第69話 4ー2

 天狗の軍団へ向かう途中、見知った人影を見つけた。その人も一人で天狗の軍団へ向かっているようだが、式神を呼びだすこともできないので肉体強化を施して向かっているようだった。

 その人が天狗の軍団に向かっているのもよくわかる。彼らの先祖は人を守ろうとした。ただそれだけだったのだから。


「桑名先輩!乗ってください!」

「難波君!助かるよ!」


 地上擦れ擦れの低空飛行をして、桑名先輩を乗せる。正義感から現場に向かっているのだろうが、まさか一人とは思わなかった。


「一人で行くなんて水臭いですよ。連絡くれれば一緒に行ったのに」

「あの死地に本家の跡取りを連れていけって?自主的に向かっているならともかく、分家の子どもとして本家の血筋は途絶えさせられないよ」

「ああ、先輩は後継者争いをしたことがないから知らないんでしたっけ?難波は後継者がいなくなることはないんです。そのための分家ですし、分家の人間が本家の跡取りになることもあるんですよ。だから本家の血筋となると、家系図を引っ張り出さないと断言できませんね」

「そうなのかい?知らなかったよ」


 桑名一族は分家で唯一迎秋会に参加しない一派だからな。本家になろうとは一切考えていない、土着の道を選んだ特殊な家。そこの跡取り息子では、こちらの跡取り事情までは知らないだろう。交流がめっきりなくなってるからな。


『オイ、桑名。これから向かう先はお前が言う通りまさしく死地だ。そこに飛び込む覚悟はあるんだろうな?』

「はい、ゴン様。これは僕の在り方と言いますか、性分です。目の前の人を助けたい。ただそれだけです。そのためなら、この命を差し出すことも怖くはありません」

『の割には震えているようだが?』

「死ぬのが怖いことと、戦場へ向かう覚悟は別ですから」


 力の差は理解している。それでも自分の信念からこの先に待ち受けている物から目を背けられない。

 あの天狗たちが巻き起こしている惨状を見れば、プロの資格を持っていない自分たちではできることはたかが知れている。でも、それが動かない理由にはならない。


「先輩。作戦はとてもシンプルです。敵の総本山を一気に攻め落としましょう。たとえ攻め落とせなかったとしても、隙にはなる」

「また随分と性急でリスクの高い……。それくらいしないと状況は打破できないってことだろうけど」

「その通りです。攻めている理由も分かりませんが、あの軍団を纏めているのは確実にあの大天狗。なら、あの大天狗さえどうにかしてしまえば撤退するかもしれない」

「希望的観測の上に、かなり願望が混じった意見だね……。それにあの天狗たちを見ていると、あの大天狗はそれこそ計り知れない。それに挑もうって言うんだ。一世一代の大勝負かもしれないなあ。こんなことになるなら、遺書でも書いておくんだった」

「やめてくださいよ、縁起でもない」


 おどけるように言う桑名先輩に合わせるように、俺も合わせておどける。今からやろうとしていることの困難さに、こんな風に茶化さないと恐怖に呑み込まれてしまうからだ。

 正直に言えば。あの天狗たちに勝負を吹っかけて生きて帰って来られる可能性は限りなく低い。いくらゴンと銀郎がいても、三体と渡り合うのが関の山だろう。そしてあの大天狗は天狗三体分の強さかと言われたら、おそらくそれ以上。


 あの大天狗には、Aさんが複数いてようやく拮抗できるレベルだろう。で、そのAさんたちも敵対する理由がないために傍観している。五神の人たちが来たって、マユさんがそれこそ五人いるなら話は違うが、大峰さんがあと四人いてもあの大天狗は無理だろう。

 まさしく、死にに行くようなものだ。


「作戦はこうです。あっちは空での戦いこそが本分でしょう。なので、このまま突撃して先制攻撃を放ったら、そのまま地上に降ります。まだ遮蔽物がある中で戦った方が何もない敵のホームグラウンドよりはマシでしょうから」

