第91話 5ー4

 ようやくだ。ようやく成し遂げた。全ての知識と直感から間違いない。彼女に憑依した存在は間違いなく妲己様。我が国独自の気を持ち、伝承に残された通りの複数の尾を持つ大妖狐。何故日本に渡ったのか、どのように殺されたのかはわからないままだが、天狐に匹敵する力を持つ稀有な存在。

 彼女が再誕したも同然なら、これ以上やることはない。あとは世界のテクスチャを覆して真実を知るだけ。


 ここまでの道のりは狭く険しいものだった。何度も絶望した。何度も挫けそうになった。それでもあの時のことを思い起こす度に奮い立った。立ち止まれるはずがない。立ち止まってはいけない。あの時の全てが、脳裏に刻み込まれている。

 唯一生き残ってしまったのだから、あの惨劇を悲劇のままにしておくことはできない。もっと何か手段はあったはずだと。あの村であった必要性はないと。

 その答えを求めて、ひたすら歩いてきた。非道なこともしてきただろう。だが、歩みは止まらない。そこにしか、答えがないから。答えが何よりも、欲しかったから。


 その答えを知って、どうなるか。どうなってもいい。その答えがたとえ残酷であってもいい。理由なんてとてつもなく小さいものでも良い。証が欲しいのだ。明かりが欲しいのだ。このちっぽけな三十年と少しの時間を生きてきた、生きてしまった長い時間の道のりに。

 とても平らな道のりではなかった。紆余曲折して、なんとも歪だろう。それでも途切れることだけはなかった。どれだけ上り坂があろうと、大きな何かが道を塞いでしまっていても、ここまでは続いてきた。


 続いてきた結末がたとえ災厄しかなくても。そこに辿り着かなければならなかった。そうでなければ、この才能も、天狐に助けられた理由も、説明がつかない。

 納得がいかないのだ。今の世界の摂理に。それが正しい理ではないと違和感を覚える。寒気がする。喜色の悪い何かが世界を満たしている。そして天秤が崩れる。天秤は均等にならないまま、いつまでも揺れて世界は運営されている。


 必要なら天秤を作り直そう。天秤が崩れるきっかけになった出来事を消去しよう。それを成し遂げねば、いつまでも世界は揺れ続ける。この偽りの世界の幸せで満足してしまう。それは悲しいことだ。

 世界も人類も、その他の存在も。背負ってみせよう。ただの人間が天に立つ。そして正しい世界を運営してみせよう。


『妲己、なんて久しぶりにその名で呼ばれたわ。日ノ本では名を変えていたもの』

「では何とお呼びすれば?」

『別に変えなくていいわ。それも本当の名だから。……心意気は良いのだけれど……。世界への復讐なんて私はまるで考えていないわ。世界を恨んでも私の息子を奪った愚か者たちに復讐はできない。過去の人間に何かをするような世界にするつもりかしら?』

「死者の存在しない世界、というものも良いかもしれませぬ。それはそれでまた理が崩れそうですが。もっとシンプルに、過去に戻るというのも一考かと」

『あなたにそれができると?』

「あなた様の力がありましたら」


 臣下として接する。これには妲己様の力がなければ何もできないため。こちらが神の領域に踏み込もうと、相手が死者であろうと、この一線を守らなければならない。

 こちらはお願いをする側なのだ。お願いを聞かせる立場ではない。


『……原理はなんとなく理解できるけど。我が故郷の神仙よ。世界はそうも単純ではないとわかっているであろう?』

「百も承知です。たとえこの命尽きようと、為せばなりませぬ」

『……重症ね。これは悲しむべきなのかしら?それとも喜ぶべきかしら?』

「どちらでも。それが貴方の思うことならば」


 身体だけは少女のモノなので、それだけはズレていると思う。だがすでになくなった身体までも再生できるわけではない。その部分だけはお互いに譲歩しなければならないだろう。


