第79話 3ー1

 今日の朝、ミクは実家に帰った。久しぶりに両親に会いたいだろうし、夏休みなんだから自由に過ごすべきだ。一週間したらこっちに戻ってくるらしいけど。護衛として銀郎がミクにくっついていっている。

 本来の式神である瑠姫は本家で家事がやりたくてたまらないらしく、なら代わりにと銀郎を派遣した。ミクの力は強すぎて一人だと心配だったので、何があってもいいように護衛をつけた。日本が変わって何が起こるかわからないし。


 面倒なので夏休みの宿題はさっさと終わらせる。ミクがいる時からこつこつとやっていたので終わりは見えているが、土地の見回りや陰陽術の修業などしかやることがないのでちゃっちゃと片付けて休みを満喫しようと思っている。

 どこかにミクと遠出しようかとも考えている。ウチの県には海がないので、海とか湖とか水辺に行こうかと話し合っていた。俺もミクも海や湖には行ったことがないのだ。大きな川や渓谷はあるから、川辺なら行ったことあるけど。


 そうして宿題をやって三日目。宿題は終わってしまった。実技である陰陽術も課題が出ていたが、どれもこれもできることばかりだったのでやってすらいない。一年生だとそんなもんなんだろうか。夏休み明けにテストがあるようだが、たぶん余裕。そうすると本当にやることがなくなってしまう。

 やることを探して携帯で電話帳を開いて桑名先輩にでも電話しようかとも思ったが、その近くにあった香炉星斗の名前を見てあることを思いつく。


 分家の家庭事情を知るのも本家のやるべきことだよなと勝手に理由付けして、今日やることを決めた。桜井会とか分家の実情は知りたかったので、分家のことも実際に巡ることを頭の片隅に置いておく。

 今日やる事には父さんの許可を取った方が良いだろうと思って父さんの書斎を訪れる。書斎兼執務室のそこに父さんはいることが多い。昼飯前には大抵起きてそこにいる。


 ドアを三回ノックしてから返事を待って中に入る。父さんはいつものように書類と格闘していたが、ちょっとした確認がしたいだけなのだから問題はないだろう。


「明、どうかしたか?」

「父さんにちょっと許可を貰いたくて。星斗の婚約者に会いに行きたいんだけど、病院の場所教えてくれる?」

「なんだ。星斗から聞いたのか?」

「大天狗様が襲ってきた時に近くにいたらしくてさ。あの事件の後電話で話してたらポロッと。というか、分家の人間が俺とタマが婚約者って知ってて、本人が知らないっておかしいよね?」

「蒸し返すな。終わったことだろう」


 おそらくこのネタは一生使い続けるだろう。いくら星を詠んでいたからといって許されることじゃない。

 星斗も、自分が隠していたことを動揺していたからって割とあっさり零していた。京都に出向になって苛ついていた理由がわかった。俺だって父さんにミクと別の場所へ向かえって言われたら怒ってただろうし。


 星斗に婚約者がいることについては別段不思議じゃなかった。香炉家だって安倍晴明の血筋ではあるし、難波家の筆頭分家だ。実力だって分家の中では一番。今年で星斗は二十五歳になるし、結婚相手がいることは何もおかしくはない。

 それが父さん公認というのもおかしな話ではない。分家の人間が本家の当主に結婚の報告をするくらいあるだろう。いつ結婚するのかは知らないけど。


 香炉家は日本で見ても優秀な陰陽師の家だし、血を残そうとするのは当然の事。星斗は今の混乱が落ち着いたらこっちに戻ってきて居を構えるだろう。そうしたら正式に結婚、ということでも遅くはない。

 呪術省が星斗を求めることだって今の混乱を考えれば当然だ。八段というだけではなく、遺憾ながら安倍晴明の血筋で戦闘力を考えれば父さんや呪術大臣を除いてトップ。血に拘る呪術省なら星斗を広告塔に添えるなんてこともするだろう。


 ほら、始祖の血筋は凄いでしょう、と。同じ血筋の呪術省も認めてくださいと。

 そうなることもわかっていて京都に出向させた父さんの意思がわからない。地元に現状大きな問題がないため一大戦力の星斗が抜けてしまってもどうにかなっているが、敵に塩を送ってどうなるのだろうか。

