第72話 エピローグ
大天狗は京都に
また、この消極的な行動にはマユと西郷が近くにいる陰陽師へ簡易式神を飛ばして抑制していたという理由がある。明たちが大天狗に負けたのを見て、玄武が誰も勝てないと断言したのを聞いて無駄な犠牲を出さないように撤退を始めたからだ。
朱雀と青竜、それに大峰はまだ天狗たちと戦っていたが、本丸たる大天狗に近付くのは拒まれているようでなかなか近づけなかった。星斗たちは近くに負傷者が多すぎると救助活動に行くといって戦線を離脱。ビルの倒壊に巻き込まれた人などもいたので、人間としてその判断は間違っていないだろう。
呪術省の目前まで隊を進めた大天狗たちの様子を、泊まっている宿の屋上でAたちが眺めていた。自分たちの協力者やこの場所にはすでにAが方陣を組んでいて、被害は一切出ていなかった。そのため余裕の観戦である。
『明もイイとこまでは頑張ったんだけどな~。大天狗相手じゃアレが限度か』
『自滅しといてイイもクソもないだろ。途中までは評価してやるが、味方の攻撃の余波で身体が崩壊しかけるって、どんなマヌケだよ』
「退魔の力というのはそれだけ効力がはっきりしているということだ。私もアウト。姫以外は全滅しかねない、私たちへの絶対なる審判の力だ。アレは人類守護の天秤だよ。しかし、いささか魔の判断要素が大雑把な気はするが」
各々感想を述べるが、総評としてはまだまだといったところだ。今回むしろ注目すべきは桑名と白虎だ。退魔の力の有用性を再認識したのはもちろん、玄武に続いて白虎まで本体が出てきているとは思わなかった。
姫という脅威を示して、玄武もいるのだから誰かしら味方を呼ぶだろうと思っていたが、まさか人間ではなく妖を選ぶとは思わなかった。それほどまでに朱雀と青竜が無能ということか。
「それにしてもええの?呪術省、大天狗様に滅ぼされてしまうで?」
「ん?ああ、問題ない。そうか、姫は知らなかったな。私程度ならまだ人間の範疇に収まるが、外道丸や伊吹ほどの魔であれば反応する。襲うという意思がなく忍び込むだけなら問題ないんだが……」
「は?もしかして呪術省の近くに反抗術式が込められてるって言うの?一体誰が?」
「見ればわかる」
姫が呪術省の方へ視線を戻すと、呪術省を中心に光が放たれていた。その光を確認するために姫は空を飛んで、上からその術式を把握しようとした。呪術省の周りはおろか、周辺の土地も含んで広がるその術式は五点に光の柱が立ち上がっていて、それぞれを線で結ぶ五芒星を構築していた。
五芒星というものは安倍晴明を象徴するもので、晴明が産み出した一つの法則、陰陽術の始まりであり頂でもある。この五芒星を司った術式はどれも高難易度のものばかりで、呪術省でも最高術式に認定されている。
そして、京都の龍脈を把握している姫だからこそ分かった。この術式には姫が掌握していない方の龍脈が使われていると。
その五芒星が一層明るい光を放った。術式が完成したようだ。その術式を描く五芒星が地上から浮き上がって呪術省省庁の屋上をも越えていき、空の途中で五芒星を形成する円は止まった。
その五芒星からはとてつもない神気が溢れ出ていた。その量と質だけを見ると、大天狗にも匹敵するほど。その術式は反抗術式として式神召喚が込められているものだった。
そしてその存在が現れようとしている時、姫は疎外感を覚える。急に誰かとの繋がりが弱くなってしまったかのような、そんな悲しみが全身の穴という穴を貫いてくるような錯覚すら感じてしまう。
同じく空を飛んできたAの袖を掴んでしまったほどだ。
「姫。それは一時的なものだ。君は悪くない」
そしてそのまま術式は発動する。大天狗も何が出てくるのか楽しみにしているのか、邪魔をしようとしない。
その五芒星から現れたのは。