『全く。手のかかる子どもが一人、増えたみたいだわ。まあいいでしょう。まずは日ノ本を落とせばいいかしら?』

「順番は問いませぬ。そして全てを落とさずとも構わないでしょう。存外、テクスチャは薄いので」

『てくすちゃ。理ね。まさか後々世界を滅ぼすことになるとは思わなかったわ。そんな力、当時はなかったもの』


 世界は滅ぼせなくても国は堕とせた。ようはその繰り返しをせずに途中でやめただけ。今は数こそ増えたが、割合からして愚か者が増えた。むしろ前時代よりも国を堕とすことは簡単かもしれない。

 妲己様が生きられていた頃の国は、世界を見ても最も繁栄していた国だ。それを堕とせてしまえる力を持つのに、何を謙遜していられるのか。


『それと。あなたは二つ失敗しているわ。一つは私の魂の定着先をこの娘にしたこと。この娘、中々に良い素質をお持ちだけど、私とは相性が悪いわ。方向性がとんとずれている。まだあそこで気絶している娘の方が相性は良かったわ』

「まだまだ未熟故。申し訳ありませぬ」


 平に陳謝する。それを見抜けなかったのはこちらの不手際だし、そんな余裕がなかったとも言える。最適解が近くにいたというのに、別の身体を渡したことは不甲斐ないことだ。それで結果が大きく変わることになったら後悔するだろう。

 そして先程後ろから騙し討ちをして気絶させた少年少女を見やる。格別な子どもたちだった。あの子たちは神に近い要素を持っていながらも、基礎は確実に人間のものだ。だというのに拮抗した抵抗を見せた。


 だからこそ、惜しい。同志になってほしかった。誰よりも近しい場所にいたのに、わかり合えなかった。そんな子どもたちでさえ、犠牲にしなければならないとは。

 そして少女の方を見て納得する。日本という妲己様が住まわれていた土地で産まれた少女。この土地に馴染んでいることもあって、西洋人の少女よりは適性が高いだろう。それと男よりは女の方が相性が良いのも当然で。


 だがあの子たちの隙を突くには先に結果を見せるしかなかった。それほどまでに手こずってしまった。相手の手札を全てさらけ出し、その上で圧倒的な暴力で叩きのめしてきたが、それでも最後は持久戦でどうにかしようと行動していた。

 それに付き合っていたら失敗していた。そう、失敗するよりは少し不完全でも実行した方が良い。結果はこうして付いてきている。


『日ノ本のことは日ノ本の管理者に任せましょうか。どうも色々起きていて、もうすぐ偽りの天秤も壊れそうだわ。では世界を壊しましょうか』

「はい。ありがとうございます」

『……本当についてくるの?あなた、もう心臓が・・・・・止まっているじゃない・・・・・・・・・・

「……お気づきでしたか」

『あなたが術者なのだから、こっちには色々とわかってしまうものよ』


 そう、この心臓はすでに止まっている。心音もなく、あの時に一度失った命だ。名も知らぬ天狐に助けられ、施しを受けて何故か生き延びていただけ。もうあの時既に、人間としてのリ・ウォンシュンは死んでいる。

 無茶をしても大丈夫だった。なにせ心臓が止まっている。普通の人間なら生きているはずがない。だというのに身体は動く。思考はできる。声が出せる。異能が使える。身体は丈夫になった。


 人間を、やめてしまった。

 生きる屍だった。キョンシーとまるで変わらない。そこに意志があるかどうかの差だ。

 そして生き延びていた理由もわかった。天狐が神の力を分けてくださったからだ。その神の力は時間の経過とともに失われていく。ただ生きていく分には人間の寿命と同じだけ猶予があったが、神の力を使えば急速に減っていく。

