第85話 4ー2

 一対一が三組できる。俺が相手するのは三人の中で一番身長が高い男。丹術士は初めて戦う相手だから何をされるかわからない。

 ただ大元のルーツが同じなのか。相手も呪符のような、何かしらの言葉が書かれた札を取り出していた。五行思想などは大陸から流れてきたものだ。共通点ももちろんあるのだろう。


 ただ俺は、そんな準備だのなんだのは待つわけない。何のためにハンドガンを持っているのかという話だ。詠唱破棄ができない代わりに出力でどうにかしようとしているのがこの呪具なんだから。

 相手が何かをする前にハンドガンの引き金を引く。何かの術が発動する前に、ハンドガンから放たれた霊気によって形成された炎の塊が相手を襲う。


「チッ」


 男は札を使うことなく炎の塊から横ステップで避ける。長身のクセに動きが機敏だ。

 そのまま俺は炎弾を撃ち続ける。近くの木や建物に引火しないように途中で霊気を切って消滅させたりして配慮しながら攻撃を続けていく。

 器用に避けていくのが中々うざくて、三連で炎弾を放つ。呪符がなくても霊気を込めればこういうこともできる。だけどやっぱりおもちゃの範囲を超えない。呪符でやるよりは威力が落ちるからだ。


「水流剣!」


 炎弾の三発が全て、男が持っていた札が水を纏った剣に変わって薙ぎ払われる。やっぱり大元なだけはある。水の循環を利用して長時間維持できる武器にしているのだろう。陰陽術からしたら高等技術だ。


「五行思想くらいは同じか」

「元々はこちらの思想だろうに。それをそちらが真似ただけだ」

「ああ、日本語で話してくれてありがとう」


 そう言って今度は土の塊を射出する。先端を鋭利にした、見るからに凶器の塊だ。土剋水、水をせき止めるなら土が一番だ。

 人によっては五行でも得意不得意があるのだが、俺は平均的に何でもできて特出した五行は存在しない。安倍晴明の血筋は全員そんなもので、むしろ何かに特化しているのは満遍なく使う才能がなかった人々が何かに突出しようとして尖らせてきた結果だ。


 それは相手の中国でも同じだったのか、炎を使っていた俺から土の弾丸が飛んできたことに目を丸くしていた。驚いた理由は他にも、この単一の呪具から属性の違う術式を放ったことか。

 このハンドガンのことは散々玩具と言っているが、このストレージだけで五行の攻撃性の術式は全て使える割と優秀な呪具だ。まあ、力量とか呪具一つの値段からしてもこれはほぼ晴明の血筋専用の呪具だけど。クッソ高いらしいし、難波の家系だと適性があるのは俺と星斗くらいらしい。そんな限られた物だ。


 岩の弾丸への対処が件の水流剣では難しいと考えてすぐに捨てていた。あの札は呪符のように使いきりのようだ。新しい札を出して今度は樹齢の長そうな樹でできた剣を作り出していた。剣を作り出すことに特化した能力者だろうか。

 ただそんな思い込みは相手の隠された実力を見誤る行為だ。俺だってこのハンドガンが主力じゃないんだし。


 木剋土ということで樹の剣はどんどん大きくなっていく。俺がむしろ大きくさせているんだからそれもそうなんだけど。

 炎の弾丸に変えて燃やしても良いが、それでは先日手だ。こんな初戦で霊気の消耗は避けたい。霊気のスタミナ勝負とか絶対避けたいところだ。

 まあ、剣のスペシャリストならちゃんといるわけだしそいつに任せればいいか。

 というわけで。


「銀郎」


 呼び寄せた瞬間銀郎が長身の男に斬りかかる。咄嗟の出来事のはずなのに長身の男は受け止めていた。やっぱり戦い慣れている。普通なら今の不意の一撃で終わってたんだけどなあ。