 こんなにも長く考えてしまったのは父さんがすぐに回答をくれないからだ。星斗の婚約者に会うことに、何か問題があるのだろうか。


「星斗から、その婚約者についてはどこまで聞いている?」

「えーっと、二十歳になる直前の頃に出会って、今も入院していて身体が弱いって。それくらいしか知らない」

「そうか。……その婚約者は、星斗の子を産めない。血筋を残すのは妹の方に任せたようだ。それでいいならと香炉家にも確認を取って、その上で私は二人の婚約を認めた」

「……それって、それだけ重い病気ってこと?星斗ならそれでもいいって言いそうだけど……」


 星斗の性格的に、好きな女性は愛したらどのような症状があっても愛するだろう。病気があるからと嫌ったりしない。彼は難波の家のことも愛しているし、この地元のことも愛している。

 なんでこんなに星斗のことがわかるかと言われたら、結局俺と似た者同士だからだろう。


「その女性は表向き霊的障害を負っていて、基本的に寝たきりだ。一日三十分ほどしか歩けない。症状が良くなることはなく、様々な処置をこなしているが、結果は出ない。そういう女性だ」

「……会う時は気を付けるよ」

「ああ。そして、彼女について何か気付いても口にするな。私も香炉家も認めた女性だ。入院費などの資金も全てこちらで援助している。その関係をお前が壊すのは見逃せん」

「……何かしら事情があるってことか。わかった。それで場所は教えてもらえるの?」


 気にはなるが、それこそ会えばわかることなのだろう。その事情とやらを今聞き出そうとは思えない。

 本題はその女性に会えるのかどうかということだ。会ってきたことを星斗に自慢してやろうと思っていただけなのに大事になりそうだ。


「……いいだろう。白虎門の近くにある県立病院。そこの入院棟にいる。彼女の名前は夢月神奈むつきかんな。受付で難波の人間だと言えば通されるはずだ」

「ありがとう。夢月神奈さんだね。それじゃあ行ってみるよ」


 市で一番大きい病院だったのでさもありなん、といったところ。父さんにお礼を言って部屋を後にする。瑠姫と母さんに出かけることを伝えて、ゴンと一緒に式神に乗って県立病院に向かった。

 街の端の方まで式神使えば三十分で行けるんだから、タクシーなんて用いないわけだ。タクシーだともっとかかるし、金が勿体ない。これ地元だからできるんだけど。京都だと魑魅魍魎がいつでも湧いてるし、警邏隊やそもそも一般人の目線が多すぎて気安く式神なんて街の往来で使えない。


 やっぱり地元が一番だな。

 さすがに病院に直接乗りつけたら目立つので、その近くに降りてそこからは歩く。十階以上ある病棟が二棟ある大きな県立病院は緊急の患者が運ばれることが多い病院だ。ちなみに冬の例の事件で祐介が入院したのもこの病院。

 エントランスに向かって受付にいた女性に話しかける。祐介の時もそうだったが、面会許可証をもらわないと入院棟には入れない。


「すみません。面会を希望する者ですが」

「はい。どなたへの面会ですか?」

「夢月神奈さんです」

「夢月神奈さんですね。……身分証名書はありますか?」


 パソコンで検索したらきっと面会者は限定されているとかそういう規制があったのだろう。財布から学生証を出す。


「難波明さんですね。はい、大丈夫です。こちら面会許可証です。首から下げてください。あと、本日夢月さんの面会に香炉彩花あやかさんがいらしてますよ」

「彩花さんですか。ありがとうございます」


 星斗の妹さんで、たしか今高校三年生だ。家族ぐるみでお見舞いに行っているとも聞いていたが、結構頻繁に来ているのだろうか。

 彩花さん自体にはあまり会っていない。迎秋会に何回か来たことはあるので知ってはいるが、星斗のように陰陽術に秀でていたというわけでもなく、あの家は星斗がダメだったら妹には後継者を目指させないという方針だったはず。

 星斗が規格外に優秀だったから、少し歳の離れた妹にはそこまで無理はさせなかったのだろう。少し歳上のお姉さんという印象しかない。


「神奈さんのお部屋は903号室です。彩花さんは少し前に来られているので、もう病室にいると思いますよ」

「わかりました。ご丁寧にありがとうございます」


 お辞儀をしてから入院棟に向かう。彩花さんがいることには驚いたが、いてもいなくても星斗の婚約者に会うという目的は変わらない。ホント、星斗に対する嫌がらせ程度だし。

 エレベーターに乗って九階で降りると、自販機の前に見知った人がいた。詳しくは知らないが、向こうもこっちのことを覚えてくれていたのだろう。目が合うとこちらに手を振ってきた。