「そうだね。奇襲くらいしかまともな戦法はなさそうだ。できる限りの高火力をぶち込もう」

「はい。そろそろです。準備してください」


 空を駆けたまま、もうすぐ戦場へ辿り着く。あの天狗たちは呪術省を進行方向として定めて進軍しているようだ。プロの陰陽師たちの奮戦も雀の涙程度にしか通用していない。

 俺と桑名先輩の準備が完了したのを確認してから、烏に指示を出す。それに応えた烏は突撃するように一気に速度を増した。


「絢爛業火、放つは灼熱越えし蒼き清浄なる焔!金剛蒼火こんごうそうか!」

「交われ、破魔の光と滅却の煉獄よ!炎光投擲槍えんこうとうてきそう!」


 俺と桑名先輩がそれぞれ炎属性の術式を大天狗に向かって放つのと同時に烏を帰らせて地上に降り立つ。脇には身体を大きくしたゴンと銀郎が控えていた。

 俺のはとにかく純度の高い炎を放つ術式。桑名先輩の物はお得意の退魔の力と攻撃術式たる炎が合わさった一本の槍を投擲する術式。

 その槍が俺の炎を纏うように一直線に突き抜けていく。その威力は映像で見たマユさんの雷撃と遜色ない威力だったはず。

 だが。


『大天狗様!』


 大天狗の周りで護衛をしていた天狗がそれを防ぐように持っていた剣をそれぞれ交差させて槍を抑えていた。不意打ちな上に最大火力に近い一撃をこうも簡単に防ぐとか、予想通りの強さで背中に冷たいものが流れる。

 とはいえ、さすがに最大火力だったためか、二体がかりで防いだこともそうだが、その威力を完全に消し去ることもできずにその服へ若干引火していた。火はすぐに消されていたが、全くダメージが通らないというわけでもないと確認が取れただけマシだ。


「ふむ。中々見事な一撃よのう。特に退魔の力。それは少々お前たちには厳しいな。今回の目的は調査と宣言ゆえ、戦でもないのに部下が傷付くというのは看過できん。儂自ら出張ろうではないか」

『ははっ!』


 自分たちの主の言葉を否定するということも、意見を挟むという考えもないのか、天狗たちはすぐに目の前を開けて、忠臣の如く礼を取る。

 今まで護衛の中心でただ浮かんでいただけの大天狗が前に出ただけで圧力を感じる。それは神気という膨大な力の圧力でもあり、矮小な人間と比べると圧倒的な差がある格を押し付けられているかのような錯覚を感じる。宇迦様に会った時よりも、武人のような戦に赴く覇を感じるとでも言うべきか。

 思わずその圧を受けて足を下げるところだったが、ここで引いてはいけないと身体に鞭を打つ。圧に怯えていたら、この後の戦いになんて移れそうにない。


「さて、小童ども。狙いは良かったが奇襲は失敗じゃ。ここからはお主らの望み通り、本丸たる儂が相手をしてやろう」


 そう言って、無手のまま前に出てきた。背中にある大きな団扇を肩から掛けたまま、武器として使おうとしない。

 あれとそっくりな物、家の宝物庫で見たことあるんだよな。目の前の物こそが本物だったら、どう対処したものか。あれを使われた途端、京都は更地になるんじゃないだろうか。


「さっきの退魔の力、たしか安倍の分家に発現した力だったな。覚えておるぞ。そして天狐と神の座に至った人型のオオカミを式神として連れているそちらの男は安倍の直系の血筋。ふむ、安倍家の連中と表立って争ったことはなかったか。ならばこれが初対峙となる。存分に来るがよい!最も神に近く、神から遠い血筋の子らよ!」

「うわ、こっちの身バレしてる……。ゴンとか銀郎って、あっちの方々にも有名なわけ?」

『むしろ人間どもが知らな過ぎるんだ。オレらはあっちの方が詳しいだろうよ』

『あっしらはある意味同族ですから。桑名殿の退魔の力まで知っているとは思いませんでしたけどね』


 その言葉を言い切るのと同時に、もう二匹は無駄口を叩こうとせずに目の前の存在に集中する。俺も桑名先輩の方を見て、頷きで意図していることに賛成した。


「僕が基本的に指示を出す。前と同じだ。僕たちは牽制、メインは銀郎様とゴン様にやってもらうことになる」

「はい。それと銀郎には三式の対陰陽師用の形態になってもらいます」

「対陰陽師で良いのかい?」

「はい。普通の形態より陰陽術や自然現象に耐性を得るので。あれとまともに斬り合いはさせません。銀郎も結局は牽制ですよ。むしろ俺たちが遠距離火力でどうにかする方が良いと思います。まず銀郎の刀は届かないでしょうし」


