第90話 5ー3

 ゴンを呼び戻すか?これは最終手段を取ってもいい案件だ。今の状態は将棋で言うところの飛車落ちのようなものだ。角と金はいるが、要が欠けているのは事実。

 大天狗様を目の前にしたのと同じ状態で、俺が一番息の合った長年連れ添っている式神抜きで戦えって?だけど、相手の目的はこの祭壇に眠る妲己。正確には妲己ではなく葛の葉様と玉藻の前様が眠っていらっしゃるが、それでもいいのかもしれない。国を堕とせる力を求めているのだから。


 葛の葉様では厳しいかもしれないが、玉藻の前様なら簡単に為し得るだろう。なにせ本物の神だ。

 だが、それを言うなら目の前の男も紛れもなく神の一柱。国を亡ぼすだけなら容易なはずなのに。いや、他の国の神を畏れて戦力を増やそうとしている?それとも何か理由があるのか?


「羅公遠。これだけの力を持ってまだ力を求めるのか?そこまで世界を壊したいのか?」

「ああ、そうだ。いささか世界は広すぎる。一人では無理だと悟ったからこうして他人の人生を狂わせて、他の国の存在に助力を求めている。最強の個ではあっても、世界を掌握する力を持たない出来損ないだ。適材適所、というやつだな。役割の違いとも言える。できないことは他の者で補おうというわけだ」

「なるほど。理に適っている」


 宇迦様とかも戦いは苦手だろうしなあ。単独の力はリ・ウォンシュンも最強格なんだろうけど、それはあくまで一対一としての力や、精々が百人単位とかその程度なのだろう。街や国単位で力を行使はできないとかそういったことか。

 仙人について全く詳しくないから何とも言えないけど、狐に拘る事にも何か理由があるのだろう。誰でも良いならわざわざ日本に来てまで妲己を探さない。妲己以外にも世界を掌握できる妖くらいはいそうだ。


 それでも妲己に拘る理由は自国の妖だからか。それとも狐であったからか。

 もしそうであれば、彼は。隣にミクとゴンがいなかった俺ではないか。俺はあの高みにまで辿り着けるかもわからない。どういった経緯であの力を得たのかわからない。どうして犯罪者の道を選んだのかもわからない。

 わからないことばかりだ。それでも、何故か共感を覚えてしまった。何かが欠けていたら、この先欠けてしまったら。その行き着く先は彼の姿ではないか。そう幻視してしまうほど何かを感じ取ってしまう。


 この幻想はリ・ウォンシュンがこちらにかけている幻術の効果か。それすらはっきりしないが、そんな夢幻は振り切る。そんなことには絶対ならない。これから誰かが俺の周りからいなくなるなんてことは現実にさせない。

 それは今も、この先もずっとだ。圧倒的な差があろうが、屈せずに全員生きて帰る。活路を見出すまで諦めてたまるか。


「……良い目だ。これだけの力の差がありながら、意志は変わらない。絶望も知らず、傲慢だ。だからこそ惜しい。君たちがこの時代に、この世界に生まれ落ちたことが。次の世界か、遥か未来か。それとも遥か過去に生きていたのなら。……もっとわかり合えていただろうに」

「そんなもしもなんているか。俺たちは目の前にある現在いまを生きてる。その事実を捻じ曲げようとは思えない!」

「今がとても幸せなんです。その幸せを奪わないでください。もっと幸せだったとか言われても、今の幸せだって事実です。別の時間や世界だったら幸せとは思えなかったかもしれません。明くんとは出会えなかったかもしれません。わたしはそっちの方が怖いです」

『ということニャア、ご同輩。あたしも積み重ねの時代たちを知ってるから、悪い部分はあっても否定しようとは思わないニャア』

『嫌なことはもちろんありますでしょう。けど、今のあっしらはこの子たちという宝を守る防人だ。式神としても守り抜いてみせますぜ?』


 俺たちからの否定の言葉にため息をつくリ・ウォンシュン。表情もさらに深く、暗くなっただろう。同士かもしれなかった者たちの言葉は、たとえ神の領域に辿り着いても堪えるものがあったのかもしれない。

 この世界であることに不満があるのだろう。だから世界を壊そうとしているのだろう。だけど、今を生きている人間全員がこの世界を否定したのか。否定したい人間も一定数はいるのだろうが、その逆にこの世界が好きだという人もいるはずだ。