「……フフ、やってくれた。いやいや、なんてことしてくれるん、あの子は。契約権があるのはわかっとったけど、この地にもいないのに反抗術式として用意しとく?」
「な?アレを見れば現代陰陽師で誰が最強かなんて議論する必要もないだろう?」
その姿は最近、動画などで確認も取れる存在。神秘的な、そしてその存在を使役できる者は世間的には二人しかいなかった。そのはずなのに。
現れた存在は麒麟。しかも本体。先ほど姫が感じた疎外感は、麒麟との契約が一時的に弱まって使役権が移ってしまったために感じたもの。
こんなことができる人間は現在の麒麟たる大峰ではない。姫もやっていないとなると、できる人間はただ一人。
「先代麒麟はなんてものを残しておくねん……。地元が京都やったっけ?」
「たしかそうだな。父親も住んでいるんだし、何かあった時のための保険だろう」
今は京都におらず、Aが認める最強の陰陽師。星見でもあるため、この事態も見込んでいたのかもしれない。
そして、この状況でせせら笑うA。
「いやあ、大天狗様には悪いことをしたが、これで堂々と私や外道丸たちで呪術省へ攻め込める。アレを発動されたら外道丸たちでも大変だからな。そもそもあの術式を発動させるには外道丸たちほどの妖か、神ほどの脅威が必要だった。これで懸念事項が一つ消えた」
「まさかここまで織り込み済みだったん?」
「もちろん。そのために大天狗様に直談判にも行ったし、あの術式も存分に研究させてもらったさ。後で大目玉を喰らうだろうがな」
Aは星見でこの状況を詠んでいたとはいえ、ここに流れ着くまで状況を整える必要があった。やれることはしてきたし、ここまで辿り着いたことには肩の荷が下りたような気分だった。
なにせAの星見の精度はあまりよろしくない。千里眼ならそのまま現実を見ているだけだから問題はないのだが、Aには星見の精度がよろしくないという自覚がある。星見の詠み間違えは何度もしたし、姫のことは詠めすらしなかった。
だから今回の星詠みはそのようになるように自分からかなり動いた。結果、自分の目論見が達成できたので満足だった。だが、この後大天狗からの追及をどうしようかと頭も悩ませていたが。
「フフフ……フハハハハハ!これがあ奴の見せたかったものか!
大天狗は高笑いをした後、背中にかけられた大団扇を取り出す。そして一振り、大きく団扇を振った。
すると、雲一つなかった幾星霜の
それを見ながら天狗たちは撤退を始める。天に昇るように消えていく天狗の軍団は、まさしく神話の一ページのような光景だった。
その光景を召喚された麒麟は雨に打たれながら眺めていた。麒麟は天狗たちが帰っていくのを確認してから消えていき、残されたのは天狗たちのもたらした破壊痕と台風にも似た嵐だけ。
この嵐は一週間ずっと、京都を覆い消えることはなかった。陰陽術という概念、自然学からしてもおかしな、無から有を産み出すという行為に日本中が頭を抱えることとなる。
気付いていた者以外がようやく思い知る。こんな陰陽術ではとてもできやしない現象を引き起こした存在の正体を。
神の恩恵を再び受けられるようになった時代に変わったというのに、人間側から神とたもと袂を分かつことになったという失態に、呪術省は日本政府から非難されるようになる。
結果として、神への信仰はそれまで以上に増えることになる。神からの神罰を畏れたからこそ、祈る。
この結果を持ってAは大天狗からの罰を逃れていた。神にも利する結果を持って、今回の不敬は許されたが、次はないと宣言される。
日本は再び神代の時代へ逆巻くような変遷を辿るが、人間の生活はよくならなかった。恐怖からの信仰では神は動かない。純粋な敬意を持った信仰ではなければ権能を人間に用いるということはしない。
人間は再び、選択を間違えた。まるで歴史を繰り返すように。
まるでここは、何もかもを繰り返す神々の創った箱庭のように。