 近距離戦を仕掛けるべきではない。他の天狗相手ならそうしたが、あの大天狗相手では銀郎とはいえ傷をつけられるか怪しい。試す前に近付けなさそうだ。


「わかった。じゃあ、バンバン術式を使おうか」

「はい!」


 指示は桑名先輩がすることには変わらず、銀郎も形態を変化させて突っ込む。ゴンはちょうど銀郎と俺たちの中間の、攻めも守りもするような役割に就かせる。

 俺たちは後方支援。その後方からの火力が一番求められている。一番ゴンが火力を出せるだろうが、銀郎一人では牽制にならないので、臨機応変に対応してもらう。

 俺たちの地獄が、始まった。


────


 戦乱の音がする。魂の叫びが聞こえる。物と命が消えゆく匂いがする。霊気と神気がぶつかり合う感覚が肌を透き通る。ここも危険だと頭の中で警鐘が鳴る。そしてそれと比べ物にならない程、ハルくんの命の灯火が消えゆくような恐怖に苛まれる。

 上半身だけ起こして、ベッドの脇にある壁に寄りかかる。その様子を実体化した瑠姫様がすぐに確認してきましたが、なんとなく身体が重いです。でも、そんなことを言っている場合ではありません。カーテンで閉められていますが、窓の外は大惨事になっているはずですから。


『タマちゃん。安静にしていた方が良いニャ。熱が出始めてるし、霊気の制御もできてニャイ状態じゃできることはたかが知れてるニャ。身体を動かすのも辛いでしょう?』

「それでも……この状況を、ただ見ているだけにはいきません。瑠姫様の結界があるとはいえ、学校も安全ではないですし」

『いくらあたしが防衛のスペシャリストって言っても、あの軍団に襲われたらひとたまりもないニャ。最悪ここを襲われたら、この堅牢な結界を囮に逃げ出すから』


 それを聞いて一つ懸念事項が浮かびました。非常事態とはいえ、今は深夜。意識の高い人であれば起きているでしょうが、ここはまだ養成所のようなもの。日々の疲れから学校終わりに寝てしまっている人も少なくはないでしょう。

 または、この学校自体が緊急時の避難場所になっています。そうして集まっている人やここで待機している生徒もたくさんいます。

 そして最悪の想定を話されました。つまり瑠姫様は。


「ここにいる生徒も、避難しに来た人も見捨てろってことですか?」

『タマちゃん。あたしたちは正義の味方でも、万人を救える女神でもないのニャ。最大限の方陣は張っているけど、あの天狗たちには気休め程度ニャ。そして、あたしは難波家の忠実なるシモベ。あたしは「何があっても」、血筋初の狐憑きたる那須珠希を保護するように言われているのニャ。そりゃあ坊ちゃんの言いつけを守って最大限他の人たちも守るけど、何よりも優先するのはタマちゃん。それだけは変わらないニャ』

「……それは、ハルくんよりも、ってことですか?」


 その事実を隠す意味もないと思ったのか。瑠姫様は迷うことなく頷かれた。それはきっと、難波という次期当主を決めるための継承方に由来するのでしょう。代用のきく次期当主としてのハルくんより、わたしという前例がない存在を優先するのは当たり前。

 瑠姫様はそれを言っているだけに過ぎないのです。たとえ事情を隠しているとしても。


「わかりました。……わたしたちだけじゃここの人たちを守り切れないのも事実ですし、本来ならプロの方々の仕事でしょう。プロでもないわたしが頑張ることじゃありません」

『その通りニャ。銀郎っちも心配してたけど、本当にここが襲われるなら抱えてでも逃げるのニャ』

「いえ。ここでやるべきことは果たしました。瑠姫様、付き添いお願いいたします。ハルくんの元まで行きます」

『……そんな状態のタマちゃんが行っても、足手まといにしかならないニャア』


 霊気も神気も制御できていない状態で、発熱もしていて身体もダルく思考回路も正常とは言えないのかもしれません。霊気と神気はゴン様に吸い取ってもらって、余剰分は瑠姫様に結界へ使ってもらいました。

 今できることは最大限してもらいましたが、いつぞやのハルくんよりも体調は悪いでしょう。そんな状態で最前線へ向かうなんて言えば、足手まといと言われるのはわかりきっていたこと。

 それでも、さっきのイメージが頭をよぎるのに。ここでただ寝ているなんてできません。そういうところはハルくんと一緒かもしれませんね。


「木を隠すなら森の中、ですよ。それにあの天狗の方々が陰陽師に関係ある場所を全て破壊するならここも対象ですし、京都をまるごと、だったらちょっと逃げたところで変わりません。わたしはただ、死ぬならハルくんの傍が良いなあって思ってるだけです」

