第68話 4ー1

 あの大天狗の宣言の後、俺とゴンはわき目も振らずその場から離れていた。一般人もいきなり現れた天狗の軍団と、言葉を話す大天狗という存在に対して恐怖を感じて一斉に逃げ出していた。

 市内を警邏していた陰陽師が一般人の避難と警戒のために様々動いていたが、俺たちは関係ないとばかりに学校へ戻っていた。烏を呼び出して空から戻っている。

 その間に銀郎へ電話をかける。銀郎もミクの部屋の近くには確実にいるはず。ワンコールで出てくれたのはありがたい。


「銀郎!すぐに瑠姫に言って学校に結界を張ってくれ!霊気なら後から俺が送るから!」

『それならとっくにやってますぜ。珠希お嬢さんがあの天狗たちに気付いて、瑠姫にたっぷりの霊気を渡したんで、今までで最も堅牢な結界ができてると思いますよ』

「……ミクは、あの天狗たちを察知して起きたのか?」

『ええ。何かに気付くように目を覚まして、すぐに瑠姫に指示を出しました。あっしは今寮の屋上で街中を見てますけど、ちょいとマズイですねえ』

「マズイ?」


 ミクの感知能力がゴンに匹敵、もしくはそれ以上になって心配したというのに、呪術省はまた対応を間違えようとしているのか。

 学校が見えてきたので速度を落として着地に備える。男子だからとか関係なく、女子寮の屋上へ飛び降りた。銀郎との電話も切る。銀郎はすぐに駆けよってくれて、俺も烏を戻しながら街中へ目線を向ける。

 そこに映り込んだ景色を見て、銀郎がマズいと言った理由がわかった。後ろを気にせずにここへ向かっていたから、一切気が付かなかった。


「もう、争いが始まっている……?」

『ですねえ。早速陰陽師が仕掛けたみたいですよ?あの天狗たちが降り立った場所はすでに凄惨なことになってますぜ。いつここも襲われるかわからない』

「ここを襲う理由があるか?」

『さあ?世と人間に誅罰を下すというのなら、この世界を変えたのは基本的に陰陽師ですから、それを育成するこの学校は制裁対象では?』

「マジかよ……」


 銀郎の推測に頭を抱える。呪術省は確かに襲いそうだが、その呪術省の管轄にあるこの学校もその例外ではないと。目的がどこにあるのかわからないが、本当にここを襲うとなれば絶対に阻止しなければならない。今も見える天狗たちの破壊の痕を見れば、この学校も安全に終わるわけがない。

 大きな力を使っている様子はないのに、京都の街でいくつか更地や空き地ができている。彼らが持つ武器の一振りで建物が跡形も残らず消え去ったりしている。


 あの百を超える数の天狗全員が暴れているわけでもないのにだ。特にあの宣言をした、おそらく長たる大天狗は微動だにせず人間の様子を観察しているようだ。その周りの天狗たちも、護衛に徹しているのか動いていない。

 あんな天狗たちの攻撃を、いくら瑠姫とはいえ防ぎきれるかどうか。だが、瑠姫じゃないと無理だろうし瑠姫以上の防衛に適した存在もいない。

 これだけ近寄れば念話で話し合えるので、電話は繋がずに話しかける。


《瑠姫。学校全体に結界を張ってくれ。相手は神気を宿した天狗だけど、守り切れる結界を張れるか?》

《今タマちゃんからめちゃくちゃな量の霊気と神気受け取ってるから、たぶんあの天狗たち相手でも持つと思うニャ。たぶん最高潮ぐらいの力出せるわ。ここまで力を発揮できるのはいつ以来かしら……?おっと、気を抜くと神の御座に繋がってしまいそうニャ。危ないくらいに絶好調だから、大船に乗ったつもりで行ってくると良いニャ。タマちゃんには指一本触れさせないニャア》

《……無理するなよ?あと、いつもミクのこと任せて悪い》

《それが守護式神というものニャ。坊ちゃんも腕千切れたくらいなら治してあげるから、命だけは気を付けるニャ》

《はいよ》


 ぶっちゃけいつも張ってある学校の方陣程度では大鬼程度からしか守れない。しかもその大鬼に攻められたら崩れない心配はない。それぐらい脆いものだが、瑠姫が張ってくれる結界なら安心だ。全力の銀郎ですら破れたことがないらしいからな。

