第84話 4ー1

 結局、その日はキャロルさんを呼んだ次の日。そのお昼ごろから事件は始まった。

 この二日間、難波本家とミクはこの祭壇の保護のためにずっと祭壇で過ごしていた。表向きは夏休みの祭壇清掃ということで。実際に境内の中を箒で落ち葉拾いしたり、雑巾がけをしたりしたけど。

 それは長期休みには必ずやっていたのでいつも通りといえばいつも通りだった。キャロルさんたちCIAも集まれる人はこっちに来ていて、対策本部を設置して状況を見守っていた。


 面白かったのがCIAの面々には上から目線で接していた父さんが、金蘭様を見たらとても礼儀正しく腰を折って話していたことだろう。外国人ならともかく、自分の先祖の式神だった方には最大限の敬意を持って接するということだろう。

 いや、俺もそうしたけど。

 金蘭様はCIAの方々には会いたくないということで交渉は全て父さんに任せていた。ゴンもだけど。だからCIA側も実力者トップ3が結界を張っているということは知っていても、その三人が父さん以外誰なのか把握していなかった。


 今も金蘭様とゴンは祭壇の社の中で結界を張って姿を現していない。母さんは父さんに代わって分家の人間の統率をしてもらっているので祭壇ではなく家で対策本部と称して連絡係になっている。

 金蘭様に初めて会ったミクは恐縮していたが、少し話しかけられて頭を撫でられたら顔を真っ赤にして帰ってきた。何を言われたのかは知らないけど、ミクにとっては喜ばしいことだったらしい。内容は教えてもらえなかったが。女同士の秘密、とは言っていた。


 襲撃相手は魑魅魍魎とか人目とか気にしないだろう。だから朝方やお昼の陽が高い間に襲ってくる可能性もあったので祭壇に泊りがけで式神を放って警戒に当たっていた。そして事実、食事時から少し経ってその動きがあった。

 その一手目は、直接祭壇を狙うものではなかったが。

 母さんの連絡用式神が赤くなる。これは緊急事態発生ということだ。すぐに俺たちも警戒していると、隣に居たキャロルさんの携帯が鳴り響く。

 いくつか話していくと、母さんの知らせが正しかったのか表情を曇らせていった。


「アキラ、タマキ。予想はしていたのだけどやっぱり集団で行動していたワ。どうやら中国の丹術士たんじゅつしたちがこの街を無差別に襲い始めたみたイ。おそらく錯乱と戦力をここに割かせないための陽動でしょウ」

「丹術士……。日本で言うところの陰陽師ですね」

「そうネ。主犯はリ・ウォンシュンだろうけど、他にもCHINAの犯罪者がたくさんJAPANに入り込んでいたみたイ。ずいぶん前からJAPANを狙っていたようネ」


 母さんの式神からメッセージを受け取ると、市内十か所で同時に無差別テロが起こったらしい。警戒していた分家の人たちが六件は事前に防げたが、あとの四件は止めることができなかった。これに反応して警察とプロの陰陽師も出動したらしい。

 警察には事前に連絡しても確固たる証拠がないと動かせなかったし、警察は陰陽師としての才能がない者が大半だ。そんな一般人を異能絡みの事件に用いるなんてできない。


 そしてプロの陰陽師たちも同様に、証拠がなかったために動かせなかった。これがもし呪術犯罪者であれば、もしくは陰陽師関係者が裏にいるとわかれば蟲毒の事件の時のように市へ要請できたのだが、今回は中国の犯罪者。国際警察でもないし対応はできなかっただろう。

 本来今回の事件はCIAの皆さんが日本に入り込む前に捕まえておいてほしい連中なんだが、そうはならなかったからこんな事件に発展している。国際問題になりそうだ。


「そういえばそろそろ着くはずの別動隊は?」

「……それも悪い知らせがあるワ。空港近くで謎の集団に襲われて対応中だっテ。おそらく今襲撃をかけている一派でしょうけド」

「随分と用意周到なんですね。でもそうじゃなかったらキャロルさんたちの目から逃れられませんよね」


 久々にミクの毒舌を聞いた気がする。

 でもミクの言う通り用意周到だからこそ今も逃げ回れているのだろう。そして他の人員を使い捨てにすることに躊躇いがない。そんな冷酷な人物なのにどうしてこうも人が集まるのか。