『……筋金入りだニャア。タマちゃんは、死んでも構わないって思ってる?』

「いいえ。生き残れるならそれこそハルくんと一緒に生き残ります。全滅するなら、せめてハルくんの傍に居させてください」

『……わかったニャ。坊ちゃんが心配なのはよくわかったニャ。坊ちゃんを死なせるわけにもいかないし、行くかニャア』


 瑠姫様が折れてくれた。とてつもない無茶な要求だったと思うんですが、瑠姫様もハルくんが心配だったということでしょうか。病人と同じくらい動けないわたしを戦場に連れていってくれるなんて。


「いいんですか?」

『最優先保護対象がタマちゃんなだけであって、坊ちゃんもそりゃあ次期当主なんだからタマちゃんの次に護衛対象ニャ。守りのあたしがいなかったら坊ちゃん死んじゃうかもしれないし?さすがに蘇生は無理だからニャア。タマちゃんが行くなら都合がいいだけニャ』


 たぶん、ただの理由付けです。ハルくんも絶対安静と言っていましたし、戦場に来ることを望んでいません。それは前の事件からわかっています。でも、ハルくんは乙女心というものがわかっていません。

 どうして、大好きな人が死地に向かうことを容認できるでしょうか。自分だけは必至に守るくせに。できるなら横に並んでいたいのです。女の子だから、分家の子だからと守られてばかりのわたしではありません。


 どうしてわたしが陰陽師を目指したか、ハルくんは根本的なところを理解してくれていないんです。たぶん、わたしの気持ちも分家の女の子が慕っている程度にしか思っていないのでしょう。

 鈍感。


「じゃあ瑠姫様、お手数かけますがよろしくお願いします」

『はいニャ』


 銀郎様がいたらこうもあっさりいかなかったでしょう。あの方はハルくんと同じで心配性の堅実家ですから。

 瑠姫様に肩を貸してもらって移動します。方陣の外に出ないと簡易式神を出すのは今のわたしの体調では危ないということで校門まではこのままです。何か瑠姫様が方陣自体に様々な細工をしたのだとか。わたしの多大な霊気と神気で色々改造してしまったようです。


 そんな方陣でもあの天狗たちには容易に破られてしまうとか。今はまだ様子見の段階なのでそこまで被害は出ていないみたいですが、本気であれば今も呪術省が残ってるのはおかしいみたいです。

 結構時間はかかってしまいましたが、正門に辿り着きました。避難はある程度完了しているのか、正門の周りに人はいませんでした。プロの方もいないというのは不用心な気もしますが。

 そのまま正門を抜けようとすると、後ろから声がかかりました。その声の主的に振り返らざるを得なかったんですが。


「珠希ちゃん!」

「薫さん。どうかしたんですか?」


 息を切らしながら追いかけていたのは薫さんでした。多分外の状況を確認しながら窓から覗いていたらわたしの姿が見えたので追いかけてきたのでしょう。

 薫さんがそれ以外で正門に今急いで来る理由がないですからね。


「どうしたって……体調悪いんでしょう?今も瑠姫さんに肩を借りてるし、こんな時間に病院に行くとは思えない。あの惨状を知らないはずがない。どこに行こうとしているの?」

「明様の御近くに。本家の方々が勇ましく戦っていらっしゃるというのに、体調不良ごときで馳せ参じないのは分家として恥ですから」

「難波君、あの中にいるの⁉いや、でも!珠希ちゃんがあそこに行くのを難波君は望んでないよ!」

「そうかもしれませんが、わたしが行くことで明様の命が助かるなら本望です。明様は、たった一人の跡取りなんですから」


 薫さんに構っている暇はありません。難波家の後継者問題については知らないでしょうから、これで押し通ります。たとえ優先順位が本当はわたしの方が上でも、この一時さえ防げればいいんですから。