 生き延びた時間を対価に、猛威を奮っていたにすぎない。


『あの子たちが強かったとしても。その対価を全て使い切っては意味がないでしょう?世界を変えようとした者が、変わった世界を見れなくてどうするの?』

「ご心配おかけしましたが、この肉体が保てなくても問題はありませぬ。魂はきちんと、御座に保管されますので」

『そう。魂だけになってしまったら、誰かが呼ばない限り永遠に孤独よ?』

「いいのです。全てを知っておりましたから」


 そう言うと、妲己様は何故か身体ごと包んでくれた。尻尾も使って身体全てが埋め尽くされていた。

 こうして暖かい肌に触れるのはいつぶりか。もう遠き昔日のことで思い出せそうもない。


『頑張ったわね。あなたは調停者としての仕事を全うしました。あとは真実を知る時まで、休みなさい』


 その言葉を聞いて、急に瞼が重くなる。その動きにまるで抵抗ができなかった。妲己様に何かされた気配はない。ただ、限界なだけだ。もう少し、大丈夫だと思っていたのだが。

 降りてくる瞼を、止めることはできなかった。



────


『無理をし過ぎよ。身を滅ぼすとわかっていて、突き進むしかできなかった憐れな子』


 妲己──葛の葉は崩れ落ちたリ・ウォンシュンの身体をそっと地面に下ろして、彼の冥福を祈った。とはいえ身体が限界を迎えただけで、魂は彼の言う通り中国の御座に向かったのを確認したが。

 出るところが全く出ていない、生前の身体とはまるで違う身体を借りながら木にぶつかって気絶している明たちに近付く。

 頭を撫でても、起きる様子はない。それを見て、二人の寝顔を見て微笑んでいた。


『あなたたちも頑張ったわね。きっとこれからも困難な道が待っているでしょう。それが難波の行く末なのだから。でも、あなたたち二人なら。きっと乗り越えられるわ』


 そう言って、名残惜しそうに手を放す。そして近付いてきた存在へ振り返ってお願いをした。


『さあ、金蘭。この子の身体から離して頂戴?私はまだ休んでいた方が良いし、この子にもこの子の人生があるのだから』

「はい。お婆様」

『……その呼び名だけは、納得できないのよねえ』



 葛の葉の魂を社に戻した後、キャロルの身体を診てみるが特に異常は見られなかった。そのため明たちのように優しくする理由もないため、そのまま地面に寝かせておく。リ・ウォンシュンには顔と身体に布をかけた。

 魂が離れたことは確認したため、肉体はただの物となっている。彼を魂ごと降ろすということをしない限り肉体は必要ないだろうが、わざわざ海外の組織に渡す意味もない。康平に頼んで難波で保管することにする。


 キャロルの所属する組織が取り逃がしたからこそ、今回の騒動が起きている。この夏休みは何も事件を起こす予定はなかったのに、明たちにはゆっくりしてもらう予定だったのにだいぶ計画がズレてしまった。

 それも修正が必要どころか、明たちの実力が更に底上げされる事態になったことと、損害が境内以外にほぼないため、嬉しい誤算ではあった。残っている休みを有意義に過ごしてほしいと思っている。


 リ・ウォンシュンの処置が終われば次は明たちだ。気を失ったまま寝てしまっているが、霊気を限界まで使った影響だろう。このまま朝まで起きることはない。外傷は金蘭が治せるところは治して、あとは病院頼りだろう。


「康平。病院に運んであげて。大きな傷はないけど、一応大事をとってね。お婆様を守り通した強い子たちだから」

「はい。かしこまりました。そこの外国の少女はどうなされますか?」

「この子たちの部隊の子に任せればいいんじゃない?それでももし病院が必要だったら紹介してあげればいいんじゃないかしら?その子も特に外傷はなかったからそこまで気にしなくていいと思うけど」

「では連絡をしてまいります」


 康平は金蘭から離れて、携帯電話を取り出して連絡を始める。まずは病室の確保。それができたら簡易式神に明たち二人を乗せて病院に送った。康平の式神に道中の護衛は任せる。

 次にCIAへ連絡を。向こうもこちらの状況を観測していただろうが、それでも一応協力関係だったので報告を。それも終われば、朝になってから境内の修理を行うために市や県に今回の一件の報告と修理の要請をし始める。

 辺りを見回していた金蘭に近付くゴン。もう結界を維持しなくていいのだから、自由に出歩いていて問題なかった。


『結局、オレ抜きで神の領域に入ったあの男と互角に戦っていたな』

「二人がかりで、式神を神の領域に押し上げてね。まあ、及第点でしょう」


 ゴンはいざとなれば出て行くつもりだった。明の式神として一番期間が長かったのはゴンだ。そのゴンが一番明の隣にいる。苦戦しているのであれば、駆け寄るのが相棒としての役割だ。