 使い捨てられるとわかっていてその人物についていくのは何故か。そんなカリスマが本人にあるのか、金銭などの報酬があり得ないぐらい良かったのか。それとも弱味でも握られているのか。


「毎度こんな大規模に事件を起こす連中なんですか?それなら世界的にも有名になっていそうですけど」

「いいえ、初めてヨ。だってリ・ウォンシュンは単独犯だったもノ。組織的な活動なんて見られなかっタ。だからこそ、送られている実働部隊はワタシ一人だっタ。アキラから中国人の数が多いって聞いてから大部隊の出動を要請したのだシ」

「……それほど彼らにとっては大事な存在なんですかね。妲己は」


 中国人の犯罪者が一丸になってまで回収したい妲己の魂。俺も狐のことだし調べてみたけど、国を堕とせる悪女であり、説によっては九尾だったという話があるだけ。酒池肉林とかまああまり想像したくないようなこともしていたらしいけど、結局は武王という人に殺されているらしいし。

 それがどうして玉藻の前様と繋がるのだか。玉藻の前様の本当の名前を知っている俺たちからしたら笑い話に過ぎないのだが。


 彼らは妲己を復活させて国を滅ぼしたいのだろうか。結局討ち滅ぼされたのだから、その道は破滅しかないというのに。その道を進んだら屍の数が増えるだけではないだろうか。それこそが狙いなら、他にも狙う大物はいたのではないかと思う。

 何にせよ、ここには妲己などいないのだから彼らの計画は確実に失敗に終わるのだけど。


「そんなことは彼らを捕らえた後にゆっくり聞けばいいワ。今は防衛に力を入れましょウ。彼らが破壊活動を始めたことも事実だシ」

「そうですね。……ここを襲ったことを一生後悔するように、ボコメキョにします」


 ミクも荒ぶってはいないが、静かに怒りを漂わせている。俺たちに染まってきたなあ、ミクも。そうそう。難波の血筋ってこういう感じだよ。自分たちの敵対者には容赦なくて身内にはダダ甘。民と傍観者にも基本優しくが俺たちだ。

 そんなことを考えていると母さんから再び連絡が来る。電話で来ないってことはこっちも忙しいかもしれないという配慮か、向こうは回線が込み合っているかのどちらかだろう。


 簡易式神がただの札に戻って霊糸でメッセージが書かれている。その内容は。

 市内の早期に襲撃を防げた地点ではほぼ制圧が完了。まだの場所も増援が届いてただいま制圧中。怪我人は若干名いるものの、重傷者と死者は0。建物は若干被害を受けているが、そこまで大きな被害はないとのこと。

 この伝言を本殿にいる父さんに送る。分家の皆は優秀だな。やっぱり玉藻の前様のことになると目の色が変わる。

 市内のことは一族に任せておけばいいとわかったのでこちらに集中する。金蘭様に教えてもらった龍脈に接続する術式を用いてリ・ウォンシュンを探すと、この祭壇から少し離れた場所でこちらへ歩いて向かって来ている三人組を見つけた。向こうも戦力的には三人組のようだ。


「位置的にここまで十五分ってところですかね。向こうも三人組で来ます」

「ハァ~。便利ネ。アキラの目ハ。ウチの後方員でもまだ発見できてなかったのニ。学校卒業したらウチに来なイ?日本人がいないのヨ」

「遠慮しておきます。世界のためになんて働けませんから。地元が好きなので日本から出るつもりはありませんよ。それに仕事であちこち行くのは嫌いだから四神も目指していませんし」

「JAPAN最強の四人組ネ?アキラとタマキならもう少しすればなれそうなのニ」

「わたしも目指していません。四神の皆さんって大変そうですし、式神はこれ以上増えなくていいかなと思っているので」


 たしかに。ゴンと銀郎と瑠姫がいれば充分だ。それだって霊気を大分持っていかれるのに、その上四神っていう日本最強の式神を受け取ったらキャパオーバーだ。ミクはそうでもないかもしれないけど。

 俺もミクもプロのライセンスが取れればいいだけで、四神よりも当主になりたい変わり者だ。それに呪術省がある限り難波の人間というだけで四神にはなれないだろう。星斗がいれば充分とか思われてそう。なる気ないからそれでいいけど。