 世界に総意を聞くというのも無理な話だろう。だけど、知ってしまった以上。この場に居合わせてしまった以上。この世界を、今の在り方を愛している俺たちからしたら止めない理由がない。

 俺たちが共感し合えても、絶対に相容れない一線。それがある限り俺たちは絶対にここから離れない。


「……なら、潰し合うまでだ。当初の目的通り、押し通る。たとえ希望の一欠けらを見つけたとしても、惜しいとは思いこそ、信念は変えられぬ。たとえ可能性の発露も、神も、師すらも殺してでも、世界は変革する!さあ、止めて見せろ、人間!」

「言われなくても!ON!」

「SIN!」


 リ・ウォンシュンの神気が膨張してきたことで火力の高めの術式を放つ。俺とミクの術式で踏ん張っている間に銀郎が刀で仕掛けるが、それは術式を発動したままのリ・ウォンシュンに右手で持つ木の杖で防がれてしまった。

 あれもただの木ではなく、神木とかそういう特別な物なのだろう。じゃないと銀郎の刀を受け止められるはずがない。あれ自体も神気を纏ったものなのだろう。

 瑠姫があまり得意じゃない攻撃術式を放つが、それは目線を向けられるだけで無力化される。火力のない術式だと届きもしないってことか。


『坊ちゃん、タマちゃん。あたしじゃ傷もつけられそうにないニャア。いつも通り防御に専念するニャ』

「ゴンがいればそれでもいいんだけどな……。攻めの銀郎ですら決定打になってないのに。どうしたものか」


 何が有効なのか。守りは瑠姫に任せるとしても、俺とミクも攻撃するとして、火力でごり押したら向こうも防御をしてくれるだろうか。こういう時に攻撃術式をあまり覚えてこなかったことが悔やまれる。

 式神や降霊、星見が大事なのはもっともだが、こういう難敵に襲われた時の対処にはどうしたって戦うための力が俺たちにも必要だ。ミクはまだ霊気による力押しができるが、俺はそこまでの霊気がないからどうしたって限界がある。


 あの白い巨人がいれば充分だと思っていたということもある。それと銀郎やゴンがいれば火力としては問題ないとも思っていたからだ。ゴンがいないのが本当に痛い。

 だけど、銀郎の刀は防いでいるところから神気を纏った攻撃なら通じるのかもしれない。刀身変化させるか?でも、神相手に何ができる。大天狗様の時みたいに対陰陽師にしたって通じないかもしれない。

 そう迷っていると、リ・ウォンシュンの手がこちらに向いていた。それを察したように瑠姫が前に躍り出る。


「先程とは違う、正真正銘神の力だ。本物の神通力を受けよ。天を仰ぐな、地を知り給え」

「ガハッ⁉」

「キャッ!」


 瑠姫が咄嗟に防御術式を展開したというのに、俺とミクと瑠姫は地面に叩きつけられていた。最初に神通力を用いた時と同じ重力操作の術だ。だから同じ対処の方法として神気を身体の周りに膜のように展開したが、それでもピクリとも動かなかった。

 さっきの術式とは威力の桁が違いすぎる。術式を受けていない銀郎は今も牽制をしてくれているが、さっきは無事だった瑠姫まで地面に伏しているのだ。さっきまでの攻撃が全く本気じゃなかったってことか……!


『坊ちゃん!珠希お嬢さん!瑠姫、どうにかできねえのか⁉』

『ちょ、これキツイニャ……。タマちゃん、ごめんニャア。すこ~し神気もらうニャ。それに坊ちゃんも。裏技使うから……!』

「まさか……!でも、それしか方法がないか……?」

「持っていってください、瑠姫様。動けないわたしよりも使い道はあるはずです……」

「銀郎も持っていけ!どうせ父さんは奥だし、ここは祭壇だ!あの御方のための神殿でもある!何か言われる謂れはないだろ!」


 瑠姫の手段はゴンや父さんに止められているが、この際仕方がない。対抗策がこれしかないんだから。

 その言葉を了承としたのか。銀郎と瑠姫の身体に神気が増え始めて、二匹の身体が作り替わる。

 今までも神の領域に踏み込んでいたが、それでもオオカミや猫という魔の属性も含んでいた二匹。だがその魔の部分を完全に神の領域に繋ぐことで分け御霊という立場から完全なる神の一柱に生まれ変わる最終手段。