2
嵐に閉じ込められた京都は、特に色濃く神の力の恩恵も畏怖も現れていた。ただの雨と雷ではなく、まさしく激しい嵐が停滞する閉じられた世界。
異常事態宣言が自然災害という意味で発令されて、四日経った今も窓に打ちつける大きな雨音が、自然の強さを訴えかけてくる。
今ここは京都の小丘にある小さな山小屋のような病院。知る人ぞ知る病院というか、診療所というか。そこの一室に明が寝かされていた。この場所は悪霊憑きや妖にとっては有名な病院で、京都に来てすぐ明たちは主治医に挨拶をしていた。康平の紹介状を持って。
明は点滴を左腕に刺していて、穏やかに眠っている。事件の最後のように身体がブレたりはしていなかった。
その一室にはベッドの上にゴンが、近くにあった椅子に座りながらベッドに頭を置いて寝ている珠希が、姿は見せていないが瑠姫と銀郎もいた。
四日経った今も明は一切目を覚まさず、ただ身体的には全ての施術は済んでおり、あとは明が意識を取り戻すまで待つのみだった。いつ目覚めるかわからなかったため、珠希たちはこの病院に寝泊まりしていた。
明の両親にも連絡したのだが、この嵐のせいで京都には近付けないためにまだここには来られていない。近畿には来られたようだが、それより先が交通網も塞がっており、式神で入ろうとしても嵐が強すぎて全く進めないのだとか。
こんな状況なので学校もやっていない。だから珠希がここにいても問題はなかった。
そしてさらに嵐が強くなってきた昼下がり。ようやく明の瞼がゆっくりと開く。その頃には珠希も起きていて、ゴンは邪魔にならないようにベッドの近くにある机の上に移動していた。
「ハルくん!」
「…………ああ、ミク。……そっか、桑名先輩の術式を背中から受けたんだっけ。まさか余波だけでああなるなんて……。思いもしなかったな」
珠希が瞳に涙を浮かべながら明に抱き着く。この四日間も散々泣いていたのに、また目を覚ましてくれたことが嬉しくて、溢れる涙を抑えられなかった。
退魔の力は明にもミクにも毒すぎる。直撃さえしなければ大丈夫だろうと二人とも思っていたが、強力な術式であれば余波だけでここまで危険な状態になってしまうのだと思い知った。今までの認識の甘さを痛感していた。
そもそもそんなに範囲が広いものだとは思ってもいなかったことと、明自身この身は悪霊憑きではないと思っていたために退魔の力の影響を受けるとは思わなかった。
「ミク、桑名先輩には何て説明したんだ?」
「悪霊憑きで、わたしよりも進行度が深いと説明しました……。でも、桑名先輩は誰かに言うような方ではないですし、それで納得していただけたと思います」
「……どこまで見られたんだ?」
「………………あの、ほぼ全部、です」
「……そっか」
状況が状況だから仕方がないと明は腹をくくっていた。明は意識が混濁していたし、他の面々は明の治療に忙しかったのはわかっている。
その結果、悪霊憑きらしい、と知られてしまうのは避けようがなかった。それでも誤魔化してくれた珠希によくやったと褒めたいくらいだ。
「悪霊憑きって誤魔化せたならいいさ。……というか、俺の身体は魔だって判定されるんだな」
『仕方がないだろ。アレの判定基準は悪意の感情と神以外の異形は全て魔って判断なんだからな。悪霊憑きと大差ないお前の身体なんて魔としか判断されんぞ。……
ゴンは姿を消して部屋から出て行った。明と珠希の主治医に明が目を覚ましたことを伝えに行ったのだろう。
部屋に残された二人には何とも言えない空気が流れていた。ゴンの言う通り、明が危ない目に遭うのは三回目。それに自分から首を突っ込んでいるのだから、珠希やゴンが怒るのも当然だ。
お互いの口が開かない。替えが効くとは言え、明は難波家の次期当主だ。その自覚はあるのに危険だと知っていても他の人のために戦場へ出てしまう。明も自分の信念のために行動しているため、明の根本が変わらないとこれからもこういうことが起こるだろう。
