第71話 4ー4

 大天狗からすれば、明が使った降霊術式も封印術も面白いと感じるものだった。見たことのない術式と、過去を再現したかのような途方もない規模の術式。

 途中、宇迦が間に入ったことには少々苛つきもしたが、神にも愛されている子どもという意味では祝福したいことだった。そう、明の存在を認めているからこそ、封印術式に閉じ込められても笑みを浮かべていた。


 どちらかと言えば結界術式、閉じ込めるための術式だったので次に何をしてくれるのか楽しみにしていた。閉じ込められていても、明たちの姿は見えていたのだ。

 だからこそ、その唐突の幕引きに驚きを隠せなかった。


 まず、視界が晴れる。大天狗を閉じ込めていた術式が崩れ、大岩がボロボロと落ちていった。外部からの衝撃や、大天狗が内側から何かをしたというわけではなく、ただ単に術式の維持が不可能になったため消えていっているだけ。

 桑名雅俊が放った光の矢は、たしかに大岩ごと大天狗を貫いていた。だが、その矢はまるで大天狗を傷付けられないかのように、すり抜けて消えていった。もちろん、大天狗の身体に穴どころか、傷一つない。

 その力では、大天狗を傷付けられないと。やり方は間違っていなかったが、最後の決め手が間違っていた。最後の攻撃が桑名ではなく、ゴンや銀郎であれば。

 もう終わってしまったことに、大天狗は思考を割かない。


────


 大天狗が崩れ去った大岩から姿を現すと、無傷で立っていたことに桑名は降参しようと思っていた。さっきの術式は最近ようやく使えるようになった退魔の力と攻撃術式のマルチタスク。威力も自身の物では最大だったのに、それを受けても平然と飛んでいる姿を見て脱力してしまった。

 まさしく、位相の違う相手。それがまざまざと見せつけられる一戦だった。


「……降参します。あなた方にこれ以上できることはありません」

「退魔の子どもよ。そんなことはどうでもよい。クゥ、明の容態は?」

『マズイな。治癒術式は施しているが、体細胞の崩れ方が早すぎる』

「え?」


 その会話でようやく桑名は気付く。明が地面に伏していて、先程まで周りにたくさんいた狐が帰り始めていることに。

 桑名もすぐに明に近寄ったが、ゴンが小さくなって緑色の光をかけていたが、息絶え絶えで一向に良くなる様子がない。身体にはノイズが走ったようにブレが生じ、まるで明の身体が剥離している・・・・・・ようだった。


「な、何で……?難波くんが、この現象を……?」

『銀郎。瑠姫は来られそうか?』

『珠希お嬢さんと一緒にこっちに向かっているそうですよ』


 銀郎が携帯電話を耳から離すと、一匹の式神が空から二人の人型を乗せてこちらに降りてきた。珠希と瑠姫だ。


「明様!」

『マズイニャア。銀郎っち、先生へ連絡。すぐに運びこまニャイと』

『了解ですぜ』


 珠希と瑠姫もゴンと同じく治癒術式をかけ始める。それと並行して珠希は全員が乗れるような式神を呼びだしてすぐに明を運べるような状況を作っていた。

 大天狗も明が心配なのか、地上に降りてきて治療の様子を見守っていた。


「クゥ。その先生とやらはアテにできるのか?」

『免許は持ってないようだが、腕は信用できる。難波の古くからの盟友だ』

「なるほど。……明が死なぬように祈ってやろう。儂らは呪術省を潰しに行く」

『ああ。珠希はここに来ちまったけど、学校を襲うなよ?』

「約束しよう」


 大天狗は配下の天狗たちを連れて飛び立ってしまった。まだ状況が掴めない桑名だったが、明の様子を見てわかったことがある。

 身体にノイズが走っているとはいえ、そのブレているモノを見ればどういう身体なのかわかるものだ。それは確実にイヌ科の──。


「那須さん。難波くんは……悪霊憑き、なのかい?」

「……はい。学校にも伝えていませんし、分家の中でも知っている人はごく少数です。それに進行度では、明くんの方が深刻です……」

「じゃあ、今難波くんの身体に起こっていることは……」

『魑魅魍魎と変わらん。お前の退魔の力の余波を浴びただけだ。直撃じゃないし、明が危険性があってもお前に伝えなかったのが悪い。お前が気に病むことじゃないぞ。眷属の天狗どもは神魔半々の連中だから退魔の力も効いたんだが、大天狗はマジモンの神だからな。神に退魔の力は通じない』

「それもそうだ……。神は神であって、魔なんて内包していないんだから……」


 ゴンの説明で納得した桑名は肩を落として消沈していた。眷属に通じたからと言って、主に通用するとは限らない。その二者が似通っていても、性質が違うことだってあるのだから。

 そして、桑名の言葉にも誤りはある。神といえども、悪神もいれば、神から追放された者もいる。それらには退魔の力はきちんと作用するだろう。ひとえに、善神には通用しないだけで。


 準備が整ったので、銀郎が丁寧に式神の上へ明の身体を移動させ、残りの面々は全員治癒術式をかけていた。桑名もそこに乗り込む。自分の術式のせいでこうなってしまったのだし、原因がわかっていれば治療もしやすいと思ったからだ。

 今夜の、彼らの戦いは終わる。


 まだ京都では散発的な戦闘は続いているし、大天狗が呪術省へ進路を取ったことでその通行路は余波で巻き込まれていった。だが、大天狗からすれば最低限の被害に抑えながら進んだつもりなので、明たちとの約束は破られていない。

 結果として、呪術省は滅びず、京都市民の命もほぼほぼ無事だった。

 建物の損壊が200棟以上。全壊、及び消失が80棟。道路なども亀裂が走り、修復には一か月以上かかることとなる。


 死者は確認が取れただけで500人超。負傷者は3000人を超した。死者の180名はプロや準プロの陰陽師で、その他は巻き込まれた一般人だということ。この数について、ゴンであれば少なく済んだと称するものだった。

 なにせ攻めてきた相手は間違いなく神とその眷属。それに最初は正当防衛だったためにその程度で済んだのだと。



 この事件も、「大天狗の変」として、呪術省が纏める陰陽事件に名前を連ねることとなった。

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