 式神としてのヒエラルキーは高いはずなのに、実力的にはゴン、瑠姫、銀郎の順番なウチの式神たち。というか、瑠姫って片手間で料理店のバイトとかしてたのに、何で剣一筋の銀郎ですら壊せない結界とか使えるんだか。

 ウチの矛盾は盾の方が強いということ。まー、ウチの家柄的にも攻めるよりは守りを固めることの方が重要だし、そういう特色が式神にも出てるだけだろう。

 さて、ミクのことに心配がなくなったとして。これから俺がすることは。


「……悪い、二人とも。また俺の我侭に付き合わせる」

『フン。わかり切ってたんだから文句はねえよ。ただ、助けられないもんは見捨てるし、周りは全部無視だ。やるなら本丸に一気に攻め込む。雑魚はプロ共に任せておけ』

『あっしは坊ちゃんの従者なんで反対はしませんよ。全力も尽くします。ただし、坊ちゃんの命を最優先にしますからね』

「ああ、ありがとう」


 本当にこんなことは我侭だ。だけど、地元で同じようなことがあったとして、見過ごすようなことをするのか。絶対にしない。ここは地元ではなくて京都であっても、守るべき領民が傷付いていて見捨てるような奴が、当主になれるわけがない。認められるはずがない。

 天狗たちが攻めて来た理由はわからない。人間に誅罰を下すと言っていたから、何かしらを人間がしたのだろう。だからといって、人間を滅ぼさせるわけにはいかない。

 人間という個が悪かったのか、種が悪かったのかまではわからない。だけど、俺にだって守りたいものがある。俺の手が届く範囲で、それが蹂躙される様を見て見ぬふりをして自分たちだけが安寧の地で引き篭もっているなんてできはしない。


「いくぞ。ゴンの言うように、周りは無視だ。あの大天狗の所まで最短距離で行く。烏」


 もう一度烏を呼び出して、その背に乗る。銀郎は霊体化したが、ゴンはそのまま俺の前に座る。

 天狗たちは本陣が居座る場所は変わっていなかったが、侵攻している範囲は徐々に増えている。千里眼で詳細を確認してみて、陰陽師だとか一般人とか関係なく襲っているようにも見える。


 ただし、一般人は陰陽師に守られて軽傷こそあれ、死に瀕するような怪我をしている者は見当たらない。陰陽師が攻撃に重点を置かず、天狗の攻撃力から防衛に重きを置いているからだ。

 その防御をぶち抜いて陰陽師はそこら中で倒れているが。

 陰陽師が弱いわけではないのだろう。天狗が強すぎるんだ。


 あの一体一体が神気を身に纏わせている。その性質だけを考えれば、あの天狗たちは伊吹や外道丸を超える力を持っているということだ。伊吹たちにゴンや銀郎が相手をできたのはゴンたちも神気を持っているから。それだけ神気というアドバンテージは大きい。継戦能力や瞬間的な肉体強化、術式の強化など霊気よりも膨大な力の密度があるために個体能力では負けていてもゴンたちが拮抗できた理由だ。


 簡単に言えば、あの天狗全てゴンと同等かそれ以上。式神としては最強格のゴンが百体以上いるということは、そんなもの人間に止める術はない。

 名実ともに、ウチの式神は最強だ。対等な式神は五神くらい。俺たちや五神で時間稼ぎがようやくできるというレベルなのに、数の差が一方的なまでにある現状で追い返せるかと言われたら不可能だ。


 これだけの戦力差がわかっていて、それでも人間を守りたいと思う俺は異常なのだろう。この前Aさんが襲ってきた時の比じゃない程、死ぬ可能性が高い場所へ自ら首を突っ込みに行くなんて。

 宇迦様には人間が嫌いだと言った。他に好きな存在が多いからだとは言ったが、その嫌いな人間のために戦場に向かうなんて酷い矛盾だ。


 だけど、好悪関係なく、たとえ襲われているのが人間ではなくてもきっと助けに行ってしまうだろう。そんな矛盾した自分の在り方を好いているし、それでこそ、陰陽を司れると思っている。