 だが、金蘭に止められていた。ゴンに頼らずどこまでできるか。それを見定めるためだけに。ゴンの実力では金蘭に全く敵わない。そもそもとして一千年来の友人だ。争う理由もなかった。負け戦に精を出すような存在でもない。


 その結果の戦闘は金蘭が満足のいくものだったようだ。終始にこやかに笑っている。葛の葉と少ないながらも言葉を交わせたということもあるのだろうが、あの二人の成長が何よりも嬉しいのだろう。

 それこそゴンの目を掌握してまで覗いていたほどだ。ゴンは明から離れることが基本なかったので、明と、たまに珠希の成長をずっと見てきたのだろう。

 難波としての血を最も濃く受け継いだ明。それが神の領域には及ばずとも、神に匹敵する力を持ちつつある。調停者としての資格を着々と得ている。それが嬉しくてたまらなかった。


『もしも。明たちが殺されていたらどうするつもりだったんだ?』

「それはないでしょう。瑠姫は優秀な式神よ。それにこの場で難波の人間が死ぬと思う?この玉藻の前様が加護を施している祭壇で?」

『……それもそうか』


 この祭壇が祀っている神は間違いなく日本の主神。その加護が得にされている場所がここだ。そこで、その神に愛された一族の者が死ぬはずがないと。

 難波の家は領地の地主であり、陰陽師の当主であり、神主の家系だ。祭壇を持っていることから神社の家系と特に変わりはない。参拝客がいないだけで、あとは決まった催しをやらないだけで正しく神を崇拝する家系だ。


 その証拠として、儀式の執り行い方や舞などを明も珠希も幼少期から教わっていた。たとえ芸能に精通している者に見せても一級の芸術だと評されるほどには鍛錬を積んでいる。横笛などもできるが、明は特に人前でそれを披露しない。そういう和の芸術には明るいのだが、照れ臭くなるらしい。

 家ではたまに、気晴らし程度で吹いたり弾いたりしているのだが。


『だが、結界を緩めたのは何故だ?後半ではもう維持もしなくていいとか抜かしやがって』

「何かあった時に即時対応するためよ」

『それで結局葛の葉様が降霊させられたじゃねえか。……わざと降霊させたな?』

「もちろん。というか、降霊を妨害し続けていたらそれこそ明たちは殺されていたわ。状況をしっかり読んでいたと言ってほしいわね」


 その言い分にゴンは呆れてため息をつく。明たちを心配していたとも言えるが、ようはこの状況になった時点でこの解決法を思いつき、そこになぞるように事態を動かしたということだ。

 こういうところは本当に晴明にそっくりだと、さすが愛弟子だと心の内で思っていた。


『……それで?この結果をエイには?』

「もちろん伝えたわ。京都は何もなかったそうよ。愚か者どもがまだ妖の対処で四苦八苦しているみたい。変わらないわね。呪術省も、土御門も賀茂も」

『ん?妖たちが動き出したのか?』

「目覚めた存在は多いそうよ。九州では土蜘蛛も目覚めたって。今京都で暴れているのはがしゃどくろだそうよ。その内ニュースでもやるんじゃないかしら?」

『がしゃどくろはビル並みに大きい妖だからな……』


 ゴンが記憶している妖の中でも最長と言ってもいい妖だ。人体を模した骸骨の妖だが、土蜘蛛と同じくらい面倒な妖だ。身体がデカい分防御力も攻撃力も高く、暴れたら五神でも対応できるかどうか。

 昔は晴明が宥めて暴れることはなかったが、今は止める存在がいない。元々がしゃどくろは温厚な存在なのだが、玉藻の前がいなくなったことを悲しんで眠りについた妖だ。時代の空気が平安に戻って、それでもまだ玉藻の前が目覚めていなかったら暴れるのも仕方がないだろう。