「久しぶりだが、さすが坊ちゃん。いくら天狐殿が傍にいたとはいえこの姿に戻れるまで神気を得ているなんて」

「それはAのせいでもあるでしょう?こんな世界に変わってなかったら、あたしたちもここまで神に戻れなかったわ」


 銀郎と瑠姫が、神の力を得て立ち上がる。これで数の上でも力の上でも並び立った。本当の難波の双璧がここに君臨する。

 ここから先は神同士の争いだ。

 言葉の感じが変わったとか、纏う覇が尋常ではないとか、そういった変化だけではない。神気が溢れているが、これは本来の二人の姿を取り戻した形とも言える。


 この二人は元々は魔に分類される存在だった。それが神としての側面も手に入れ難波家に式神として仕えるようになり、それからは契約者の負担にならないようにと魔と神の天秤を半々にすることで調整をした。

 その結果当主程度の力で使役できる存在になり、それでも十分難波家の式神双璧に至るほどの実力を有していた。普段はそれで充分なのだが、さらにもう一段あった制限を取っ払っているのが今の姿だ。


 この状態の二人は今までの能力と一線を画す。なにせ本物の神と遜色ない。この姿にするには契約者が神気を得ていないといけないが、俺とミクにはそれがあった。だが俺たちへの負担が大きいために普段使いは禁止されていた。神気も霊気もごっそり持っていかれることと、神々に気付かれるからだ。

 神々に気付かれると訪問者が増える。神への対応は一つ間違えれば大惨事だ。そういう面倒事を減らすためにもこの姿にはあまりしたくなかったのだが。


「なるほど。先ほどまでの姿はあくまでうつつでの仮の姿と。同じ領域に辿り着いた者と会うのは初めてだ。純粋なる神なら何柱か見てきたが」

「辿り着く可能性だけならあったからな。日本には神様の多いこと多いこと」

「さてと。坊ちゃんたちを長く苦しめるわけにもいかないし、始めましょうか?」


 銀郎が斬り込み、瑠姫が陰陽術で牽制する。今までとは違い神となった二人の攻撃は片手間で止められるものではなくなっており、二対一という状況をリ・ウォンシュンは芳しくない表情で受け止めていた。

 攻撃術式が得意ではないという瑠姫の術も、神気が込みになっているためリ・ウォンシュンの防壁も軽々しくぶち抜いていた。二方向から同格の二人に攻められるという経験は仙人たるリ・ウォンシュンでも厳しいと思ったのに、どうにか受け切っているのは何故か。


「師との修業を思い出すな!仙人たるもの、全ての存在を見極められるようになれと言われていたが、ここで役に立つとは!」


 最初は防衛で手がいっぱいだったのに、少しずつ反撃を始めている。右手に持った杖で銀郎の剣をいなし、左手で神通力を使って瑠姫と術比べをしている。

 もう陽も落ちて夜になった。それだけの長時間戦っているというのにスタミナ切れも感じさせない。神と同格なだけはある。規格外すぎるだろ。

 力が足りないなら数を増やすまで。その数に勘定できるのは俺とミクだけ。だというのに今も神通力によって押さえつけられていて身体を動かすことができない。


「タマ、神気を全開にしてもムリか……⁉」

「ちょっと、厳しいです……!かろうじて腕と頭は動かせそうですが、戦闘に参加するまでとなると……!」


 俺も似たようなものだ。あっちはあっちで戦闘をしているはずなのに、俺たちの神通力が解除される様子はない。それも込みで銀郎たちに攻め込ませているのに、見当違いだったとは。

 自力ではこれ以上身体を動かせそうにない。無駄な抵抗をするよりは銀郎に霊気を送る方が有意義だ。身体中に圧力がかかっていて痛いけど、できることがそれしかないっていうのは歯がゆい。


 目の前では神々の争いが繰り広げられている。木とか地面とか容赦なくなぎ倒されて陥没していく。それでも社や街に被害が出ていないだけマシだろう。そこら辺は父さんたちが貼っている結界のおかげもあるだろうけど。

