第86話 4ー3

 中国の犯罪者、リ・ウォンシュン。この男を追ってもう二年になル。アジア担当になるとか、とんだ貧乏くじだワ。

 アジアは広いし、何より異能についての保護や規制が甘すぎル。犯罪者が出すぎちゃうのも問題だし、一般人にもこの秘宝をばら撒きすギ。世界にも秩序があるのに、それが崩れる原因がアジアにあると言っても過言じゃないワ。


 JAPANとか、アジアの国は何で普通教育に異能の授業を執り行っているのかしラ。南半球の発展途上国ならまだ異能を広く引き継いでいてもおかしくはないのだけど、先進国で科学技術もかなり発展しているのだから異能に頼らなくても良いと思うのだけド。便利な物はきっと手放せないんでしょうネ。

 まだ、欧米や西欧ならワタシの相性も良かったのニ。こういうところが人事部のダメなところネ。


 リ・ウォンシュンは丹術士としての実力はもちろん高いのだけど、結局は井の中の蛙。世界を知らない地方の田舎者。少しだけ世界の真実を知っているだけの、沼に入り込んでいない小物。

 それが上手く気配を隠して逃げ続けた小心者。こういう輩は何度も捕まえてきタ。逃げに徹していたために今回は時間がかかったけど、結局はいつも通りの結末。現地協力者に気になる人物もできたけど、それ以外はいつも通リ。

 今回もさっさと終わらせてアジア勤務は終わらせてもらうワ。西欧の方がワタシの魔術にも適応しているシ。


「全く……。君たちも大概暇人だな。こんな島国まで来て、潜入調査をして結局ボコボコにされる。そんな末路を迎えるために他の隊員共も呼び出して貴様らが必死に守ろうとしていたものが目の前で壊されて、心から絶望する。アレか?貴様らはそういう特殊な性癖の変態か?」

「調子の良いこと言ってくれるわネ。こんないたいけな正義の少女を変態扱いするとか、ソッチの方が性癖捩れ曲がってるんじゃないノ?中年のおじさんが十代の少女に言うセリフじゃないわネ」

「正義ねえ……。それも結局、貴様らが定めたルールに則った善悪だろう?」


 このままじゃ押し問答ネ。アチラさんも自分の在り方を絶対だと思い込んでいるんだかラ。水と油というか、ワタシたちが混ざり合うなんて不可能なのヨ。お互いの信じるものや思考、行き着きたい先や願望が全て逆。それで分かり合おうっていう方が傲慢だワ。

 だから、結局言葉ではなく暴力に頼るしかなイ。神様から与えられた特別な異能ギフトで、与えられた使命を完遂しなければならなイ。それこそがやるべきことだから、構わないのだけれド。


 丹術士は基本札に頼って術式を生成すル。呪文を唱えることはワタシの魔術と同じだとしても、物を用意しない分こちらの方が上手ダ。

 戦陣は唐突に切って落とされル。相手が札を取り出そうとした瞬間には、ワタシはすでに呪文を唱えていタ。


「Timon of Athenes!」

「む……?呪詛か?本当に魔術というのはヴァリエーション豊かだな。それは丹術も陰陽術も変わらんか。『四系の門』」


 リ・ウォンシュンの周りに死後も続く呪いを喰らわせてやろうと、黒い靄を出したのだけど、それは彼を守るように作られた結界によって防がれてしまっタ。黒い靄で悪いものと判断するのはわかるけど、見ただけで呪詛って正しく認識するなんてネ。

 知識が備わっているのか、それとも観察眼に優れているのカ。我ながら森に近しい環境だったし、良いチョイスだったと思うんだけド。簡単に防がれるのは癇に障るわネ。


 でも、この魔術はただ呪詛を出すだけじゃ終わらなイ。むしろ因果的にはそれが最後に現れるはずなんだけど、優先すべきことを変更すればこんなこともできル。

 森の中からやってくる金の亡者の群れと、軍隊。それぞれ別の時期に現れた存在だが、再現するとなればこういうこともできル。たとえ時期がズレていても、彼が経験したという物語は変わらなイ。