「やっほー、明君。それともあたしの立場的には次期当主様って呼んだ方が良いかな?」

「いえ、そのままで大丈夫ですよ。彩花さん」


 星斗の妹とは思えない活発なお姉さんだ。でも目元とか星斗にそっくりだから兄妹だっていうのはわかる。彼女も今は夏休みなのだろう。


「明君がここに来たってことは、神奈お姉さまのお見舞い?」

「そうです。……お姉さま?」

「だって兄貴と結婚するならその内家族になる人じゃん?ならお姉さまって呼んでもいいかなって。それにあたしも一応いいところのお嬢様って思ってたけど、お姉さまは別格だよ?」


 お姉さま度合いが、だろうか。名家のお嬢様よりも気品でもあるんだろうか。それはまた気になる情報だ。


「ところで彩花さんは飲み物でも買ってたんですか?」

「そうそう。お姉さまが飲みたいーって。ずっと入院生活してるから自販機で売ってるような飲み物飲んだことないんだって。お医者様にも許可貰ってるし、自販機コンプリートするんだって意気込んでるよ」


 自販機に売ってる飲み物を飲んだことないだなんて、本当に入院生活が長くてまともな生活を送ってこられなかったのだろう。香炉家が甲斐甲斐しくなるのも、星斗が地元から出るのを嫌がったのもわかる気がした。

 そのまま彩花さんは飲み物を買って病室に案内してくれた。今回買ったのは無糖のブラックコーヒーの缶。いくらコンプリートしたいからって、入院女性にブラックコーヒーを飲ませるのはいかがなものか。


 案内された病室は一人部屋のようだ。長期入院者だろうし、他の人がいない方が落ち着くのだろう。あと、難波家と香炉家が支援しているということだからお金については心配しなくていいんだろうけど。

 彩花さんは既に一度訪れているためか、ノックもせずに部屋に入っていく。俺もそれについていった。


「お姉さま、頼まれていた飲み物とお客様」

「あら、彩花さん。その場合大事なことはお客様でしょう?頼んでいた飲み物など後にしてください」


 部屋の奥まで進んで、ようやくその人のことが見えた。ベッドで上半身だけ起こしている透き通った女性。薄幸というか、繊細という印象を抱かずを得ない人だ。

 青白い入院着で身を包み、それこそ陽の光と同化しそうな腰にギリギリ届かない綺麗に整えられた白い髪。そしてその瞳に空を映している様な、晴天の目。外へあまり出ないためか、全体的に肌が白すぎて心配になる。


 足にはタオルケットをかけていたようだ。彩花さんを待っている間特に何もしていなかったのか、TVも点いておらず、手に何か持っていることはなかった。

 そんな夢月神奈さんを凝視するように観察してしまったのは、わかってしまったからだ。父さんが何を心配していたのか。口に出すなということと、気付けるだろうという確信。

 いつまでも黙ったままではいけないので、軽くお辞儀しながら挨拶する。


「初めまして、夢月さん。難波明と申します。香炉星斗の婚約者でいらっしゃるということで、お見舞いに来ました」

「ご丁寧にありがとうございます。夢月神奈と申します。本家の明くんですね。星斗からよく話は聞いています」

「ね?あたしなんかと比べ物にならない程のお嬢様でしょう?まさに深窓の令嬢的な?」

「至ってなんて事のない家の出身ですけど」


 彩花さんと夢月さんが笑い合う。二人の仲は良好のようだ。

 まあ、彩花さんはしょうがないとして。他の香炉家の連中は節穴か。星斗は確実に気付いてなさそうだし、そうなると香炉家もたぶん全滅。病院で気付いている人もいないだろう。


「そこに居る方は挨拶をしてくれないのですか?」

「……?お姉さま、そこに何かいるの?」


 夢月さんの目線の先は俺の足元にいる、姿を隠形で隠したゴン。俺やミクでもない限り気付ける隠形じゃないと思うんだけど。

 ゴンにも確認を取るが、ゴンはそのまま夢月さんの足の上に登って隠形を解いた。


『よぉ。初めまして夢月とやら。これが星斗の婚約者ねえ……』

「初めまして。三尾のお狐様なんて初めて見ましたわ。よろしくお願いいたします」

「ゴ、ゴン様だ!え、明君、抱っこしていい⁉」

「……ゴン?」

『……はぁ~。いいぞ、全くお前らは誰も彼も変わらずに……』

「やったー!」


 叫ぶのと同時に彩花さんがゴンを抱き上げる。こういうところは本当にウチの血族だ。どれだけ末端の分家でも、頭のおかしい奴以外は皆ゴンに敬意を払っている。その上でモフろうとする。