 地面に叩きつけられているから、とかではなく目の前の戦いについていけない。全員の動きが速すぎて目が追いつかないのだ。神気は感じられるからどこで誰が何をしているかはわかるのだが、その剣戟だったり術がぶつかっている瞬間などが全く見えない。


 攻撃がされた、移動したということを感じた時にはもうその行動は終わっているのだ。動体視力と頭の回転が追いつかない。補助術式を使おうにも、それが邪魔になるかもしれない。いや、きっと邪魔になる。

 これが結局、陰陽師の限界なんだ。あくまで後方支援がいいところで、前衛ができる誰かがいないとまともに戦えないし、敵が強大すぎると何もできなくなる。あの高速戦闘に関われるわけでもなく、銀郎たちへ霊気を送ったり、傷の手当てや支援術式しか使えない。


 妖相手ならここまで思わないのに。やっぱり神は別格だ。人間が敵う相手じゃない。この神々に喧嘩を売った呪術省は終わったな。勝てるわけがない。

 銀郎たちのあの状態は刀身変化よりも霊気の消費が激しい。ただ霊気を送っているだけなのに身体に疲労が溜まっていくのがわかる。これは神通力の痛みとは別物だ。感覚的に俺の霊気の残量はあと三割弱ってところか。白い巨人の制御で使いすぎた。


 だから早く終わることを願うが、中々突破口が開かれない。銀郎の身体能力も剣技も、瑠姫の陰陽術の精度も威力も格段に上がっているのにリ・ウォンシュンは上手く捌いている。そこまで戦いに長けている仙人だったなんて。


「いい加減に落ちろ……!」

「つれないことを言うな、オオカミ神よ。空に浮かぶくらい、仙人としては初歩の技術だ」

「あっしはそんな権能ないんでね!」


 空中で切り結んでいる銀郎たちだが、銀郎は空を飛ぶことができない。陰陽術的な才能が一切ないことと、そんな機能を身体に備えておらず、言っていた通り権能もないからだ。だから瑠姫が移動する足場を作り出して、それを操作して空に常駐できている。


「ああもう!うざったい!」


 瑠姫も神気の塊を放つが、リ・ウォンシュンの術式に相殺されてしまう。防御も反応も優秀。銀郎という接近戦のスペシャリストにも引けを取らない戦闘技術。これが元現代人だというのか。

 中国という大陸がそういう魔窟なのか。それともリ・ウォンシュンが特別なのか。神とはいえ万能ではないはずなのに、欠点が見当たらない。自国でもないのにこの圧倒的な能力。本当に主神級の力へ到達してしまったというのか。


 さっきのような応酬を繰り返してしばらく。銀郎の刀を弾いて大きく後退した後、リ・ウォンシュンは辺りを見回す。完全に陽が落ちて、魑魅魍魎も多くうろつき始めた。それでも雲一つない満天の星空は透き通っていて、そこに神の三柱がいるという光景はどこか現実離れした絵画のようだった。

 それだけ神気が辺りを照らしている。普通の人には全く明るく見えないだろうけど、俺たちは神気を感じられる上に見えてしまう。全員が後光と月明かり、星明かりを浴びるべき存在のように俺たちの目には映っていた。

 そんな一つの画を作り上げているリ・ウォンシュンは、時間の経過を憂いたのかまた溜息をつく。


「時間がかかり過ぎた。これ以上は日本に入り込んだ番犬共が辿り着いてしまう。……詰みの一手だ。お前たちはよくやったよ。日本最強の陰陽師だったと、記憶しておこう。若い身でありながらよくその位に至った。次の世界に変わっても、全員のことを覚えておこう」

「まだ勝負はついてないでしょうが?あっしらは地面に這いつくばってないぜ?」

「何勝った気になっているのよ?」

「君たちはたとえその姿になろうと、隷属という立場は変わらないのだろう?強者に勝てないのであれば、主たる弱者を落とせばいい」

「マズイ!」


 銀郎と瑠姫がリ・ウォンシュンの思考を察して俺たちの元へ向かってきたが、リ・ウォンシュンが手を向けてこちらに術式を展開する方が速い。

 今までの圧力が嘘みたいに、数倍になった痛みが全身を貫く。


「があああああああああああっ⁉」

「瑠姫!どうにかできねえのか⁉」

「これでも弱めてる!あいつの神通力おかしいわよ⁉神気を持ってる坊ちゃんたちが一切抵抗できない、あたしの術式も効かないなんて!なにかしらのリスクがあってしかるべきなのに、どうしてそうも連発できるの⁉」


