第82話 3ー4

 あの後すぐに父さんとミクに事情を話して祭壇や街中の警戒を強化した。ミクにもすぐに戻ってきてもらい、例の中国人の警戒に当たる。その中で迷ったこともあったが、父さんにも相談してある人物に連絡を取る。

 あと一応Aさんたちにも連絡をした。本命はこちらにいるようだが、組織的活動を同時に京都で起こすかもしれなかったので引き続き警戒をしてもらった。こちらは任せるということ。


 天海や市のプロに何かを話したり要請したりはしなかったが、分家の人間には全員に通達。以前桜井会を動かした時のように街中に分家の人間たちが駐在するようになった。祭壇は金蘭様と一緒になって監視している。

 とはいえミクがこっちに帰ってきてから天海と一回食事に出かけた。その際に九月に始まる文化祭について話したりもしていたが、この街に危険が迫っていることは伝えない。これはこの土地の守護者たる難波の仕事であり領分だ。それに狙われているものがはっきりしているため、一般人の天海を巻き込む理由はないだろうという判断。


 天海がその食事の時にも星斗の婚約者である夢月さんと抱き合っていたという話を蒸し返したため、その後ミクと二人で夢月さんに再び会いに行くことになった。夢月さんのことは伝えてあったので怒られたりはしなかったが、実際に会うとさしものミクでも驚いていた。

 もちろん夢月さんのことは部外秘。夢月さんもおそらくそれを望んでいるし。


 ただ金蘭様と会って喫茶店で食事をしたことには怒られた。仲間外れは嫌だとかそういう理由で。でもあれって突発的だったしどうしようもなかったような。それに何故夢月さんは良くて金蘭様はダメなのか。たぶんミクの感情的に金蘭様には嫉妬とかそういうものを浮かべていたけど。何故金蘭様に嫉妬する。

 そういうちょっとしたアクシデントはあったけれど、その間に例のおそらく中国人が動き出すことはなかった。そのため、専門家を呼び出すことに成功する。


 その専門家とは駅前にあるファミレスで合流した。ミクと一緒に待っていたが、その金髪真紅の瞳、それに外国人特有の顔立ちはここではかなり目立つ。何故かウチの周りには外国人が少ないんだよな。観光客もあまり来ないし。

 まあ、交通の便が悪く、国際空港もないから仕方がない。東京とも京都とも離れているまごうことなき田舎だし。こんな田舎に世界的犯罪者が来ているなんて外国人じゃ考えつかないんだろうな。

 というか。貰った連絡先を実際に使うことになって、しかも通じることにびっくりしたけど。


「どうも、キャロルさん。田舎なのに迷わず来られたようで安心しました」

「ハーイ、アキラとタマキ。本当に彼を見つけるとは思わなかったワ。見付けてくれたのはとても嬉しいのだけド……。それに、ここに来た理由も分かったワ。ここには昔の首都を陥落させた、悪女と呼ぶべき狐がいるようネ。日本人なら知っていて当たり前だとカ」


 そう。そもそもの情報提供者たるキャロルさんを呼びだしていた。ウチに攻撃を仕掛けてくる存在は徹底的に排除するが、事件の解決というか終息にはこの人が必要だろう。例の存在を無力化した後どうすればいいかわからない。

 本当に攻撃してきたのであれば殺してもいいが、この人が身柄を求めているなら渡しても構わないだろう。キャロルさんと例の中国人はグルじゃないみたいだし。

 あと、難波の立場としてキャロルさんの言葉は否定しなければ。


「キャロルさん、訂正を。ここに悪女たる狐などいません。ここにいるのは全ての母たる存在だけです」

「エ?聞いていた話と違うワ?ここには玉藻の前という昔の都を滅ぼした狐が封印されているんじゃないノ?」

「玉藻の前様が眠る地だということは事実です。ですが、都を滅ぼしたのは玉藻の前様ではありません。呪術省が広めた嘘です」

「フウン……?わかったワ。どちらが真実かわからないけど、あなたたちにはそれが真実なのでしょウ。あなたたちの前では不用意な発言は避けるワ」

「そうしてくれると助かります」


 さすがに世界を股にかける職業だから、そういう融通は利くのだろう。

 それと、嘘も言っていない。ここには玉藻の前様の他に晴明の母たる葛の葉様も眠られている。ゴンが魂を移したからそれは確実で、しかも陰陽術の祖の母だ。全ての母たる存在と言っても、少しだけ盛っているだけだ。