 我が一族全体の守護神というか、主神みたいなもののはずなんだけどな。それでも敬意を超えてモフりたい可愛さがあるのが悪い。


 それにゴンって迎秋会では姿を見せるけど、他の場では一切姿を現さないからな。俺が連れてるから、俺に会わないと姿を見る機会すらない。そりゃあレアキャラ扱いされるか。ゴンの事抱いたことあるのって分家でも数人だけなのではないだろうか。


「わたしも抱きしめていいですか?」

「どーぞどーぞ!」

『お前が許可出すな。……いいぞ』


 ゴンは彩花さんから夢月さんに渡される。彩花さんと違ってギュウっと抱きしめるのではなく、繊細な壊れ物にでも触れるのかのように優しく抱きしめていた。ゴンもそれを嫌がることはない。


「フフ。病院に動物はいけないのでしょうけど、ゴン様は式神だからいいのでしょうか?」

『さあな。そもそもオレを人間の常識で縛るのが間違ってるんだぞ?』

「それもそうですね。……暖かい……」

『お前は体温が低すぎて心配になるな』


 クソ、こんな状態で携帯電話を取りだしたら不審がられる。ミクがゴンを抱いている時と同じくらい尊い画が出来上がっているというのに、この状態を目に焼き付けるしかないだなんて。

 そんなことしたらミクとゴンに怒られそうだから鉄の意思でやらないけど。


「ゴン様、ありがとうございました」

『フン。こいつらみたいにワシャワシャ撫でてこなかったから、大分マシだ。……お前、入院して何年だ?』

「もう七年ほどになるでしょうか……」

『長いな。……星斗との結婚式楽しみにしてる。その時にはオレも明も出席してやる』

「わたしと星斗より、明くんと婚約者の方が先では?わたしは今の騒動が終わるまで式は挙げられないでしょうから」

「え、明君もう結婚できる歳だっけ?」


 二十半ばの男よりまだ学生の俺が結婚できるはずがないだろうに。京都に星斗が出向していても、事実婚はできる。年齢が達していない俺の方が早いなんて話、あるわけがない。


「まだ十五ですよ。成人しましたが、結婚できるのは三年後ですね」

「びっくりしたー……。そうだよね。明君二つ下だったもんね。あたしなんて婚約者どころか彼氏もいないのに」

「わたしのせいでご迷惑をおかけして、申し訳ありません」

「あ、いや、お姉さまのせいじゃないんですよ?香炉家としても晴明様の血筋を途絶えさせるわけにはいきませんから。それにもしかしたらあたしの子が本家になるかもしれませんし?兄貴っていう結構特殊な陰陽師と、あまり才能のないあたしが同じ両親から産まれてるので、そこまで相手の血筋や実力は気にしない方針ですから」


 香炉家は代々続く結構古い難波の分家だ。血筋だけが全てではないということだろう。ゴンの話だと賀茂も星見の才能が全くないらしいし、土御門も落ちぶれている。血だけを大事にしても意味がないのだろう。

 そういう意味では天海はかなり特殊だ。血筋による効果がまだ出ているらしいからな。それとも年月的に最初の血がそこまで薄まっていないからだろうか。

 あの一族って姫さんに大峰さんに天海だろ。かなり優秀な血筋なんだな。っていうかあの三人、血縁的にはかなり遠縁だけど親戚なのか。


「俺たちの結婚よりもさすがに夢月さんの方が先ではないですかね?」

「どうでしょう……。今、京都は大分大変なのでしょう?あちらが落ち着かなければ、星斗も安心して結婚することができないでしょうし」

『そこは星斗次第だろ。……なあ、夢月。お前四月以降体調に変化はあったか?』

「四月から少しだけ体調が良くなったのですよ。咳き込むことも少なくなりましたし、霊的障害の身体のブレとかも最近は安定していて、あまり症状は出ていません。根本的に身体に不具合があるので退院はできませんけど」

