第89話 5ー2
産まれた時から才能はあった。でも、平凡な人間だっただろう。世界で一・二を争うほど人口が多い国に産まれたため、小さな才能を持っていたとしても埋もれてしまう。埋もれないように努力してもそこから這い上がれる者は一握り。ほとんどは埋もれて、名も知られぬまま朽ちていく。
人口が多いということは消費も多いということだ。生産の手も多いと思われがちだが、それは広大な土地に優良な環境、そしてちゃんとした人員がいてこそ、人数を超える生産ができる。最近では機械を用いるという選択肢も増えた。
そして生産する側の人間は年々減ってきている。様々な選択肢が生きていく上で増えたからだろう。便利という蜜を知ってしまえば、その蜜を求めるために生きていくようになる。人間とはなんとわかりやすい生き物だろう。
そんな消費されていく世の中で、丹術も道術も使えるという才能は生きていく糧にならなかった。異能を使えるからと言って、国の中枢に関われるわけでもない。生活が豊かになる何かがあるわけでもない。
そのため、異能という才能は幼少期にちょっとした悪戯ができるくらいで、それ以上の役には立たなかった。いつからか異能のことを考えることも辞め、ただ生活をしていくだけだった。
住む国にどれほどの人口がいようと、周りの人間を覚えて愛するのが精いっぱい。そんな狭いコミュニティで生きていたために、世間からしたら無知だったのだろう。
愛する伴侶を得なかったのも、愛と恋の違いが判らなかったため。他の家庭を見て良いなと思うことはあっても、そうなりたいとは思わなかった。だがそれは羨望だったのだろう。本当はそうなりたかったという願望が混じっていたのかもしれない。
そして青年期になって、村を出た。レジスタンスの指揮もした。国内で様々なテロを起こした。その結果世界警察にまで目を付けられるとは思わなかったが。
犯罪者と罵られ。同じような悪を討ち。正義を挫き。仲間を失い。敵を滅ぼし。結果が得られぬまま、時が流れた。
その過程で世界を知った。広さを知った。裏側を知った。魔術を知った。神を知った。
どうしようもない、残酷な事実を知った。
そうして犯罪者として追われながらの日々を過ごす中で、国内を放浪していく中で師に出会った。師との出会いは偶然だったが、出会う土俵は出来ていたらしい。出会ってからは匿われながら、師の教えを授かることになった。
そこでまた、新たな才能に出会うことになったのだが。
「ウォンシュン。力は力だ。たとえ世界を変えられようと、小石しか動かせずとも。水面を少し揺らすだけになろうとも、その在り方は変えぬのか?」
「変えませぬ。もう、この道しかありませぬ故」
「そうか……。弟子としたことは間違いだったか?」
師はそう悩まれた。師の周りには様々な動物が寄り添っている。
動物は好きだ。人間のように醜悪ではない。この世界でも尊いものだと主張できる。師と会う前も、村を出る前も、動物は村の人々と同等に愛していた。
「ウォンシュン。教えを授ける前に言った言葉を、覚えているか?」
「『神々の力は生半可ではない。存在というものはその者を示すしるべ標だ。気ままで許される者。責任を負う者。支配する者。管理する者。流される者。意思のない者。孤独な者。共存できる者。神の力を背負うことは、そのいずれからも外れる埒外の領域に踏み込むこと。貴様は人を辞めることになる』」
「……その言葉を一言一句覚えていて、まだ進むというのか」
顎から伸びた白い髭をさすりながら師は一つ嘆息する。あの村で朽ちなかった時点で、振り返る道はなく。目の前以外に足場はなかった。進むしか、選択肢がないのだ。
「師は、今の世界を肯定されておりますか?」
「否定はできぬな。紛れもなく我々は生きておる。どういう理が敷かれたのかは知らぬが、存在を許されている以上何とも思わんよ」
「……結果的に、師を殺すことになるかもしれませぬ。それでも止めはしないのですか?」
「その時はその時だ。それにお主が変えた世界であれば、別の我々がそこにはいるだろう。世界はそうして均衡を保ち、秩序を得る。流転していく。壊した先の世界が今よりも良いという保証はないぞ?」
師には全てを話していた。それこそが修業を受ける対価だった。目的も理由もわかった上で今こうして対面している。
存在を脅かす者だというのに、教えを授けてくださった。師という存在を塵に帰すことになる反逆者へこうして恩義を図ってくださった。そして返せるものがない。それでも師はいいと言ってくれたが。
そして、師の言葉は最もだ。壊してみなければわからないが、今よりも酷い世紀末になるか、それとも約束された楽園があるのか。それはやってみなければわからない。わからなくても、たとえ破滅の道しかなくても。
今の世界が嫌いだ。政府だの国だの、そういう小さな単位ではなく世界そのものが嫌いだ。師や動物たちがいるこの世界であっても、致命的に歯車が噛み合っていない。このズレた世界を矯正しなければ気が済まない。
「……決心は堅いようだな」
「はい。揺るぎなく。初志貫徹、ではありませんがあの時から、気持ちに変化などなく」
「良かろう。ウォンシュン。お前はあの時、天狐に助けられていたな」
あの時というのは村を出るきっかけになった出来事だ。その時たまたま通りかかった天狐に助けられ、天狐のおかげで生き永らえていると言ってもいい。
その天狐が通りかかったのはおそらく偶然。言の葉も交わさず、その時以外には会ってもいない。今どうしているのかもわからない。その時助けてくれたのも、ただの気まぐれだろう。
神の領域に足を踏み込んでいても、あの天狐のことはわからない。名も存在も、薄れたままだ。
「ウォンシュン。お前に新たな名を与えよう。羅公遠。仙人の力を使う時にはそう名乗ると良い」
「羅公遠……ですか?三蔵法師と術比べをした、あの仙人と同じ名を?」
「正確には襲名という形になるか。天狐と術比べをしたかの名を受け継ぐには、お主には色々と被ることがある。励めよ。二代目羅公遠」
「はっ。ありがたく頂戴いたします」
これ以上ない贈り物だった。師は仙人を名乗ることを許してくださったのだ。
まだまだ師には遠く及ばない。仙人の力を扱えるようになったのも最近のことだ。半年前にようやく暴走させずに制御でき、ようやくその力を身に宿すことができた。
仙人としてはまだまだ青二才もいいところ。それでも師に認められたのだ。ここにも長いこと居座ったが、この気持ちが燻ぶることはなかった。
「ウォンシュン。お主が世界を裏返そうと、我々は関与しない。世界の神々は諦めているからだ。唯一諦めていない存在がいるが……。あれは神にも劣らぬ最初の過ち。願いとは、純粋であり最大の汚点でもある。清濁併せ持つ鏡合わせ。……世界を敵に回しても、その芯を失うな。その果てへ辿り着け」
「ええ。我が師よ。これまでの多大なる恩義、忘れはしません」
さあ、行こう。真実を求めて、原初の場所へ。
「……始まりは、変わらない。ただ、その音は。唄は。水面を揺らすには充分だった。お前の願いは叶わぬよ。楽園の女主人」
そう、リ・ウォンシュンの師は呟く。それを聞いていたのは、周りにいた動物たちだけ。
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