 身内を除き、優先するものを決めない。そうして中庸であらなければ、きっと俺という存在が崩れてしまう。それほど俺の内面も身体も、歪なものだ。


 でも、それでいいと思う。きっと悪霊憑きと同じで、何かと混ざっていても、それこそ表も裏もあるのが人間としての正しい在り方なのだと。

 完璧な存在は人間ではないと。そんな何も手がかからない存在ならば、玉藻の前は心配になって人間の世界に降りてくることはなかったはずだ。だから俺は、この在り方を許容したまま突き進む。

 だってこの在り方は、おそらく晴明と変わらないはずだから。


────


 天狗の宣言が京都中に響いた時。マユは白虎たる西郷と打ち合わせをしていたために呪術省の中にいた。それまで強い魑魅魍魎の報告もされていなかったので、そのまま呪術省で待機していた形だ。

 青竜は呪術省の内部にあるトレーニング施設で修業を。勝手に京都を離れて、連絡がつかなくなると困ったためにどうにか呪術省で説得して、呪術省の内部に居てもらうか出かける時は必ず場所といつまでそこに滞在するのかを確認取ってから他の場所へは行かせた。緊急事態だし、前科持ちのため青竜も納得していた。


 朱雀は恋人とのデートのために呪術省で待機はせずに、京都の街を歩いていた。呪術省には警邏のためと進言して。仕事もしてはいたが、それは片手間で、デートを優先していた。しかも夜ごとに相手が違う。今日もあるお店でお酒を飲みながら食事をしている時に宣言を聞いていた。

 麒麟の大峰は護衛対象である土御門光陰と賀茂静香の監視のために学校の女子寮、自分の部屋で待機していた。待機とは言っても、姫のことやAのことを調べるために様々な資料から調べ物をしていたので、呪術省からの依頼はおざなりにしていたが。宣言を聞いて護衛よりも先に飛び出していった。明とは入れ違いで天狗の軍団と戦闘を繰り広げていた。

 そんな五神たちの中で、呪術省の上層部に駆けこんでいたマユと西郷は状況を見守ろうとしたが、それは一蹴されていた。


「あの天狗たちは普通の魑魅魍魎じゃありません!手を出さずに交渉をしましょう!」

「それは不可能だ。あいつらは明確に我々人類に敵意を抱いている。そんな存在を排除せずにどうする?」

「排除なんてできません!アレは、わたしたちでも倒せません!」


 五神だからこそできる呪術大臣への謁見という、呪術省全体を動かしかねない行動を取ったというのに、それが通るわけがなく。

 進言できるという権利を持っていても、その要求が通るかと言われたら滅多なことでは通らない。呪術省に属しているし、様々な厚遇を受けていても五神とは呪術省という組織管理については外様だ。傭兵と似ているかもしれない。


 それで良いと思って五神になったマユは下唇を噛み、こういうところが組織として終わってるんだよなと思った西郷は心の中でため息をついていた。全体を止めるためには呪術省ごと動きを止めなくてはならないのに、その要求は通らずに戦闘は始まってしまった。

 今では青竜も部隊を編成して現場に向かっている。朱雀も自分の役割を果たすために一人で向かっていた。動いていない五神はマユと西郷だけ。呪術大臣である晴道からすれば、さっさと出撃しろと思っていることだろう。

 五神でも勝てない軍団に、どうしろというのか。マユの焦りを、目の前の呪術省のトップは理解しない。


「何故戦う前からあの天狗たちの実力がわかる?君たちは千里眼を使えなかったと記憶しているが?」

「千里眼が使えなくても、あれほどの実力なら遠くにいてもわかります。今からでも遅くありません。攻撃を止めてください」

「危険分子は放っておけない。命令だ、白虎と玄武。ただちに現場へ急行せよ。部隊編成を行う暇もないため、二人組ツーマンセルで事に当たれ。あの妖どもを排除せよ」


 返答もせず二人は部屋から出て行く。呪術省の対応では徹底応戦が決定事項だ。

 あれが魑魅魍魎ではないとわかってはいるが、だからといって妖と決めつけるというのは単直すぎる。

 マユたちのように他の人間が誰も呪術大臣に直訴しに来ないということは、誰もあの天狗たちが神だと把握していないということだ。神気も以前に比べて日本中に広がっているというのに、まだ神気を感じ取れるような人間は育っていないということ。


