返しってやつニャ』


 そういう経緯で瑠姫を雇ったんだろうな。それによく瑠姫の方も承諾したもんだ。何か惹かれることが俺たちにあったんだろうか。今が大事だから聞こうとすら思わないけど。

 お弁当の話題は置いておいて、文化祭のことに話は移る。


「へえ、コスプレ喫茶。なんともまあ、俗な企画だね」

「案外皆乗り気で驚きました。本当にこういうのが高校の文化祭なんですかね……?」

「まあ、僕のクラスも似たようなものだし。お化け屋敷だよ?こっちはまだお祭り感あるかもしれないけど、そっちは本当に文化祭の出し物って感じだねえ」


 お化け屋敷かあ。簡易式神をお化けに偽装してリアリティの高く、陰陽師学校としての教育結果も見せられる良い企画だと思うけど。こっちなんて陰陽術に一切関係ないからな。いや?耳とかを生やすとかならできるか?


「……なんか、邪なこと考えていないかな?」

「そんなそんな。タマにどんな格好させようかなって考えていただけで」

「充分邪だよねえ?難波くんは那須さんがそんな格好をして、他の人たちに邪な目線を向けられるけど、良いのかい?」

「……はっ!タマ、コスプレやめよう!後ろでずっと料理やっててくれ!」


 それはダメだ!可愛い格好するミクは見たいが、他の野郎どもにそんな下卑た目線を向けられるとか耐えられない。そういう目線を向けた連中を、銀郎を憑依させて斬り伏せそうだ。


「えー?でも明くん。わたしも折角のお祭りなのでそういう格好してみたいです」

「そんな⁉」


 まさかの裏切り。いや、そうしたらミクの服装に認識阻害の術式をかけるか?俺にしか見えないようにして、他の人には制服に見えているように……。


『坊ちゃんの考えが透けて見えるようですぜ……』

『煩悩ありまくりニャ』

「……二人は付き合い始めたのかい?なんというか、前より遠慮がなくなったというか。距離が近くなったというか」


 あれ。桑名先輩に言ってなかったっけ。星斗にも言ってなかったんだからそれもそうか。あっちは婚約者と知っていたからその流れで言ったような記憶があるし。


「はい。それこそ大天狗様の襲撃の後に」

「実は婚約者同士だったんです~」

「そうか、それはおめでとう。……ん⁉婚約者!」

「はい。親が決めていまして。やっぱり珍しいんですか?」

「桑名ではとんと聞かないね。難波はそう珍しいことじゃないのかな?」

「分家の兄貴分の香炉星斗も地元に婚約者がいますね」

「はぁ~。時の人にも婚約者が……。あれ?でも色々と噂が……。地元?」


 時の人とまで言われているのか。それにしても何か引っかかることがあるんだろうか。星斗の色恋になんて興味がないのか、それとも変な噂が流れているのだろうか。後でちょっと調べておこう。

 また夢月さんに知らせることが増えそうだ。いや、ものによったら黙殺するけど。

 そうして食事をしていると、俺がつけていた防諜の結界に介入してくる存在が。学校では大峰さんくらいだと思っていたが、我らがゴンが帰ってきただけだった。


「お帰り、ゴン。ほい、夕飯」

『おう。食ってから報告してやる』

『あちしに感謝は?』

『ご苦労、瑠姫』

『ぞんざいニャア~!』


 出した弁当箱に入っていた四つの稲荷寿司はゴンに瞬殺される。大きく口を開いて一個を丸呑みする姿は何とも可愛らしい。あの小ささで豪胆な食べ方がギャップがあっていい。クラスの女子たちがキャーキャー言うわけだ。

 本来は大きい狐だから、そっちでの食事が基準になっているのかもしれないけど。


『ごっそさん。桑名もいるし、「かまいたち事件」についてわかったことを言うか。まず、お前らが狙われることはない。狙っているのは確実にプロの陰陽師だ。学生が狙われることはまずねえだろ』

「それは確定なんだな?」

『ああ。お前らが悪逆非道に落ちなきゃな』

「なら大丈夫だ」


 そんな人物になるはずがない三人だ。狙われるような悪童になる予定もない。狙われるようなことをすることもないだろう。


「それでゴン様。相手は妖なのでしょうか?それなら僕もそのかまいたち討伐に加わろうと思っているのですが……」

『やめておけ。殺されるぞ。お前の退魔の力も何となくわかってるが、悪意は消せても殺意は消せないだろう?邪魔だと思う気持ちは悪でも何でもない。むしろ正義感から来る感情かもしれん。今回も相性が悪いし、お前が出張る理由はないぞ?大人しく文化祭を楽しんでおけ』


 うーん。桑名先輩が相性が悪い。その殺意も悪意ではなく下手したら正義感。妖や魑魅魍魎なら桑名先輩が引けを取るとは思わない。そうなると。


「ゴン。妖じゃなくて、もしかして神なのか?」

『……現場証拠だけ考えたら、その可能性が高い。霊気も感じず、オレでも探り切れなかった。……それに、オレでも正体がわからないくらいの手練れだ。関わるだけでバカらしい。まあ、もう一つ可能性があるとしたら、こいつは陰陽師としての才能が全くないただの人間か、オレのように気配を完全に消せる凄腕だ。どちらにせよ、関わってもロクなことがない』


 どういう基準で狙われるのか。それすらわからないというのはちょっと不安になる。文化祭の買い出しとかで外出も増えるこの時期に、正体不明の殺人犯。それが凄腕となればなおさらだ。

 何か共通点がありそうだけど、それは呪術省に任せていいんだろうか。信用ないからな。でもどうしようもないし、さすがにそこまでプロを助けようとも思わない。これで星斗が狙われるなら考えるけど。

 Aさんたちに頼るわけにもいかないしなあ。どうしたものか。

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