「なら、私も行く!そんな状態の珠希ちゃんを一人であそこに向かわせるなんて無理だよ!」

『やめといた方が良いニャア、天海っち。ただの学生があそこに行くのは無謀すぎる。足手纏いニャ』


 薫さんの意見を瑠姫様が一蹴します。わたしですら一度は断られたのだから、瑠姫様がこう言うのも不思議ではありません。

 その言葉にショックを受けたのか、薫さんは少し目を伏せながらも瑠姫様に尋ねます。


「難波君や珠希ちゃんはただの学生じゃないんですか?」

『霊気からしてプロの七段くらいには匹敵するニャ。天海っちも霊気と風水のこと考えたら四段か五段相当ではあるんだろうけど、実戦経験も少なくて風水以外に特徴のない学生の天海っちが、プロでも手こずってる現場に行ってどうするのニャ?』

「この前の事件では貢献しました!」

『裏方として、だニャ。それにあの時はこの学校が攻め込まれたから学生も仕方なくで応戦したけど、今回は市街地と呪術省が襲われてるニャ。それの鎮圧に出る理由なんてニャイよ。間違いなく死ぬけど、いいのかニャ?』


 瑠姫様から殺気に近い圧が薫さんに放たれます。銀郎様に比べればまだマシでも、ハルくんみたいに戦場に小さい頃から出ていなければ感じることもないものでしょう。その圧に負けたのか、数歩薫さんは後ずさってしまいました。


『坊ちゃんから聞いたけど、天海っちはお父さんの汚名を雪ぐためにプロを目指しているんでしょう?なら、むざむざ死のうとするのは見過ごせないニャ。それにあたしだってタマちゃんと坊ちゃんのお守りで精いっぱい。そこに天海っちまで来たら手が足りないニャア。明らかに実力不足の人間を連れていく余裕はニャイよ』

「体調不良の珠希ちゃんより、私は頼りないですか……」

『うん。というか、天海っちは戦闘向けじゃない、昔風の陰陽師ニャ。それはそれで貴重なんだけど。あとあの天狗たちが規格外すぎる。あそこに参加してまともに生きていられるのは八段以上か、あたしたちみたいな神の座に踏み込んだ式神がいないと無理ニャ』


 そう言って瑠姫様はわたしを担いだまま正門の外に出ます。そして、ご自身で作った方陣に触れて、術式を書き換えていきました。


『はい、時間切れ。方陣弄って中の人間は出られなくしたニャ。実際ここの中は京都の中でもかなり堅牢だし、よっぽどがなければ大丈夫だと思うニャ。天海薫。今日感じた想いを捨てずに心の内に残しておきなさい。人の成長には、感情が必要不可欠よ』


 薫さんに一礼して簡易式神を出します。方陣から出たから大丈夫でしょう。それに乗って上空からハルくんの元に向かいます。

 するとさっきまで感じなかったものを感じ取りました。


「これ……。もしかしてハルくん……?」

『おーおー。術式発動してるニャア。でもここ地元じゃなくて京都なのに、大丈夫なのかニャ?霊気とか条件とか』


 足りないものが多いはずなのにその術式は発動していました。むしろそれに頼るしかないように。感じ取ってしまった以上、わたしたちは急いで現場に向かいます。だってその術式を使うということは、対象はわたしかゴン様しかいないのですから。

 だけどある方向から、現場に向かって輝かしい光が降り注ぎました。その方向を見て、そしてその光がまるでハルくんのことを後押ししたように術式が正常に発動したようでした。

 その光の方向は。


「伏見……?もしかしてお山から」


────


 星斗たちは四人一組で天狗たちと戦っている。星斗としては避難誘導を優先して、天狗たちと戦うつもりはなかったのだが、自分より年下の後輩に救援要請を出されて断れるほど厚顔無恥ではなかった。

 また、戦えている理由の大きな部分は四人中三人が五神という理由が大きい。戦闘能力は周知されている中では五本指に入るだけあって、天狗相手に式神を使わずともどうにかなっているのはこの面子だけだ。

 それに。


くるわ!」

『オオオオオオォォォォォォ!』


 星斗が一枚の特殊な呪符から大鬼を呼ぶ。その大鬼の巨体は三階建ての建物に匹敵するほど。天狗とも遜色ない大きさで掴みかかり、一時的に動きを止めることができた。

 そこへ他の誰かが術式で攻撃し、天狗を撤退させるという手段を取っていた。いくらこのメンバーでも、天狗を倒すというのは不可能で撤退させるのが限度だ。天狗も、もう少し余裕はあるが余力を残して撤退している節がある。