 銀郎も術式を叩き切ろうとして刀を水平に振ったが、若干痛みがなくなっただけでそこまで大きな効果がない。瑠姫の術式も効果がないみたいだ。

 肺が潰れる。頭がへし曲がる。思考が、纏まらない。息が続かない。全身の骨が軋む。せめて、ミクだけは守らないと……!


「クソ!瑠姫、あれをやるぞ。坊ちゃんたちが死ぬ!」

「仕方ないニャア!今日は特例のオンパレードニャ!」

「「精霊憑依しょうれいひょうい!」」


 銀郎と瑠姫の身体が実体化を解いた時のように薄くなる。そのまま銀郎は俺に、瑠姫はミクに覆いかぶさるように姿が重なる。そして光が現れた頃には、俺たちを襲っていた圧力の一切が弾け飛んでいた。

 神通力を突破されたリ・ウォンシュンの驚いた顔が目に入る。千里眼を使っているわけでもないのに、視界が妙に広い。身体が軽い。

 これが銀郎の見ている世界か。


「その姿……。ただの人間でありながら神の力を宿した君たちは本当に驚かせてくれる。実は君たち、神の子とかそういう裏事情があったりしないか?」

「残念ながら、親はどっちもただの人間だよ」


 俺の頭上には三角で灰色のフサフサとした耳が浮かび上がっている。お尻の方にも銀色の体毛が覆うそこそこ長い尻尾が生えていた。目つきも普段よりきついものになっているだろう。

 ミクの頭上にも黒い艶のある三角の耳がくっついている。お尻には同じように二本の細長い黒い尻尾が生えている。


 二人の身体の周りは今まで以上の神気が覆っていた。身体の内から発せられるものではなく、纏わりついている形だ。パッと見は悪霊憑きに見えるかもしれない。

 式神を契約者に憑依させる技術。これも難波の秘術だ。他の式神大家でも確認できない、俺たちにしかできないこと。リ・ウォンシュンの神通力に対抗するにはこれしかなかった。神通力に対応するには神気が必要。それも俺たちの身体にある、含んでいる程度ではなく、本物の神が纏うほどの純粋な、多量の神気が。


 こんな時じゃなかったらミクの姿を写真で撮りまくったんだろうけどなあ。

 それにこれ、無理矢理銀郎たちの力を借りているだけで俺たちが実際に接近戦をしたり俺たち自身でやることが多いし、俺たちにしかできないことができなくなるからあまり好きじゃないんだよな。

 俺の場合陰陽術使えなくなるし。ミクは憑依しているのが瑠姫だから問題ないけど。


『坊ちゃん。今あっしらの神気は二人を守るために使い切ってます。つまり身体能力はあくまでいつもと変わりません。ご注意を』

「わかってる。……リ・ウォンシュンの力は本当に無制限なのか?」

『斬り合った感じ、余裕はあまりなさそうですが。でもあっしらを蹴散らすくらいはできそうですぜ』

「面倒だな……」


 銀郎と合体しているとはいえ、どちらかの意識がなくなったりとか、混同したりしない。俺は俺として、銀郎は銀郎として意識がある。身体を動かす主権は俺にあるし、ただ銀郎の身体能力を借り受けているだけだ。

 銀郎のように接近戦を鍛え上げてきたわけではないから、拙い戦闘しかできないだろうけど。この術式、デメリットが多すぎてメリットが少ない。俺たちの身体を守るために仕方がなくやってもらったけど。

 腰に刺さっていた刀を抜いて、何度か手首で回す。うん、しっくりこない。


「刀なんて初めて握ったな……」

『それが現代人の普通ですよ。陰陽師が近接戦闘なんて仕掛ける方がおかしいんですから。しかしこの状態だと持久戦も厳しい。相手の自滅は望み薄。取れる手段がとにかく少ない。どうします?坊ちゃん』