「ま、予想通りッスね。オレたちは怪我しない程度に天狗の足止めをして撤退しましょうか。本気で人間を滅ぼすつもりならいくらやったって進軍は続くだろうし、もし様子見とかだったら何日か粘れば帰ってくれるでしょうし。そこそこに頑張りましょうか」

「それでいいんですか?西郷さん。わたしたちでも足止めできるかわからないですし、あそこに行った陰陽師はたぶん全滅します……」

「一般人の盾になるのも仕事だから仕方がない。実力不足の自分と、バカな上を恨むんスね」

「冷たいですね、西郷さんは」


 それも当然で、西郷は人間ではなく妖だ。人間がいくら死のうが関係ない。悲しむこともない。五神になっているのも人間の守護ではなく陰陽師の戦力の把握のため。今マユと肩を並べているのはマユ個人を気に入っているだけ。

 今回の争いは人間と神のもの。妖である風狸には本来関わらなくていい案件なのだから。

 エレベーターに乗って地上に着き、西郷が移動用の簡易式神である大きな鷹を呼び出すと、二人してその鷹に飛び乗った。鷹が上昇して街中を見下ろしながら進むと、天狗たちがいる方向がやけに蜜柑色に輝いていた。


「あの光景を見ても、どうにかできると思ってるんスかねえ?」

「ひどい……」


 マユは前回外道丸が産み出した地獄を見ている。そのため少しだけ耐性はできていたが、今の状況も負けず劣らずだ。

 建物がズレもなく綺麗に斬られている。大きな衝撃が与えられたのか建物が爆発四散している。人も例外ではなく、この前と変わらず凄惨な現場が出来上がっていた。

 この前と違うことはそれを意図的に産もうとしたわけではなく、抵抗した結果できてしまった痕に見える。ここまでするつもりはなかったかのような、手加減を間違えたかのような。


 さらにもう少し違うことは、コンクリートでできた建物や道路からそのコンクリートが消え去って、土が露出していることだ。何かの力がそこにぶつかり、コンクリートだけが消滅してしまったかのようだ。

 そこだけ時間が巻き戻ったかのような、人造物など不要だとでも言いたいような、そんな光景だった。


「あーあ。神様が存分に力を振るっちゃって。力の差が圧倒的だから妖は本能的に逆らわないってのに。完全に外れクジッスよ……」

「今から逃げてもいいのですよ?」

「冗談。呪術省に忠誠なんて誓ってないけど、バランスが大事なんだ。人間を見殺しにするつもりはないッスよ。エサがなくなるのは困るし」

「エサ、なのですね……」


 そのことに悲しくなりながらも、二人は鷹から飛び降りる。この争いも価値観の相違から起こっているものだ。玄武と白虎を呼び出して二人も防衛に力を注ぐ。

 二人が参戦することで死傷者は一気に減った。だが、だからこそ大天狗は注目してしまうし、戦力を送り込みもして二人の苦労は二倍になっていた。

 他の五神の所へは、増援は送られない。その程度だと、全員が認識しているからだった。事実、天狗たちに傷を負わせることができているのはマユたちだけだったので、その判断は一切間違っていなかった。


────


 香炉星斗は、突然の京都への異動に内心キレていた。

 自分の実力が認められていることも良い。自分たちの元締めである本家の当主難波康平に推薦されたということも、分家の身からすれば光栄なことだ。

 京都、というか日本中が危険な状態になっているのは知っている。だからこそ、一級の霊地である地元を、高校に通うために離れている次期当主のために守ろうとしていたのに。


 星斗は明に次期当主を決めるための術比べで負けたとはいえ、明を恨むようなことはなかった。高校を京都にして、同年代に本物の天才に出会って自分は凡才と気付けたから。明と珠希はその天才たちと同じ土俵に立っているとわかったから。