『そうか……』


 まあ、そうだろう。狐憑きのミツルたちにさえ変化があったんだ。霊的障害の夢月さんに好転的な作用が出てもおかしくはない。

 ただ身体が悪いというのはどの程度なのか。一日三十分だけの歩行しか許されていないということは、それ以上は支障があるということ。

 それを聞いてみたいが、彩花さんがいる前ではマズイ。なにせ彩花さんたちは気付いていないんだから。


「今日は珍しいお客人が来られたのだから、明くんとゴン様が散歩のエスコートをしてくださりませんか?あ、ゴン様は姿を現すといけないのでしょうか……」

『オレは姿を出さない方が良いだろうな。どうなんだ?明』


 まさか向こうから提案してきてくれるだなんて。夢月さんもこちらに微笑んでいることから、あちらも話があるのだろうか。

 それなら、断る理由がない。


「こんな俺でよければ、喜んで」


 車椅子に移動して、俺が後ろを押す。彩花さんは本家の人間との会話を邪魔しないようにとどこかで時間を潰してくれるということ。

 夢月さんは中庭に行きたいということでエレベーターに乗って降りる。中庭は中々広いので、俺たちが話していても問題はないだろうが、一応ゴンに防諜の結界を張ってもらう。俺がやるよりは完璧なものだろうし。

 車椅子を押していたが、三十分は歩けるということで車椅子から降りて細い二本の脚で歩いていた。


「明くん、京都で星斗は頑張っていますか?」

「頑張ってますよ。星斗は八段の中でも有数の実力者ですから。五月の事件も四神と一緒になって天狗たちと戦っていましたよ。他にも様々な事件で活躍をしているみたいです。忙しくて電話がかかってきませんか?」

「そうなんです。大変なことはわかっていますが、京都は大変なのでしょう?この辺りは平穏なので、向こうの様子はあまりピンと来なくて……。TVなども見るようにはしていますが、星斗が活躍したかどうかはわかりませんから」


 京都での出来事を毎日TVや新聞で報道するかと言われたら、被害は伝えても活躍した人物は全く伝えない。精々四神の誰誰が颯爽と駆けつけて、くらいだ。八段ではメディアに名前は出ない。死者にならない限り。

 それに京都が大変なことなど日本人にとっては当たり前だ。大きな事件でも起きない限り、日常の一風景として流されてしまうだろう。


 電話で話を聞く限り、無茶はしていないみたいだが。俺に婚約者の存在を零してしまってから、早く帰りたいなどと愚痴を零してくる。いや、電話で惚気るなよ。俺も仕返しにミクの可愛い所を話しまくって星斗を萎えさせたけど。

 今でも星斗はミクに苦手意識あるからな。黒歴史くらい認めろよ。いつまでも気にしてたってしょうがないだろ。過去は変えられないんだから。


「最近の京都は静かですね。実際に先日まで居たのでわかります。……おそらく準備期間、なんでしょうけど」

「あら……。それは心配ね。ということはまた大きな事件が京都で起こるということかしら?」

「十中八九。呪術省は隠していますが、五月に京都を襲った大天狗様は混じり気ない神様でしたから。人間は神様に反逆しちゃったので、その反動を受けますよ」

『星斗がそれに巻き込まれないように祈ってろ。それだけで効果がある』

「ゴン……。私にそのような力があるでしょうか?」


 姿を隠したままのゴンに夢月さんがそう聞き返す。彩花さんの前ではないからか、ゴンに敬称を付けない。付ける意味はないだろうから、ゴンもそのことを気にせず話を続ける。


『祈りというものを汲み取るのは星であり神であり人間だ。そして祈る側もどんな存在でも良いんだよ。汲み取るのは純真な想いのみ。お前は穢れなき想いで星斗の無事を祈っているんだろう?なら、きっと何かがその想いに共感するだろうよ』

「祈りなんて不確かな物を。……この不確かな生を、どうやったら信じられるのですか?いつ壊れてもおかしくはない身体ですのに……」

「不確かなことばかりですよ。日本のことも人間のことも、その他も色々。星が詠めても、きっと不確かな未来の一つを視ているだけ。夢月さんは諦めたらダメだと思います。星斗がどうにかしてくれますよ」