「送ってくれた写真を見たけど、確かに彼、リ・ウォンシュンだったワ。彼は玉藻の前と妲己が同一の存在という文献をもとにここを攻めこもうとしているみたイ」

「とんでも迷信を持ってきましたね……。あんなもの信じる人がいるんだ」

「でも日本の資料というか文献に残っているのでしょウ?」

「根本からして有り得ないんです……。玉藻の前様が中国大陸に行って国を亡ぼす理由がありません」


 キャロルさんが明かした情報に俺もミクも頭を抱える。たしかにそんな文献があるが、日本神話における主神の転生体が中国に行って奸計で国をいくつか亡ぼすだなんて、そんなことするわけないのに。

 どこからでてきたんだろうか。玉藻の前様と妲己が同一の存在だなんて。玉藻の前様が主神とは知らない人間が適当に書いた創作という可能性もある。おそらく玉藻の前様が神様だっただなんて知っている人間の方が少ないだろう。


「じゃあ、ウォンシュンは勘違いでここを攻めてきているというこト?」

「いや、それはわかりません。何を目的としているのか。妲己という存在を求めているのか、力のある大妖狐なら何でもいいのか。そもそも復活させて何をさせるつもりなのか。それがわからないと勘違いとは言えませんよ」

「それもそうネ。何にしても止めないとだけド……。こちらの状況はどうなっているノ?」

「難波一族をもってしてこの土地の警戒をしています。難波の祭壇、玉藻の前様が眠られていらっしゃる場所には眠りから目が覚めないように難波でもトップの三人が結界の維持に努めます。その三人は戦力としてはカウントできませんが、俺たちが一番守らなければならないのが祭壇です。こればっかりは譲れません」


 この三人というのは父さんとゴン、金蘭様。祭壇で戦うとなると何が作用して封印が解けるかわからない。玉藻の前様も葛の葉様も安寧の地で休ませるためにここに安置しているのに、わからぬ戦火の余波で起こしてしまうのは忍びない。

 金蘭様がまだその時ではないと言っていた。ならばそういうことなのだろう。俺たちの不甲斐なさで休みを妨げるわけにはいかない。たとえ戦力が減ってしまっても、これだけは難波の使命として絶対に譲れない一線だ。


「トップの三人が抜けちゃうのネー。まあでもそれは仕方がないでしょウ。その分ワタシが頑張りますヨー」

「頼りにしてます」


 力瘤を作りながらフンスと鼻息を荒げているキャロルさんを見て任せられることは任せようと思った。

 キャロルさんたちが日本に入れる前に捕まえてくれれば俺たちがこんな苦労をしなくても良かったとも思ったが、口には出さない。


「それで、そちらの戦力は?」

「アー。実は少数精鋭でJAPANには来ているので、実質戦えるのはワタシだけネ。他の子は状況隠蔽とかそういう工作員ばかりデ。一応本部にも申請したのだけど、こっちに着くのは三日後とかになりそウ。出撃のための申請書とか許可証とか部隊編成をしていたら数日はかかっちゃうのヨ。それに魔術も色々制限があるから、JAPANで相性の良くない人間は置いてこないといけないシ。こっちにも色々あってネ」

「それが組織というものでしょう。仕方がありません」

「その分ワタシが働きますかラ。それじゃあ作戦について詰めていきましょウ?」

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