「召喚術⁉どこまで我々をコケにすれば気が済む……!」

「そっちではメジャーじゃないのか?日本でもこのレベルだと滅多に使い手がいないけど、ちょっと調査不足じゃないか?」


 日本のトップと言われている四神は召喚術ではないが、式神を呼びだすことで有名だ。その技術は四神固有のものだと思っているのだろうか。

 錯乱戦術にしても稚拙だ。今も銀郎の剣捌きに苦労しているようにしか見えない。そこまで演技だったら大した役者だ。警戒だけは解かないけど。

 右手にハンドガンを持ったまま、左手に持った呪符で銀郎を援護していく。丹術士の名の通り、剣を使う能力者であっても剣の道一筋の銀郎には剣の腕前で敵わないようだ。銀郎が敵わない相手って伊吹童子や外道丸のような妖や神様ぐらいだろうし。


 たかだか数十年しか生きていない人間に、ウチの守り神が負けるはずがない。

 二対一が卑怯などとは言わせない。これだって俺の実力の内だし。人数をそれだけしか連れてこなかったのはそっちのミスだ。

 それにここは俺とミクの地元。霊脈と龍脈との相性が良くて今までで一番霊気と神気が満ちている。そんな状態で攻めてきたそっちの調査不足だ。本当に。


 丹術師というのはそこまでの万能性がないのか。それとも目の前の男がただ剣を作ることに特化した能力者だっただけか。どっちにしろ俺と対峙したのは運がない。日本でもおそらく最強の剣士を式神にしているんだから。

 二人の剣戟が続くが、その間あいだに俺が陰陽術で邪魔をする。俺が仕掛けるタイミングを銀郎は察知してくれるので俺の攻撃が銀郎に当たることはなく、長身の男にしか当たらない。


 しかしタフだな。もう五発は当ててるのに、まだ倒れないなんて。

 銀郎からしたら目の前の男は相当な格下だろう。伊吹とも同レベルで戦っていた銀郎からしたら、刀身変化もしなくて勝てるほど。


 おそらくだけど、このご時世に近接戦闘をする人間は少ないからあれくらいの腕で無双していたのだろう。近代ということを考えれば充分な腕だろうが、銀郎は戦国の世も行き抜いた人間の身体能力を超えたオオカミの式神。神に近しい存在でもあるので、人間には分が悪い相手だろう。

 俺の術式の六発目が男の脳天に直撃する。それで意識を失いかけたところに銀郎の刀が一閃を喰らわせて右腕が付け根から吹っ飛んでいた。


「ぐあああああああああああっ⁉」

『あちゃあ。折角坊ちゃんがお膳立てしてくれたのに、結局痛みでのたうち回ってらあ。すいやせんね、坊ちゃん』

「別にいいさ。無力化できればいいんだから」


 銀郎に着いた返り血を陰陽術で落とした後に、まだ叫びながら転がり回っている男に向かって混乱の呪術を放って昏倒させた。

 五発も気絶させるような術式を放ったのに、それでも銀郎と斬り合うような精神力には恐れ入った。そういう意味では一角の戦士だったのだろう。

 それか俺が呪術が苦手だからか。あまり得手不得手がないはずだったけど、芦屋道満が作り出した呪術は存外苦手だ。対人戦じゃないと基本使い道ないからなあ。


「銀郎。社に縄と止血用の救急セットがあるから、それでちょっとこいつの応急手当と捕縛しておいてくれ」

『人使いが荒いですねえ……』

「式神だろ?それにタマの方も気になるし」

『わかりやしたよ』


 ミクの方はまだ戦っていた。そっちの手助けに行くために銀郎にお使いを頼む。人使い荒いって言われても従者だろうが。それくらいはやってくれよ。

 少し戦ったとはいえ、まだ霊気は存分にある。ハンドガンのストレージを腰につけていたポーチから別の物を取り出して変えてからミクの元に向かう。


────


 目の前には三人の中で一番背の小さい方と対峙します。陰陽師なら実力がわかるのに、相手の力量がわかりません。これはちょっと面倒ですね。すぐに瑠姫様を実体化させます。


「キヒヒ……。こんなガキを殺していいなんて良い仕事だなあ。そっちの猫も随分と上品だ。バラしたらキレイな赤い血が見られるんだろうなあ……」

『うわぁ……。こういう輩って必ずいるけど、ホンット生理的に無理ニャ……。ニャーんで犯罪者って血が好みな奴がいるのニャ?』

「趣向とやることが一致してしまったからではないでしょうか……」


 その趣向は一切認められませんし、理解もできませんがそういう人もいるのでしょう。とにかく必要なのはあの人を倒すことです。そのために呪符を出します。相手も一枚の札を出していました。