「召喚系魔術か。だが、先程の呪詛も同一の魔術のはず。複合型、もしくはそう定められた概念的な魔術……。どちらにせよ、この程度の戦力が増えたところで脅威にはならないぞ?『滝壺に生えし清涼なるつた』」


 リ・ウォンシュンが地面に札を叩きつけると、瑞々しい蔦が何本も出てきて召喚した存在たちを絡め取って動きを封じていタ。無理矢理突破する存在もいたが、大半は動きを止められていタ。

 耐久力のない金の亡者たちはその蔦に締め上げられて消滅していク。結構力は強いみたいだけど、丹術っていうのはそこまで大きな力が使えるものなのかしラ?そんな報告なかったけド。


 リ・ウォンシュンも中国の中ではそこそこな腕前の人物だったけど、頂点というわけじゃなかっタ。戦闘記録を見た限り、ワタシが負ける要素はなかったはずだけド。

 でも、その亡者たちを倒しちゃったのは不味かったわネ。その子たちを倒すと、倒した人物に呪いが発生する特別製。今頃苦しそうに倒れ……てないワ。


「撃破判定で更に呪いの追加か?こちらを呪い殺したくてたまらないという感じだな。こちらを捕まえるのではなかったか?正義の味方」

「さっきの結界、大分強力なもののようネ。まさか追撃まで防ぐとは思わなかっタ。あと、最悪捕まえなくても良いと言われているワ。あなた、ちょっと被害を大きくし過ぎヨ」

「それは怖い。それに世界を一度壊そうというのだから、それぐらいの被害は必要経費だろう?降りかかる火の粉は振り払うべきだしな。世界が変われば、結局我々以外行き着く先は同じだ」

「あなたはその先には行き着けないワ。資格がないもノ」

「それは興味深い。どういった資格だ?もしや正義の味方ではないといけないのかね?」

「サア?でも、そんな悠長にしていて良いノ?」


 蔦を食い破った軍隊がリ・ウォンシュンに弓を構えたり剣を持って突撃していル。あの結界はあくまで呪術に対するモノ。物理的な攻撃は防げないでしょウ。

 そんなワタシの思考がわかったのか、リ・ウォンシュンは慟哭な笑みを浮かべていタ。最初に弓矢が結界に刺さったが、むしろ矢の方が消えてしまっタ。物理的な防御も備えていたっていうノ?


「何か勘違いをしていたようだが、結界とはそも、全ての悪しき者から守り通す要だぞ?物理的にも呪い的にも防ぐものに決まっているだろう。そもそもとして、我が国は四千年の歴史と共に様々な文化が発展してきた国だ。自分たちの異能が頂点だと信じ切るような無能でもあるまい?」

「歴史の話を出されるとちょっと反論しづらいわネ。そっちには確かに証拠として書物が残っているのでしょうけど、こっちには明確な年代が書かれている書物はないもノ。なんせ神話の時代なんて明確な年代の記述があるわけないじゃなイ?」

「ほう?神を語るか?そんな幻かもしれない人間の創作物を?」

「あなたの世界論と同じヨ。創作物かどうかは世界のテクスチャをきちんと調べなければわからなイ。でも、ワタシは信じられる要因がある。それだけ」


 たぶん、ワタシと彼の差はそコ。彼はワタシのように世界の在り方を信じられるきっかけがなかっただケ。ワタシは信じているから、たかだか四千年の積み重ね程度には負けないと自信を持っていられル。