 そんなんだからCIAなんてもってのほかだ。たとえミクといつも一緒にすると言われても拒否する。

 そんな他愛無い話をしながらも、戦闘準備を怠らない。そして予想通り十五分後。祭壇へ繋がる石段に、三人分の足音が響き渡る。

 初めての、陰陽師以外の異能者との、戦いだった。


 三人の足音が近付いてくる。千里眼で確かめてみても近くにそれ以上の人間は存在しない。たった三人でこちらの本陣を落とすつもりなのだろう。それだけの実力者だという自信からか、ただの慢心か。

 こちらも実質的な戦力は三人しかいないから数としては同数ではあるんだけど。


 彼らの顔には下卑た表情が張り付いていた。どこからどう見ても悪人だ。あれが世界を救うために行動する人間ではないだろう。もしかしたら世界を救うために妲己の力が必要なのかとも思っていたが、絶対に違う。悪だくみしか考えていない顔だ。

 なら遠慮なく倒せる。地元で最大限の力を発揮してボコボコにできる。


「お出迎えご苦労!我々が世界を手にする瞬間に立ち会うために異境の地から足を運んでくださり感謝感激だ」

「日本語上手ですね。中国語はわからないので助かっちゃいました」

「まあ、目的はわかったからいいけど、口に出すことでもないだろタマ。これから口も利けなくなるくらいに酷い目に遭うんだから」

「……つまらんなあ。何故世界の変革を臨むものがこうも子どもばかりなんだ。世界も人口も技術も異能も、全てを中華のためにするための第一歩が、見届け人が子どもとはなあ。いや?子どもとは今後の世界を担う人材か。そういう意味ではピッタリだな」


 三人の中でリーダー格であるリ・ウォンシュンがそう語る。三人とも中国の制服とも呼べるチャイナ服を着ていて、リ・ウォンシュンは腰の辺りまで三つ編みにした黒髪を伸ばしていた。

 やっぱり陰陽師じゃないから相手の実力が測れない。キャロルさんの時点で霊気のような力を感じ取れなかったために他の異能者の実力は感じ取れないとは思っていたけど。


 それが功をなすのかどうか。キャロルさんも相当な実力者とは言っていたけど、それは過去の事件の映像を見たからと言っていた。違う分野の異能は感じ取れないものなんだろう、たぶん。

 しかし、妲己で世界を変革させるというのは国を堕として中国だけが唯一の国にさせるとかなんだろうか。そうすれば世界を掌握したとも言えるかもしれないけど。そのトップに彼らはなりたいのだろうか。

 強い力を持った人間って支配欲に溺れるのかなあ。土御門とか賀茂ってその典型だろうし。


「リ・ウォンシュンとその一味。あなたたちを捕縛するワ。ちょっとオイタが過ぎたわネ」

「……ああ!世界的警察の……なんという組織だったか?こんな辺境まで来ているとは。そこの日本人の友達かと思った。最近は日本人もだいぶ髪と瞳が変わっているからな。特にそこの小さな少女もそのようだし」

「また小さいって言われました……」

「まあ、タマが平均身長より低いことは事実だし」


 ミクは結構気にしているけど、その小ささもチャームポイントだと思うけどなあ。

 リ・ウォンシュンはキャロルさんの服装でわかったんだろうか。皆お揃いのスーツ姿してるし。CIAとか印字されてるわけでもないのによくわかるなあ。それともキャロルさんと何回か面識があるんだろうか。


「それと一つ訂正だ。今我々を一味と言ったが、我々の真の仲間はこの三人だけだ。他の連中は金で雇ったり、ただ牢屋から引き抜いた恩があるだけの木偶の坊。時間稼ぎができればいい連中だ」

「犯罪者を助けたわネ?どれだけの罪を重ねるつもリ?」

「……そんなもの、貴様らが勝手に決めたルールだろう。いつ、誰が決めたんだかわからない平等という名の法縛りを、何故守らなければならない?富む者は富み、貧しい者は貧しいままだ。そんな不平等を推し進めるだけの強者の定めた偽りの楽園を、何故壊してはならない?」

「犯罪者を助けることや、人間を殺すことが正しい法だと思っているノ⁉」


 リ・ウォンシュンの主張にキャロルさんが叫び返す。ちょっとおかしいと思う法もあるにはあるが、社会という秩序を守るための最後の理性が法だ。キャロルさんが言ったように犯罪者の手助けや人間を好きに殺していたらそれこそ無秩序の無法地帯になる。