 様子見はなしです。最初から全力です。


「SIN!」

行軍こうぐん千夜物語せんやものがたり!」


 瑠姫様に防御は任せて最大出力の月落としを発動させると、相手は地面や何もない空間から様々な形をした人間だったり魑魅魍魎にも似た何と表現して良いのかわからないような怪物が多数出てきました。

 その内の三分の一くらいは落ちてきた白い岩石に圧し潰されて消滅していきましたが。


「……式神召喚、というより無差別な召喚に近いでしょうか?」

「チッ。さすがにここの守護をしているだけはあるか。だがなぁ!ヲレが力尽きない限りこの軍団は消えない!見ろ、もうさっき消えた分は補充できたぞぉ?」


 相手の言葉通り、また何十体も生き物が現れます。これは持久戦を仕組まれたということでしょうか?

 わたしが最も得意とする形です。瑠姫様を借り受けた理由もそこにありますし。


『あれ、大陸系の物語だけじゃニャイね。アラビアンナイトに灰かぶり姫のカラス……。色々な物語から要素を持ってきてるから千夜物語って名前なのニャ』

「たしかそういう物語の語り部がどこかの国にいたような……?」

『たぶんベースはそこニャ。それに更にアレンジを加えたのがあの男の術式。タマちゃんと同じ、馬鹿みたいなスタミナがあるからできる芸当ニャ』


 そんなところで共通点があるのは嫌です。瑠姫様の観察眼には恐れ入りますが。

 でもその術式の在り方からして、いくら膨大なスタミナがあっても長時間の維持は難しいはずです。あんなにも体系の違う物語からの抜粋。そして数。無制限は有り得ませんし、本当に何でもできるのであればあの人は単独犯になっていて、リ・ウォンシュンの手下になっているわけがありません。

 何かタネがあるか、綻びがあるはずです。まずはそれを探りましょう。


「瑠姫様。いつも通り防御は任せます」

『はいニャ。存分に蹴散らかすと良いニャ』

「狐火焔・五連!」


 広範囲で火力の高い術式を放ちます。相性が良いということもありますし。それに当たって消えていった存在が復活するまでの時間、どの個体が先に復活するのか、それとも復活しないのか。

 そして相手本人はどうか。それを観察しながら攻撃を続けます。


「BETA、TRATTORIA、イケ!」


 命じられたのは大型の青い巨人とコック帽を被った料理人。巨人は素手で瑠姫様の結界を殴り、料理人は肉切包丁を袈裟切りで振ってきましたが、全く拳も刃も通りません。


「何でベータとトラットリアなのでしょう?トラットリアは大衆食堂ですよね?」

『ははーん?わかったニャ、タマちゃん。こいつら全員あたしらで言うところの簡易式神ニャ。有名な物語や事件・逸話とかを笠に着て力を借り受けて、ガワだけ貰ってる偽者集団ニャ。しかも一々指示を出さないとまともに動かせない。本当に時間稼ぎの術式っぽいニャ。アレ全部雑魚』

「ああ……。料理人の殺人犯か何かを、トラットリアという他の人も知っている概念で覆っているんですね?それってむしろ出力が落ちませんか?」

『だからこそ多数使役できているんだニャア。全部のコストケチってるからスタミナがあればいくらでも使役できる。しかも結構性質が元とかけ離れてるから混乱必至ニャ。要するにパチモン物語大集合ニャ』


 元も子もないですね。二足歩行しているオオカミは赤ずきんでしょうし、何人かいる黒いローブを着ている老婆は何かの伝承の魔女でしょう。それに吸血鬼や日本の鬼のような存在もいます。