「やはりお前たちは一歩我々よりも近い所にいるようだな。お前の頭の中を覗くのも必要になるか?」

「物騒なこと言うわネ。そういうセリフはワタシを倒してから言うものヨ?」

「青二才が随分と調子に乗る。なら、その夢から覚めさせてやろう。世界は偽られていても存外に広いということを」


 様子見は終わりって所かしラ。向こうはまだ攻勢に出ていないんだシ。ちょっと嘗めてかかってたのは事実。もう少し気を引き締めましょうカ。


「それにしても子どもに負けるとは。見込み違いだったか?」


 リ・ウォンシュンが周りを見渡すと、アキラもタマキもすでに戦闘を終わらせていタ。やっぱり二人ともワタシの組織に欲しイ。あの二人も異能犯罪者のリストで見たことのある人物だっタ。

 ただの子どもじゃ倒せそうもない相手だったのニ。JAPANがおかしいのか、それともあの二人が突出しているのカ。本当にあの二人、ただの学生なのかしラ?今度ちゃんと調べ直しましょウ。難波っていうのが凄い家なのか、彼らが特殊なのカ。

 でもこの社の結界を張っているのが難波の御当主とあと二人みたいだから、やっぱり凄い家なのかもネ。


「これで三対一ネ?」

「それを貴様のプライドが許すのか?あれは現地の子どもたちでお前たちの部下じゃないだろう。正義の味方が子どもに頼るのか?」

「あいにくワタシも子どもだもノ。……まあ、デモ?これはプロとしてのワタシの仕事だワ。彼らにはちょっと見学していてもらいましょうカ」


 挑発に乗るのも癪だけど、実際プロとして戦場を渡り歩いてきたプライドというものは確かにあル。物心着く頃から戦ってきたし、まだまだ余裕はあル。

 それに彼らにリ・ウォンシュンの相手は厳しいだろうシ。子どもとしては破格の力だとしても、目の前の男は中国でもトップ層の異能者。学生に無理をさせるわけにもいかないもの。


「それでこそだ、正義の味方。では、続きを始めようか。死者変生キョンシー


 リ・ウォンシュンが札を地面に叩きつけると、辺りの森が騒がしくなル。すぐに対応できるように警戒していると、猛スピードでこちらにやってくる人の反応ガ。いや、でも死んでル?頭には札が貼られているけド。

 キョンシーって、動く死体の妖怪だったかしラ?あの死体、人間のものネ。腐ってはいないようだけど、まさか本物を使うなんて悪趣味。


「結局彼らを巻き込むなんテ!」

「悪者の言葉を信じるとは、正義の味方失格だな。こちらにはどうしても達成したい目標がある。そのためには手段は選ばんぞ?」


 アキラもタマキも呼び出した式神と一緒にキョンシーたちの対処を始めル。あの本物の死体を隠しておくために随分早くからこの土地に潜入して死体を運び入れていたのネ。下準備に余念がないワ。

 でもこのキョンシーたち、結局は人間の力しかないみたいだからそこまでの脅威じゃなイ。死んでる人間を生き返らせることはできないもノ。死者をそのままに生き返らせる奇跡なんて、この世界に存在しなイ。死は死だかラ。


 それをアキラたちもわかっているのか、ハンドガンや術、あの生き物たちに対処させていル。人間と同じように首を切るか心臓を穿つか、札を剥がせばいいみたイ。対処はだいぶ楽な方ネ。数が厄介だけド。

 ワタシも、彼らに習ってみましょうカ。


「The Winter’s Tale」


 今回切り取るのは一側面。そこだけで充分だかラ。愛憎劇を産み出すよりも、人を食い殺した熊さえ現れてくれればいイ。キョンシーも元は人だし、活躍してくれるでしょウ。

 現れたのは三メートル近い茶色で屈強な熊。人食い熊のイメージ通りに現れて、それが周りのキョンシーたちを蹂躙していク。殺したてではないからか、食べていくことはないけド。