 人間の数が増えて国が増えていく過程で作られたものが法だ。法がなければ人間の生活も文化も国も、栄えずに維持もできない。


「本当は無実の者が捕まったり、処刑が許されている法がある時点で何を言っている?」

「冤罪はたしかに忌々しき問題だワ!でも処刑は法に照らした、適した処罰でしょウ⁉」

「その、法という大元を探れと言っている。法は絶対の正義だと言うつもりか?その色眼鏡で見た世界は本当に正しいのか?……今の世には鎖が多すぎる。貴様らもその鎖の一部だ。現状維持を良しとして、世界の流転を良しとしない。私は、鎖のない時代へ反転させる」

「……世界のテクスチャを覆すつもリ?」

「さすが番犬。ご存知だったか。私は知りたい。このテクスチャはどこから来たのか。異なる描写の多い文献が多い理由は何か。占い師が過去を遡れるのは一定の時代で限度なのは何故か。何か、決定的な出来事があったはずだ。その全てを知るためにまずはこのテクスチャを剥がして真なる世界を覗く。偽りだらけの世界を、破壊する」


 その発言にキャロルさんの顔が青褪めていく。

 日本語で話しているはずなのに二人の話している会話がまるでわからない。テクスチャだの偽りの世界だの、俺たちの知識がないからわからない話なのだろうか。

 でも彼らにとっては真剣で。おそらく事実の話をしている。頷ける話もある。


 日本の星見は平安時代より前の時代はあまり過去視でも視えない。これは父さんにも確認したことだ。その理由としては平安こそが今の日本を決定づけた時代だから。その前の時代にも重要なことはたくさんあっただろうが、今の日本の形になったことに一番重要だったことは平安に起きているからだろう。

 文献の話もそうだ。妲己と玉藻の前様という同一視される意味が分からない存在が同一視される文献が複数出てくる。他にも創作と混ざっているのではないかと思うような文献が公的な資料としてその時代に残されているものもある。


 だから歴史というのは存外曖昧だ。おそらくこうだろうという歴史が正史として残されて教えられる。それとズレている歴史を載せた年表が家にもある。どちらが正しいかを、過去視を用いて確かめる。確認方法が資料だと曖昧な場合があるからだ。

 ただ、そのズレを知るために犯罪を起こすというのはいかがなものか。死人が出てもおかしくはない程大規模な事件をこうして起こしているし、何よりこの地元へ襲撃をかけた。それだけで俺たちが反抗する理由としては十分だろう。


 それに今の世界を壊すと言っているが、俺は今の世界が嫌いじゃない。嫌な相手もいるけど、ミクやゴン、父さんたちや金蘭様もいる。この世界を守るためならちょっとの無茶くらいは平気でやるつもりだ。

 だから、よくわからない問答は終わらせる。


「うん。わからん。あんたの話も、キャロルさんが何に怯えているのか全くわからん。あとでキャロルさんに教えてもらおうとも思うけど、教えてくれそうにないしそれも別にいい」

「うん?では少年。君は何のために我々と戦う?ここにいるということは戦う意思はあるのだろう?」

「お前らはこの地に手を出したんだ。それだけで理由は十分だろう」


 霊気を噴出させる。こっちはそんなわけわからない御託を並べられた結果襲われたなんていう到底納得できない理由でこの聖地を汚されたんだ。

 それに妲己を道具としてしか考えていない。その辺りも土御門と被って余計苛立った。世界を壊すだとかなんだとか、そんなこと個人に許されるわけないだろうに。


 日本だけでどれだけの人間がいる?妖は?土地神は?神様は?それが世界規模になったらどれだけ増えることか。

 それを知識欲なんていう理由で破壊されるなんて聞いて納得できない。ミクも同じように戦闘態勢に移るように霊気を噴出させた。


「……その力は……。お前たちは一体……?」

「ただの学生の陰陽師だ。そんでもってこの祭壇の守護者だ」

「……興味が沸いたぞ!お前たちは是非同志になってもらいたいものだ」

「断固拒否する。キャロルさん、話していた通りリ・ウォンシュンは任せていいんですね?」

「エエ。任せテ」


 キャロルさんがリ・ウォンシュンに突っ込む。俺とミクは残りの二人の足止めだ。

 俺は腰の下げていたホルスターから、黒いハンドガンを出す。

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