 それぞれの物語で強大な主人公に敵する悪役。だというのに力がそこまでないのは全部偽者だから。本当の姿を捻じ曲げられた存在たちだから。

 そう思うとあの子たちが可哀想になってきます。術者の思惑で本来の形を失っているんですから。それは日本の狐と変わらないのかもしれません。


「瑠姫様。持久戦はやめです。殲滅戦に移ります」

『了解ニャ。思う存分やると良いニャ』


 この後なんて考えません。キャロルさんのことをそこまで信頼しているというわけでもありませんが、あの人もプロです。犯罪者との戦闘なんて心得ているでしょう。わたし程度が協力できなくても問題はないはず。

 そう思って大規模術式ばかり使って姿がある存在を討ち取っていきます。姿を隠している存在がいるかもしれないので、探知術式も境内くらいには広げて、とにかく倒していきます。


「キュヒュヒュ!そんなに強い術式ばっかり使って大丈夫か?すぐにスタミナが切れるぞ?ガキは自分の力量もわからないのかぁ?」


 何か言っていますが、気にしません。出自によっては効かない術式などもあったので多種多様な術式を使い分けて全ての存在を倒していきます。復活した存在もすぐに倒して、術式を使い続けて十分ほど。

 相手のスタミナが切れたのか、術式の効果時間が過ぎたのか。相手は肩で息をしながら、周りには先ほどの存在は一体も残っていませんでした。


「ハ……。ヲレとやり合うスタミナがあるとは、そんなのウォンシュンぶりだ。だがお前もだいぶ力を使っただろ?もうヲレを攻撃する体力も残っていなそうだが?」

「え?何を言っているんですか?」


 とんだ勘違いをしているようです。まさか自分が限界だからと、相手も限界に違いないと思い込んでいるのでしょうか。それほど、自分より上の存在に会ったことがなかったのでしょうか。

 わたしたちのように、Aさんや金蘭様、それに大天狗様のような超常の存在に会ったことがない方はそういう考えに陥ってしまうのかもしれません。この人も、戦い方によっては四神の方にも勝てそうですし。


 ただ、いくら大規模術式を二十くらい使っても、ここは地元だからまだまだ余裕があるのに。わたしにはこの程度前哨戦に過ぎません。たとえ京都にいたとしてもまだ余裕はだいぶあったでしょう。


「ならあと同じ数の大規模術式を使いましょうか?まだ試したい術式はいくつかあるんですけど、威力がだいぶ高いので普段使えないんです。もう一度さっきの軍団出してもらえますか?」

「ヒュ⁉う、ウソだろ……!」

『タマちゃんまだ三割も力減ってニャイけど?うーん。やっぱりタマちゃん、四神と比べても霊気は頭抜けてるニャア』

「それに、もう終わりみたいです。後ろ」

「あ?」


 相手の方が振り向くと、漆黒のハンドガンを構えたハルくんが。そのまま一発ズガンと頭部に術式が当たり、相手は地面に倒れました。昏倒するための呪術ですね。術式を使い終わった後、ストレージを変えていました。


「明くん、援護ありがとうございました」

「これ以上境内荒らすわけにはいかないだろ……。お疲れさん」


 わたしが戦った場所だけ隕石でも落ちたのかというほど地面がえぐれてひび割れていました。これの修復、わたしも手伝うことにします。

 ハルくんはそれこそさっきの軍団がいる頃からハンドガンで援護をしてくれていました。その後隠形で後ろに回ってトドメを刺してくれたのでしょう。隠形で隠れているハルくんに気付かなかったところを見ると、本当にあれの維持で限界だったみたいですね。

 殲滅戦にして良かったです。無駄に時間をかけるところでした。


「銀郎、よろしく」

『へいへい』


 相手の方を縛って社へ連れていく銀郎様。これで残っているのは主犯のリ・ウォンシュンだけです。

 境内の中心でまだ続いているその勝負。それはどちらが優勢かわからないものでした。

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