そしてまた、傷付いて帰ってくる。今回のように何日も起きないような事態にもなるかもしれない。そうならないようにするには楔が必要だ。明を繋ぎ止める、強固な楔が。
「……悪い、ミク。桑名先輩の力を軽視していたつもりはなかったけど、こうなるとは思ってなかった。俺の体質のことは誰にも伝えるなって言われてたから桑名先輩にも言うつもりはなかったけど……。心配かけた。ごめん」
「……ハルくんが他の人のために頑張ることは美点だと思います。それで救われた人も多いでしょう。でも、それとご自身の命を軽率に扱うことは、一緒にしちゃダメです」
「……本当に、ごめん。前回までならまだ命の保証があったからまだ良かっただろうけど、今回は死ぬ可能性が本当にあった。……神様に喧嘩売るって、やっちゃいけないよなあ」
「はい。……誰かを守るためでも、ダメです。それに今回は善き神でした。悪神だから良いとも言いませんが、誰かを守るためにハルくんが死んでしまったら本末転倒です」
最初に口を開いたのは明。罪悪感もあったのだろう。謝らなければいけない時はわかっているだろうし、今回は生死を彷徨った。
結果として何人の人間を守れようと、その人が死んでしまえば守られた側も素直に喜べないだろう。
珠希としては、力の発露・暴走でできれば傍にいてほしかったという心理もあっただろう。そして大天狗の神気を誰よりも理解していた。戦神と言ってもいい、人間では確実に敵わない存在を相手にしている戦場へ向かうと言われれば、心が締め付けられても仕方がないだろう。
「ハルくんがいなくなったら、わたしはどうすればいいんですか……?ハルくんがいなかったら、わたしは今普通の学生として生きていません。きっと狐憑きのことがバレて、世間からは迫害されていたと思います」
「そうなったとしても、難波家が保護してたよ。俺が霊気をあげていたとしても、結果としてはそこまで変わらなかったんじゃないかな」
「いいえ。たぶん、違います。難波家には変わらない感謝をしていたと思いますが、ハルくんのことをどう思っていたかは、きっと変わっていたと思います」
ただの子どもとして仲良くなっていたか、保護してくれた家の跡継ぎとして感謝していたか。たしかにこの二つでは心の内は変わってくるかもしれない。おそらく関係性も、珠希への難波家からの優遇もだいぶ違っていただろう。
あの日あの時、母親に連れられて珠希は迎秋会で明に会ったからこそ、今の自分たちがある。明もそう思っているが。
二人は同じ時間を、あの時から過ごしている。だからこその自分の想いも、相手を思いやる気持ちも、絶妙に噛み合いながら微妙に擦れ違っているのだろう。
それがわかっているから、明はその溝を埋めるように口にする。
「ミク。きっとミクは違うと思うけど、俺はミクのことが、一人の女の子として好きだよ。だから同じ学校で過ごせるのは嬉しいけど、危ない目に遭ってほしくない。いくら瑠姫を傍に置いているからって、魑魅魍魎ならまだしも、妖や神が相手の戦場に出てきてほしくない。こんなの俺の我が儘だってわかってる。それにほら、俺には頼りになる式神が二匹いるからさ。ミクが戦場に出る必要はないと思うんだ。……本当に俺の自己満足だけど、これからもミクのことを守らせてほしい。その上で、今回のような無茶はもうしないって誓うから」
明の告白と長い言い訳が終わると、珠希の表情は沈んでいった。まるで嬉しくなさそうな顔をされてしまったために、やっぱり自分の一方通行だったのだと思い込んでしまった。分家の子として、本家の人間に敬意を抱いていただけだと。
その考えは間違っているのだが。
「ハルくんは、どうしてわたしの気持ちはわかってくれないんですか……?よく、鈍感って言われませんか?」