「それでも、やるしかないだろう?この祭壇をなくすのは、俺たちにとって始まりをなくすことと同じだ。ここがなくなったら、俺たちの家の意義がなくなる」

『それもそうですね』


 不格好でも、やれることはやって、それでもダメだったらゴンたちに任せよう。他の人に任せるのは気が引けるけど、これ以上手段がないし、霊気もそろそろ限界だ。玉藻の前様と葛の葉様がこの男に屈しないように祈っておこう。

 よし、今の内に謝っておこう。


「もし失敗したら、ごめんなさい」

「随分弱気じゃありませんか?明くん」

「いやだって。神に喧嘩売られるようなこと俺たちしてないじゃん?それでこうして神と違わない相手と戦ってるんだから、もしももあるんじゃないかなって」


 ミクが叱咤してくるが、霊気は限界。竹刀すら持ったことのない俺が銀郎の力を借り受けたところでどうなると。延命措置に過ぎないんだよな。

 とはいえ、口では負けることは可能性の低いことと言っておく。ミクは万全で動けるのだし、俺は牽制をしていればいいんだから。その牽制が上手くいくと良いけど。


「で?投降するのか?日本の天才たち」

「いや、もう少し粘らせてもらうさ。あんたを社へ行かせられない」

「では。続きといこうか」


 銀郎の力しか使えないんだから、攻めるしかない。刀を見よう見まねで握って突っ込む。刀を思いっ切り振り下ろしたが、杖によって簡単に防がれた。


『坊ちゃん。そんな西洋の剣を使うように振り下ろさなくても。刀は繊細ですし、力を込めなくても斬れます』

「いや、そんなこと今言うなよ。俺そんな剣技とか剣と刀の違いとかわからないし」


 銀郎に身体強化とかよくかけているから力で斬り伏せているのかと思ったけど。刀身変化六式とかだと筋肉量めっちゃ増えるし。今度ちゃんと銀郎に色々聞こう。自分の式神の能力をきちんと把握していないのは不味い。


『相手の死角を狙うとか、物を斬りやすい線目掛けて斬るとか、もっとやりようあるでしょう?』

「お前が何を言ってるのかさっぱりわからん!っていうか、何⁉斬りやすい線って!」


 そんなものを一瞬で判断して斬りかかってるとか化け物かよ。俺の式神だったわ。しかも神の一柱だったわ。そりゃあそんなこともできるか。たしか銀郎って狩りの神だったはずだし。

 そんな剣の達人に素人が意見貰ったってできるわけない。ミクの方は問題なく術式を使えている。問題は威力が落ちてることか。瑠姫は防御特化の式神だし仕方がない。神に戻らないと威力なんてお察しだ。


 そうすると本当に決定打が打てない。あれ?これっていわゆる詰みってやつじゃなかろうか。

 そう思っても刀を振るう。霊気がなくなるまで、身体が動かなくなるまで、倒れるその時まで抵抗をやめない。全ての攻撃をいなされているが、何か手はないものか。何か。


 そう考えていると社から誰かが襖を開けて出てくる音が聞こえた。戦っている最中だというのにそれが誰なのか確認したくなって後ろを振り返ってしまった。藁にもすがる思いだったのだ。

 その誰かとは。


「キャロルさん……?」


 だが、様子がおかしい。目の焦点がまるで合っておらず、心ここにあらずという感じだ。そして一番驚いたのは、その背中に九本の大きな金色の尾が生えていたこと。


「キャロルさんも狐憑きだったのですか⁉」

「違う、タマ!降ろされてる!だけどいつの間に⁉」

「最初から仕掛けていただけだ。それと、目を離すのはいけないな」

「うあっ!」


 背中を神通力で攻撃されて俺とミクは吹っ飛ばされる。何回転か転がって、木をクッションにするようにして止まったが、俺とミクはどっちも霊気がすっからかんだ。銀郎たちとも分離してしまった。

 まさか降霊を戦闘中ずっと仕掛けていたって?それで銀郎たちとも渡り合うって、しかもゴンや金蘭様が貼っていた結界を破ってだぞ?規格外に過ぎる。

 リ・ウォンシュンは出てきたキャロルさんに近付いて、膝をつくと頭を下げながら、胸に手を当ててこう言った。


「妲己様。黄泉からの帰還、お慶び申し上げます。共に、世界へ復讐しましょう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る