 そして、がしゃどくろにちゃんと話をすれば争いをせずとも退いてくれた。むしろ妖の中ではかなり話が分かる存在だ。もし呪術省が玉藻の前の復活を掲げていればそれを信じて退去しただろうが、武力行使をしてしまったのでそれも不可能。

 そして世の風潮的に平安の悪たる玉藻の前を復活させるなんて呪術省の立場からは絶対に言えなかっただろう。たとえ息子たちが勝手にやろうとしていても。


『エイも止める気はないんだろ?』

「あるわけないわ。そうして暴れてもらえば、裏から色々できるもの。がしゃどくろの良心を利用しているようで気が引けるけど、こっちで葛の葉様が一時的にも蘇ったということを呪術省から隠せるわ。こんな片田舎で起きたことより、京都での大事件に注目するでしょう?」

『隠れ蓑にはちょうどいいタイミングか……。がしゃどくろには謝っておけよ?』

「あの人が謝ってくれるわ」


 そこまで金蘭が手を回すことはなかった。ここ最近はずっとこっちにいたので、京都で何か起こっていても金蘭は知らん顔をしていた。

 そうやって会話をしていると、電話が終わったのか康平が戻ってきていた。すぐに金蘭へ頭を下げる。


「金蘭様。申し訳ありません。すぐに家へ帰る急用ができました。あなた様の予想通りに」

「それ、私はあの人の言葉をそのまま伝えただけよ。あの人が星を詠んだだけ。あなたも詠んでいたでしょう?」

「ですが、少々周りの土地にも影響が出ているようで……。それを収めなければなりません」

「行きなさい。クゥも行ったら?豊穣の神が土地を見過ごすの?」

『チッ。行くぞ、康平』

「はい。ゴン様」


 康平が出した鳥の簡易式神に乗って本家に戻る一人と一匹。まだCIAの人間が来ないため、キャロルの受け渡しのために金蘭は残っていた。この少女よりも、当主として本家の安全が最優先だ。

 そうして待っていると後ろから近付いてくる誰かの足音が。だが、それがCIAの誰かではないと金蘭はわかっていた。


「さすがは姉上というべきか。その手腕はまさしく晴明様譲りというわけだ」

「珍しいじゃない、吟。あなたが私のことを姉って呼ぶのは」

「皮肉で言っている」


 金蘭よりも遥かに大きい身長の銀髪の青年、吟が呆れながら言う。金蘭はまだ人里に出ていたが、吟は本当に隠居したのかというほど姿を見せなかった。難波の次代を見守ってはいるのだが、その姿を誰かに見せるということはしない。

 二人は年齢的に姉と弟だが、役職的には晴明の式神双璧だ。立場は同等である。


 こうして二人が揃うのは実に数百年振りのことだ。お互い感知はしていたが、言葉も交わさずお互いにやるべきことをやっていた。

 そういう意味ではキャロルはとても珍しい場面に遭遇したと言えるだろう。意識はないが。


「クゥより先に心配して飛び出そうとしていただろう?自分で計画したことだというのに甘い。いざとなれば結界に関与していないおれが守るとわかっていただろうに」

「頭と身体では別の行動をしてしまうものよ。私は晴明様に及ばない未熟者だもの」

「全く。恋は盲目とよく言った物だ。晴明様が万能ではなかったなど我々が一番知っているだろうに」

「その話持ち出す?あなたが玉藻の前様に恋い焦がれていたことを引き合いに出しましょうか?」

「もう出しているではないか。そういう子どものような心根が姉らしくないと言っている」


 金蘭は身体や実力を見れば康平が敬うような尊敬すべき人なのだが、存外心は子どものままだ。晴明に引き取られた境遇、そしてその後の甘やかされた生活を送っていればそうなってもおかしくはないが。

 大体似たような境遇の吟がまだ大人っぽいのは親友のおかげだろう。


「……呪術省を潰す時は呼べよ。おれも行く」

「はいはい。こっちはそれまで任せたわ」


 吟はそれだけ言うと、林へ姿を隠してしまう。結局CIAに対応したのは金蘭だった。

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