「ああ、うん。言われる。周りに気は配ってるつもりなんだけどな……。ほら、体質のこととかあるし」
「……じゃあ何で、わたしがハルくんと同じような考えをしているって気付かないんですか?」
「え?」
まるで怒っているかのように頬を膨らませている珠希。その言葉と態度に、思わず呆けたような声が出てしまった明。
珠希の言葉と態度を咀嚼して、その意味に気付く。その時にはお互いに顔が赤みを帯びていた。
「どうして分家の子が本家の子に対する思いを、女の子が抱く想いと勘違いするんですか?あれだけ色々と許してるのに、好きじゃなかったらおかしいですよ。わたしは立場だけで身体を触らせたりしませんし、里見様にそそのかされたからって迫ったりしません」
「ええと、つまり……」
「好きな人が自分から危ない目にあいにいくんですよ?悲しいし、怒るに決まってるじゃないですか。それに、同じように傷付いてほしくなんてありません。……だから、反省してください」
「……うん」
「あと、行動で示してください。ちょっと最近のハルくんの言葉は信じられないので。それと、こうでもしないと鈍感なハルくんはわからないと思うので」
そう言って珠希は瞳を閉じて、明に唇を近付ける。その意味が分からない程明とて鈍感ではない。
肩をそっと抱いて、明も唇を近付ける。初めてだったからか、少しズレながらも、お互いの距離は全く離れていなかった。
どれだけ合わせていたのか、しばらくしてどちらからともなく離すと、お互いの表情は更に赤が増して、どこか蕩けている様な、そんな緩い空間ができていた。
そのまま明は珠希を力も籠めずに抱きしめていた。
「ミク、好きだ。ずっと好きだった。一目惚れだった」
「わたしも好きです、ハルくん。……もう、一人で無茶はさせません。これからわたしは、ずっとハルくんの隣にいます。目を離すとすぐに無茶するんですから」
「……うん、ごめん。これからも、近くで見守っていてほしい。支えてほしい」
「はい」
『……あー、ようやくくっついたのは嬉しいんだけど、あたしたちのことも忘れないでほしいニャー』
「「ッ⁉」」
ボンという音と共に実体化する瑠姫と銀郎。ゴンのように部屋を出て行ったわけではないので式神としてずっと傍にいたらいないことのように扱われ、いきなり桃色空間を作り上げられたら苦情も言いたくなるだろう。
二匹がいたことを思い出して二人は茹蛸のように顔から湯気をあげて、密着していた身体を離した。
そんな初々しい様子に呆れた顔の瑠姫と、顔を押さえている銀郎。
『なーんで邪魔するかねえ、このバカ猫は……。あっしらがこっそりと部屋から出て行けば良かっただけだろうが』
『いやー、でも?クゥっちも先生も扉の外で待ってるわけだし?こんな小さな病院で先生呼んでくるのに時間かかるわけニャイし?』
『それに今は防音の術式もつけてるわけじゃないから、扉の外まで丸聞こえだったぞ』
「患者のプライバシーはどこに……」
扉が開いてゴンと蜂谷先生が入ってくる。蜂谷先生はその名の通り、蜂の妖だ。人間と変わらないサイズの蜂が白衣と眼鏡をかけている、妖や悪霊憑き専門の医者。難波家は京都に来るようになってから付き合いのある、竹馬の友のようなものだった。
『明や、元気そうになって一安心したぞ。バイタル的には問題なくて、あとはいつ目を覚ますかって状態だったからな。お前の霊気も身体の構成要素も普段通りに戻ってる。良かったな、乖離しているだけで消滅しなくて。本当に構成要素が消滅してたら、内蔵とかボロボロ、霊気も急激に減っていて、記憶も失ってたかもしれないからな』
「そこまで危ない状態だったのか……。蜂谷先生、ありがとうございます」