 被害を止めることが最優先なので、撤退なら充分ではあるが。


「玄武、腕が鈍ってるどころかあの頃よりずいぶんと強くなってて驚いた」

「香炉センパイもですよ。わたしが知っているのが二年前までなので、それも当然でしょうが……」


 マユも玄武を大きくして天狗を抑えていた。西郷と大峰もそれぞれ式神を呼びだしていて、天狗の鎮圧に向かわせていた。ただし、マユと西郷は玄武と白虎にしゃべらないように言いつけていた。

 本来であれば、五神は全員協力すべきだ。だが、五神の式神で一番甘いと言われる麒麟が大峰に協力せずに姫に協力しているのだ。いや、十二歳で亡くなった姫のことを考えればその優遇もおかしくはないが、それを除いても大峰が麒麟に選ばれないのは何かしら理由があるのではないかと思い、現状真実は隠す方向だ。


「香炉さんもさすが四神候補だよ。ボクたちに引けを取らないでついてこられてるんだから」

「そうでしょうそうでしょう。香炉センパイは凄いのです!」

「……そこで玄武が褒めるのはなんかおかしくないッスかね?」


 西郷のため息交じりのツッコミに、星斗も何故そこまでマユから高評価なのかわからなかったため同意するように頷いていた。高校で偶然出会い、一緒にプロの昇級試験を受けて、実力が近しい者同士で交流を続けていたが、それこそ高校の時からマユの方が実力はあった。

 そんな彼女に褒められるというのは、妙な感じだった。マユのことを、自分では届かない天才と評した星斗だからこそ、自分の考えとの齟齬に困惑していた。


 今この場には四人の陰陽師と、それぞれが呼び出した式神がいる。この戦力をもってして、数が半数ではもう渡り合えない。四体以下ではないと、このメンバーでも戦闘が成り立たない。今のところそれ以上の編隊を組んで天狗が襲ってこないことが幸いか。

 この四人、使う術式も高位のものばかりだし、それを幾度も使ってもなくならない多大な霊気があるからこそだった。ここまでの戦果を挙げられるのは紛れもなく表側を代表する陰陽師なため。


 だが、長野の隠された裏に繋がる名家の出身者大峰。表と裏の繋ぎ役たる難波家の分家である星斗。そもそも人間ではなく妖な西郷。まともな表舞台の人間はマユしかいないという事実があるが、今は目をつむろう。


「統率の取れた天狗たちの集団……。妖にしてもおかしくない?それにここまで強い奴らが、今まで確認もできなかったって言うのは……」

「どっかに隠れてたんじゃないんスか?京都の外からやってきたなら、麒麟はわかんないでしょ。オレたちみたいに外回りしてないんだから」

「京都の周り以外に、強い妖がいると?ここは日本の中で一番の霊地なんだよ?」

「だーから、色々強力な奴に会ったって言ってるでしょ。それで会議に遅れたって。京都が一番だから力も発揮できるッスけど、逆に見つかりやすいんだから力を貯めたり隠れるなら京都から離れた方がいいっしょ。そういう奴らが今回来ただけ」


 大峰と西郷の会話に星斗は疑問を浮かべていた。何か認識が噛み合っていないような。それを思っていると、西郷に呪符を一枚、ぺたりと背中に貼られた。何かと思っていると、念話を繋げるための呪符だったようだ。


《香炉君。たぶん君は気付いてるから大丈夫だけど、麒麟はあれが神の軍団だって気付いていないんだ。たぶん、相手の実力も完全にはわかりきってない》

《はぁ?それが麒麟って……。ウチの御当主が嘆くわけだ》

《オレたちもぶっちゃけ逃げたいんですけど、肩書きのせいでちょっとは抵抗しなくちゃいけないんスよ。でも、マジで危なくなったら撤退します。オレたちが全滅して全員が候補に変わっちゃったら、それこそ妖たちが攻め込んできたら人間全滅しちゃうんで》

《わかったよ。その境界線はアンタが判断するってことで良いのか?》

《ああ。オレがするッスよ》


 秘密のお話は終わりとでもいうように、呪符を外して戦場に目を戻す。今は小休憩で息を整えている時間だった。後の二人は水分補給をしていて、それが終わればまたあの軍団に襲撃をかけなくてはならない。


「この争い、ただ天狗を撃破していったら終わると思うか?白虎」

「無理ッスね。あの大天狗は何かしらの目的をもってこっちに攻め込んでるんスから。それに話し合いを選択しなかったのは呪術省ッス。この散発的な争いもあの大天狗が撤退を決めないといつまでも続くんじゃないんスかねえ」