 たとえ自分が四神候補として確保されていても、所詮は候補で本当になった人間の足元にも及ばないとわかっている。


 そんな自分が京都に来る意味はあったのかと思う。本家を除けば、星斗は難波家の最大戦力だ。その本家も、双璧を為す最強式神は明にくっついていって本家を離れている始末。今は圧倒的に、地元の戦力が足りないのだ。

 だというのに、康平は京都への出向を許可した。京都に来る前に面会できたために話し合ったが、地元の防衛は気にしなくても良いということだった。京都に来てから何度も地元の様子を確認しているが、実際大きな被害は一切出ていないらしい。


 どうにかして守っているのか、それとも星斗が知らないような戦力があるのか。そこまでは定かではないが、一級地にしては被害が出ていない。それは安心できる。

 ではなぜ、星斗は京都に来たことに対してそこまでキレているのか。

 ただ単に、結婚を約束している彼女と離れ離れで暮らすことになったからだ。


 星斗は地元を離れることはないだろうと思っていたので、地元の彼女とはよい関係を作ってきたし、田舎で暮らすことについて何も反対はされなかった。

 それに危険な京都へ、陰陽師でもない彼女を連れてくることは星斗自身が拒否した。毎日のように魑魅魍魎の大きな騒動が起きている場所へ、ひ弱な彼女を連れてくることなんてできない。


 あと、彼女はとても身体が弱い。身体が弱すぎてずっと入院しているほどだ。過去の事件のせいで霊的障害を負い、一日に動けるのは三十分程度の簡単な散歩だけ。あとはほぼ寝たきりの彼女だが、星斗はそんな彼女を愛していた。たとえ子どもが産めない身体でも、そんな彼女と一生を添い遂げたいと思っていた。

 家の跡取りがいなくなりかねない事で、しかも香炉家は難波の分家の中でも有数の名家だ。そこの嫡男が子どもを産めない女性と一緒になることに両親が反対すると思うだろうが、全く反対されなかった。


 跡取りは、星斗の妹に産んでもらえばいいと。この時ばかりは妹がいて星斗は本気で感謝した。妹がいなかったら頑なに首を縦に振ってくれなかっただろうから。

 むしろその彼女のことを家族ぐるみでお見舞いに行っている。それほど良好な仲にまでなっていた。


 だからこそ、いくら本家の当主の命令とはいえ京都に来ることになってキレていたのだ。星斗はもう地元を離れるつもりはなかった。難波家の分家として、本家を支えようと自分の一生を定めたつもりだったのに。

 幸い、妹から定期連絡で彼女の状況は伝わってくるので今のところは問題ない。あと御当主も彼女に何かあれば地元へ帰ってきてもいいという風に呪術省と交渉していた。たとえ緊急時でもこちらが優先だと、それを守れなければ星斗を京都に送らないと脅した。その結果、その脅しに屈して星斗は京都にいる。


 星斗は京都に来てから心ここにあらずといった感じだった。彼女のことが心配すぎて、任務や明との電話なども全く集中していなかった。だが、その上で任務は完璧にこなしていたし、明との会話でもボロは出していなかった。京都で初めて会った人間は今の姿こそが星斗の素なのだろうと思うほど。

 キレていても仕事を冷静に行えるのは褒めるべきことなのだろうが、いつまでもキレているのは大人として情けない。それに今は緊急時なのだから、是非もないことだった。


 そんな星斗も、街を警邏している途中で大天狗の宣言を聞いた。その後すぐに呪術省本部から現場に向かうように言われたので向かったが、向かう途中で分かってしまった。


「いや、無理だろ」


 相手の力量。それは九年前に対峙した神の一柱と何ら変わらない。それが複数どころか、百を超える数がいる。

 星斗も難波家の一員であり、しかも次期当主筆頭だったために神気についてはかなり敏感だった。明ほどではないがゴンともかなり長く付き合いがあったことと、地元の一級の霊地が故に感受性が豊かになっていた。