『医者の仕事だからな。退魔の力は私の患者全員の天敵だ。それはお前でも変わりない。直撃したら魑魅魍魎のように身体も残さず消えるからな?ここにいる全員、天狐を除いて本当に気をつけろよ?身体がなくなったらさすがに私でも治せないからな』
「はい。肝に銘じておきます」
実のところ瑠姫と銀郎も、神と同格とは言え若干魔が混ざっている。そのため退魔の力の影響は受けてしまう。ゴンは純粋な天狐で神と同じなので一切効かないが、他の面々はアウトだ。
分家の人間が持つ力を警戒しなければならないというのは、なんとも嫌なものだが。
『それと天狐。この二人婚約者じゃなかったか?何で今さら付き合うとかそんな低次元の事話している?むしろ話すとしたら子は何人とか、いつ頃に作ろうかとか、そういう将来の話じゃないのか?』
「「……へ?」」
蜂谷先生に言われたことに、当の本人たちは情けない声を出してしまった。
式神たちは当然として知っていたが、主治医である蜂谷が知っていることを当事者たちが知らないとはおかしな話だ。
もっとも、お互いの両親とも、高校卒業してから伝えればいいと隠しておいたので知っているはずがないのだが。
「おい、ゴン。どういうことだよ?」
『お前らはあの迎秋会の時から婚約者同士だぞ?言っただろ?分家の狐憑きは難波にとって慶事だと。その慶事が女で次期当主が男なら婚約させても何も不思議じゃないだろ?実際好き同士なんだから良いじゃねえか』
「いやいや、待てって。じゃあ何だ?もしあの時星斗が勝ってたら、星斗とタマが婚約してたってことか?」
『それを決めるのは星斗の親になってただろうが、おそらくはな。年齢差なんてどうでもいいほどのありえない奇跡だぞ?』
「……もしも。本当にもしもだけど、俺かタマが他に好きな人ができていたら?」
『そいつら別れさせてお前らくっつけただろ。婚約ってそういう文化だろ?』
人間の風習だからゴンが曖昧に言うのも仕方がないが、婚約なんて昨今かなり減ってきた出来事だ。お見合いぐらいなくなってきている。難波は陰陽大家なので、そういう古い風習が残っていてもおかしくはない家ではあるが。
「いやいや、言っておけよ……」
『大事なのは本人たちの意思ニャ。まーあ?ニャンとなくそうなるだろうって思ってたらしくて心配はしてなかったらしいニャ。というか?あれだけ幼少期からイチャイチャしておいて、付き合うのが今更ってどういうことニャ?他に好きな奴ができたニャンてほざいたら坊ちゃんをきっと殴ってたニャ』
『それだけ二人のことは信じてたってことですよ。夏休みにでも帰ったら康平殿に聞いてください』
「あれ?こっち向かってるんじゃなかったのか?」
『星を詠んだそうで、二人の邪魔をしないように帰るそうです。さっきメールが来ていました』
銀郎がそう伝える。親としてそれでいいのか、ただ逃げただけか。その真意は夏休みに帰省した時に問い質すことにした明だった。
『ああ、明。経過観察と、あとこの嵐じゃさすがに帰れないだろうからしばらく泊っていけや。大天狗様はあの大団扇を使ったんだろう?そうしたらあと三日はこの嵐が続くぞ』
「そうなんですか?じゃあ、お言葉に甘えて」
明たちは蜂谷先生に甘えて、嵐が収まるまで病院で過ごした。病院で過ごす中、ニュースやネットなどで事件のことを確認したりして過ごしていた。
今までは裏と表、人間と妖という関係性だったものが、今回の一件で神も加わり、人間と人間の対立まで発生してしまった。
この事件から特に、裏側の住人が土地神の保護と交渉をすることで土地神の暴発を防ぐために奔走し始めた。この結果、裏側の住人が呪術省を攻め込む算段をつけていたのだが、それが大幅に遅れることになって計画は一時中止になった。
裏側の住人は、その時のために牙を磨いている。彼らが動き出すのは、もう少し後の事。
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