「……やっぱり、あの大天狗をどうにかしないと……?いや、オイオイオイ。ウチのお坊ちゃん何やってるんだ……?」


 中央に座する大天狗の方を見てみると、それに向かって立ち向かっている銀郎とゴンの姿を確認して、その近くにいた明も見て、星斗は大きく息を吐いていた。


「あんのバカ明……!なんで次期当主がそんな危険なことしてるんだよ!」

「おー、あれが難波の次期当主。それに何とか渡り合ってるじゃないッスか。最適解ではあるんですがねえ。全ての鍵はあの大天狗が握ってるんスから」

「だが、あれを明がどうにかできるとは思えない!さっきの天狗よりも、よっぽどヤバいんだぞ⁉」

「できることは、早目にあそこに行って手助けするくらいッスね。急ぎましょうか。玄武、麒麟、行けるッスか?」


 西郷が確認がてら二人に問うと、大峰とマユは頷きながら準備をする。のだが、二人は聞こえてきた名前から首を傾げていた。


「もしかして難波君?大分無茶するなあ。いくら式神が別格だからって、いきなり本丸襲う?」

「それって昔から香炉センパイが気にかけてる難波の次期当主の子ですよね?大丈夫……なはずがありませんか」

「あれ?白虎も難波君のこと知ってるの?ずいぶん彼も交友関係広いね。……というか、どの子も護衛対象なのに危ない橋に首突っ込まないでくれるかなあ!ボクの仕事増やして胃痛で入院させたいのかな⁉」

「……え?何でアイツ麒麟の護衛対象なの?そりゃあ天才だけど、麒麟が守るほどってことか……?」


 怒りながら言った大峰の言葉に、星斗は理由を知らず明の才能に目が行ってしまった。明と珠希の才能は、それこそ玄武になっているマユと遜色ないと今でも認めているからだ。

 蟲毒の事件の際に、降霊術式三式を用いて壊れた方陣を復活させた。その力を借りたとはいえ、珠希は一撃で蟲毒の大元を浄化してみせた。そう、力だけなら、自分なんてとっくに追い抜かれていると思っている。


 あの二人と比べられるのは星斗としては恥ずかしいことだった。分家の中で一番の実力と褒められても、明と珠希との間には確固とした隔たりがある。桜井会の面々はそれがわかっていないのかと憤る事すらある。

 九年前の術比べを惜しかったと言うような人間もいる。どこが惜しかったのか、星斗の方が教えてほしかったほどだ。年齢という絶対的なアドバンテージがあったのに、霊気も式神を支援する胆力も、何もかもが負けていた。まさしく完敗だったのに、何をどう捉えて惜しかったと評せるのか。


 そう考えている星斗とは別に、視覚強化で噂の難波家次期当主を見ようとしたマユ。その際見付けた銀郎と、大きくなっているゴンを見てはて?と思って、玄武が声を出さずに念話でゴンの正体を伝えると驚きで口を抑えていた。


「えっ!難波の子って、あの時の子だったのですか⁉」

「……玄武も明の事知ってるのか?」

「あ、はい……。ラーメン屋で偶然会いまして……」

「…………それはまた、明らしい出会い方だったな」


 星斗も明のラーメン狂いは知っている。マユがラーメン屋に行くのは珍しいと思ったが、そういうこともあるだろうと思って流した。

 護衛対象者が問題児ばかりで沸騰していたが、ようやく落ち着きを取り戻した大峰が、少しだけ胃がある辺りをさすってから星斗の間違いを正す。


「香炉さん。彼と分家の女の子の護衛をしているのは実力じゃなくて、家の名前と女の子の特質からですよ。あとは、他の護衛対象に土御門と賀茂の御曹司たちがいるのでそのオマケです」

「あ、なるほど……。そういえば同い年だったか」

「難波くんがあんなことしてるのは後でとっちめるとして。ボクたちも急ぎましょう。彼だけにあの大天狗の相手は厳しい」

「そうしたいけど、そうは問屋が卸さないみたいッスよ?」


 西郷がそう言うと、上空から四体一組の天狗がこっちに向かってきた。まるでこちらの進行を防ぐみたいに。


『大天狗様の元には向かわせん』

「クソ……!バカ明、死ぬんじゃないぞ!」


 大天狗から2km以上は離れた場所で、人間側と天狗側の最大の攻防が繰り広げられた。そこはまさしく激戦区となり、周りにあった建物は見るも無残な姿へと変わり果てていた。

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