 だからこそ、他の、ただの陰陽師が気付かないことに気付いてしまったのだが。


 星斗の前提として、いやこれは人間の本能として死にたくはない。これが難波本家を守る戦いや、地元への侵略者などであったら実力差など無視して戦いを挑んだだろう。それだけ星斗は自分の生まれ育った土地と家を愛していた。本家への愛もあった。

 だがこれは呪術省に仕掛けられた戦争で。状況を聞く限り宣言の後、静観していた天狗たちに攻撃を仕掛けたのも呪術省の指示で。


 しかもその呪術省の親玉の息子が、十中八九地元で蟲毒を引き起こした犯人で。

 相手は魑魅魍魎でもなく、妖でもなく、神様。

 戦いを挑む気力が一切湧いてこなかった。


「後方で逃げ遅れた人たちを助けてましたってことで、どうにかなんないかな……。神様に喧嘩売るとか、罰当たりにもほどがあるだろ。うん、なんか陰陽師しか狙われてないな。一般人もまだ逃げてる。理由付け完了」


 そも、星斗がプロの陰陽師になった理由は家のためと、地元に貢献したいため。そして魑魅魍魎や妖から他の人間を守るため。神様に喧嘩を売るためではない。神とは崇め、敬うもの。

 で、あれば。原初の理由に戻って何の力もない一般人を助けよう。

 呪術省からの命令?全員が討伐隊に加わっても、倒せるわけがない。それに本質は魔から人間を守る事。相手は魔ではなくても脅威から守るのが陰陽師としての役目。


 そうと決まれば星斗は、八段であり五神候補という肩書きを捨ててただのプロの陰陽師として行動を開始した。

 いきなりの天狗の軍団に逃げきれなかった一般人は多く、その人たちが目に入ったのか数人の陰陽師で避難誘導を始めた。安全と断言できる施設はないが、呪術省は安全ではないだろうと近くの体育館や公民館へ案内していく。


 プロの陰陽師であっても、呪術省の言いなりな狗ではない。自己判断で動ける人間たちで、自主的に避難場所の護衛や一般人の運搬に専念する陰陽師もいた。

 そんな人たちと協力する中、星斗は一匹の大きな簡易式神が人を背に乗せて上空を通ろうとしているのを視界に収めた。向かう先が天狗の軍団がいる方向で、その背に乗っているのが年端も行かない少女だとわかって愕然とした。それはただの蛮勇だと。


「そういうことするのは明だけで間に合ってるんだよ!発!」


 星斗はあの頃から更に鍛錬を重ねて、音として二文字分での短縮詠唱ができるようになっていた。現れた烏に乗り込んで、向かってくる簡易式神と並走飛行する。


「おい、お前!どこに向かってるのかわかってるのか!」

「何?……ああ、補充されて来たプロの人?それじゃあボクのこと知らないか。あのねえ、ボクは──」

「まだ十代半ばくらいじゃないか!そんな子どもがあの群れに突っ込むなんて死にに行くようなもんだぞ!」

「……若く見られるのは女としてありがたいけど、こんな問答している暇は……」

「聞こえてるならさっさと引き返せ!自殺願望者なら無理矢理にでも叩き落とすぞ!」

「話聞いてくれないのはそっちだよねえ⁉というか、やれるもんならやってみろ!ボクに勝てる現役の陰陽師なんていないんだからさあ!」


 大峰翔子は五神としての責務を果たすために現場に向かっていたのに、変な奴に絡まれてしまったとキレていた。自分が麒麟だということを京都に常駐しているようなプロなら認知しているのだが、今回のように全国から集められた実力者には通達されていなかったのでこの対応も仕方がない部分もある。

 見た目が若く見られることも、今の任務を考えるとまあ良しとする。むしろそう見えないと高校に潜入なんてできない。


 さらに、実力が下の人間に危険だからという理由で止められているのが余計に腹立っていた。姫やAのような逸脱者を除いて、戦って負ける陰陽師がいるわけない。

 そう高をくくっていたのが悪かった。


「じゃあ、実力行使だ。発」


 星斗は簡易式神に向かって術式を発動する。それは簡易式神に送られている霊気を阻害する妨害術式。ちゃんとした式神なら霊線がしっかりしているのでほぼ効かない術式だが、簡易式神は必要な分しか霊気を送らないのが常で、しかも霊線なんて貧弱そのものだ。糸と大差ない強度しかない。