 もう間もなく、このキョンシーの群れもどうにかできそうネ。そして死体を操るということからこの男の目的もわかったワ。


「ダッキを生き返らせて、世界を変えようとしているノ?」

「ああ、その通りだ。彼女なら世界を堕とすこともできるだろう。生前彼女は一人だったから失敗した。今度は協力者がいれば失敗するはずがない」

「……身体はなくて、魂だけのようだけド?それで成功するノ?」

「身体なんぞ、貴様のものを器にしても構わない。必要なものは妲己という魂と本質だ。それに魂から徐々に身体を変質させることもあるだろう。むしろ最初から妲己という存在が確定した状態より、いささか不完全の方がこちらの言うことを聞いてくれる。好都合だ」

「妲己も道具としか思ってないのネ……」


 その発言に、結局は犯罪者かと吐き捨てル。いくら悪しき存在だとしても、命を道具扱いするのはあってはならないコト。意思はそれだけで尊重されるべきことなんだかラ。そして悪に代わってから裁けばいイ。

 まあ、そういう人間だっていうのは街中で被害を出している連中を切り捨てている時点で分かっていたけド。こういう悪を見逃せないから今の組織に入ったんだシ。この男はここで失敗してもまた別の場所で必ずやらかス。ここで絶対に止めないト。


「世界を陥落させた程度で、世界のテクスチャが変わると思ってるノ?」

「変わるさ。人間というのは地球に与える影響が大きすぎる。その人間が粗方死滅すれば世界は流転せざるを得ない」

「第三次世界大戦でも勃発させるつもリ?」

「そうせざるを得ないさ。妲己という宝を求めて皆が奪い合う。世界を騙しきることだってできる。今の科学技術は凄いらしいな?地球を何度も滅ぼす火力があるらしい。地球が壊れない程度にこちらでコントロールして争ってもらい、テクスチャを裏返す。人類が滅亡寸前まで逝くということは有史以来初めての出来事だろうからな。そんな非常事態になればこんな偽りの世界でもさすがに剥がれるだろう?そして私は行く。世界の裏側にある楽園に」


 この男の目、淀んでいル。今まで見てきた犯罪者とも一味違うというか、絶望を背負っているというカ。何が彼をそうさせたのかわからないけど、まるで人類全体へ、そして世界へ復讐しようとしているようにしか見えなイ。

 そうさせてしまった理由は後で捕まえた後に問い質せばいイ。今は、その過程で犯した罪を清算させるために、そして人類を守るためにこの男を止めなければならないということだケ。


「喜べ、少女。貴様は世界の者共から求められる妲己に作り替えられる。そのための贄だ。世界の頂点に立てるなんて、光栄なことだぞ?」

「全く嬉しくないワ。そこにワタシの意志はないじゃなイ」

「ないな。だからこそ、貴様には世界の真実を見させられずに残念だ」


 キョンシーが全滅する。アキラたちもワタシの後ろに来て、それぞれの得物をリ・ウォンシュンに向けた。


「あの程度の児戯じゃ、このぐらいしか時間稼ぎができないか。そんなにそちらの戦力も削げなかったらしいな」

「投降しなさい、リ・ウォンシュン。この二人もかなりの実力者ヨ。あなた一人じゃ結果が見えていル」

「結果が見えている?まだこちらの手の内も全て明かしていないのに?……丹術士だと、見誤ったのが貴様らの敗因だ」


 その言葉の後、いきなりワタシたちの身体が地面に押さえつけられル。立っていられるのは呼び出した熊と、アキラたちが呼び出した狼と猫だケ。身体が全く動かなイ……⁉

 それぞれ呼び出した存在に身体を引っ張り上げさせるが、それでも一切動かなイ。こんなこと、丹術で出来るはずがなイ……!地球の重力を、丹術や魔術では操れないはずなのニ!


「いつ丹術士だと言った?そんな低次元で物事を語るな。金縛りに耐えられるのは神に等しい者か、身体に魂がない存在だけだ」

「金縛リ……?」

「我が名はリ・ウォンシュン。仙人の教えを受け、神通力に目覚めし者。神の領域にも辿り着けない凡俗が、我が覇道を邪魔立てするな」

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