 今の状態を見れば、夢月さんの状態が不安定だというのはよくわかる。だからこそ不安にもなっているのだろう。この症状はゴンにも解決できない。

 星斗でもどうにかできない可能性が高い。だから、気休めでしかない。星斗なら様々なことに当たって原因を突き止めてくれるだろう。そういう信頼がある。


『夢月。星斗との間にある愛は本物だろう?それだって目に見えない不確かなものだ。それくらい信じてやれ。あと、お前は京都に来るなよ。むしろその身体は悪化する。康平もそれがわかってるからここに入院させてるんだろうしな』

「やっぱり京都はダメですか……」

『身体は悪化するわ、神々に目をつけられるわ、もう最悪だろうな。この殺生石に守られたこの土地で安生してやがれ』

「……殺生石って人々の怨念が込められた呪具だろ。しかも相当ヤバい奴」


 ゴンはいきなり何を言うのだか。俺も実物を見たことがあるけど、あんな呪詛まみれの者がこの土地を守っているとは思えない。玉藻の前様と晴明が残したまさしく神の遺物だから、何かしら他の効力でもあるのだろうか。


『バーカ。あれがこの土地の呪詛を吸い取ってくれてるから魑魅魍魎も少なくて、日本が変わった後も大きな被害がないんだよ。確かに呪具ではあるが、守り神に等しいものだからな』

「そうなのか……。だから父さんがちゃんと守れって言うわけだ」

『それに使い方を間違えたら蟲毒よりもヤバイ百鬼夜行がいくつも巻き起こる。バカな奴らに渡さないように管理はしっかりしておけよ』

「はいよ。当分は父さんの仕事だろうけど」


 ホント、この土地にある物ですらまだ知らないことがだいぶある。我が家の宝物庫にある物すらほとんど知らないし。ゴンなら知ってるだろうから、後で教えてもらおう。ミクも知っておいた方が良いだろうから、ミクが帰ってきたら宝物庫に行くか。


「フフ。本当に明くんは当主になろうとしているのね。星斗が本家にならなくて良かったって言っていたわ」

「……あなたと婚約できなかったから?」

「それもあるかもしれません。でもそれはきっと、あなたの想いが本物だから。あなたが本当に当主になりたいと思う熱量には敵わなかったと言っていたわ。あなたは良い領主になってくれると思う」

「そうだといいのですが……」


 そればっかりはなってみないとわからないだろう。継いだ時に支障がないように様々なことを学んでいるが、それでもまだ途中だ。占星術だって磨かなければならないし、技術的にも知識的にもやることはたくさんある。


「……いつか、星斗も気付くかしら?」

「意図的に隠しているのでは?俺でも一目でわかったのに、星斗や香炉家が気付かないとは思わないのですが」

「香炉家の人たちには意図的にね。でも星斗には最初の頃から隠していないの。フフ、鈍感なのかしら?」

「恋に盲目ということでは?」

『そうだな。人間は恋をするとほとんどのことが見えなくなるぞ。こいつは相手の気持ちまで見えなくなってたからな』

「まあ。それは相手の方が大変だったのでは?」

「蒸し返すなよ、ゴン……」


 ミクの気持ちに気付けなかったのは俺が悪い。けど、好意ってどうやったら感じ取れるんだろうか。ミクとは幼少期からの付き合いだったからその延長線で好いてくれてるんだと思ってたし。

 こんなところで星斗と共通点を見つけたくない。常日頃から似ているなとは思ったけど、恋愛事情まで分家の兄貴分と一緒とか嫌だ。


 そういえばゴンは恋愛をしたことがあるのだろうか。子どもがいるとか聞いたことないけど。年齢的に家族がいてもおかしくはない。そんな話したことなかったな。相手は天狐になれなくて生き別れとかもあるんだろうか。向こうから話してこないから気にしたこともなかった。

 そう考えていると夢月さんがこちらに身体を預けてきた。時間を確認していなかったが、もう三十分経っていただろうか。


「限界ですか?車椅子に戻しましょうか?」

「いいえ。あなたを抱きしめたかっただけ。……ゴンにも認められた、難波の申し子。あなたたちのこれからに幸あらんことを……」


 背中に回された腕のなんと細いことか。肩も首も、何もかもが細い。儚いという言葉がこれ以上似合う方もいないだろう。

 何故か夢月さんがそれを求めているような気がして、俺も背中に手を回して抱き留めた。儚いと思っていたのに、抱き留めた身体は一本の柱があるかのように確かな温もりがそこにはあった。

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