 そんな糸が思いっ切りハサミを入れられたら。簡易式神はただの呪符に戻って、大峰を支えるものはなくなって地面に落ちていった。


「ちょっと⁉」

「だから無理矢理だって言ったろ。式神を極めるってことはこれくらいこなせて当然だからな?」


 そう自慢げに言いながら、落ちていく大峰を空中で抱き留める星斗。いわゆるお姫様抱っこで受け止められて、その事実に大峰は顔を一気に蒸発させた。

 こんな風に女の子扱いされるのは初めてだったからだ。


「本当に小さいなあ、お嬢さん。ウチのお姫様と変わらないくらいしかないってことは高校生か、中学生くらい?いくら自分の実力に自信があるからって、子どもが戦場に向かうのは見過ごせないな。そういうことするの、ウチの生意気なバカ明だけで充分だから」

「ボクはこれでも二十歳だ!……ん?ウチのバカ明?もしかして難波明君の親戚かい?」

「二十歳?それに明を知ってるって……。一応名乗っておくか。香炉星斗。難波の分家の血筋だ」

「あー、君が香炉君か。初めまして。ボクは麒麟。そういうわけで、君より立場は上だからこの不敬な抱き方を今すぐやめてくれないかな?」


 早口で、目も合わせずに、顔を赤くしながらそう大峰は命令する。その様子を見ながら、彼女の霊気を感じてたしかに五神ぐらいの霊気はあるなと思って地面に下ろす。


(あー!びっくりした!お姫様抱っこもだけど、そもそも男の人に触れられたのっていつぶり?……お父さん以来?)


 初めての他人からの接触があまりのものだったために、今でも心臓の鼓動が速くなっている。こんなことしている場合ではないはずなのに、このまま戦場に行くわけにもいかずに少し休んでから向かうことにした。

 悪いことをしたと思って、星斗もその場で式神に乗ったまま待っている。

 そんな二人へ、近付いてくる実力者がいた。その数も二人。


「麒麟じゃないッスか。こんな所で何やってるんですか?」

「あれ?香炉センパイ?」


 近付いてきたのは西郷とマユだった。二人は麒麟が誰かと揉めているのを上から見付けて、更には抱き留められて顔を真っ赤にするという滅多に見ることのない珍事件を目に留めてしまったために近付いてきたのだ。

 男に襲われたら心配だからと、戦力は一つでも多い方が良いという言い訳を持って。


「白虎、玄武⁉……ゴホン。君たちは今回二人組かい?ならちょうど良かった。ボク一人だとさすがに戦うのは熾烈を極めそうでね。三人で編成を組もう」

「顔真っ赤なまま言われても説得力ないッスね~」

「麒麟さんの可愛らしい一面を見てしまいました。それと、香炉センパイはかなりの実力者ですし、四神候補なので一緒に編成して四人一組フォーマンセルにするのが良いと思いますよ?」


 まだ切り替えができていない大峰をいじる。そしていつの間にか編成に組み込まれていることに疑問を覚えたが、断れなさそうな雰囲気なので反対意見は言わなかった。後輩のマユに頼まれてしまっては先輩として断れないのだが。


「香炉センパイが麒麟さんと知り合いだったことには驚きですが。いつの間に知り合ったのですか?」

「さっきだよ。あー、今は玄武って呼ばないといけないんだな。玄武、久しぶり」

「はい、お久しぶりです。守秘義務があるので現場では役職で呼んでください」

「ああ、わかったよ」

「玄武はこの香炉さんとはどういう関係なの?」

「高校と大学のセンパイです。一個上のセンパイで、物凄い方でしたから何度もお世話になって」

「今では玄武になってるお前に言われても嫌味にしか聞こえないぞ……」


 そう笑いながら言って、四人一組の際にどう動くのか作戦会議をしてから四人は行動を再開する。その際星斗は何故か白虎の西郷から視線をよく向けられていたので首を傾げながら尋ねてみたが、なんでもないとしか返ってこなかったので疑問は深まるばかりだった。

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